第10話 暗躍

「ボク、先行っていますね!失礼します!」


今泉は一足先に生徒会室を後にした。

菊池副会長は今日のリハーサル資料の見直しや部費の報告書をまとめて生徒会宛のパソコンに共有メールとして送っている。


相変わらず大変そうだな


席から立ち上がり、リハーサル練習で必要なものをまとめ、大体育館へ向かう準備を進める。


…はぁ…、疲れた


慣れない人とのコミュニケーション、おまけにかなりの時間後輩に色々説明しなければならない羽目になったため、ただでさえ体力が少ない体に、どっと疲労感が押し寄せてくる。

喉はあまり乾いていなかったのだが、多少汗をかいたため、ウォーターサーバーから冷水をコップに注ぎ、ゴクッと飲み干す。


「ふぅ…」


空になったコップを自分の机の上にそっと置き、仕事中の菊池副会長に目をやる。


今、生徒会室には俺と菊池副会長の二人だけ。


陸人君が生徒会室に入ってくるときから、菊池副会長の行動に俺はずっと違和感を感じていた。

生徒会に入ってから約一年が経つ。副会長と一緒に仕事をこなしたり、様々な行事を共にしてきたのだが、彼のことが何一つわからない。正確には何を考えているのか、さっぱり分からないのだ。

彼に対して違和感というのは常々感じてはいるのだが、今日は一段と違う雰囲気を醸し出している。


「…まさか副会長が人…いや、後輩に構うなんて初めて見ましたよ。…いつも冷たくあしらって仕事優先するのに」


先ほどの説明で流れた汗以外の汗が流れ、背筋が嫌に伸びる。

正直この人と会話するのは苦手だ。俺から話しかけに行っては何なのだが、表情をとりつくるのが苦手な俺でも今この瞬間、こわばった顔つきになっているとわかる。それほどまでに、この人と一対一で話すことに拒絶反応が出る。先ほどから、これ以上踏み込んではいけない気を感じ取ってはいるのだが、事実を確かめておきたい気持ちのほうが先行してしまっていた。


「…そうかな」


今田が気に入る奴は、たいてい癖のある者や才能に恵まれた異質な人間だらけだ。

まぁ特殊な人を感知できるレーダーが備わっているといって差し支えない。

その特殊な人の一人である副会長は、いつも今田の話に付き合わされているが、何よりも仕事を優先する人なため、今田の話は大抵受け流す。しかし、今日の菊池副会長の対応は違った。

先ほど本人からは散々陸人君のことについて今田から言い聞かされたと言ってはいたが、副会長は仕事中にもかかわらず、陸人君に関しては、強い興味を示していた。そう、陸人君だけには別の反応を示していたのである。何かわけがあるかもしれない。考えすぎかもしれないが、なんせ菊池副会長だ。俺たち生徒会の下っ端には知り得ない何かを知っているはず。


「スズタツ君は、佐渡君のことがそんなに気になるのか?…彼は入学初日から生徒会志望の旨を伝えに来た前途有望な若者だ。それに礼儀正しい後輩でもある。いいやつさ。先輩として生徒会として彼を無下むげには扱えん」


副会長の口角がほんの少し上がり、気分のよさそうな笑みをこぼすが、どこか不敵な笑みを浮かべているようだった。


「約一年。君と一緒に仕事をしてきて、君のことをよく見てきたつもりだけど、あのスズタツ君が後輩相手にお茶を淹れるなんて初めて見た気がするなぁ…自分から率先して行動しない君がどういう心境の変化があったのかな?」


「いやっ!それは…副会長の行動に影響されて…」


やはりつかみが苦手だな。会話といい、この人と話すのは。すぐ俺の考えを読まれ、ペースが乱される。


「…とにかく、これ以上ここでの騒ぎは広げないでくださいよ…。ただでさえ周りは「敵」だらけなのにこれ以上増やしたら、どうなることかっ…。そのせいで今泉はずっと「ボク」という自分が嫌いだったのに…今では変わってしまって…。それに今田だって、あなたのせいで歯止めが利かなくなっているんですよ!」


自分でもわかるほどヒステリックな声を出していた。

それもそうだ。俺たち生徒会メンバー全員は、苦しい立場に置かされている。

去年円谷幸吉校長が、この高校に就任してから、この生徒会は変わってしまった。

生徒会としての活動はもちろん、仕事内容においては、高校の予算案の大幅な改変、設備の一からの見直し、保護者会や周りと連携して活動していた機関との自粛など、水面下でここの高校の制度が大きく揺らいでしまっている。


