第11話 比較
涼と別れて、帰宅したオレはそのまま自室へと向かい、ブレザーだけを脱ぎ捨て、ベッドに寝転がりながら、今日の出来事を振り返る。
「……オレは損な人生を送ってきたのだろうか」
涼や生徒会の人たち、それに影山、武士、怜央から中学の頃の話や思い出話を沢山聞いた。
みな多くの友達と一緒に、とても楽しそうな経験をしてきたことに嫉妬してしまったのかもしれない。オレは日本各地や様々な国を行き来したことがあり、いろいろな文化や伝統に触れてきた。
それこそ楽しいと思える経験をしてきたはずなのに、どこか物足りなさを感じてきたのだ。
なんでオレは小、中学校に通ってこなかったんだろうか。
あんなにも自由な時間というものはあったはずなのに、なぜ普通に生きる『道』を選ばなかったのだろうか。その選択が正しかったのかもしれないに、と思わずにはいられない。我ながらまだ子供だと思う。
ただ馬鹿な野望を抱いて、自分の意志で地獄へ進んでしまったのだから自業自得だ。
もう後戻りはできないほど自分の『道』を作り続けているのだから後悔してもどうにもならない。
気持ちを切り替えて机に向かい、パソコンを立ち上げ、今日得られた情報を外出している銀二に匿名メールで伝えておく。その後は自分なりに、その情報を整理してみる。
今日やることはここまででいいか…
再度ベッドに寝転がり、静かな部屋で一人、外の木々がざわめく音を聞きながら、これからの生活をどう過ごしていくか思索にふける。
春はいい季節だな。ほかの季節より自然を感じるし、……特別な出会いもある…
このまま嫌なことや仕事を全部放棄して、静かに浄化されるかのように、心清らかな気分で過ごす。
こんなオレに安息の日々が訪れるなどあってはいけないのに、それを抵抗せず、何事もなく享受してしまいたい自分がいるのは何故だろうか。普通の人間として、普通の高校生としての生活は許されない身柄であるというのに、普通の日常を求めてしまっている自分がいるのは何故だろうか。
本当に…惨めだな。
考え事をしながらも、徐々に
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「脈拍、心拍数等心身ともに正常です。次の段階に進んでください」
ここでは行政上、海外
それら全部を受診しなければ、オレたちの本業である訓練に挑むことができないのだ。
午前は座学。軍備管理や戦闘指令などの軍司令官としての基礎的な戦法を学ぶ。
午後は格闘術の対人訓練及び模擬戦闘実践。
午前で得られた知識を午後の訓練で生かし、同じように一日で得られた知識や技術をまた次の日に生かす。
しかし、一歩でもそのサイクルから外れてしまうと、すぐ置いてけぼりにされ、劣等生扱いされる流れができてしまう。ここのカリキュラム内容は濃密で自分たちの成長に必要不可欠なものばかりであると個人的に思うのだが、他の訓練生たちの考えとはどうやら違うらしい。
どの授業も生半可な気持ちで挑めば教官からの厳しい指導を受け、体罰など当たり前な日々ではあるのだが、そう言った観点からすればオレの考えは他の者と多少ずれているのだろう。
二日前は新たな訓練生として加わった一人の幼い女子によって複数人の死者が出た。
空手の組み手練習の時間に相手の挑発に乗ってしまった彼女は暴走。
結果、重症者が四人、軽症の者が十人、三人の訓練生が亡くなってしまった。
日々の訓練が死につながるリスクが十分にあるというだけ、みな緊張感があり、死に物狂いで、ここの授業プログラムに食いついていかなければならない。
「B班!急いで担架を持ってこい!こっちはひどい傷だ!」
「B班は緊急治療室の方へ向かって行きました!至急救急班に連絡します!」
ここは薄暗くて規模だけは大きい無機質な訓練場だ。
ここへ来るまでオレたち訓練生は何十時間もかけて船や飛行機に乗ってきたのだが、その間オレたちは食事や排せつ、生理的なこと以外五感を封じられていたため、地理的にここがどこにあるのかわからない。
ここを運営するやつぐらいしか知り得ない極秘訓練場ってところだ。
いや…正確には『試験場』と呼ぶのが正しいのだろう。
