第19話 交流3




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『彼は本当に空さんが言っていた通りの人なのでしょうか。


佐渡陸人くん。


私はあなたが、不可解な存在のように思えて仕方ありません。

「陸人は昔一緒に過酷な訓練を受けてきた『仲間』のようなやつで『普通の人間』だった」と空さんがそうおっしゃっていました。

空さんのことを信用していないわけではないのですが、やはり私は彼が決して『普通の人間』には見えないのです。そう…言ってしまえば普通の人生を歩んでいけたのに、進んで過酷な人生を歩むことを決めた人。あるいは決められた人生に対して必死にあらがっているような…そんな気がします。

実際私は彼らが受けてきた訓練がどういったものなのかをよく知りませんし、陸人くんのことについてどうこう言う資格はありません。

けれど私は昔から、場の空気を読むことが上手く人を見る目はあります。

その点を評価されて、この高校に潜入調査する仕事を与えられましたし、自分が劣った人間だと考えたことは一度もありません。


今日初めてあなたを見かけたときから、ずっとあなたのことを考えていました。これは何と例えれば良いのでしょうか。不思議な感情が芽生えたような気がしますが、俗に言う一目れというものでしょうか。いつかお互い仲睦なかむつまじい関係を構築できたらいいですね。


あなたの全てを知ることができる日を待ち望んでおります。 天使の羽衣はごろもおおった悪魔さん。』



ここに暮らすようになってから私は日記を書くことが習慣になった。日々大きく変動する毎日を記憶するだけでなく、記録として残しておきたい。そう考え始めていた。

今日の分の日記をまだ黒革がツヤツヤなビジネス手帳に書き終え、右手に持っていたボールペンを机上で転がす。


新天地での生活の不安や仕事終わりの疲れなど、ため息をつきたくなる以上に、こんな部屋で日記を書くのはどうも落ち着きません。薄暗く不気味な蛍光灯、ところどころヒビがあり、大きな亀裂きれつが走った壁。家具はこの灰色のデスク、デスクチェア、ベッドなどの必要最低限しか置いていません。ちなみに言っておきますが、私の好みでこんな室風に仕上げたわけではありません。この部屋は借り部屋のようなもので職場の寮といった方がニュアンス的に正しいかともしれませんね。とにかく劣悪で不衛生な場所で、汚らしい仕事をこなして生計を立てています。雇用形態もまともに機能していないブラックさが目立ちますが、そのブラックさこそがここに私がいるという存在意義でもあります。


今日は特に日記を書くことに集中していたようです。

やはり今日は特別な日に特別な人と出会ったからでしょうね。


今日はもう寝ましょう…あっ、もう午前一時になってたんですね。


いつの間にか日付が変わっていることに気づき、日記に書いた日付などを修正する。



_______やぁ! こんばんは!



「…どうかな!この部屋はもう慣れた?」


ノックも無しに誰かが勝手に私の部屋のドアを開け、そうたずねてくる。

反射的に私はペンを握りしめ、黒のパーカーの男に向けて、突き出す。


…足音が一切聞こえなかった


「あぁ〜ごめんごめん!この部屋元々僕が使ってた部屋だったから、つい入っちゃった……許して!この通り!」


この陽気な男は警戒心というものがないのでしょうか。

手に持っているペンに毒針が仕掛けられているのを知らずに、堂々と頭を下げて謝るものではないですよ。危うく殺そうかと思いました。


「怒ってはいませんよ。それに『わざと』こんな夜更けに女性の部屋に勝手に入るのはどうかと思いますが、何のご用でしょうか?…空さん」


彼は頭を上げて、安堵あんどしたような顔を浮かべている。

フードで顔を深く覆っていますが、口元が見えていますので、口角の上がり具合で表情は読み取れます。


「いやぁホントごめんねぇ!この部屋、鍵とかなくて女の子的には辛いでしょ?」


「いえ、辛くはありませんよ」


「そうなの!?もし君が着替えている時、誰かが間違ってこの部屋を開けて、君の美しいホニャララが見られても構わないってこと?」


「見られて困る体はしていませんし、構いませんが、そんな話をしに来たわけではありませんよね?」


「まぁそうなんだけど…って、君さぁ、もうぉ~少し男を警戒した方がいいと思うよ?で、本題のほうなんだけど…前に陸人の話をしたじゃん? 今日…あぁ、日付変わってたね!昨日のことで彼と会ったと思うけど少しは彼のこと分かったかな。君にはどんな風に見えたかな?」


