第39話 不撓


「明日は学級代表委員会の集まりがあるので、委員になっている生徒は放課後、時間を空けるようにしてください。先生からは以上になります」


いつもは担任の小池先生から連絡事項が伝えられるのだが、今日は代って三組の勝俣先生が担当した。


各自帰宅したり、部活の時間に入る。


みんな小池先生の不在が気になって仕方ない様子だ。

一応小池ファンクラブに入っている身としては先生のことが気になる。


だけどそれよりも、


「怜央…」


窓際一番後ろの席。俺の中学からのダチである怜央は、終始暗い顔で外を見ていた。


あいつのことは俺が一番分かっている…つもりになっていたのかもしれない。影山が亡くなったと伝えられた日以来、俺らはまともに話すことがなくなってしまった。


今では永野たちと一緒に行動することが増えた俺は、学校に来てからもずっと一人で悩み込む怜央に対して罪悪感を感じている。



俺だけ一人、立ち直れて良かったのかと。



影山の死亡通知の日、陸人のやつは欠席していた。あの場の空気を経験していないということもあるし、元から感情が薄いせいか。比較的立ち直りが早かったのかもしれない。


実質、俺だけが逃げている状況になっている気がして居たたまれないんだ。


「武士ー!そういや入りたい部活は決まったのか?」


「ん?…あぁー、生天目か…いや、全然!」


「お前結構運動神経いいんだから、サッカー部とかはどうよ。きっといい思い出作れると思うぞ」


「なんでそこでサッカー部があがるんだ?てっきり陸上部の勧誘をされると……」


「俺と柏木はサッカー部に入ることにしたんだ。言ってなかったか?」


「え…いや初耳なんだが。永野はどうしたんだよ」


「あいつは…」


険悪な顔した柏木が近づいてきて、話に混ざってくる。


「あいつは陸上続けるってさ。それより武士…辛いと思うけど、今の怜央についてやれんのはお前だけだ。逃げずに頑張れよ!」


「…俺だけ、か」


体育の授業の時、小西が怜央を心配してくれていた。四組のダチからも励ましの言葉を貰っていたし、うちのクラス委員長もみんなで怜央に何かしてやれることはないか全力で模索してくれている。


俺の目に見えないところでも、あちこちで交流を深めていた怜央を心配するやつは大勢いるはずだ。


みんな怜央のことを気にかけてくれている。


明るくてバカ騒ぎするくらいがちょうどよくて、心は繊細だが常にみんなのことを考えてくれている俺の相方。ボケ担当の山田怜央。


「…そうだよな、俺しかいないもんな。ありがとう、柏木。お前の毒舌なとこ今初めて好きになったかもしれねぇ…」


「ふんっ!ならいいんだよ。さっさと立ち直らせて来い!」



______



帰宅の準備をせずに、頬杖をついてぼんやりと外を眺める冷央に、俺は意を決して話しかける。


「なぁ怜央。影山のことは仕方ねぇって。これから前を向いて進んでいこうぜ」


「武士か…。だったら影山のことを忘れて前を向いて進んでいける方法を教えてくれないか」


「…それは、俺らが知らないとこで去っていったあいつに対して、顔向けできるような…」


くそっ何言ってんだっ俺!こんなの本心なんかじゃねぇ。


「天国であいつと顔向けして『お前は早死にして残念だったな』とか『俺らは充実した人生送ってきた』って言えるのかよ」


そんなことは決して言えない。いい加減に目を覚ませよ、自分。つらい現実から目を背けるのはガキに許された特権だ。

俺らはもう大人の心を持たなくちゃいけないんだ。


「そんなこと言えねぇよ。影山がどんな風に俺らのことを見てきたのかよく分からねぇけど、あいつは俺らに遊びの機会を設けたりしていたし、そのおかげで楽しい時間を過ごすことができた。柏木と違った毒舌さもあってか。よく影山の冷たい言葉に反応していたお前は何度も対立したことあったよな。あん時陸人が止めに入ってくれなければ、もしかしたら絶交だってしてたかもしんねぇ。だからさ…」


その後に言うべき言葉が喉元まで来ているのに、外へ出てくれない。なんでなんだ。


「そうか…お前が言いたいことは分かった。じゃあな」


「おいっ、まだ…怜央っ!」


そう言ってかばんを持って帰ろうとする怜央の顔を……見ることができなかった。



ここで引き留めないといけない。そんなことは分かっている。このまま行けば怜央が俺からどんどん遠ざかっていく。それが怖かった。


その恐怖心におびえた自分に打ち勝つことが出来なかった。


なんでここで足が動かないんだ。なんで大切な友達が一人いなくなった悲しさを…怜央の悲しさを分かってやることができないんだ。

なんで友達一人すら救ってやれない人間なんだよ、俺は…俺は……!




こんなんじゃだめだろ、俺はあいつの親友なんだから…!





