第12話 GINGA「地球」

電話の男から今日中の呼び出しを食らっていたため、急いで制服から白のチノパンツ、黒シャツに着替え、上着に薄手の黒ジャンパーを羽織る。

春とはいえ、夜はまだ肌寒い。

クロスバイクにまたがり、体を温めるために急いでいでいった。

男との待ち合わせ場所は、オレの通っている高校に近く、通学路を再び通るようなルートで進んでいく。


向かっている途中に白を基調にしたシンプルな一軒家の涼の家がある。

ちらっと見てみると彼女の部屋だろうか、二階の部屋の電気だけがついていた。


(涼も今日できた友達と電話とかしているんだろうか)


今頃オレと同じ新入生である涼は、どう過ごしているのか、と想像を巡らす。

てかこれじゃあ怜央のように(まだしていないが)、ただのぞき見している変態みたいじゃないか、と思わず自責じせきの念に駆られる。


とまぁいろいろ想像したり影山たちとの遊びの余韻よいんに浸ったまま、高等教育高を通り過ぎていくと、すぐに目的地に着いた。

小さなビルの前にクロスバイクを停め、全体的に薄暗いビルの中に入り、目の前の階段を登っていく。


「三階のラーメン屋GINGAか…」


そう。目的の場所とは,この小さな四階建てビルの三階に併設へいせつされたラーメン屋。

大事な話があるというのに、なぜこんなところに呼び出されたのか訳が分からないが、このビルは街灯の光があまり届かない場所に立地していて、それをカモフラージュするかのように黒を基調とした外観なのだ。そのため夜になると、ほとんど目視し辛い。あいつは、オレの事情をよく知っている男だ。恐らく彼なりに目立たない場所を配慮してくれたのだろう。


階段を上がり、その店の中に入ると


「おぉ……」


店内は全体的に薄暗いムードライトの照明が利いていて、まるで大人が通うようなバーを彷彿ほうふつとさせる内装であった。見たところ、客席は十人は入らないほどの小規模カウンターバーしかなく、どこか高級さがうかがい知れる。シンプルで大人向けな店だな、と思いながら店内を見渡していると、男がこちらに手招きしているのが見えた。


「…やあ、久しぶりだね!陸人君!君と会うのは何年ぶりだろうねぇ…いやぁ、見ない間にずいぶんと大きくなったもんだぁ」


「お久しぶりです。さとるさん。…悟さんも見ない間に図体だけ大きくなりましたね。一瞬だれだかわかりませんでしたよ」


「敬語はよしてくれよ…昔馴染みの仲間だろ?気恥ずかしいさ」


久しぶりに顔を合わせると、どうもぎこちなくなってしまう。

電話でも話していた、この男は多田悟たださとる

年齢は三十代で、フリーのエンジニアとして活躍している。

オレとは昔からの付き合いで、色々と落ち着いた時期にこうして話す機会を設けたり、メールでのやり取りも多くしていた。

しかし彼は前まで標準体形だったのに、いつの間にか二,三周り丸くなっていた。


「それにしても君の手厳しい発言は昔から変わらないねぇ。それはそうと、おなか減ったなぁ。僕もまだ夕飯食べていなくてね。ちょうどよかったよ」


そう言って悟は前に突き出た自慢の腹を主張する。


「大層立派なお腹になったものだな…」


オレは手元に置かれているお品書きを開くと、思わず目を見開いてしまった。

その理由は明白。どれもメニュー写真が一切なく、見たことも聞いたこともない名前の斬新なラーメンばかりだったのだ。


「木星ラーメン、土星ラーメン…太陽系スペシャルラーメン…なんだこれ…」


店名を知った時点でどういう店か疑問に感じていたが名前の通り銀河系、太陽系など宇宙を題材にしたラーメンらしい。 ここへ来る前に、この店をインターネットで調べても、口コミやメニュー情報など一切記載されていなかったため、不思議に思っていたのだが、


「ここのラーメン、すごく独特だけど見た目も味も素晴らしいんだ。今では食通になった僕が一番感動した店さ。ちなみに週三で通っているよー!」


そう誇らしげに自慢されても、どうリアクションしていいか困るだけなんだが。

彼が食通になったことは初耳で、そんな体形になってしまった理由もなんとなくうなづける。


腹は減っているが、正直どのメニューを見ても食欲はそそられない。


「うーん、じゃあ地球ラーメンで…」


オレは、このメニューの中で一番スタンダードだと思われるラーメンを頼むことに。


「おっいいね!そのラーメンは四回ぐらい食べたけどやっぱりスープがうまいんだよなぁ…ちなみにこのメニュー全部ハズレなしだよ…おっと失礼。よだれが垂れてしまった。じゃあ僕は太陽系スペシャルラーメンにしようかな」


