第9話 生徒会

時刻は昼過ぎ。

おなかが空いてきて、早く昼食を食べたい衝動に駆られる。

入学式の日は食堂が閉まっているとは説明されていなかったし、かなり期待を寄せていただけに残念だ。


仕方なく購買に行ってパンでも買うことにし、この本校舎一階の奥にある購買部へ足を運ぶも


「こっちもやっていないのかよ…」


この購買で売っているパンやおにぎりも絶品らしく、学生からの口コミも好評なのだが、ここも閉まっているとなると、かなり気分が落ち込むものだな。他のところで昼食を調達するにしても、この高校の敷地面積は広すぎるが故に、コンビニや食堂もかなり遠いところにある。

自転車で行く分には全く問題ないのだが『本命』の場所へおもむき、用事へ済ませる予定があるため、その分の時間が惜しい。午後の活力を蓄える栄養分が摂取されないと気が済まないのだがここは我慢するか。


「えぇー!!永野くんってそんなに足速いのぉ~!?」


「いやいや!!和人くんの方がダントツで速いらしいよ?もう全国常連って感じでさ!」


たちまち購買エリアから出ると、友達同士で楽しく会話している声が聞こえてくる。見たところ購買へ行くときより、廊下はさらに賑やかになっていて、別クラス同士の大きな集団が作られていた。


この廊下を通れば『本命』の場所まで早くつくのだが、一人だと何か気まずい空気がある。ここは心を無にしてささっと走っていくか。それとも別クラスの人たちと関わり合いを持っておくべきだろうか。そんなどうでもいいことで悩んでしまっている自分がいる。


うーん…


ここはあえて第三の選択肢。反対側の渡り廊下の方を通って本命の場所へ向かう遠回りルートで進んで行こう。この広い校内を直接足で歩いて、一人探検するのも悪くない。


この高校の校舎は三階建ての比較的新しいコンクリートの建物で、一階から順に一年生、二年生、三年生に上がる。各階ごとにはオープンスペースが設けられており、軽く室内運動ができそうなほどの広さである。驚くことに、この高校の校舎は三棟もあるのだ。

生徒や教職員のための本校舎A棟。全教科の授業準備室のための校舎B棟。

自習室メインの校舎C棟があり、それぞれ渡り廊下で連結されている。


校舎B棟とC棟は、A棟の構造とほぼ同じではあるが一回り小さい。まぁそれでも十分大きいのだが。校舎の周りには一際広い校庭に庭球場、野球場、サッカーグラウンド、プール、弓道場、茶道部や華道部ための専用和室や剣道部や空手部のための格技場などが完備。おまけに大、小の体育館が二つある。もはや設備、面積どれをピックアップしても、そこら辺の私立高校や大学に引けを取らないほどの高校だ。県立高校だというのにこのレベルはありえないほどである。


B棟、C棟の校舎内をさっと歩き回った後、本校舎A棟に戻って三階まで上がり、目的の教室へと到着する。


『生徒会室』


今日知り合った今田たちに用事があるのと、生徒会がどんな雰囲気なのかを見学しに来たためだ。先方は何かと忙しい時期だろうが、早めに尋ねることに越したことはない。


ノックしようとすると、触れてもいないドアがガラッと開き、


「うおっごめん!びっくりした!……それでは失礼しましたー!」


一人の男子生徒とはち合わせになり、こちらも驚き、少し後ずさりしてしまった。


「…すみません。不注意でした」


「いやいや僕に非があるよ!びっくりさせてごめんね。じゃ」


「あの、生徒会役員の人ですか?」


帰ろうとしていた、クセっけのある金髪で眼鏡をかけた男を呼び止める。

生徒会役員の人ならどういった人物か把握しておきたいし、こちらとしても今すぐ話を伺いたいところだ。


「んいや!僕は生徒会には入ってないよ。私用で来ただけさ」


私用でここに来る理由とは何なのか気になってしまったが今は別にどうでもいいこと。


「そうですか。失礼しました」


軽く会釈えしゃくし、改めて入室しようとすると、その男子生徒は何だか険しい顔つきでこちらのほうに近づいてくるではないか。何が何だかわからず、嫌な予感しかしないため、軽く怪しまれない程の防御態勢に入る。