「全然わかりません」


私はここに入隊して間もない新人。

空さんとは昔何度かお会いする機会がありましたが、警戒心は完全に溶けきってはいないため、余計なことは極力口に出さないように注意を払っています。


「ちょっ……それはないよぉ〜!せっかく時間を割いて一生懸命好きでもない思い出話を君に聞かせてあげたのにぃ。あーもう!僕の努力をどうしてくれるんだぁ君は!」


空さんは仕事の時はちゃんとしていて凄く頼もしいのですが、仕事以外の時はこんな風にお茶らける方で、いつもネジが二,三本以上外れている変人さんです。

ついでに変態さんですね。


「ですが…彼のことをもっとよく知りたいと思いました」


「ふーん。そっか…」


以前空さんが陸人くんに関しての話をしているときから、ずっと体の奥底から彼を知りたいという好奇心が湧き上がって仕方ないのです。


……きっと私と『同類』なんでしょうね。






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菊池先輩から追加ルールの説明がされ、今田にマイクが渡される。


「では最後のゲームを開始します。それでは…気になる数字は、なんと!……またもや10!みなさん頑張ってくださいねぇ」


最後のゲーム開始音が体育館中に鳴り響くと同時に喜びや悲鳴のような声が上がり、ぞろぞろと全校生徒が動いていく。


「それにしてもグループの半分は異性で構成しなければならないなんてなっ!……生徒会、俺のこと分かっているな!ハハハッ!」


多くの生徒間を笑顔で駆け抜けていった小梅先輩の後ろ姿は、もう既に見えなくなっていた。確かに彼にとっては好都合な追加ルールなのかもしれないが、オレにとっては、もうこのゲームから降りたい気持ちでいっぱいだ。


先ほどからイレギュラーなことばかり発生していて、安全に対処しなければならないこちらの身も考えてほしいという切実な思いは裏切られ続ける。


第一、今回のルールで女子もグループに入れなければならないとなると、よりリスクが高まる。

なぜならオレにとって男子より女子の方が何考えているかよく分からない。


話しかけることはできるにせよ、それからどんな話題を出せばいいのか皆目検討かいもくけんとうつかない。相手から話題を振ってくれれば多少楽なんだが、話し好きなタイプか、それとも逆のタイプに別れるかでオレの運命が左右される…とそう感じている。その時は自力で乗り越えらなければならないのがこくだな。


「なぁそこの銀髪の子!俺らのグループに入らないか?」


「ねぇ目が死んでるそこの君!…後輩君かな? 私たちのグループに入ろう!」


永野たちと別れ、一人で分け目もなく歩いていると複数のグループに勧誘されたが、どちらも前のグループで一緒な人がいたため渋々しぶしぶ断ざるを得なかった。


こんな人が密集する中で、元同じグループの人と一緒になってもあまりバレないと思うが…


最初のゲームルールの説明がされているときから疑問に思っていたが、学校側、生徒会側は直接的に誰と誰が何回目のグループにいた、と細かいところまで調べているのだろうか。たかだか全校生徒交流ゲームとくくってしまえば楽だが、裏を返せば学校側が全校生徒の、主に新入生の情報や動向を集める格好の機会と見ることもできる。


何度か同じ人が連続して同じグループに残っている人たちも見受けられたが、先生たちに見つかっても特に注意されていなかった。しかし体育館の天井やステージの上、館内の全方位には監視カメラと思わしきものが多数設置されている。


みんな気づいていないようだが、入学式の日より四個多く設置されているのが不可解だ。となると、このゲームを監視しているやつが存在し、問題はこれらの監視カメラをモニタリングしている人物が誰なのかだ。


その人物の身元を特定することは、すなわちこの高校の『全貌ぜんぼう』を目の当たりにできると言っても過言ではない。オレは大体育館に入ってすぐ『欠席している生徒は一人だということ』そしてゲーム前の学校説明が行われた時に各教師の自己紹介の時間に『全教職員がここにいること』は把握している。


なら、今不在している生徒会長ともう一人の副会長、そして校長がこのゲームを監視している。もしくは校長側の護衛役が監視しているという可能性も捨てきれない。


もしこの高校に設置されている監視カメラが一箇所の監視室でモニタリングされており、モニタージャックに成功すれば学校全体を監視できる上に上手くいけば校長の不正が働いた場合の証拠動画も記録に残せる。


そうなれば円谷校長の情報を銀二に渡すという任務は完遂かんすいされ、おまけに円谷校長の身柄確保まで達成という巨額なお釣りが返ってくる。単純かつシンプルなやり方だが、任務成功率は格段に上がることは間違いない。


まるで体育館の細部までを見通すために設置されたと思われるほどの異常な台数の監視カメラ。

部活動でこの大体育館はよく使われるのに、監視カメラに囲まれた中で活動するのは、いささか気味悪いだろうな。




まだグループを形成していなく、動きのある生徒たちの場所を探して数分歩き回ってはいるが、続々とグループが出来上がりつつある。取り残されてはまずいと思い、歩くペースを上げ、人混みの中を抜けていく。


