第38話 懐疑
「はい赤坂です。…平野先生の行方は分からないと、そうですか。分かりました。ありがとうございます」
携帯から勝俣先生の連絡を受け、要件を手短に伝えられる。
「…さて」
監視役の人間に聞いた話だと、ここB棟の手前まで救急車が来たとのこと。
こうして事件現場へと足を運んだわけだが、特に異常は見当たらない。
建物周辺や中を一通り調べていったが、何ら異変はなかった。
監視カメラにB棟に来た者が映っていないとなると、監視役の人間の言っていたこと…いや証拠の映像を見る限り、救急車がここまで来たこと、それこそ偽造ではないことは確認できた。
別件として空の側近に伝えられた情報によると、根本一義の暴行事件のからくりと同様なやり口。犯人はあえてこの高校の敷地内、事件現場を選んで犯行を起こすことも視野に入れるほどの者。我々の組織に仇をなす組織と捉えるべきだろうな。ましてや敵陣の懐内で、こうも自由に動けるとなると、
今後はこちら側にとってはより脅威になりえるだろう。
先ほど小池先生と勝俣先生と別れた後、職員室に戻って一人、在籍している学校の欠席者や教職員を確認したところ、平野ツバサが救急車で搬送されたことが判明した。
なぜ平野先生がここB棟まで来る必要性があったのか。勝俣先生の言い分を考慮すれば、陸人という生徒も同行していたらしいが、アリバイなどは追々調べれば分かること。
「ふむ…」
B棟内に入り、周囲を見渡しながら事件平野先生の考察を重ねる。
あの者の存在は不快かつ秘密主義を感じさせる人間だ。本人はうまく隠しきれてたと思っているが、こちら側に接近する機会はいくほどかあり、制度を変えるたびに進言を申し出ていた。もちろん他の教師たちからの反感は多く買い、校長に直訴する者もいた。しかし彼女は校長に進言を申し立てる前に、教頭の立場であるこの私に異議を唱えた。校長への異議を唱える前に教頭である私に相談する、このような流れだったならば、不審に思われなかっただろう。
だがしかし決定的な部分、相手の落ち度を発見できていなかったら、私が抱いていた彼女への認識は『普通』のままであっただろう。
しかしその認識は今になっては『懐疑的』になっている。
なぜなら、三年の
『懐疑的』と捉えられれば、始末する。SSFに限らず、私たちの組織にも共通することだ。
彼女は、この私が『円谷校長の参謀』だと知っている。それを知っていなければ生徒を送り込むという方法は使わないし、自らの教師人生に終止符を打つのと同義だ。
私の情報をどこで仕入れたかは不明だが、危険な存在であることは明白だ。
ここの護衛を任せられている私の『防衛作戦』に勘づいている可能性も無きにしも非ず。
だが平野先生とSSF本部のやり方には食い違う部分が多々ある。それは長年敵対してきた組織だからこそ、感覚的に分かる部分もある。断定こそ今はできないが、やはりSSF関係者の中でも『協力者』と仮定して調査する必要があるな。
それに勝俣先生の話を聞く限り、佐渡銀二の息子、佐渡陸人も彼女と同類かもしれん。
…平野先生と銀二はやつに任せるとして、陸人の方は…
SSFの動きは水面下で活発化している。
このご時世だからこそ、国交問題や紛争問題が多発している。その抑止力として彼らは世界中に散らばって活動している。有力な人員を補充する必要性があったのか。
奴らは『協力者』を増やしたり、『応用的訓練』の計画続行の話も上がってきているほど。
『基礎的訓練』が何者かに中断されて以来、二度とあの訓練はしないと踏んでいたが……そういうわけか。
____タンッ、タンッ
…小さいが、何か足音が近づいてくる。
「ほっほっほ…赤坂君。こんなところにいるとは、『表』の仕事は終わったのかね?」
「基本事務作業ですし、午前中に終わらせましたよ。平野先生不在のクラスには代わりの先生に任せましたし、こうして足を運んだわけです。円谷校長こそ、なぜこんなところにいるのですか?」
…気配をうまく消しているようだが、護衛役はついているな。
「ここでひと
いつも通りの作り笑いで、事件について淡々と話してはいるが、心中穏やかではないだろう。
「えぇ。私もあなたと同じ考えです」
「そうか、そうか…」
「あと、ここへ来る前、部下に救急車の追跡を任せたのですが、すでに廃棄済みでして…持ち主も不明とのことです」
「…うむ」
「ですがご心配なさらず。この高校で事件を立て続けに引き起こしているとなると、ここの関係者であることは明白。なら、あの男、銀二やここの生徒、教職員、PTAなど、周辺の者を徹底的に調べ上げればいずれ判明することでしょう。我々の包囲網から抜け出せる人物や組織はごく僅かですし、対象はすぐにでも始末できます」
「そうじゃなぁ~そこは任せましたぞ。うむ…今の段階では厳しいが『英国科学研究所』への交渉が済み次第、余った資金をそちらの軍備費に回そうかのぉ。その間、お主が統括している刺客や護衛役に人員を回してほしいんじゃが……」
彼らならこれらの事件を効率的に対処することは可能だ。だが、
「厳しいかもしれませんね。空は防衛網をより安全にするために、我々が潰してきた企業からの証拠隠滅及び新人の訓練で多忙。一方あの狂人は、あなたが自由にしていいと、おっしゃった以上手をつけることはできません。他の者たちは慣れない環境下で仕事を請け持っていますし、余力はないかと」
「そうか、そうか…儂の勝手を言って済まなかったのぉ…少々焦ってしまったのかもしれぬ」
「いえ、すべてはこちらの不手際です。申し訳ございません」
「そう
「勿論でございます」
今度は謝罪ではなく、円谷校長を見送るために頭を下げた。
_______
A棟生徒会室前。午後16時過ぎ。
