第18話 交流2


引き続き、小梅先輩の出方をうかがう。


「二年生という中堅学生になったにもかかわらず、そんな逃げ腰でどうする!

馬橇雑言ばりぞうごん浴びても、辛い目を見ても、後輩の盾となるのが俺たち先輩の役割だろ!」


周りの目もくれず、歯切れの悪い声で、二人を説教。

一方大原先輩たちは、自分たちの弱さを認めているのか、胸ぐらを掴まれていても、無表情のまま抵抗する素振りを見せない。


「何も言わないか…、なら」


二人の胸ぐらを掴んでいる手を離し、利き足と思われる右足を後退させ、猛獣の角と似て付かぬ剛腕に力が込められ、ラリアットの前体制に入る。


これは止めないとな…


いつでも止めに入れるよう、軽く前傾姿勢になり、周囲を確認。

助走をつけずともたかが数メートル。相手のふところに入るのには十分な距離。


喧嘩を止めるくらいなら少しは目立つが、人からの信用も得られる。だが止めに入らなければ大原先輩と磯貝先輩は確実に怪我を負い、このグループ全員に責任を問われ、先生たちからの事情聴取などはまぬがれないだろう。


ここでオレだけが逃げる選択肢をとれば、同じクラスメイトの生天目たちにとやかく言われ、この先の友好関係が崩れる可能性もある。結果いやが応でも目立ってしまうのだから、最小限の力で最小限のリスクを負おう。


しかしオレは今、躊躇ちゅうちょしている。

今朝の涼との恋人疑惑の件もあってか、自分の行動の浅はかさが露見してしまい、任務遂行すいこうに対しての自信を失いかけている。


高校生活を無難に過ごす。


結果的にそれが達成されても、過程において何らかの支障があれば、結果の道筋は揺らぐのは当たり前のことだ。十年後は安泰あんたいだとしても、オレの素性がバレれば社会的に大問題となり、安泰の道はあっけなく崩れ去る。


それに怜央の前で、あんな正義感ぶった行動したんだ。

ここでケジメをつけなければいけないし、何よりこの高校では論理観より感情の方が重要視されると分かってきたのだ。


普通の生徒は自分たちの友達を大事にし、仲良く生活することを好む。

そしてこの高校は、血で血を争う場所とは無縁な施設だ。

任務にも支障をきたさず、普通の高校生として最善な策を考えなければ、


_______


_____


__



……決めた


結果はどう転ぶか分からない。

思考を張り巡らせた頭にできた一瞬の空白、その選択を選ぶ。


その空間を埋めるかのように『本能』という新たな行動選択肢が現出。

この選択が成功につながるという根拠は一切なく、不確定要素の塊だ。

パトスよりロゴスを重要視していた自分に抗う、背徳はいとく感に満たされる。


「…スゥ…」


オレは利き足である右足に力を入れ、体育館の床をめいいっぱいに踏み込み、周りの人に気づかれないよう、一気に小梅先輩の背後に回り込んだ。


時間として一秒足らず。自身の両腕の筋肉を弛緩しかんと収縮運動を瞬時に切り替え、バネやてこの原理を働かせ、彼の剛腕を強引に引っ張りだし、瞬時に背中に封じ込める。頭でシュミレートした結果になぞらった行動は正確無比。


しかし、その『本能』という選択肢は間違いだったと瞬時に理解する。


「…俺だけ声を浴びるには勿体もったい無い経験だったんだぞ!?お前らは絶好のチャンスを逃したんだっ。ぐっ…!」


…またか


「いててて!!なんだなんだ……え!?何で俺こんなことになって…腕、腕! ちょ……陸人君!?離してくれ!タイムタイム!」


自分の行動に反省している間、技をかけたままだったことを忘れてしまっていた。


「す、すみません」


すぐに彼の両腕を解放し、いったん距離をとる。

だが小梅先輩の怒りはまだ収まっていないのか、再度大原先輩たちを睨みつける。


「お前らイケメンは本当についていない…女子からさげすまれ、軽蔑けいべつされた痛々しい視線を受けながら、自分の弱いところを突かれる男の楽しみというやつをよぉ〜!」


またしても予想外な展開。

結果が分からなかったにしても、オレの想像の斜め上を遥かにいっていた。

予想外のことを予想する必要性は重々承知していたが、思春期という複雑な思考パターンを持つ人間の形成過程。年齢的にオレもそうだが、互いに複雑な思考がぶつかり合うことでより複雑化が成しているように思えてならない。


