第8話 侵入者

教室を出てからオレは『ある場所』へ向かおうとしていた。


周りを見ればどこの教室もひときわにぎやか。

廊下には大人数でたむろって話すやつや怜央みたいに場をにぎやかにしているやつもいたり、多種多様な新入生たちであふれかえっている。

みんな高校生活というものにあこがれを抱いてきたのだろうな、と勝手な想像を膨らませながら、一人廊下を歩いていく。

行き先は一学年の教室フロア近くにある食堂だ。

入学前調べて分かったのだが驚くことに、ここの食堂は全校生徒四百八十人が余裕で収容できそうなほど広く、その中には全国的にも有名な福島の店が五店設置されていて、大型デパートのフードコートに負けず劣らずの設備が設けられているのだ。さらに豪華なことにここの学生たちは学割で安く、絶品グルメを食べることができるのである。全国どこを探してもここに匹敵するような高校はまずないだろう。


この高校…一体どれだけの金を持っているんだろうな


今日できた友達から聞いた話なのだが、その豪華さ故、近隣の高校生がここの学生になりすまして忍び込み、優雅にランチを食していた事例があったらしい。


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「よしっ侵入成功!ここの友達から予備の制服貸してもらったし、これで念願の高等教育高の飯が食えるぞ!」


俺は怪しまれないように、朝ここの生徒が登校している時に学校に忍び込み、昼の時間になるまでトイレや掃除用具庫に身を潜めていた。

防犯カメラが多く設置されている、この場所で授業時間に徘徊はいかいしている生徒は嫌でも目立つからな。極力行動は控えるようにしていたのだ。


昼飯の時間になるまで待つこと四時間。

そんな手間をかけなくても、お昼の時間になったらバレないように侵入すればいい。

普通はそう思うはずだ。だがここの高校のへいは高く、とても人が登れるようなものではないため侵入経路は正門しかなかった。ここの友人から聞いた話によると、遅刻する理由を話せば校内に入らせてもらえるが、クラス担任からの入校許可を得なればならない、とか。よその高校の生徒だと知られたら、どうなることか。


てか、どんだけ防犯システムきっちりしているんだよ


正門前には警備員がゴロゴロいるし、お昼ちょうどに侵入することはほぼ不可能。登校時間や帰宅時間になれば、大勢の生徒が出入りするし、警備員もいちいち調べたりはしない。そういうわけで朝、ここの生徒たちにまぎれて登校するのがベストだと考えたわけだ。


暇を持て余しすぎてどうにかなりそうだったが、スマホゲームをして何とかお昼の時間まで耐えしのいだ。


「あぁ~!やばいほど退屈だった!とうとう目的を果たすことができるぞぉ! はぁ…やっとだ。やっと食べられるぞ!」


トイレから出て早足で食堂へ行く。


「やっぱすげぇな…」


始業時間前に下見はしていた。

規模が大きすぎること。豪華すぎることは一目瞭然いちもくりょうぜん

しかし、どこの店も準備中であったため活気はなかった。

だが今はどうだ。祭りの屋台やデパートの行列ができたフードコートのようなにぎわいがあり、ここにいるだけで楽しいと思えてくる。


「おっと…おかしな行動は控えないとな」


何食わぬ顔でステーキの名店の人気メニュー、ミックスグリルを頼み、何食わぬ顔でテーブルに座る。


「す、すごすぎるっ…こんなものをこいつらは毎日食えるのか」


こんな特殊すぎる環境の中で日常的に過ごしている周りのやつらに対して、嫉妬心がより強くなくなるのを覚える。

俺の高校は私立高校だというのに食のバラエティは貧しいし、校舎自体ここより数段劣っている。

見たところ、先生と生徒の仲はよく、一緒に楽しく昼食をとっているではないか。

こっちの高校の先生たちは、俺たちを出来損ないの生徒だと思って適当に授業をやるようなやる気のないダメ大人ばかりだ。毎日のように生徒からは陰口をたたかれ、それをたまたまに耳にした先生は根拠のない怒りを俺たちにぶつけてくる。

俺たちは先生のはけ口。体罰という制度が容認されていた時代であれば、容赦なくサンドバッグにされていただろう。それほど、こっちの高校の生徒と教師の関係は悪いのだ。

それに比べて、ここの先生は生徒さん思いの優秀な教育者だ。生徒からのいじりを受けても軽くあしらって互いの関係性を悪化しないように事を収めている。いい教師にはいい生徒が育つ。そんなの当然だ。


「あれ、なんで涙がこぼれてくるんだろう……」


自分の置かれている立場とこいつらを比較して、同じ人間として劣等感を感じてしまっているのだろうか。

俺は昔から負けず嫌いで常に自分は優秀になろうと努力してきた。


だけど努力は実らなかった。


中学の部活動のサッカーでは三年間レギュラーになることができなかったし、第一志望である、ここ高等教育高等に落ちて、滑り止めで受かっていてた今の私立高校に通うことになってしまった。


