第7話 教室

入学式が終わったあと、各々のクラスに向かうように、と教職員たちから指示を受けた新入生らは、道中、賑やかな話声と共に足を運ばせていた。


そんな中オレは、影山のほかに新潟武士にいがたたけし山田怜央やまだれおの四人で同じ教室へと向かっていた。二人とは式が終わったあと、影山と仲が良くなっていたため、自然にオレもその輪に加わったわけだ。


「なぁ、俺らの校長先生ちょっとボケてねぇか?ちょいちょい笑い出しそうになったんだが」


真面目な顔つきだが、笑いをこらえるのに必死な声で、武士がそう言った。


たしかに円谷校長はステージに上がるとき階段で転びそうになっていたり、眼鏡が曇ったまま話を進めるなどの、ボケ姿が多く見受けられた。


「俺もそう思ったわ!あんな老いぼれた校長先生をほっといたらあかんって!看護でもして内申ないしん点でも上げてもらおっかな!あははは!オレ大優勝!」


とても明るい性格で、見た目からも元気溌剌げんきはつらつさが分かる、怜央のおふざけが突如入る。


「なぁにが大優勝だっ…てか怜央の看護とか気色悪いわ…内申点上げるからやめてくださいとか言われたりな!」


怜央がボケて、武士が突っ込みを入れるという流れが鉄板になっているらしく、漫才もどきを見ているようだ。


「ふむ…」


喜怒哀楽をお互いに共有しあって仲良くなる。そういう方法もあるか。これは友達作りの学びが広がるな。



_____ッン!?



廊下で楽しく話している中、オレの背後から急にガシッと右肩を掴まれた。


なんだ急に……手の加減から故意で掴んだものと判断してよさそうだ


反射的にその手を振り払い、少し身構える。


やべっ…つい反射的に…


しかし後ろから足音や気配が一切感じられなかった。

友達作りについて考えすぎていたせいか、自分の身の危険性に対して意識がそれてしまっていたようだ。全く不注意にもほどがある。急に防御態勢に入ったオレのことを見て、他の三人にあやしまれなかったか心配だったが、特に気にしている様子はなかった。


「おっ…想像通りの反応!君、空手やってたでしょ!糸東しとう流を使うんだね。ねぇどこの空手の道場通っているの? いいねぇ~さっきの構え方!感動したよ! どうやら僕の目に狂いはなかったようだ。初めまして、僕は二年の今田吉樹いまだよしき!一応生徒会に入っているものだ!」


一瞬型を見せただけで流派を当ててくるか…何者だこいつ


金髪キノコ頭にクリクリな目をまぶしいほどに光らせている、自称生徒会役員の先輩に絡まれた。


見るからにオレより年下と感じさせるほどの童顔。その顔とは似つかわしいほど太く鍛えられた肉体。相当な曲者くせものそうだ。かかわるのが面倒だと思ったが、こいつが本当に生徒会役員なら話は早い。生徒会ならこの高校の内情を一般生徒より把握しているはずだし、何か校長の手掛かりを得られるかもしれない。ここで無視してチャンスをものにしない手はない。


少し話してみるか…


オレは影山たちに用事があると言って、先に教室へ行かせ、残ることにした。


「いきなりなんなんですか。何か用ですか?」


廊下の端まで移動し、ほかの新入生の邪魔にならない程度まで離れる。


「いや!僕は気に入った相手を見つけると、いてもたってもいられないたちでね。話しかけてみたのさ!あははは! ところで君の名前は?」


相変わらず変な奴だ。


「…佐渡陸人です。よろしくお願いします。生徒会役員なんですよね。聞きたいことがあるんですがよろしいでしょうか」


「そうだよ!僕は生徒会会計を務めている。そんなにかしこまんなくていいよ!どんどん質問したまえ!っふん」


「じゃあ、あなたが本当に生徒会役員かどうか…証拠を見せてくれませんか?」


「うん!僕のこと全く信用していないみたいだね!………えーと、どこだっけかな……生徒会ピンバッジあるんだけど…いちいち制服に着けるのめんどくさくて外しているんだよね……」


