第13話 実行
帰宅してからのオレは自分の部屋に戻り、今日やるべきことの算段を再度確認していた。高校に入る前から練っていた計画を今日これから実行することになっているのだ。
「銀二及び福島県教育委員会の機密文書の確保」
このステップをクリアすることで初めて次の段階へ進める。
現在午後十時、『彼ら』の協力もあって今頃オレの高校の生徒保護者の間で臨時保護者会が開かれており、銀二はそこに参加してもらっている。
オレは体を動かしやすい全身黒ジャージに着替え、手袋と靴裏が真っ平らな仕様になっている靴を身につける。それから悟からもらったソフトや
銀二の部屋と書斎は一階にある。
銀二の部屋は幼いころ運よく忍び込むことができ、そこに何があるかは把握している。主に娯楽や趣味専用に使われているため、特に今回の計画では関係ない。
そして銀二から入学の話を持ち込まれた際に一度入室した書斎は、仕事関係にのみ使われる部屋だと推測している。 壁一面に並ぶ本棚にびっしり詰め込まれた本、机とイスそれと机の下の引き出しがある。
その引き出しの中に仕事用ノートパソコンが入っていることも事前に確認済みだが、私用ノートパソコンは、以前銀二がリビングで使っている姿をこっそり見て、ただ機種が分かっただけだ。
その他の手がかりはほぼない。その私用ノートパソコンの中にある情報こそ、今回の計画の目的だ。
荷物を持って一階まで降り、書斎前で前準備を済ませ、早速作業に取り掛かることにする。
ガラケーを取り出し、連絡をかける。
「予定より二分早いが、悟とジーニは中の防犯カメラと赤外線装置の解除を頼む」
二人に指示しながら、空いた左手で解錠用道具の部品を組み立てる。
「了解」
二人が作業に取りかかる間、軽く準備運動を済ませ、彼らからの連絡を待つこと一分。
「すまない!陸人……」
歯切れが悪かった悟からの返信は、やや焦りの声が滲み出ていた。
この書斎の中の防犯カメラの解除はできたが、赤外線解除は時間がかかるとのこと。
書斎にある防犯カメラは普通の代物だが、かなり小型だ。正方形で大きさは手でつまめるほど小さく、本棚やカーテンの上など至るところに設置されている。設置場所は完ぺきに把握しているが、
「やはりな。続けて逆探知機能の解除に徹底しろ。いつも通り気づかれないようにな」
軽く注意喚起を促しながら、書斎の入り口の鍵の解錠作業に取り掛かる。
鍵は本人確認が必要なオートロック式だが、パスワード入力だけでもロック解除できるため、後者のパスワード入力の方で解錠作業に取り掛かる。先ほど組み立てた解錠用道具で書斎のオートロック装置の外枠を外すと、複雑に絡み合っているケーブルが露わになる。
そのケーブルのツタをかき分けながら、中にあるケーブルコンセントを見つけ、自前のケーブルをつなぎ、オレのスマホと連動させる。
「解錠成功」
例のソフトは、スマホ版アプリケーションとしても制作させていたため、パソコンを使わずとも同様の方法で容易くパスワード解除すなわち解錠することができる。
だが解錠できたからといって、すぐ書斎の中に立ち入ってはいけない。
ドアを開いて中を覗いてみると、真っ暗の部屋の中には所々薄暗く、赤く点滅する装置が目に入る。
中に入る前に一度、中を懐中電灯で照らし、この部屋の全体像を観察する。
しばらくすると赤外線装置が発する赤い点滅が次々に消滅していき、悟たちのおかげで三分の一ほどの赤外線装置が解除された。
「すまない陸人君!まだ時間はかかりそうだ」
「大丈夫だ。そのまま指定したところを優先に頼む」
「了解」
ガラケーをチャック付きのポケットにしまい、オレは策を張り巡らす。
「やはりこの間に入ったときとは違うか…」
今ここの赤外線装置は複数の種類の赤外線を使用しており、その種類ごとに発生装置の製造元まで違う。
つまるところ解除が面倒な上に、もしオレが、その装置に引っかかった時に警告が行き届く防犯業者がそれぞれ違うという厄介ものだ。
少し前の話になる。
近年、銀二の職場の重要資料がある場所に『癖のある』防犯システムが施された。
従来はパスワード入力と特定の社員証をかざすだけで開く仕組みだったが、ある日パスワードが漏洩するという稀にみる事件が発生した。