「君…もしかして…いやっ、何でもない…。驚いたな!君のネクタイすごくきれいじゃないか!君新入生だよね。名前を教えてくれないかい?」


さきほどまでの怖い形相ぎょうそうから一変して変なことを聞いてきた。もしかして今田と同じ人種なのか。


「えっ…はぁ…一年二組の佐渡陸人といいます…」


警戒をゆるませ、ただ呆然としていると、不自然な流れで自己紹介することになってしまった。


「…そうか。陸人君か!いい名前だね!ところで君はリボンタイ、ループタイ、ウールタイ、リネンタイ、ニットタイどれが好きだい?」


この男は三年の神宮寺陵じんぐうじりょう先輩。ただのネクタイオタクだ。

彼は、ありとあらゆるネクタイを集めることが趣味である変わり者。


「それでね!それでね!校長先生にもね!僕のコレクションをあげたらすごく喜んでくれてね……」


とことんどうでもいいのだが、彼は新入生のネクタイを見て、親にならったものか、自分で結んだものなのかを正確に見極める能力があるらしい。前者のほうは新卒社会人のように上手くきれいにできているとか。後者はきれいにネクタイが結ばれていることはめったにないとか。

しかし後者に当てはまる、オレみたいなやつは稀らしい。

まぁ、これまでに何度もスーツを着たりする機会が多かったし、自然にネクタイをきれいに結ぶことが体に染みついているのだろう。


「はい…はい」


これはいつまで続くのだろうか。ネクタイの起源や外国と日本のネクタイの違いについて訳の分からないことを延々と力説されていく。


…どうやらオレは変人とかかわってしまう体質でもあるのかもしれない。


「なんですか!?騒がしいですねぇ~ここは生徒会室前ですよ!」


と、生徒会室から白髪の触角ヘアが似合う一人の女子生徒が出てきて、苦情を発してくれた。


良かった…ちょうどいいところに


「先ほどからネクタイネクタイ…と耳障りなんですよぉ~!

おかげで生徒会の仕事が全く進みませんし、あなたたちにやってもらいましょうかぁ!?はい、そこに正座して下さいね!」


「いやオレは何も…」


「陸人君っ!ここはいさぎよく彼女の言うことに従おう!」


「私語はつつしんでくださいっ、あなたたち!」


最初はつまらない話を断ち切ってくれた助け舟かと思ったのだが、その場でオレたちは正座させられ、彼女の説教を受けることになってしまった。


オレは何もしていないのに…


散々しごかれた後には神宮寺…先輩は用事があるとのことで謝罪の言葉も述べず、そそくさと行ってしまった。


「全く、神宮寺先輩という人はっ…!あなたは彼のような変人になってしまわないよう十分に気を付けてくださいね」


「え?…あ、はい」


はた迷惑な先輩だったな。まぁ話を断れなかった自分にも非があるのだが。


「何なんだろうな…」


「どうかしましたか?」


「…いえ、なんでも」


変人であることに変わりはないんだが、走っていく彼の背中を見て、不思議と他人とは思えない既視感…デジャヴュというものを感じるのだ。思い出そうにも思い出せない。


……


だが今はそんなこと気にしている場合ではないな。

この場に本命の相手が現れたのだ。まず優先事項を片付けなければ。


「あの、ちょっと待ってくれませんか」


その生徒会役員である女子生徒が生徒会室の中へ戻るところを呼び止めた。


彼女の表情はまだ怒りを帯びたままだ。


「…何の御用でしょうか?…仕事がありますので手短にお願いします」


おまけに、さっきの説教でオレに弁解の余地すら与えてくれず、彼女の中でのオレは、神宮寺先輩の共犯者みたいな立ち位置だろう。日を改めて出直す選択肢もあるのだが、早いとこ予定は片づけたい。門前払い覚悟で要件を言うしかないか。


「えっと…オレ生徒会に入りたくてここに来たんですけど…」


どうだ…少しはオレの言い分も聞く気になったか?


「「あなたなんか生徒会にふさわしくないです!立ち去りなさい!」」


「「あなたの言葉に耳を貸す必要性が感じられません!お引き取りください」」


などど嫌な妄想を繰り広げられてしまうのだが、


「えぇ!? それならそうと早く言ってくださいよぉ!それなら神宮寺先輩だけ注意しておいたのに……ささ!さっきのことは水に流して、どうぞ中に入ってください!」


「うおっ…」


嫌な妄想が再現されなくて安堵したが、別な意味で問題があったな。


要件を言う前に背中を押され、強引に生徒会室に入れさせられる。

彼女の感情の切り替えの早さには驚かされたが、立て続けにオレの予想外の行動ばかりする人達と知り合うことで、彼らと同じ人間とは思えなくなっている自分の方が驚きだ。


本当に困った……


室内には、この女子生徒会役員書記の二年生。今泉幸いまいずみさち先輩とその他男子生徒二人しかおらず、その中に今田の姿はなかった。


「へぇ…中は広いし、かなりきれいにされていますね」


生徒会室の内装は白で統一された無機質な会議室のようで、広さは十八帖ぐらいありそうだ。立っても座っても作業ができる昇降式の机が中心に互いに向きあう形で並べられ、机の上には綺麗に整理整頓されたファイルや書類が置かれている。壁際には空気清浄機、モニター、大きめのスクリーンまであり、衛生面も完備してある環境であった。