制服のポケットの中身をあらかた探しているのだが、中からハンドグリップ、五キロほどの重さの小型の鉄球、プロテインバーなど色々出てくる。


こいつ全く整理整頓できない人間だな…それにこんなもの普通持ち歩かないだろ


「あった!これこれ!これでどう? 僕が本当に生徒会役員だってこと、これで分かったでしょ」


そう言って嚙み終えたガムに引っ付いた、正真正銘の生徒会ピンバッジを見せてきた。


探している様子から、本当に生徒会役員だということは分かっていたんだが…


「…本当だったんですね」


そう言って適当に受け流す。


「これで僕は君から質問を受ける準備が整った!さぁ!何でも質問したまえ!あははは!」


まるで何でも来いといったような口調だ。

今田は他の生徒よりも、数段話のテンポが速く、直感で動くようなタイプだと見て取れる。せっかちなオレにとって話やすいタイプのはずなんだが、初対面の相手でこの対応は困るな。オレだけではなく全国の高校生もそう思うはずだろう。


だがそこを利用して上手く情報を聞くことにする。


「オレ生徒会に入りたいと思っていたんですけど、どうすれば入れるんでしょうか?」


自分の客やクライアントは無下に扱えないように、生徒の代表的存在である生徒会は、生徒会志望の生徒を無下には扱えない。これを言えば好感度は上がる…と思うし、色々教えてくれるはずだ。


「ホントかい!?それはうれしいな!君みたいな人が入ってくれるとうれしいよ!最初は生徒会役員に立候補する旨を、先生や生徒会役員に直接訪ねて言うんだ。もちろんこの僕を頼ってくれてもいいよ!それから、生徒会選挙は一年に二回しか行われない。立候補者は体育館のステージの上で演説して、全校生徒からガッポガッポ票を稼ぐのさ。それだけだよ!それにしても今の段階で生徒会希望かぁー!君、見た目はクールで大人しそうなのにアグレッシブなんだねー!」


ほめてるのか馬鹿にしてるのか分からないが、爆笑しながらオレの肩をたたくのはやめてほしい。


「それだけですか?意外と簡単に組織決定されるんですね。ちなみに生徒会に入った後のメリットを教えていただきたいです」


こいつの波長に乗れればスムーズに話が進むと思い、結論を急いてみた。

一年生ながら、なかなか口が達者じゃないかと思わんばかりの顔をされたが無視させてもらう。


「どうやら中学では生徒会には入っていなかったようだね。メリットかぁー!いろいろあるんだなー。女子からモテるし、内申ないしん点も上がる。顔が知れるから色々な人と仲良くなれる……あとは先生や校長とも関わる機会が多い……あとは…」


やはりこいつは感情が高ぶるといろいろ教えてくれる。他人の秘密を知って、多額な口封じ金を渡されても、口が滑っていつの間にか秘密を暴露しそうだ。


今田が頭を悩まして、必死に生徒会のメリットについて考えている途中、


「…あら、男子同士の恋バナですか?ぜひ私も混ぜてほしいですね」


同じ生徒会役員だろうか、こちらに一人の女子生徒が近づいてくる。大人びた容姿から上級生であることは分かる。切れ長の目に、薄いピンクの唇、紫のショート髪には赤色のリボンを身に着けていた。ふんわりと、穏やかな空気をまとっているようだが、どこか色気を感じさせる。その理由は明白。制服越しからでも大胆に目立つ大きな胸のせいだ。


「やっと見つけましたよ。吉樹くん」


「うわぁ!美玖みく先輩…ぼ、僕のことを探してくれたんですね!ありがとうございます!」


ハッと驚く様子を見せて、彼女にびへつらうかのように、今田の態度が激変する。


「式の片づけ、サボっちゃいけません。ほら行きますよ」


あきれ顔しながらも、美玖先輩は今田の手を引っ張って連れて行こうとするが、


「…み、みく、美玖先輩が……僕の手を掴んで…」



______ブシャアァ!!



たちまち今田から大量の鼻血が噴出し、顔や目が真っ赤になって倒れこんだ。

全身の体温、血流が急上昇して体が耐え切れなかったのだろうか。


「ちょっ吉樹くん!?…またこんなに出血して…」


「また…ってこれが初めてじゃないんですか?」


彼の首元に左手を当て、急激に体温が下がっていくの感じ取る。このままじゃ本当にやばいぞ。


「えぇ…ほぼ毎日ですよ」


「毎日…冗談ですよね?」


「もちろん本当のことですよ?…少々困った後輩くんです…」


外部作用がなかったにもかかわらず、自意識でこんなに大量出血させることできる(しかも毎日)人間を初めて見たオレは、不謹慎ふきんしんなことに少し関心してしまった。普通の人間じゃこんな芸当できないし、一生に一度見られるかどうか。それほどまでに貴重な光景だった。いや、それよりもこの量の出血だ。いつ死んでもおかしくない状態である。