……まいったな


「陸人君~ちょっといいかい」


ボーっと突っ立っていると、体育館の床でそのままあぐらをかいている菊池先輩に手招きされ、彼の隣に座わる。


「陸人君。止めに行く必要性はどこにもなかったのだよ。なぜなら彼、小梅君はドMだからね」


やはりオレは変人と関わらないといけない運命なのか。


「最初からそのことを知っていたんですよね。だったら早めにそのことを教えてくださいよ…必死で止めようしてたオレが馬鹿みたいじゃないですか」


生天目たちや小笠原たちもその事実を知り、安堵した模様。そして同時に小梅先輩に対しての目の色が変わったようだ。


しかし…


非力な菊池副会長とはいえ、その事実をオレたちに教える時間は十分にあったはずだ。彼はそこそこ頭がキレる人物だと言われているし、なぜわざわざ黙っていたのだろうか。なんらかの意図があるような気がしてならない。


「あぁ〜もう!また小梅のやつ暴走したよ…ホントあいつの性癖せいへきに付き合っていくの大変だわ」


「同感だ…それと陸人君。止めてくれてサンキューな。あいつ腕力凄いのにどうやって腕押さえ込んだんだ? 是非教えてくれ」


小梅先輩と大原先輩たちが小梅先輩の怒りに対して無抵抗だったこと。それに彼が女子生徒にひどい目にあっていた時も、彼の本性を知っていたからこその引け目だったのだ。そんなこと初対面のやつが気付くはずもないし、推測すらほぼ不可能。


まぁ友達に関しては、オレはまだ何も知らない未就学者だし、いろいろ複雑なのだろうな。こんな非日常……いや彼らにとっては日常か。

まだ入学して二日目だが、早く慣れていかないと。



______




場の空気もようやく落ち着きを取り戻したが、まだ周りのグループからの視線を感じる。同じグループの人たちが、小梅先輩のおふざけが過ぎたと誤解を解いて回っているが、中にはにわかに信じられないものもいるようだった。


騒ぎを立てたものの、ラスト三回目のゲーム開始まで後二十分程度時間があるため、全員分の自己紹介を済ませ、雑談に入る。


「二年生の先輩方はいつもあんな感じなんですか?菊池先輩」


彼らは平静を取り戻し、オレたちから少し離れたところで生天目たちや小笠原たちに一発ギャグをかましたりしている。


先ほどの騒動について目をつぶれば、賑やかで相手のことをよく考えてくれるいい先輩たちだ。


「そうだよ。さっきの件もよくあることだ。でもあぁ見えて彼らは生徒会長と一番仲良しなのよ。ビックリするだろう?生徒会長は今こそ大変な時期だけど、オフの時はいつも彼らと一緒に遊びに行くほどさ。

まぁ彼らは変に目立つこともよくするし、真面目に奉仕ほうし活動をすることだってある。良かれ悪かれ、俺は彼らを評価しているさ」


生徒会長と親しいとは、かなり驚きの事実だが少なくとも彼らが悪い奴ではないことは同意見だ。純粋に高校生活を満喫まんきつしている。今この瞬間を全力で楽しもうとする気持ちがにじみ出ている。誰から見てもそう捉えられるだろう。


「学年が違う生徒会長や新入生にも、あんなに打ち解けられて仲良くできることはすごいですね」


素直にそう思う。

オレにそんなコミュニケーション能力があったら。同年代とすぐ打ち解けられるスキルがあったらと思わずにはいられないほどに。


「それは俺も同意見だ…ん?」


「どうかしましたか?」


なぜそこで菊池副会長が疑問になったのか理解できず、続けてオレも疑問で返す。


「もしかして君知らなかったの?」


「何のことですか?」


「昨日スズタツ君から説明されてると思ってたけど…」


「…?」


「今の生徒会長は彼と同学年。二年生だってことだよ。それに彼らと同じクラスメイトでもある」


「…初耳ですけど」


そういえばスズタツ先輩の説明や今日のオリエンテーションでの学校説明の時も、表立った生徒会の仕事内容しか説明されておらず、役員の情報は一切触れていなかった。ましてやオレは生徒会長というものは最上級生が就任するものだと大きな誤解をしていた。それに


「あの今田先輩と同期なんですね……」


「ふっ…言うねぇ〜。正直俺も同意見だよ」


菊池先輩が笑う姿、初めて見た気がするな。苦笑いだが。


「そういえば最初ステージ上に現れた生徒会役員が二人欠けていたところ、生徒会長ともう一人の副会長は不在ですか?」


聞いてはいけなかったことだったのか。オレの質問に対して菊池先輩の表情にかげりが生じていた。


「彼らは特に忙しいんだよ。今年から制度が結構変わったのは知ってると思うけど、そのおかげで彼らの仕事量が…それはそれはとんでもない。今は猫の手も借りたい生徒会だよ。おっと…時間だ。まだ君と話しておきたいことがあるんだけど、また今度。んじゃね~」