未だに平野ツバサの行方は掴めず、捜査は難航している。このことは生徒たちにはまだ内密の話であり、教職員の間だけで知らされている。先ほど調べた限りだが、他にも異様な事件が近県で続出している。
何か共通点がある可能性は高いだろう。ここまで来ると感覚的にだが、敵の顔が見えてくる。やはり手数が少なく、地味なやり方を好み、最終的な決定打を突き付けてくるこの犯行の流れは、SSFの組織。あちこちに分散している今、不規則に捜査が難航する事件を引き起こし、犠牲を最小限に抑えた上でこちらを惑わしてくる。
根本一義の事件の真相解明に費やした警察の手が多すぎたのかもしれんな。そうか…これも狙いの内に入るというわけか。
___ブッーブッー
胸ポケットに入れてある携帯に着信が入る。
「今よろしいでしょうか。赤坂さん」
ボイスチェンジャーを使い、こちらに連絡してくるのはあいつしかいない。
若干遅れた近況報告とかだろう。
「少し待て。場所を移す」
そう言って外まで出て、今の時間人がこない教職員専用喫煙スペースまで移動する。
「先ほど円谷校長から話を聞きました。平野ツバサの件についてですが、私なりに調べてみたところ、未だ行方不明…しかしその者の『協力者』と思われる人物は特定できました」
「ほう…その人物とは?」
「その情報を提供する前に一つお願いがあります」
「言ってみろ」
「高等教育高一学年への手出しはしないでください」
「何を言うかと思えば、ずいぶんと上から目線な物言いだな。理由はなんだ?」
「あなたから請け負った仕事とはいえ、こちら側の
「建前としては不十分すぎる理由だな。こちらとて一学年の生徒に敵がいることは薄々感じ取れている。いや、恐らくは各学年に少数だが存在することは確かだろう…嫌な私の勘だがな。ま、そのことに関してはお前たちの方が詳しいか。しかし、お前の言い分なら二、三年のやつらへの手出しは自由だと捉えられるが?」
「えぇ構いませんよ。私からは一学年への接触を禁じてもらうこと、この一つだけです」
「空の側近の同期とはいえ、偉くなったものだな。慣れない環境下で心境の変化でもあったか」
「それをお答えする義務はありませんが、そうですね…良好な上下関係を築き上げていきたいと思っていますし、あなたのような謎の人物をよく知っておきたいです。そこでお互いの利益のために、あなたに一つ提案があります」
護衛役兼刺客である空を除いて、刺客の人間の中では彼女の頭の回転は一際早い。
敵味方関係なく、彼女の存在もまた警戒する分には問題ない。
「それは一体なんだ」
ここで少し間があったのは、よほど重要な提案を持ち掛けるということか。
「SSFへの介入『別隊』への再入隊を認めていただきたいのです」
「…思いもしないことを口にしたな」
若干だが動揺を見せてしまったか。いつも通り冷静に考えねば。
単純な裏切り行為とは考えられないが、敵の懐内での
ハイリスクハイリターンではあるが、こちらとしては大きな利益に繋がる。しかし彼女は副司令官である銀二への再入隊の交渉承諾の見込みや命を投げ捨てる覚悟がなければ当然この話は出さないはず。
だがしかしその前に大きな問題がある。
かなり前に聞いた話だ。
部隊から一度脱退したものは始末される。または生涯自由とは程遠い、束縛された人生を送ると。国家機密に接触しているのだから当然なことだが、一度たりとも、部隊から離脱した人間が再入隊した、などの話は聞いたこともない。
仮に上手く再入隊できたとしても、あいつの情報
そんな中で優秀な部下を易々と失うことは、こちらとしては痛手になる。
「お前は一度離脱しているだろ。再入隊できる見込みはあるのか?」
まずはこのことを確認しない限り、容認できる話ではない。
「問題ないですよ。日々腕は上がり続けていますし、敵に素性を知られることはないでしょう。……そうですね…、この際お伝えしておきますが、平野ツバサの件において、救急車に乗車していた救急隊員の身元は不明です。どこにアクセスしても不明であれば、謎のまま放置された情報のようですね。ですが、その完璧な偽装工作を応用して、私の方も攻めに入るというわけですよ。SSFに潜り込み、敵の情報をあなたに流していきます」
「敵のその完璧な偽装工作は実際に真似できるのか?お前がSSFに潜入させるかどうかの決定打は、私と円谷校長に委ねられている。何の根拠もなく…」
「救急隊員があの時偽装証明書を持っている確率は高かったにもかかわらず、正門前の警備員に運転免許証を提示したのはなぜだと思います? それはICカードを読み取られることに対して、カードリーダーのセキュリティを潜り抜ける自信があったからです。なぜなら名前や生年月日だけでも本人確認はできるので、普通ならそこを改変すれば身元がバレることはありません。前もって公安の目をかいくぐり、情報操作を行ったと考えるのが妥当でしょうね。あくまでもこれは私の推理ですが……」
電話の向こうで着信音が聞こえてくる。
「少々お待ちください」
程なくしてこちらの電話に復帰すると、
「お待たせしてすみません」
「別に構わん」
「今仲間から連絡が入ったのですが、先ほどの話の続きに関連することです。例の救急車に乗車していた救急隊員の免許証を調べた結果、マイナンバーカード未登録と分かりました。完全に身元を消していますね。このことからも私の推理は正しかったとお分かり頂けたと思います。まだ信用に値しないとお考えならば、後ほどその完璧な偽装工作の技術をお見せすれば問題ないですよね。ぜひご検討ください」
「そうだな。結論は早めに出すことにしよう」
「ありがとうございます。ではこれで失礼いたします」
「あぁ」
__________
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