「救急車呼びますが…」


「いえ!その必要はありませんよ。直に回復しますので安心してください」


「はぁ…そうですか」


すると美玖先輩の言った通り、彼の体温が急激に上がりだし、脈拍や心拍数が平常値まで回復していくのを肌で感じとる。恐るべき自然治癒力だ。


「もー!吉樹くんっ起きて!」


そのまま起きない今田をオレと美玖先輩で、たまたま近くにあった荷台に乗せる。


「ありがとうございます。ごめんなさいね。迷惑かけて」


「いえ、全然大丈夫ですよ」


重たそうにしながらも、美玖先輩は今田を乗せた荷台を引っ張って連れて帰ろうとする。


「あの」


彼女のことを軽く呼び止めると、話を切り出そうとしているオレより先に、


「あ、そうだった!自己紹介し遅れましたね。私は佐藤美玖さとうみく。生徒会書記を務めています。吉樹くんとの話を少し聞いていましたが、生徒会希望なんですよね? いつでもいらしてください……陸人くん」


お互い軽く自己紹介をすませ、オレは本題を切り出そうとするも、そろそろ自分の教室に戻らないといけない時間になったため、美玖先輩たちと別れることに。


駆け足で自分のクラスに戻っていき、


「オレのクラスは二組だからここか」


教室前に貼られている名簿を確認して、ドアを開けると



…うーん、気まずい…



一応時間内に戻ってきたはずなのだが、みんな静かに着席していて、教室が異様な緊張感で包まれていた。


最後に入室してきたオレに対して、何故だか周りから痛い視線が送られる。


なんだか遅刻していないのに、遅刻したやつと見なされていて気恥ずかしい


そんな視線が集まる中、黒板に貼られている席順の紙を見に行くと


「出席番号順ではないのか。ってマジか…」


オレは教室の窓際、一番前にある空席へと向かい、手持ちのシューズや通学用リュックサックなどを下ろす。何かと目立つ、一番前の席になってしまったのはどうしようもない。ただ運が悪かっただけだ。


恐る恐る着席すると同時に、教室の前ドアから黒スーツを着た…ピンク色のミディアムショート髪の女子が入室してくる。外見はまるで子供で、身長は150ないくらいの小柄で愛らしい女子だ。


「みんないますね。それにしてもやけに静かですね~。まぁ、みんな初対面だからそうなるのも自然かなー。おっと、そうでした!まず私の自己紹介からですね!今日から担任を務めることになりました!小池のぞみです!こう見えてダンスするのが好きで、趣味でもありますー!担当教科は苦手な子も多い数学です!よろしくねー!」


「………よ、よろしくお願いします」


少人数の女子からパチパチと拍手が上がるが、すぐに虚しくなり、居心地が悪くなる。


まさか…オレたちの教師がこんな幼い容姿だとは。細胞の老化を遅らせるアンチエイジング医療がここまで発展しているのか。


「むぅ…なんだかみんな元気なさそうですねー。緊張しているのかなー」


教卓の横ふちを人差し指でツンツンしながら、すねた顔を見せる。


子供先生がせっかく張り切って自己紹介してくれたんだから、場を盛り上げないと可哀そうだなと思った矢先、オレと同じことを思ったのだろうか。男子生徒たちから雄たけびのような歓声があがる。



____ヴォォ!!



…初めて高校生の気持ちが共感できた気がする


やはり学生たちは場の空気を読むことに特化した人間が多い。そういうところの習性はオレも見習わないといけないな。


「小池先生!プリティ!」


「小池ちゃーん!!」


「マイシスター!!こーいーけ!!」


「こい○やポテトチップス!!」


さっきまでの静けさはどこへやら。


急にクラスアイドル的存在になってしまった小池先生の目が点になっている。オレもそうだが、先生もクラスの空気の変わりように驚きを隠せない様子だ。


雄叫びに感化された狼の如く、次々と男子生徒が立ち上がり、更に騒がしくなっていく。


「おっしゃあ!お前らに今一度問う!」


「おう!」


「ロリコンになる覚悟はできているかぁ!?その覚悟ができていない男は、この教室から去れい!」


「…ちょ…静かにしてくださいー!」


「先生!俺たち男子は、一生あなたの生徒で在り続けます!よろしくお願いいたします!」


「え!?えぇ〜…よ、よろしくお願いします…」


「くぅう~! 俺らの担任がこんなにプリティだと思わなかったぜ!スレンダーな美人教師や色気ムンムンな教師を期待していたが…うんっ、これはこれで最高だ!」


おおっぴらに変態発言をかましている怜央に向けて、女子から汚物を見るような視線が飛び交う。こいつらを見習うというオレの言葉は撤回てっかいしよう。このクラスの男子生徒は、小池先生の幼稚さと教師のギャップに感涙しているものが大半。危うくオレはこいつらの変態さを見習ってしまうところだった。