一瞬たりとも気が引けない、トゲのある空気。
ここに集められた訓練生は皆、いろいろな国から派遣されてきた人たちで、大人や十歳未満の若者もいるのだが、年齢や性別など関係なしで、同じカリキュラム、訓練、座学など受講しなければならない。
当然力量や知識など、それぞれまばらで、圧倒的不利、圧倒的有利な者が明白になっている。まさに弱肉強食の鳥かごみたいなところだ。
そんな鳥かごの中の環境で、オレら訓練生は与えられたカリキュラムをこなし、この環境の中で『生き残るという結果』を出し続けなければならないのだ。
互いを敵、または利用するもの、されるものの中でオレたちは数多くの研究者や教官、国の上層部の管理下で、ある実験の『基礎的訓練』の実験台になっていたのである。
無論自分達が実験台になっていると気づいているやつはほぼいない。
午前の部が終わり、休憩に入る。
オレの周りには多くの倒れた訓練生や彼らの救護、搬送、治療で忙しくしている救護班や医療班の人たちが目に入る。
今日も疲れたな…
日々蓄積されていく疲労に任せて、大の字で寝っ転がる。
こうして寝ていると、よく救護班や医療班に怪我人と勘違いされ、無理矢理叩き起こされる。その度に彼らに怒鳴られたりはするが、こっそりコミュニケーションをとれる機会もあるため、オレの『楽しみ』の一つでもあった。
「…ズズッ、」
スピーカ越しから少しノイズが混じったマイク音が聞こえ、すぐにそのノイズは取り除かれる。
「午前の部及び午後の部、対人訓練及び模擬戦闘ご苦労であった。今回の模擬戦闘での負傷者は20名、運がいいことに死亡者は無しだ。明日も引き続き、訓練に挑め。
最後に模擬戦闘結果を発表する。
一位ウィリアムズ。二位空。そして三位、陸人。
以上だ」
不思議なことにどの訓練、座学でもこの順位は不動であった。もちろんオレも相応に頑張っているのだが、上には上がいる。
どれだけ努力したとしても天才には追いつけない人間の世の不平等さは今も健在だ。
しかし当時のオレにはこの順位が、ただ成績だけを示す指標ではないことを知る由もなかった。
「…もう少し
疲れすぎたオレは思わず、本心をつぶやいていた。今は休みたいことしか頭にない
わけでもない。これから先もっと忙しくなることは明白。
薄暗くてよく見えない天井に向け、手をかざしてみる。
「…ここには希望の光など一切通らないんだな…」
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嫌な夢を見た…と気がつくと同時に意識が覚醒し、オレは勢いよく体を起こした。
机の上の時計を見ると短針が七を刺していた。
どうやら三十分ほど昼寝…ではないが寝ていたらしい。
今朝の寝坊といい、この様といい、うつつを抜かしすぎているなオレは。
やるせない気持ちを胸に残し、バイブレーションが鳴ったスマホを手に取り、ロック画面を見ると着信やメール通知が来ていた。
メールボックスを見てみると影山からleADメールが送られていた。
用件は[夕飯食べた後ビデオチャットで話さないか?]とのこと。
下にはビデオチャットの専用リンクが張られていたため、タップしてすぐに予約。
ホストが指定した時間になると自動的にオーディオ機能、ビデオ機能が起動し、オンライン通話が可能になる。
一応午後八時からは大事な予定が入っているのだが、それまでの間は腹も空かなく、暇だ。このまま影山が入るまで待機することにする。
「あれ?もう陸人入ってたんか。よっす!」
ビデオチャットに参加し、まもなくしてホストである影山ではなく、武士が参加してきた。参加者の項目を見てみると、影山がホストとしてオレの他には武士、怜央が招待されていた。
「なんだ武士か」
「なんだよ。その反応…冷てぇな。泣いちまうぞ?」
「すまんすまん。そういえば今日オレは用事あって一足先に教室出たんだが、その後お前たちは何していたんだ?」
小池先生を囲っていた小池ファンの中に武士がいたことは目で確認していたし、あれからどう過ごしていたのかは想像に固くない。