重要資料が盗まれるなどの大きな問題はなかったのだが、防犯システムの見直しが推進されたのをきっかけに、新たな防犯装置として導入されたのが、コスパもよく、消費電力が少ない自動感知赤外線装置だ。
その装置は、遠赤外線、中赤外線、近赤外線の三種類の波長の違う赤外線を発し、強盗や軍人によく使われる特定の波長しか見ることができないゴーグル対策にも適しており、犯罪抑止力として絶大な効果を発揮させた。
さらに複数の防犯業者と委託することで、より強力な防犯システムを導入させたとのこと。
その自動感知赤外線装置は、メディアに公表されていない。それもそのはず。国
だが
「…ここのはそれと同じ仕組みのやつだと踏んでいたのだが…」
ここのやつは少し違う。
自動的に赤外線放出口がヌルヌルと動き、放出される赤外線の角度が変わるように改良が施されていたのだ。
見たところ、その動きにはランダム性はなく、規則性を帯びた動きをしているのは分かるのだが、それだけでここを潜り抜ける難易度は一気に跳ね上がる。この状況を打破するためには…
「…これしかないよな」
この防犯システムを打開するために取り出したのは二台目のスマホ。これが『とっておき』の正体だ。
一見普通のスマホに見えるが、市販で売られている代物ではない。
学校用で使うスマホとは別に所有しているもので、こちらのものはオレが一から作り上げたスマホだ。
通常のスマホの機能を持ちながら、今回の作戦をクリアするために必要な、赤外線を可視化させる機能を持っている。そんな機能をもつ機械は、通販などで山ほど売られているが、せいぜい一つの装置で一種類の赤外線しか見分けられない。しかしオレのやつは少し特殊だ。
スマホ一台であらゆる種類の赤外線を読み取るようにプログラミングされており、それをアプリケーションツールとして制作し、インストールしてある。
そのアプリを開き、特殊なレンズをスマホカメラに取り付けることで赤外線の種類を精密に精査することができるのだ。
他にも制作過程の副産物として、ものを透過して感光させるレントゲン撮影のようなこともできるようにし、実際この透過撮影機能で、この間書斎に入ったときにオレの服越しからでもこの部屋の3D構成データを作りあげることができたのだ。
そのおかげで防犯カメラや赤外線装置、仕事用パソコンなどの位置を把握することができたのである。
銀二の職場やここの防犯システムをくぐりぬけるために作ったものなのだが、他にもいろいろな場面で使えると期待している。
オレは特殊なレンズをスマホにつけ、この部屋の入り口手前でスマホカメラを起動させ、赤外線が可視化されたこの部屋の動画を撮った。
撮った動画から装置の場所や放出される赤外線の角度をオレの頭の中で分析し、二秒単位で上下左右の順に動く規則性も発見。これらのからくりから、すべての装置を潜り抜けるために頭の中でシミュレーションを重ね、数秒後、三十パターンもの成功方法を導出。
動き回る赤外線に当たらないための体の動きやタイミングを計算し、それらの成功方法の中で、最小限の動きで、より成功確率が高いパターンは二通り。 体一つで複雑な動きを瞬時にしなければならない難業だがこういった経験はいくつかしてきたものだ。
悟たちは引き続き、残りの装置の解除を試みているが、まだ時間がかかるらしく、待機していてもこの作戦の成功率がぐっと下がるだけ。銀二の正確な帰宅時間は、およそ不明だからな。
やはりここからは自力で進むしかない。
「程よく体動かすのはいつぶりだろうな」
陸上選手のリレー前のルーティンのように小刻みに足を慣らす。体の筋肉全体に血流が循環するスピードを上げ、同時に頭を回転させるための酸素も循環しやすくさせるための前準備。要は準備運動。
「ふぅ…」
書斎入り口から三歩後退、軽く前傾姿勢の状態になり、一気に助走を付けて、中へと駆け出す。
編み出した成功ルート通りの手順で瞬時に体を曲げたり、
一歩一歩、態勢を崩すと失敗に終わるため、髪の毛一本一本にも神経を張り巡らせなければならない。
この際、丸刈りにすればよかった、ニット帽でも被ってこればよかったなどの余念を抱いては、すぐに消える。それほどに集中力が研ぎ澄まされているのが、体感的にわかる。
右に四、左に三…この赤外線のなす角は四十六度。次に左の二の赤外線が交わる…