「うちの副会長は、潔癖症なんですよ…異常なくらいにねっ!ボクも結構きれい好きな方なんだけど…少々苦労しますよ。あの人には」


「そうなんですか」


その副会長の潔癖度合いが、よくわかるほど入口手前の棚には消毒液やマスク、ビニール手袋、アルコールスプレーが大量に備蓄されていて、自動で体温や脈拍などを測る装置まである。その装置は、かなり前の新型ウイルス対策で使われていたものであり、今やもう見かけないものなのだが、ここでは日常的に使われているらしい。


「ね、ね!後輩くんびっくりしました?副会長の潔癖さ半端ないでしょ」


「…そうですね。ですが綺麗好きな人や整理整頓がよくできる人は仕事もよくできるタイプが多いので、きっとその副会長もそうなんじゃないですか」


「そう!その通りなんですよぉ!なかなか失敗しないんですよねぇ、あの人。…って後輩君。なかなか絵になりますねぇ!」


今泉先輩は突然手でカメラポーズをし、オレを捉えてくる。


「ど、どうかしたんですか?先輩…」


「後輩君は色白で銀髪だから生徒会室の色に合いますし、映えていますね! うんうん!いい感じ!」


「あ…そうですか」


まだ写真を撮るようにして後を追ってくる(てか、いつのまにか一眼レフを持ってきていて、本当に撮ってくる)今泉先輩を置いて生徒会室内を見学する。


「…でかいな」


オレたちの教室には掃除用具棚が常備されているのだが、なぜかここのは異常にスケールが大きい。やっとおふざけをやめた今泉先輩に理由を聞くと、潔癖な副会長が校長に直々にお願いして改良してもらったとのことで、その棚にはたんまりと専用の掃除用具が収容されていた。しかし、ここまで色々物がそろっていて、なおかつ設備も充実しているとなると、ここの生徒会はかなり優遇されているのだと思われる。


引き続き今泉先輩から、ここのことについて色々教えられるのだが


「さっきから気になっていたんですが今泉先輩の一人称は「ボク」なんですね。珍しい」


オレが知る限り「ボク」は男が呼称するものであり、周りの女子や世間的には「私」や「ウチ」などが一般的なはず。


「ま!そう気になるよなぁ、佐渡君。前までは普通に「私」だったのにどうしたものか…」


オレが生徒会室に入ってからも、ずっとパソコン作業に集中していた、インテリそうな雰囲気をかもし出す、細身のメガネ男子生徒が話に混ざってくる。


てかなんでオレの名字を知っているんだ。初対面なはずなのに…


「ボクはボクです!気にしないでください…って菊池先輩!?びっくりさせないでくださいよ~」


まぁまぁ、と今泉先輩を制し、三年の菊池先輩は、オレのことを眠たそうな目でしっかりと見て自己紹介してくる。


「俺は菊池将二きくちしょうじだ。よろしくな。一応ここの潔癖ではない方の副会長をしている者だ」


副会長が二人いるという点は少し気になっていたのだが、ここの生徒会は生徒会長が一人、副会長と書記と会計が二人ずつの少人数で構成されている。


「よろしくお願いします。菊池副会長」


「いやいやっ…先輩呼びで構わんよ。肩書きだけの呼称は気に入らん」


「菊池先輩はすごいんですよ!たぐいまれな観察眼を持っていて、あらゆる問題箇所を見つけたりしては、すぐに解決策を練ることができるんです。見かけ通り、優秀な人で、ここ生徒会の大黒柱的存在なんです!えっへん」


「なんで今泉君が偉そうな態度とっているんだ?」


生徒会の中でも主要な生徒か。この情報はオレにとっては有益ななものだ。今後のために彼についてはよく知っておいた方がいいだろう。


「菊池先輩…ところでなぜ、オレのこと知っているんですか?」


ここは慎重に行くつもりだったが直球すぎる質問を投げかけてみる。彼とは初対面だし、名前すら知らなかった。しかし相手が俺のことを一方的に知っているとなると、学校外での問題も視野に入れなければならない。