「……あ、ありがとね。じゃあ!今度は君たちに自己紹介してもらおうかな?出席番号順でいくね」


さて…次は自己紹介という関門を突破しなければならない。たかが自己紹介…甘く見てはいけない。この場で全員に自己紹介することは、クラスの人たちからの自分の印象が決まり、明るい人や暗い人、勉強できる人、運動できる人と一般常識の枠組みの範囲内にカテゴライズされるのである。これは今後の高校生活を過ごす上で大切なイニシエーションであり、友情をはぐくむための前準備として絶好の機会だ。


出席番号は苗字のあいうえお順で並んでいるため、クラスで四十番中、オレは十五番目にあたる。自己紹介で言うことはあらかじめ考えてきたことを言うだけなので、順番が回ってくる間は特にやることもないし、本とか何も持ってきていないため、手持無沙汰ぶさたになってしまう。何しようか迷い、周りを少し見渡すと、たまたまあるものが目に入ったため、隣の席の子に話しかけてみることにした。


「…オレ、佐渡陸人っていうんだ。よろしく。この落ちている筆箱…君のだよな?」


ややセミロングのふわりとした茶髪、まったりとした二重の目、優しそうなオーラが漂う彼女。


オレのほうに転がって落ちていた、独特な形状をした筆箱を拾い、相手に渡す。


「あ!拾ってくれてありがとうー!私は三浦弓みうらゆみ。よろしくねー佐渡くん!」


佐渡くん…か


初めて名字で呼ばれたため、少しどぎまぎした。


「弓は動物好きなのか?…筆箱がヤブイヌなのは少し驚いた」


「えぇ!ヤブイヌって気づいたの佐渡くんが初めてだよ〜!すごいね!佐渡くんも動物好きなの?」


「…いや、そんなに詳しくは知らないが、好きではあるな」


「そっかぁー!私、将来獣医師になりたくてね。進学率が高い、この高校を選んだんだー。あとね、私の実家で柴犬とチワワ、それに猫4匹飼ってるんだよ~」


弓は、まったりした雰囲気の天然女子で、男女問わず話しかけやすいような人だった。会話の流れに乗っかり、お互いの趣味や高校で入りたい部活について話し合った。自分から同年代の人に話しかけることもしてみたかったし、弓が筆箱を落として気づかなかった、好チャンスを逃さなくてラッキーだったな。


そうこうして、弓と話しているうちにオレの順番が回ってきてしまった。


「私だけ佐渡くんの自己紹介先に聞いちゃったな~。なんかもったいない無い気分…」


「…おう。悪かったな」


すっくと起立し、自己紹介にのぞむ。


「佐渡陸人です。趣味は________」


適当に簡潔に、相手の印象に残らないような、そんな自己紹介をした後は、また暇になる。今度は後ろの生徒にも話をかけ、周囲に友達という存在をどんどん増やすことに成功した。


そして友達と関わることで、新たに分かったことがあるのだが、不思議なことに友達と話している時間は、とても短く感じるということ。誇張こちょうしすぎかもしれないが、一時間が二十分と体感麻痺まひしているようなのだ。


__________



あっという間に、全員分の自己紹介が終わってしまった。まだ話し足りない気持ちはあったのだが、次に先生からの話があるため、みんな静かになる。


「皆さんの顔と名前はしっかり覚えておきます! 皆さんも当然分かっているかと思いますが、あなたたちは高校生として、大人への第一歩を踏み出したのです。高校からは義務教育がないため、自主性が大切に____」


先生の話の途中で、オレは妙に気になることを一つ思い出していた。

その時はあまり気にも留めていなかったのだが、やはり後先考えれば早めに確認しておいた方が身の安全かもしれない。


細なことでも蓄積すれば、やがて収集つかないほどの根源に成り果てる]


この言葉は本から得られた知識ではなく、かつての仲間から教えられた教訓だ。[ちりも積もれば山となる]とほぼ同義ではあるが、気にするだけ無駄だろう。



オレが自己紹介しているときだ。



後ろの席の方から、銀二の眼圧に似て非なるもの。とてつもなく凍てついた視線がオレに向けられていた。


その視線は単なる気のせいではなく、故意でオレに向けられたものだとはっきりわかった。視線の先にいた人物は、すでに特定してはいるが、何の準備もなしで相手の懐に入って確かめるのは命とりになる。