複数の赤外線の放出口を一度に完璧に捉え、迫り来る直線上の赤外線の動きに合わせて、柔軟に体を曲げ、避け切る。関節を意のままに操ることができるのは生まれつきではなく、訓練生時代に思い通りに体を動かす特訓をしてきて身についたものである。特に痛みは感じないが、独特な気色悪さがあることは
難なくすべての赤外線をくぐり抜け、手元を動かせそうな場所まで移動する。
「…陸人君。目的の赤外線装置と半分の装置の解除に成功した。引き続き残りの解除と逆探知対策を進めるよ」
もう少し早ければ、少ない労力で赤外線をくぐってこられたのに、と思ったが帰りの分は楽に進めそうだ。確認のため、オレはくぐり抜けてきた場所の赤外線チェックを済ませる。
よし。きっちりやってくれたな
重厚感ある机をゆっくり移動させ、机の下にひかれているラグをめくりあげると
「このラグ上に赤外線が集中していたからな…怪しいとは思っていたが、まさか3D構成データでは読み取れなかった空間とは地下室だったのか」
予めラグ上の赤外線解除は最優先でやってもらうように手配していたのだが、地下室の存在は今ここで初めて見知ったのもの。
地下室の外枠は特殊なつくりで中だけが一切見えない仕組みになっており、3D構成データには記録されず、違和感を抱いていたのだ。
「地下室か…陸人君!中に入るときは十分に気を付けてくれよ!」
「分かっている」
オレはポケットの中から簡易解錠道具を取り出し、専用の鍵を差し込むタイプの地下室入り口の鍵を開けていく。
「ガチャンッ」
ものの数秒で開き、地下へとつながる階段があらわになる。
「一応ここの中の構造も確かめておくか」
再度動画を撮り、防犯チェック。次にアプリを切り替え、撮った写真をもとに3D構成データを作り上げる。防犯システムがないことを確かめたオレは、懐中電灯で足元を照らしていき、慎重に階段を下って行く。
壁や階段は、鉄筋コンクリート構造か…まるで核シェルターのようだ
十数段しかない階段を下り、七帖くらいの殺風景な小部屋にたどり着く。天井には定期的に交換されているであろう蛍光灯、奥の壁一面だけに設置された本棚には、分厚い本や書類がしき詰められていた。
教育や学問といった単語が見受けられるに、仕事関係の書類に間違いなさそうだ。
本棚のちょうど真ん中、本と本の間、数センチほど空いたスペースに目的の私用ノートパソコンが置かれていた。
指紋防止手袋をポケットから取り出し、手にはめ、そのパソコンの機種などを目で確かめる。
パソコン以外にも気になる書類が、たくさんあるが優先してやるべきことを行う。
主電源を入れるために、電源を長押しするのだが、十秒以上経っても電源が入る気配がない。
「…電池残量0パーセント。それか最悪、故障しているかだな」
電源ボタンを長押ししても起動しないことは考慮していたため、モバイルバッテリーや簡易修理キットも持ち込んでいたのは正解だったな。充電させてみると、
後は、中にある情報をいただくだけだ…
電源がオンになったパソコンに例のソフトが入ったUSBを差し込み、GINGAラーメン屋で悟から教えてもらった通りの手順でアクセス権剥奪、鍵ファイルの開示などに成功していき、中の情報を着々と奪取していく。ここまでは順調だったのだが…
「…おかしい。全鍵ファイルのうちの半分が開示できない」
エクスプローラの中にある残り半分の鍵ファイルの読み込みができないと表示され、想定外のトラブルが起きる。まさかこのソフトでも通用しないものが入っていたとは驚きだ。情報解析、トラブルシューティングを開始させ、問題の原因を探ってみても[異常なし]と表示される。
有効期限内のファイルだし、開示させるには何ら問題ないはず。…なら、別の可能性として、ファイルの保有者が別にいて、現在進行でこちらからの開示要求を拒否している…
どうにかできないか、考えを巡らせてはみたものの、この場ではなす術がない。
悟たちの協力を仰いでも、赤外線装置の解除、防犯システムの逆探知対策で手いっぱいだ。 代わりに、ここにある書類や本の調査に切り替えるにも、現在午後十時半。
作戦実行から三十分は経過している。
臨時で開かせた保護者会は午後十一時まで開かせるようにしてはいるが、
「ジーニ。銀二の様子はどうだ?変わった動きはないか?」
「…おっと、たった今調査員からの連絡が入った。なんてこった…至急ご帰宅する様子だとよ。店から自宅までの距離はざっと五キロメートル。車だと十四分ほどで着く範囲だな。陸人…