「……悔しいっ」


テーブルに座ったままミックスグリルを見つめ、過去の感傷に浸っていた。


徐々にグリルから湧き上がる湯気が小さくなっていき、俺は目的のゴール一歩手前で立ち止まってしまい、食すことを躊躇ためらった。こんなことをしている場合じゃない。そんなことを思ってしまっていたのだ。


「食べないのかい? それ熱いうちに食べないともったいないよ」


「えっ」


気がつくと俺の前の席には金髪の筋肉質な若い顔の男と眼鏡をかけた細身の男が座っていた。


「なにかあったのかい?よければ僕たちが相談に乗ろう!なんて言ったって僕たちは生徒会メンバーなんだから」


「なんでそんな親身になってくれるんですか…初対面なのに」


「だって君はここの生徒だ。生徒が困っている時に手を差し伸べるのが生徒会の本業!いつだって助けになるよ!……それに君は今泣いている…ほっとけないさ!」


「でも…俺っ!」


「大丈夫だよ。何でも言ってごらん。きっと力になれるはずだ」


そう言ってくれて、俺の目から涙がどんどんあふれ、彼らの顔がよく見えなくなっていた。抑え込んできた自分の気持ちを吐いた。ここの生徒ではないこともバレてしまい、彼らへの罪悪感を感じた。だけど、それを知ってもなお、彼らは俺をここから追放せずに真剣に話を聞いてくれた。


「モグゥ…第一志望のここに落ちて、行きたくもない私立を行くことになってしまいました。授業料も高く、奨学金を借りて通うしかありませんでした。クチャッ…進学コースだというに先生たちはやる気のない授業をするし、脱線した話をして授業時間を丸ごと潰す奴もいる。周りの生徒は勉強なんてやるだけ無駄と豪語する馬鹿な奴らばかりだし、周りに流されて自分もそっち側の人間になってしまっているんですよ。モグッ、もうこの先人生…終わってますよ!」


冷め切ってしまったミックスグリルを食べながら、彼らに今までふさぎ込んできた鬱憤うっぷんを吐き出した。


「そうか…君はよく頑張ったさ!この高校に入れなかったのは残念だったね。だけどたかが高校だ!この先の人生の三年間という短い軌跡でしかない!悔しい気持ちは次に繋げろ!大学受験、就職活動!まだまだ先はある!お互い頑張ろうじゃないか!」


なんていい人たちなんだ彼らは。こんな正義感あふれる人間は見たことがない。


「はいぃ!ぎゃんばりますぅ!」


「うへー!口から肉がぼとぼと落ちているぞ!ちゃんと飲み込んでから返事をしなさい!」


「はいぃ!」


「うおぉーい!今注意したばかりだぞ!僕の制服にくっついたじゃないか!」


その時のミックスグリルの肉一つ一つの味は一生忘れない。

この人たちは俺がこの高校の生徒ではないことを知った上で相談に乗ってくれた。話を真剣に聞いてくれた。こんな人がこの世にいるなんて想像すらしていなかった。いつも自分の周りの世界は汚いものであふれているのだと決めつけ、本来近くにあるはずのきれいなものを見向きもしなかった。これからはきれいなものをしっかりとらえ、俺と同じような境遇に置かれているやつを助けてあげたい。


今までの悔しさをただ一人抱え込むのではなく、それをバネにして人生の新たな一歩を踏み出せばいいのだ


「ごちそうさまでした! 俺…今日…この日のこと…あなたたちのこと絶対に忘れません。ありがとうございました!」


彼らにお礼を言い、俺はこの高校から出て正門の前でお辞儀じぎをした。

ここのミックスグリルを食べれたこと。ここの生徒会役員に助けてもらったこと。そして悔しさという成長を俺に与えてくれたこと。


「ここに来て良かった……」





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「いやぁ!泣けてきますね!あんなつらい経験をしてきたとは…ここに通っている僕たちは彼に負けないように頑張っていきましょう!」


「ん? あぁ」


「全く!副会長は、ずっとサンドイッチ食べながらボケーっとしてただけじゃないですか! ところで、あの者の処遇しょぐうはどうなさるつもりですか?もちろん……」


「先生にチクる」


「いや!ここは黙っておきましょうよ!」






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という、ちょっとした侵入事件があったらしいが

まぁ、金品や重要資料が盗まれなかっただけ良いほうだ。


後からそいつは生徒会からの連絡やこの高校に設置されてある防犯カメラから身元特定され、両方の高校の教師たちに、こっぴどく説教されたらしい。


隣の芝生しばふは青く見えるものだ。その高校生の気持ちはよく分かる。


「…ってか腹減った」


空腹感を我慢し、食堂で何食べようか考えながら早足で向かっていった。


程なくして目的地に着くと、オレは食堂の全貌ぜんぼうを見て思わず目を見開いた。

まず高校生には贅沢すぎる環境だということ。生で見るとその広さや豪華さはネットの写真とは比較にならないほど素晴らしかった。


先ほどの話のやつの気持ちが痛いほどわかる



しかしオレが驚いたのはそれだけではない。



すべての店が閉まっていたのである。



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