今は経過観察する方針でいくか…



______




一番前の席の人が先生から配布資料を受け取り、後ろの席の人に渡す。


配布されたその資料の中には、全クラスの名簿も入っていたため、さっと目を通した。この高校に入学する前、すでに目を通していたとはいえ、念のための復習。彼らとはこれから一年間、同じクラスメイトとして学校生活を送るのだ。クラスの人たちの名前などは、ちゃんと覚えといたほうがいいだろう。上手くいけば仲間を増やしたりできるし、校長に関与する生徒や教師がいる可能性も十分にあるため、接点を持っていたほうが何かと都合がいい。まずはこの学校の関係者の行動を観察したり、個人情報の収集をしながら、合点が合わないところを一つ一つ解決していくことにしよう。


学校はオレにとってほとんど未知の場所。同年代の子たちに慣れていけるよう、あらゆる手を尽くさなければならない。

 

「次は明日の学校オリエンテーションや授業、健康観察などの話をします!大事なことばかりだから、メモとかしながらよく聞いてねー!」


「はーい!小池センセー!」


先ほどの自己紹介の待ち時間に、早くもクラスの大半の男は怜央を筆頭に『小池ファンクラブ』が設立してしまった。


「…もぉー!君たちは、もう中学生じゃないんだよ。高校生としての自覚を持って行動すること!いいね?」


「はーい!小池ちゃん!」


「君たち本当に分かってないでしょ!」


オレ中学経験してないから、どう気持ちの切り替えをすればいいのかわかりません。

と、ツッコミというものを入れたくなったが、自分から墓穴を掘りに行くことになるので、その気持ちは抑え込んだ。


注意しても言うことを聞かない男子生徒たちにいじられながらも、小池先生の話は三十分くらいで終わり、今日の日程はこれで終了。


「午前で帰れるとかラッキーだな」


「ねぇ!お昼一緒に食べに行かない?」


「いいね!行く行く!」


先ほど配布された資料などをクリアファイルに入れ、今一度教室全体を見渡す。各自帰宅の用意をする生徒や新しい友達を作っている生徒…先生にベタベタしているやつら。


小池ファンクラブか…って武士もいるのか


今どきの高校生って、みんなこんな感じなのだろうか。


個性豊かで活気あふれるやつばかりだ。退屈しないし、彼らと話していると少し高揚した気分になるのは何故だろう。仮にもオレは仕事でこの高校に来ているのに、そうした感情が強くなれば任務に支障をきたす可能性はぐっと高くなる。それは確実に避けたいが、どうしても許容してしまいたいと思う自分がいるのだ。


もっと曖昧な……心や気持ちに通じるもの。その何かがオレの頭を悩ませてくる。


それが何なのかを考えながら、机に頬杖ほおづえを立ててボーっとしていると、ある結論に辿り着いた。


そうだ。友達を多く作ることができた達成感を感じている裏腹、孤独感を解消できた気持ちに浸っているのだ。


きっとそれだ。ただ同じ年の人と仲良くなれて嬉しいだけなのだと。


もしかして、ここのみんなも同じことを思っていたりするのだろうか…いや、それはないな。みんな小、中学校で一人や二人、友人を作っているはずだし、オレと同じ境遇を持つやつは誰一人としていない。


若干の寂しさに胸が痛まれる感覚。本来孤独ではないのに孤独感にさいなまれる。


ふと、席の後ろの方に目をやると、多くの男子生徒に囲まれた小池先生と、偶然にも目が合ってしまった。やばいと思い、とっさに目をそらそうとしたのだが


「さど……く、……」


小池先生がオレの名前を呼んだ気がした。

あちこちから話しかけられ、今では人気者である先生は何かと大変そうだが、オレに用事でもあるのだろうか。そうであれば直接聞きたいところだが、あんな大勢の小池ファンクラブの連中に割り込むのは気が引けるし、今日は仕方なくあきらめることにする。


席を立ち、今日仲良くなった友達を目で探す。


今日仲良くなった涼や影山たちは、ほかの人たちと話している最中か…


友達になった二人にも声をかけようとしたのだが、彼らは彼らで、別の人たちと楽しくやっているようだ。オレが途中で話に混ざり、水を差しては悪い気がする。



荷物を持って、一人教室を後にした。



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