「ちっ…すまないが銀二をうまく引き留めることは可能か?」
「残念だがダメそうだな…先ほど言ったが、至急帰る用事があるとのことで足止めできそうにないらしい……って年上相手に舌打ちするのではない!」
銀二の予想帰宅時刻が異常に早い。
まさかな…
目的の半分以上の成果は得られたが、まだやり残したことがあるため、正直口惜しい。作戦実行時間を早めに繰り下げれば、やり残しは減らせたものの、『彼ら』も彼らとて都合があるため、これがベストな選択だったと腹に
これ以上長居してはリスクが高い
気になる書類や本をスルーし、元の場所へパソコンを置いて引き上げることに。
上手く残り
彼らには防犯カメラや赤外線装置をもとの状態に戻してもらい、一切の痕跡を無くすよう後始末も入念にしておく。
地下室から引きあげて二分ちょうどか…
「悟、ジーニ…今回はご苦労だった。とりあえず今日のところは終了だ。また頼む」
二人に礼を言いつつ、今回やり残したことも踏まえ、計画の修正をしていく必要がある旨を伝えた。
自室に戻り、使った道具などを片付け、オレはシャワーを浴びにいった。
—————
「残りのファイルの中身は一体何だろうか…それに周辺にあった書類や本も…」
やるせなく、スッキリしない気分のまま頭からシャワーを浴び続け、作戦の不備について猛省する。弱者のオレではあるが、次こそは今日の穴埋めも含めて、確実に成功させる。
髪を洗い終わり、シャワーを止めると玄関先からかすかに物音が聞こえる。
十中八九、銀二が帰宅した音だろうな。だが…足音がなぜかこちらのほうに近づいてくる。
あいつ、いつも帰宅してすぐに自分の部屋か書斎に向かうはずなのに…
ジーニから銀二の動向を伝えられた際にも勘づいてはいたが、あいつに今回の作戦がバレている。
そんな予想を嫌というほど考えてしまう。知らずうちに今回の作戦のどこで銀二に気づかれる点があったのかを模索してはいるが、確信たるものは思い当たらない。
「ギシッ…ギシッ……」
気が重くなり、それと連動して足の力が入ってしまっているのだろうか。重たい足音とともに床がきしむ音が嫌に響いて聞こえる。どんどん足音は近くなっていき、もう一メートルはないほどの距離。
この浴室のドアの前で止まった。
「…陸人…聞こえているか?」
ここは慎重かつ冷静に対応しなければならない。無意識にオレの心臓の脈動がドクンっと鼓動し、鏡で自分を見るに、外面は至って平常だが、緊張感状態に陥っていることは体感的に察している。普段通りの口調で接すればいい。ただそれだけなのに
「聞こえているぞ…何か用か?」
「初めての学校……楽しかったかい?」
「…ん?あぁ…いろいろ新鮮な気持ちになれた」
「それだけかい?友達はちゃんと作れたのか?」
「まぁな。数人くらい作れた。そんなこと気になるのか?」
気味が悪いな。普通の家族では、こういう会話が当たり前かもしれないが、オレたちの関係はやや特殊だ。こういった近況報告のようなものなどは普段しないし、会話することさえあまりない。
「だって君は友達なんて不要とか前に言ってたじゃないか。いつ裏切るかわからない不確定要素を持った危険人種…一般の学生から見たら君は、中々かえって目立つ存在だ。仕事にも支障をきたす可能性も十分にあり得るってね」
「心配するな。それぐらいうまくやる。要件は以上か?」
「まだ…あるよ。学校終わってから何していたんだい?」
とうとう本題に触れたか。
「友達とビデオチャットしたり、ラーメン食いに行っていた。あんたはこんな時間まで何していたんだ?」
「…臨時で保護者会に参加することになってね。会食してきたんだ。…土産もらってきたから冷蔵庫に入れとくよ。明日あたり食べてくれ」
そう言って銀二は浴室のドアの前から離れていき、足音は徐々に遠くなっていった。
…まぁ、最悪なケースにならなくて良かったが…問題は、どこまで勘づいているかだな。
怪しまれないよう、シャワーを浴びてからも普段と同じ行動を意識しながら、そそくさと自室へと戻った。頭の中で今回の計画での失策を見つめなおし、次の予備策を練ってから明日の学校準備を済ませる。
「…二十三時半…そろそろ寝るか…」
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