____パァンッ!





よし、目は完全に覚めた。



昨日の寝不足なんてもう一瞬で吹っ飛んだ。ウジウジしてても仕方ないよな。怜央とは長年の付き合いなんだ。あいつの話をよく聞いてから、あいつを立ち上がらせる方法を考えていくしかない。


あんな怜央はもう見たくない。陸人が怜央を立ち上がらせたように、俺は俺のやり方であいつを立ち上がらせてみせる。



「…待てよ、こらぁぁ!!怜央ぉぉ!!」



俺の怒声に一切反応は示さない。


廊下へ出ていく怜央の後ろ姿目がけて全力で追いかける。近い距離にいるあいつのもとへ一気に駆け出す。派手に机にぶつかって行くことに何ら抵抗はない。そんなことを考える余裕はない。ただ一心に怜央を立ち上がらせたいだけで行動する、その一つの動機で十分だ。


追いつくまでにたかだか数メートルの距離だというのに、全力で追いかけている間なぜか時が経つのが遅く感じていた。頭が冴えるっていうのかもしれないがこの後怜央を引き留めて、あいつにかけてやる言葉がどんどん思いついてくる。


想像しえる場面でどんな気持ちでどんな対応をすればいいのか、今でははっきりと分かる。やっぱ行動してみないと分からないものなんだな。



「……怜央っ!!」





______パァンッ!





「えっ…」



「もう見てらんない!うち今のあんた大嫌いっ!影山が亡くなってからのあんたは気持ち悪いって!早く立ち直ってよ!元のあんたに戻ってよ!」


…は? 小西が、怜央をビンタした!?


「…痛ってぇな。人の気も知れず、のこのこ部外者が入ってくんなよ」


「部外者なんかじゃないもんっ!うちら同じクラスメイトでしょ!友達でしょ!あんたがまとめてくれたクラスでしょ!だったら最後まで責任取りなさいよっ!」


薄っすらと涙目になっている小西が両手で怜央の襟元を掴み、激しく揺らす。

なぜここで小西が出てくるのか一瞬驚いたが、思い返してみれば小西と怜央の明るさとよく周りのことを見ている性格は共通している。言ってしまえば似た者同士。

お互い仲が良いとは言えないが、黒沢さんと小西の名前が同じというだけで、怜央が小西のことをあおっていたくらいだ。



「なんでお前がそんな肩入れするんだよ!責任って何の責任取ればいいんだよ!俺のせいでクラスの空気が悪くなった? んなもん、お前に言われなくとも最初から分かってんだよっ!これから仲良くなるはずだったんだよ…あいつとは趣味嗜好しこうもほとんど逆で、一番仲良くなれねぇなって最初はそう思ってたんだよ……」


「怜央…あんた」


「んな気持ち、お前にわかるはずないだろ?いい加減その手離せよ。俺はこれから行かなくちゃならないことが……」


「分かるよっ!怜央の気持ちわかるもんっ!」


怜央の冷たい言葉に強く立ち向かっていく。その姿勢を真に向けた怜央の足が一歩後退する。


「…は?友達を亡くしたこともないのに、何を…」


「…あるよ。怜央と影山の関係よりずっと長かった、うちの大事な友達が死んじゃった経験…あるよっ…」


この時の俺と怜央はただただ驚くばかりで、小西のその過去の話を黙って聞くことしかできなかった。


「…なんでうちの友達が死んじゃうのって…、ずっと一緒に遊んできた友達が重い病気にかかってたなんて亡くなってから気づいたんだから…なんで、なんでうち、気づかなかったんだろうって……」


明るく快活な小西花恋の人生にも、そういった悲しい出来事を経験してきたことを俺らは今初めて知ったと同時に、小西と友達でよかったと心から思った。

悲しい出来事を共感できる仲間がいた。そのことに対して安心感が芽生えただけかもしれない。俺らよりずっと悲しい経験をした小西に対して安心感を持つなんて男として恥ずべきことかもしれない。


だけど、それだけで俺の心はすっと軽くなった。


彼女の内に秘められた思いに耳を傾け、今まで影山がいた日常が突然無くなった辛さを重ねて聞いていた。


「ほんとはうちの中で全部片づけたいことだったのに、あんたを見てたら胸の奥からそのことを伝えなきゃって思って…伝えたら何か変わるかもって…」


襟を掴んでいた手を離し、小西は下をうつむいて、静かに泣いていた。


その姿は明るさとは反対に、大人しくただ過去の経験を共有できたことに対する悲涙と喜涙。自分では持ち切れなかった重荷をそっと下ろすようにして、今日ここで怜央に打ち明けた秘密。そのどれもが俺たちの心に刺さるものだった。俺らがここで立ち止まってはいけないとけじめをつけるためにも。



…怜央お前ならきっと、



「やり直そうっ!俺らが前に進む勇気をくれた小西のためにも、高校生として、同じクラスメイトとして後悔の無い人生を歩いて行こうぜ。これからは自分一人で責任感じてねぇでもっと周りを頼ろうぜ。幸運なことに、このクラスはいいやつばっかりだろ?お前が陸人に励まされた時も他のクラスの奴らにいっぱい励まされたろ。今だって同じことだ。一人じゃできない分をみんなでやっていくんだ。協力し合って解決していくんだ」


「……武士」


「…そうだよ、武士の言う通りだよ。うちだって仲の良い友達はいっぱいいる。支えあってここまで生きてきたんだって、心の底からそう思ってる…」


「……」


「怜央…」


「…すぅ、わりぃ。クラスのみんなに迷惑をかけたな。ホントにすまなかった。だけどよ、この気持ちはすぐには消えねぇから少し待っててくれないか…大丈夫。絶対に立ち直って見せるから」


そう言って怜央は去っていった。


今度は追いかけない。


追いかけてはいけないなと、少し成長できた自分の心の声が、そう言ってる気がした。


あいつを引き留める時に見ようとしなかった逃げ腰の自分はもういない。あいつの去り際の顔をちゃんと見届けることができた。


目にはひどいクマができていた。何度も涙を拭って充血した目。いつ泣いてもおかしくないほどに我慢してきた震え口びる。


決死の覚悟を決め、もう逃げないと自分に誓ったそんな表情を見届けることができた。




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