だが、この間読んだコミュ力アップ本には[些細なことでも相手の興味あることを話させるようにすれば自然に会話の流れが作れる]と書いてあったため、それを実践してみたくなったのだ。
「いやぁ~小池ちゃんが面白くてさ。俺と怜央なんかで笑わせまくっていたぜ。これからも、みんなと仲良くしていきてぇーな。それとな!同じクラスに、めっちゃ美人のクラスメイトいるんだが知っているか?自己紹介の時にビビッときたんだけどよ…」
本に書いてあった通りに相手はどんどん話の輪を広げていき、会話の流れが生み出されていく。想像以上の効果が出て驚きだ。オレの会話力アップのために武士を実験台にしているようで、少し罪悪感はあるが結果的にお互い利益があるし、気にしなくていいか。
「それカレンさんやろぉ?…俺のいないとこで女子の話はしてはいけないぞ?混ぜろや」
女子の話に食いつくようにタイミング良く、怜央が乱入してきた。
ホストの影山は遅刻か
「うちのクラス、カレンって名前の人、二人おるやん。どっちがタイプや?めっちゃ美人のカレンさんと顔はかわいいけどお調子者のカレンさん」
「俺は美人のカレンさんだな。もう一人のほうは口うるさくて好かん」
「はぁ!?美人のほうのカレンさんは俺のものや!なにいっとるん?」
「いや、どっちが好きか聞いてきたのお前だろ!」
「そういえばオレも自己紹介の時少し気になっていた。
名簿を見て同じクラスメイトの顔と名前などは完全に頭に入っているため、二人に彼女らのフルネームを教えてやる。
「思いもよらないところで陸人が参戦してきたな…」
「おいおい!俺は初めて二人のフルネーム知ったぞぉ!もしかして陸人…好きなんとちゃうか?あはは!」
残念ながら、それだけで恋愛に結び付く
「まだ二人と話したことないし、それはない。てか朝から気になっていたんだが、怜央は福島育ちなのにちょくちょく関西弁出てくるよな」
「え?あぁ…なんだろな。テレビの影響が強いかもしれんな」
怜央の出身、育ちともに、ここ福島なのに関西弁を使っていることに些細な疑問があった。どうでもいいことに、それからは怜央が関西弁を使うようになった思い出話を聞かされることになってしまう。
「でな、某アニメのほんまカッコイイシーンがあったんや!それ、なんだと思うん? もちろんそれだけじゃわからないよな? よし!俺が言ったるから
よく耳の穴かっぽじって聞いてくれ。
…『降ろしたら…殺すで?』」
怜央から名セリフが言われた後、静寂が訪れる。
その某アニメを見たことないし、主語が明確になっていない時点で疑問に感じて終わるだけであり、特に笑いが上がるような言葉とは思えなかった。
「そんな口調だとモテないぞ?怜央」
ビデオ画面に影山の顔が映る。
やっと参加してきたかと思えば、開口一番怜央を冷たくあしらうとは恐ろしい人間だ。例のコミュ力アップ本には[会話における第一声で相手のイメージダウンに繋がることは決して言ってはいけない]と書かれてあるため、それを潔く実行できた影山は勇敢ではあるが、周囲に敵を作りやすい傾向がある。
「遅れてきたやつに言われたくないわぁ~。そうやって影山なんかデートすっぽかす悪もんになるんや。一生独身やろ」
一先ずコミュ力アップ本のことばかり考えていないで、彼らと楽しく会話することに意識を注ぐことにしよう。
これでメンバー全員が集まったため、みんなと雑談をしたり恋バナと呼ばれる話もした。それと人狼ゲームだったか?そう呼ばれる心理ゲームをプレイしたのだが、オレが人狼の時は何故だか全敗してしまい、結局悔しさが残るだけだった。
だけど同じ年の友達と初めてする遊びを経験し、久しぶりに気持ちが高ぶった。
ほかのやつらもとことん夢中になって楽しんでいて自分もその輪に自然と引き込まれていくようで……。
平和ボケしてしまう、このご時世だ。友達と遊ぶ楽しい時間が長く続いていってほしい 。
しかし実際そうはいかない予感をすでに察知している。
ちょうど午後八時になる頃。
まだ彼らと遊んでいたい気持ちは山々なのだが、オレは先にビデオチャットから退室し、先ほど着信があった男に電話をかけることにする。
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