悟もすぐにメニューを決め終え、オレは店の者を呼ぶと、カウンターの奥から顎髭あごひげを少し生やした、赤いバンダナがトレードマークのおじさんが姿を現す。

この静けさといい、この店の規模を見る限り、この男一人で切り盛りしているらしいな。


「…ご注文は以上ですか?」


注文を聞いてからも、男は終始無表情のまま、そそくさと奥の厨房のほうへ向かっていった。

明るさや面白さとは無縁の無愛想な印象のおじさんだった。





「……」





オレたち固有の会話の流れのようなものだろうか。挨拶や近況報告を済ませた後の沈黙は、自ずと本題に入ることが示唆しさされる。


「さてと…じゃあ陸人君。今日呼び出したのはほかでもない。君に頼まれていたブツが完成したんだ」


「そうか…しかし予定より随分と早くに完成したな」


「まぁね。電話でそのことを言うべきだったんだけど…」


「電話で、その内容を言わなかったのは情報漏洩ろうえいを危惧したからだろ?」


「うん…。そりゃあ使い方によっては危険なものだからね。最新の注意を払いながら、ここまで持ってきたよ。それに僕たちも、これを急ピッチで開発しないと他の仕事が終わりそうにもなかったからね」


そう言うと悟はかばんからノートパソコンとUSBが入ったハードケースを取り出し、


「このUSBの中に例のソフトを入れてあるんだ。実際に使い方を見せたほうが早いね」


ノートパソコンの電源を入れ、エクスプローラの中の鍵ファイルや個人ウェブ、プライベート関連の情報を開示する。


「中身はどうでもいいことしか書いてないから気にしないで。それと…これをこうして…」


USBをノートパソコンに差し込むと同時に画面上に外部入力可能と表示される。

ウイルスバスターソフトを稼働停止させ、セキュリティ会社運営や防犯システムの関連業者に個人情報やパソコンのアクセス権のダミーを送りつける。

このパソコンが不正に外部入力されても、相手に感知されないために必要なプロセスであり、その後に重要な手順を踏むプログラムを開始させる前準備だ。

後は、そのパソコンの本体設定でアクセス権を剝奪はくだつし、SNSアプリ、鍵ファイル、プライベート関連の情報を悟が開発した単一のプログラミング言語を入力しただけで、それらの情報パスワードのロックを解除し、すべて強制開示させてしまうことができる。


簡単な操作で、相手から強制的に個人情報を入手することができる便利な代物だ。

また、操作完了した後にUSBを抜くと自動的にUSBを指す前の状態にする自動初期化システムも導入してあるため、パソコンが外部操作された痕跡は一切残らない。

短時間で情報奪取できることも含め、ロスがほぼなく、諜報活動する上ではうってつけな品である。


「悪いな。何かと忙しいときに仕事を頼んでしまって…これがあれば何かと便利だ。感謝する」


「どういたしまして。それに『彼ら』からの協力もあってこそのものだ。いつかお礼を言ってあげておくれ」


「あぁそうするよ。今夜、お前もそうだが『彼ら』にも十分働いてもらわないと困るからな。その点は重々承知してくれ」


念を押すようにして、オレは事前に知らせておいた計画を再確認させる。


「分かっているよ。今日は僕たちにとって、とても大切な日だからね。

けど…前から何かに落ちないことがあるんだ…一つ確認してもいいかな?」


「あぁ、別に構わないが」


今夜の作戦において何か不備や不満でもあるのかと思ったが、悟の顔を見る限りそうではなさそうだ。


「どうして陸人君は『単独行動』しないんだい?」


オレ個人的なことなのか、それとも潜入工作する上でのことなのか。いずれも意味合い的に似てとれるため、悟が抱く疑問についてはよく分からなかった。


「どういう意味だ?それは」


「言葉通りの意味さ。君は十分『一人』で生きていけるはずなのに、どうしてそうしないんだい。僕たちの協力も不要だと思うし、これ以上敵陣で暮らすのは危険すぎるだろ?」


「個人のことについてか…オレはまだまだひ弱だからな。誰かの手にすがる方法しかとれないだけだ」


「正直それは君が持つべき答えじゃない気がする。陸人君…君は自分の力を他人に誇示こじしない謙虚けんきょな心構えを持っていることは日本人としての美徳だと思うよ。だけどね…」


「オレは弱者だ。それは変わらない」


人の言い分を最後まで聞かないのは馬鹿な奴がすることだ。会話の最後には、その間耳にした相手の話の要点や重要な内容を含んでいることが多い。ビジネストークがその代表例だ。結論を急いて話を中断させる、もしくは耳をらすことは、すなわち無知になることを許容すること。無知とは現代的に馬鹿という意味とほぼ同義になっているらしい。その点せっかちなオレは馬鹿な人間のカテゴリーに入る。