三回目のゲームの準備とのことで、菊池先輩は駆け足でステージの方へ戻っていった。


オレの生徒会入会希望の話…どうなってるんだろうな


一人になったオレは小梅先輩たちのところへ混ざる。ちょうど生天目たちの前で彼らが一年生のときの思い出話をし始めるところだった。

現生徒会長と仲良くなったきっかけや、彼と夜中に学校に忍び込んで校長先生にでくわした話を聞かされる。


「でさ!あの生徒会長がね……校長先生と誰か女の人…あの時暗くて見えなかったらしいんだけど若い女子が…」





ジッー…





…ずっと見られているな




先輩たちの面白おかしい話をまだ聞いていたいが、隣から圧を送り込んでくる人物が気がかりなので話しかけてみた。


「さっきからオレのことを睨んでいるのは気づいているぞ?永野」


菊池先輩と話している時から、鋭い眼光でずっと目をつけられているのは容易に気付けた。


「少しいいか。陸人…」


二人で話したいことがあるとのことで、オレと永野は小梅先輩たちのところから一旦離れ、人気があまりいない壁際まで移動する。

同じクラスメイトである永野雄也は、無口で強面な印象だが運動神経抜群で男前な性格からクラスの女子からは人気急上昇中らしい。

ちなみにこれは怜央から聞いた情報だ。


お互い壁にもたれかかりながら、話を進める。


「陸人。昨日体育館で初めて会った時に俺がした質問を覚えているか?」


「すまん。その時は質問攻めだったからな。あたふたしていて誰が何の質問をしていたか覚えてない」


永野の顔つきや口調が重い。何かしらの意図があることは薄々読みとれる。


「そうか…俺はお前に『何の病気にかかってた?』という質問をしたんだ。肺炎だったらしいな。肺炎に患っていて中学に通えず、入院してたってのは聞いた」


こちらの痛いところを突いてきたな。だが昨日の都合の良い虚実きょじつ話の対策はもう既に立てている。もちろん小梅先輩の件や今朝の涼の件などの予想外なハプニングがないことを前提にしてだが。


だが問題は別だ。こいつが校長側の生徒であるかもしれないという可能性が、今のところ濃厚。引き続き、永野に注意深く対応し、素性をあぶりだす。


「あぁそうだが。なにが言いたいんだ?」


「俺は小、中ともに陸上やってたんだ。生天目と柏木も同じ中学で同じ陸上をやってた仲間だ。さっきお前が小梅先輩を止めようとしていた時、他の奴らは先輩たちにしか目を向けていなくて気づいていなかったようだが、俺はこの目でしっかり見ていた。お前が飛び出す時のあの助走…軽いミディアムな姿勢でエロンゲーテッド並みの速度だった。少し前まで入院してたやつとは思えない動きだし、そんなことできるやつ、プロの人たちでもなかなかいない」


クラウチングスタートには大きく三つの種類がある。

一つは大きく前傾な姿勢で、飛び出し速度が速いエロゲーテッドスタート。

二つ目は腰を大きく上に突き出し、離地が早いパンチスタート。

三つ目はエロゲーテッドとパンチの中間であるミディアムスタート。

陸上についてはよく知らないが、走ることは好きなため、小さい頃からよく試していたのだが


「本当に病気で入院してたのか?お前は……」


そう言って、まるで異質なものを見るかのような眼差しをオレに送ってくる。


「お前の気のせいだ。オレは先輩を止めようとして走り出した瞬間、盛大にコケそうになっただけだ。これ以上恥ずかしいことは言わないでくれ」


永野は小学、中学は全国大会にも出場しているほどの実績をもつやつだ。そう思うのも当然。


「そんはずないだろ。一緒に女子生徒から逃げる際の走りもそうだ。とてもじゃないが、確実に走法を熟知している走り方だった…第一あの剛腕を抑えたのだって…」


「あぁそういえば永野。お前中学の時、柏木と喧嘩して病院送りにしていたんだっけ」


「え…おいっ、それ誰から聞いた!?あいつか?柏木か怜央か!」


オレは永野の弱みを掴んでいる。無理矢理話を切り上げ、話題を変える。それからは会話の主導権はオレが握り続け、こちらの素性を隠し通すことに成功。


不穏な空気のままのオレたちだったが、次のゲームも始まるとのことで、グループに戻り、残りの時間を他のやつらと仲良く話し合った。


終始永野はに落ちないような顔をしていたが、他人の弱みや秘密事を話すような奴ではないことは生天目や柏木から教えてくれ、永野が校長の刺客という可能性は100パーセント無いとまでは言えないが、さほど危険人物ではないことも分かった。


「あぁ…えっと。二回目のゲームはこれで終わります。これから最後のゲームのルールについて説明します」


スピーカー越しから、菊池先輩の声が入り込み、最後のゲームには追加ルールがせられると発表された。



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