すると男子が三人、女子が二人かつ元同じグループだったやつがいない集団を発見。周りには人が集まりだし、先着順にグループに入ることとなるため、やや駆け足気味で向かうと、


———ッと


オレの肘下あたりに強く、むにゅッとした柔らかい感触が当たり、違和感を感じる。こんなこと一度や二度あるかと思っていたが、どうやら死角から一人の女子生徒が衝突してきたらしい。相手は、ぶつかった反動で飛ばされ、気づいた時には彼女は、地に尻餅をつけていた。


「…いてて、ごめんなさい!怪我はないですか?」


その女子生徒は衝突して吹っ飛ばされたのにも関わらず、ピクリとも動かなかったこちらの怪我の安否をたずねてきた。確か、こいつは同じ一年の…。


「見るからに、おま…そっちの方が怪我ありそうだろ。こちらも不注意だった…悪い」


友達づくりに関して調べていたとき、初対面の女子に「お前」呼びをすることは、警戒心を与えると同時に不快感を感じさせるということを思い出し、とっさに口から出るのを抑えた。


「いえ!私が勝手にぶつかってしまったんです!本当にお怪我ありませんか?……痛いところありませんか?」


この子は尻餅ついて、一方オレはボーッと突っ立っている。

誰がどう見ても怪我を負っているやつはどっちだ、と質問されれば間違いなく彼女の方を指すはずだ。

きっとこの子は、かなりの心配性で優しい性格なんだろうな。


「本当に傷など一切ない。気にするな……手貸すか?」


その女子生徒に手を差し伸べ、そっと起き上がらせる。


「…あ、ありがとうございます…」


「お互いグループ探しの途中だったみたいだな。周りには気をつけろよ。じゃあな」


「はい。気を付けます…」


そう言って目的のグループの方へ、オレも周りに気を配りながら進み、無事加入することができた。

オレが来て男子は三人目。先ほどぶつかった女子生徒と話している時間に誰かしらは加入していると思っていたが、幸いこのグループには誰も加わっていなかった。


すると程なくして、見知った顔の女子生徒がこのグループに参加してくる。


「あらぁ?……陸人くんじゃないの!」


「どうも、美久先輩」


「昨日はホントにごめんなさいね。あの後吉樹くんには厳しく言っておきましたから…」


「いえ、美久先輩が謝ることは何一つないですよ。非があったのはオレと今田…先輩だけですから」


「…あらぁ〜男気あって素敵ですね!ふふっ、吉樹くんのことは呼び捨てでも全然大丈夫ですよ?」


「いえ…上下関係は大事ですので今後は気を付けます。それより生徒会の方の仕事は大丈夫なんですか?」


見てみるとステージ上には今田と今泉先輩の姿はなく、スズタツ先輩と菊池先輩の二人が残っている。ここからステージとの距離は近いため、二人の様子がはっきり捉えられるのだが、二人とも何故かぎこちない顔をしているのが目に入る。


忙しそうに見えるが…それとは別にお互いに腹の探り合いをしているかのような顔つきだな。


「仕事の方は全然大丈夫ですよ。こう見えて二回目のゲームの時、私参加しないでちゃんと働いていたんですよ? このオリエンテーションの写真を撮ったり、学校ホームページや校内新聞の記事を書いていましたから。後の仕事は菊池くんたちの担当です」


「そうだったんですね。やはり忙しいそうで……」


「入学してまだ二日しか経っていないのに、美久先輩とお知り合いだったんですね。少し驚きました……陸人さん」


二人で話している中オレと同じクラスメイトで、美玖先輩と同行していたと思われる黒髪ロングで清楚な容姿の女性が顔を出す。


「それはオレのセリフなんだが…華恋かれんさん」


オレは基本同じ年のやつには呼び捨てで通すが、この時のオレは高校一年生とは思えないほどの妖艶ようえんなオーラをかもし出す彼女と対面して、呼び捨てははばかれると思ってしまっていた。


まさに怜央が言っていた通りの人だな…大抵の人はつつしみ深くなってしまうのも、はっきりと分かる


「さん付けはよしてください。同じクラメイトなんですから」


「あぁ…わかった。よろしくな、華恋。オレのことも呼び捨てでかまわないぞ」


思いがけぬことに呼び捨てを許可してくれたので素直に従うことにするが


「い、いえ!で、では…陸人くん、と呼ばせていただきますね」


基本華恋は誰にでも敬語を使うせいか、こちらのことを呼び捨てで呼ぶことは逆にはばかられてしまった。


ちなみに華恋は一、二回目は友人同士で上手くゲームをクリアしてきたらしいのだが、三回目のゲームでは単独行動することになってしまい、出会った矢先に美久先輩と同行することになったらしく、このグループに至ったとのこと。


…それにしても…


美久先輩と華恋は似た色気というか、なまめかしい女性のオーラが一際強いなと思わずにはいられなかった。



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