悟の言いたいことは最後まで聞かなくとも分かっている。長年の付き合いだ。だがこれ以上の言及は、してほしくないのが本望。


「全く、君というやつは…分かった。これ以上は君の心に深入りするつもりないさ。それに…元はといえばこのソフトは君が考案したものだ。よくよく思い返してみれば基礎となるプログラム情報や構図もしっかりしてたからスムーズに制作できたし、八割九分は陸人君からもらったデータ通りに作ったものだ」


本当は今夜の計画のためだけに自分で、このソフトを作るつもりだったのだが、オレのパソコンのスペックじゃ到底作れる代物じゃなかったし、悟に委託いたくしなければいけないのは、どの道変わらなかった。


「このソフト開発の成果報酬のほうなんだが…」


「いや!報酬はいらないさ。君には返しきれない恩があるし。なにより例の件を僕に教えてくれるだけでありがたい」


「そうか…また何か手がかりを掴んだらすぐ伝える」


「……助かるよ」


協力してくれたお礼をする前にかたくなに断られる。いつになく真剣な顔つきだったため、今回の計画実行への確固たる気持ちがありそうだ。オレだけ得して良い気分ではないが、おとなしく容認することにしよう。


お互い干渉されたくない話題の片鱗に触れてしまったせいか、少し気まずい空気ができてしまった。


「お待たせしました…地球ラーメンと太陽系スペシャルラーメンです」


その空気を断ち切るように、注文していたラーメンが来た。


「…ささっ!陸人君早く食べよう!いただきます!」


悟は気持ちをすぐ切り替え、勢い良く麵をそそる。

どうも無理して明るく取りつくろっているようにしか見えないが。

これ以上踏み込む必要もないし、それに…いい空気で食事はとりたいものだ。こちらも深追いはやめておこう。


…っと


「…な、なんだこれ。ほんとにラーメンなのか?」


地球ラーメン。

どんぶりの中にすっぽりと鮮やかな地球が投影されているようだ。

大陸や雲、海洋、緑までもが食材で忠実に再現されている。


大陸はチャーシュー、雲は綿あめが浮いており、徐々にスープに溶け込んで水色に染まっていく。

海洋のスープを飲んでみると醬油しょうゆベースの味付けで食用色素で鮮やかな青に仕立て上げられていた。

森林の緑はホウレンソウなどの緑野菜。肝心なめんは…普通のちぢれ麺で丼の底に埋まっていた。

見た目こそあれだが、具材はちゃんとしたラーメンである。


「…ラーメンに綿あめを入れる発想はすごいな」


全体的な見た目に驚いたが、特にラーメンに綿あめが入っている奇抜きばつさに意を取られた。悟に聞いてみると、この綿あめは普通のものではないらしく、原料のザラメ糖は、この店お手製のものであり、砂糖の量を減量し、代わりに秘伝のだしを入れているとのこと。

この綿あめが徐々にスープの中に溶けていき、醬油ベースのスープに、より甘さとコクがでる。チャーシューと合わせて食べることにより、肉の歯ごたえが柔らかくなり、肉のうまみがより引き出される仕様だった。 これはぜひとも真似してみたい。


「…美味い」


思わずその言葉が口から出てしまうほど美味である。


「でしょう!ここのラーメンは見た目と旨さのギャップ…これがいい!分かってもらえて幸栄だよ。それとね、この麵は…」


先程の暗いムードはどこかへ消え、明るく多弁になった悟から、この店のラーメンついて熱弁される。


(さすが食通…食に対してイキイキしているな)


満足にラーメンを自分のペースで堪能たんのうすることができなかったのが心残りだが、地球ラーメン以外のラーメンもぜひ食べてみたいと思った。


午後九時ちょうど、話の区切りもついたところでオレたちはそろそろ店を出ることにする。


「…それにしても美味かった。また来たいと思うよ」


腹持ちも程よく、食べ方の組み合わせ次第で自分好みの味を楽しめるため、食に対してがぜん興味がわいてきた。 おまけに値段も手ごろで足を運びやすい。


「いやぁ〜!この店をチョイスして正解だったよー。旨いラーメン食べながら秘密話もできるし、何より落ち着けるし、今夜はうまく行きそうだ!」


「ごちそうさま。また後でよろしく頼むぞ」


「うん!お互い頑張ろうね」


建物の入り口前で悟と別れ、帰宅する。

今日の支払いは悟が出してくれ、何から何まで世話になってもらっていた。


「…影山とか連れて、また来たいな」


これは友達と遊ぶ幅が広がると思い、新しい楽しみを見つけた気がした。



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