すると副会長は何かばつが悪そうな顔をしながらも、しぶしぶと答えてくれた。


「……神宮寺君のネクタイ話が、ここまで丸聞こえで君の名前があがっていたのもあるし、今日あいつに散々言い聞かされたんだよ。あの銀髪の一年生がどうたらこうたら…ってな。知っているだろう?あいつのこと。今頃、今田君のやつは仕事さぼって美玖君のところに行ってるし…まったくだ」


「なんか大変そうですね…」


今田による被害はオレ以上に、生徒会の方が甚大そうだな。

思わず同情してしまった。今田の他に現在留守にしている生徒会長と潔癖副会長は校長室に行っているらしく、明日の学校オリエンテーションの打ち合わせの仕事で忙しいのとのこと。一方美玖先輩は、その資料準備や先生たちとの話し合いで留守にしている。


「副会長。部費の案件の書類とその他報告書完成しました」


「おっ!すまないね…吉樹君と同じ会計の君ばかり負担かけてしまって…」


「いいですよ。こんなこともう慣れていますから」


この人も菊池先輩と同じでインテリそうな人だな。


「っと…せっかく来てくれたのに、ほとんど役員いなくて悪いな、後輩君!

せめてものとまではいかないが、お茶でも飲んでってくれ」


もう一人の男は仕事が終わり、オレに気を使ってくれ、すぐに温かい茶を出してくれた。


そういえば各教室にウォーターサーバーが常備されていたな。最近あちこちの高校で設置されるようになったらしいが…


「ありがとうございます…えっと…」


「俺はここの会計を務める二年の鈴木達也だ。よろしく」


「そのお茶!校長からの差し入れのやつですよね!ボクにもれてくださいー」


「はぁ?…それくらい自分で淹れろよ!第一お前、今日うまいうまい言いながら、何杯も飲んでただろうが!」


「えええ!?もうスズタツくんのケチィ〜!!」


「ケチ言うな!ってか離れろ、暑苦しい」


今泉先輩相手に苦戦している鈴木先輩は、みんなからスズタツというあだ名で呼ばれている。普段から口数が少なく、周りに溶け込むのが苦手らしいのだが、オレにはそう見ないし、実際根はまじめそうで仕事熱心な人に見える。


なんか…やっとまともそうな人に出会えたな


「よぉーし。せっかく来てもらったんだ。スズタツ君~彼にこの学校のこと色々教しえてあげなよ」


スズタツ先輩に面倒ごとを押しつけ、副会長は再びパソコンに目を移し仕事に取り掛かる。


「じゃあ立ち話もなんだし、陸人君は今田のやつの席にでも座って聞いてくれ」


「はい、よろしくお願いします」


ある程度この高校については調べていたし、クラスでも説明されていたのだが、まぁ復習する機会だと思って軽く聞いておこう。この高校、福島県立福島高等教育高等学校は県内有数の進学校であり、進学制度や指定校推薦などの幅は広く、学生の進学率は、ほぼ九割という結果だ。残り約一割の学生は就職したり、浪人する人、様々である。そして学費は、すべて免除される県立高校であるにもかかわらず、豪華すぎる設備は全国的にも有名だ。

全国高校(私立、県立、公立、都立含めて)人気ランキング二位という輝かしい結果を残し、全国各地から、ここへ入学試験を受けに来る生徒が多く、一時はニュースに取り上げられたり、三年ほど前は数々のドラマや映画の撮影の舞台になったこともあったらしい。


見知った情報ばかりではあったものの、スズタツ先輩から、ここのOGやOBから伝えられてきた気になる話、ある生徒や先生のプライベート情報まで教えてくれ、とても有意義な時間を過ごせた。


……だが校長についての話題に一切触れなかったのは少し気がかりであった。聞いても、うまくはぐらかされてしまい、生徒会にとって何か訳があるのかもしれない。


「…っともう時間だな。リハーサル準備は大丈夫かい?…悪いねぇ佐渡君。俺たちこれから明日のオリエンテーション関係でやらなくちゃいけないことがあるから今日はここまでだ」


気が付くと、午後四時過ぎ。ここでスズタツ先輩たちと色々話したりして、三時間は経過していた。


「今日は突然おうかがいしてすみません。とても参考になりました」


荷物をもってからきちんとお礼を言い、彼らと別れた。


「…初日から予期せぬことだらけだったな…」


入学式の待機時間では、ちょっとした身の上話のアクシデント、涼や今田に目をつけられたりと複雑な気持ちでいっぱいなのだが、初めて同年代の友達ができた喜びを一人噛みしめ、帰路に就いた。



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