それだけじゃない。


何より生徒会メンバーや生徒会とつながりを持ってきた教育委員会の人たちにも被害が広がっている。活動内容の守秘義務の徹底が求められ、俺たちのプライベートにも影響が及んでいる状況だ…はっきり言って異常事態が立て続けに起こっている。

何の根拠も手掛かりもないが、円谷校長は非合法的な何かに手を染めているのではないか、と生徒会全員が薄々感じ取っているはず。しかし、もうすでに生徒会は生徒会としての機能は失われ、完全に円谷校長の支配下に置かれた、ただ飾りだけの機関になり果てているのが現状だ。


「そんなことより、今は目の前のことに集中しようよ…スズタツ君」


「くっ…!そう…ですね」


その中でも菊池副会長だけは特殊だ。

行動面でもそうだが、言葉では言い表せない危険な面もあり、円谷校長と繋がっている線がある。

これもまた何の手掛かりもないし、この危機を打破する解決策なんて思いつきすらしない。


「…菊池副会長、この高校はどうなっていくんでしょう…」


「さぁ…そんなこと分らんよ。俺たちはわらにもすがる思いでこの状況を乗り切るしかない」




……この高校は汚染されている。






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玄関で上履きから外靴に履きなおす途中、


「…あれ、陸人くんも今帰り?」


聞き覚えのある声がして、後ろを振り返って見ると、成田涼の姿があった。


「…あぁ。涼もそうみたいだな。こんな時間まで何していたんだ?」


軽く返事しながら、オレは外靴に履き終える。

涼も鞄を持っているし、様子からして今帰りだと分かるのだが、


「逆に聞くけど、陸人くんは何してたの? ふふふっ教えて欲しいなぁー!」


なぜだか分からないが、ニヤついて意地悪そうな顔をしている涼は、オレが先に答えないと素直に教えてくれなさそうだ。


「涼が先に答えてくれないと、教えない」


[目には目を歯には歯を]ハンムラビ法典の一説になぞらってオレも意地悪く、対抗してみた。


「えぇ!そんなぁ〜陸人くんの意地悪!これじゃあキリがないから、私が降参するしかないかぁ〜」


「あぁ、いさぎよく答えてくれ」


相手の靴の履き替えを待つことにし、そのまま会話を進める。


「分かったよぉ…私さっきまでずーっと友達と話してたんだぁ。お昼ご飯食べずにもうノンストップでね!…はい!答えたよ。次は陸人くんの番ね。早く早く!」


「そんな催促さいそくしなくても答えるよ」


教室を出た後のことを嘘偽りなく、簡潔に伝え、互いの自転車を取りに駐輪場へ向かう。自分たちの自転車を引きながら、校門を出るまで、涼は今日出会ったクラスの人たちのことをどんどん話してくれ、オレは聞きにてっし、その情報を頭に入れていく。

今日仲良くなった女子が中学の時生徒会長だったことや進学校にもかかわらず就職希望の子と知り合ったりと、様々な人と出会ったこと。ささいなことだが同じクラスメイトの情報は、知っておいた方がいい。


「でね!私が宮田さんに、ねずみの画像を見せたら、それはもうっ…すごい悲鳴をあげて、教室から出て行ってね。校内広いから探すの大変だったなぁ」


「そうか…」


「そのあと弓にもその画像見せたら、宮田さんと逆のリアクションでね。私の携帯取りあげて『可愛い可愛い」言いながら全然返してくれなかったんだぁ〜」


「おう…」


「あとさ、黒沢さんって…」


「うん…」


「もぉ〜!私の話ちゃんと聞いてるの? それより私、陸人君の話全然聞いてないんだけどー」


ムッとした表情で軽くにらみつけ、こちらに近づいてくる。


「聞いてる聞いてる。そんな近くにこられるとまた…」


ガチャンっとお互いの自転車がり合い、鈍い金属音が鳴る。


「あちぁあ〜ごめんね? えへへ」


「言わんこっちゃないな…気づいてないかもしれないが、これで三度目だぞ?」


「そんなことわかってるよー!だって陸人くん私の話聞いてなさそうだし、興味なさそうだったんだもん!」


プイッとオレから顔を背ける。気づかないうちに少し怒らせてしまっていたようだ。

涼は意識しているのかしていないのかは分からないが、俺から距離をとったり、近づいていたりとさっきから不規則な行動をとっているのだ。正直、気になって仕方ない。


「私は何も悪いことしていないよ?悪いことをしてるのは陸人くんだからぁ!」


「自覚はないんだが、すまないな」


「ふんっ…て、やっぱり陸人くんって変わった人だね!あはは」


涼が話している時に、時折こちらが相槌あいづちを打つと、すぐさま反応し、顔を近づけて(自転車をぶつけてくる)くるしぐさがあり、好意的に話しかけられているのは分かるのだが、こちらのペースが乱されてしまうのは困る。


「元々口数少ない上に表情を作るのが苦手なんだ。許して欲しい」


「うーん…今日は入学式の日だし、いっか!特別に許してあげます!えへへ……実は言うと全然怒ってないよ?気にしないでね」


「そっか…なら良かった。オレの自転車は大丈夫だが、涼の方のチャリは少し傷がついてるぞ。それ新品だろ」


涼の白のママチャリの前輪部分の傷跡を指差して教えてやるのだが、


「もぉー!そんな細かいこと気にしなくていいの!女の子からモテなくなっちゃっても知らないぞぉ?」


新品の自転車に傷がついてしまうのは細かいことなのだろうか…


「そういえば家は、どこ方面なんだ?」


「んーとね…少し遠いんだよね。あっち側なんだぁ」


正門前まで来て、ここからは涼と別れて帰ることになると思っていたのだが、以外なことにオレの家の方角と同じであった。


「よかったら一緒に帰るか? まだ涼の話を聞きたい」


もう初日に得られた情報は十分すぎるが、個人的な感情も含めて興味があった。


「もちろんっ!一緒に帰ろ!話は長くなるよー?」


ニヒっと満面な笑みを浮かべる涼を見て、オレの胸の奥に心地いい温かさの動が走った。入学式初日で涼とは今日出会ったばかりの友達だというのに、やけに共感できる部分が多い人間だった。

昔から抱いてきた気持ちや感情、痛み。境遇こそ違うが、何かお互い通じるものがあるのだ。


嬉しい…のだろうか


この気持ちは噓偽りのものではなく、純粋に直感的に感じ取れるもの。

今までこんなことを味わってきたことがあるだろうか。いつも自分が抱いてきた気持ちに懐疑かいぎ的になっていたり、無理やり抑え込み、論理でどうにかしようと考えてきた。まさしく今朝銀二に言われた通り、人間味のない人間だ。


「涼の家はここからどれくらい離れているんだ?」


「うーん、大体十キロかなぁ〜?」


オレの家より距離が短いことが分かったが、女子の体力を考えれば少し辛いだろう。

その点を考慮し、自転車をこぎながら話をするかと尋ねたが強く否定され、結局歩いて帰ることになってしまった。



____



それから一時間以上、絶えず話し合いながら同じ帰路を歩いていた。

はく、初日からここまで話したのはオレが初めてらしい。


「……男の子とこうやって一緒に帰るなんて初めてだよ。それに今日出会ったばかりのなのに、みんなと陸人くんとこんなに仲良く話せるとは思ってもいなかったし……私この高校に来て良かったぁ!」


「あぁそうだな。みんな個性的で何かと面白いやつらばかりだ」


「うん…」


元気な顔をしていた涼の表情が少し曇り、動かしていた足が急に止まる。


「…ついちゃった」


「ここが涼の家か」


たしか登校していく際、一際白い外観の一軒家があるな、と印象深かったこの家が涼の家。


「そうだよ…うーん、なんかまだ話し足りないし、寂しいなぁ」


「どれだけ話す話題があるんだ…また明日、その話聞かせてくれ」


自転車にまたがって後ろ向きに振り返り、ぎながら涼に手を振ると、涼も大きく手を振って返してくれた。


「私の話にたくさん付き合ってもらってありがとうぉ!……また明日ね!陸人くん!」




彼女は最後にそっと「自転車いらなかったね」と頬を赤らめて小さくつぶやいた。


本人はただ独り言かバレないように言ったつもりだったのかもしれないが、それを聞いて、どこか彼女と波長が合うのだなと、そう思った。




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