第28話 狂人


「みなさん…落ち着いて聞いてください。大切な話があります。せ、先週から欠席になっていた影山彰敏かげやまあきとしくんがお亡くなりになりました…彼は、まだ15歳という若すぎる命で、これからの人生まだまだ幸せに過ごすことができる…」


高等教育高一年二組。今日の日程の終わり、ホームルーム。

こわばった顔つきで声のトーンが数段低くなった小池先生の口から思いもよらない事を伝えられた。


影山彰敏の死亡通知。


ここにいる全員がその内容をすんなりと頭の中に入ってくるはずがないし、俺だけじゃなくみんなも驚いているはずだ。なんで影山が死んだんだ。訳が分からない…どうしてあいつが死ななくちゃあいけなかったんだ。あいつの身に何があったんだ。


もしかして重い病気を患っていたのか。それとも…誰かに殺されたのか。こうして身近な人が亡くなったと知らされるのは人生で初めてで、どうしていいのかまるで分らなくなり、先生の話をまともに聞ける余裕などなかった。



人は死んだらどこへ行くのだろう。



ふと、そう思った。これは世界共通の疑問なんじゃないか。

生きている人間が死後の世界に行くことはできないし、どんな世界かわかるはずもない。ただ机上の空論でしかないんだ。

そういえばテレビで見たことあるな。臨死体験や擬死体験をした人たちからの「死」の話には必ずと言って魂や精神といったワードが出てくる。未練を残して成仏できなかった霊の魂が身近に残るとか精神世界は実在するとかなんとか。



……影山、お前は今どうしているんだよ。どこへ行ったんだよ。


俺はこの二組だけでなく他のクラスのやつらとも交友を深めていった。やっぱり人と関わることは楽しいし面白い。色んな奴に出会うことで、その度に色んな事を発見できるし、自分の弱さを克服するためにも必要なステップだ……なんだかこれは陸人が言うセリフみたいだな。



「なぁ……今もここにお前がいねぇと寂しいぞ。自分勝手な都合俺らに押しつけて勝手に死ぬなんて…ばかみてぇじゃねぇか」


「……怜央」



今日の空は一面青に染まっていて雲一つない晴天だが、なんでなんだろうな。青色ってこんな汚い色していたっけ。



人の気持ちなんて知らずに回る時間や天気が俺は嫌いだ。



こういう時ぐらい友達の死に悲しんでるやつと一緒に泣いてやれよ。



心の中でどうしようもない愚痴ぐちを吐くことしかできなかった。




______




昨夜、午後九時を回る。


昨日までは高等教育高の周辺調査。今日はとうとう潜入調査をすることになっている。


「高等教育高C棟入り口前、侵入成功。これからA棟、B棟の調査に入ります」


僕ではなくジェシカ副隊長が先頭に立ち、部下と作戦の段取りを再確認する。


「了解」


今回の任務は高等教育高へ潜入し、円谷校長の護衛や警備の動向を探ること。たかだか高校へ潜入することは容易たやすい。そんなバカげた幻想を抱くだけで一瞬であの世行き。


「隊長。我々岡本研究所研究員、特別捜査隊一班の腕の見せ所ですね。数少ない出番…ここ一番に成果を上げて見せましょう。江坂さんが不在しているのはいささか心もとないですが、一班のみんなは腕がたつものばかりです。ですから隊長…そんな不安な顔せずに」


「……」


「…荻本おぎもと隊長。どうかなされましたか」


「……」


「隊長。私の話聞いていますか。 時間厳守はうちの鉄則です。もしこの作戦が上手くいかなかったら、後で江坂さんに怒られます」


「…だって~なんでこんな僕が班長なんだよ…僕より強いやつうちにゴロゴロいるじゃん!僕には人をまとめる才能もないし、実力も実績もない。ここまで生き延びれたのもただただ運がよかっただけだよ…」


「そ、そんなこと……」


「そんなことあるさぁ!」


「しーっお静かにっ!敵にバレたらどうするんですか。敵の警備が未知数だからこそ、こうして潜入調査しなければならないんですよ。もうお忘れですか?」


「ご、ごめん…」


なんで陸人さんはこんな僕を一班隊隊長にしたんだろう。僕なんか隊長に向いていない。きっとみんなもそう思っているはずだ。


荻本おぎもと隊長しっかりして下さい。時間になりました。行動を始めましょう!」


「僕は…ほんとにダメな奴だ」


「隊長!あなたは決してダメな人ではっ……」


「人よりメンタルが弱くて!何もっ…取り柄がない僕に隊長が務まらないし、副隊長の君の方が年上で頼りがいがある。それに人望も厚い。君の方が隊長に向いているのに何で僕なんだよ…ならいっそ、もう死んだ方が…」


「本心からそう思っているのですか?隊長」


「…うん」


「…そうですか。分かりました。あなたはここで早く死にたいと言うのですね。ならいいでしょう。敵に囲まれて無残に死ぬのもよし。尋問じんもん拷問ごうもんを受け、後に理不尽な理由で殺されるのもよし。犬死するのもよし。あなたの命です。好きにしてもらって構いません。ですが私たちはみな岡本研究所研究員の仲間であり、様々な苦難に立ち向かってきました。仲間の死も何度も目にしてきました。ここに来て今更命いとは…死んでいった仲間の気持ちをそんなことで簡単に踏みにじる気ですか。自分が隊長に向かないからと言って、今ここで仲間の命を危険にさらすバカはとっとと死んでください」


「……」


「行きますよ、みなさん。まずはC棟の二階、人が一人入れるほどの通風孔から侵入し、二手に分かれてA棟とB棟を調べます」


「は、はい」



みんなはC棟にうまく侵入。僕の視界から姿を消していき、その建物の手前で一人寂しく取り残されてしまった。


何も言い返せなかった。死んでもいいとか、バカとか言われてひどく傷ついた。そんなこと言わないでくれよと、心の底からそう思った。



_______



小さい頃から一人でいる方が楽しかったし、人付き合いが苦手だ。

尊敬していない先輩にも敬語を使わないといけないし、言われたことは守らなければならない。なんでこんな気を使わなければならないんだろう。年下には頼られるべき存在にならないといけない、周りの意見を尊重しなさい、と先生や親から口うるさく言われ、嫌気がさした。


学校のみんな、同学年の人や周りの人から「ここはこうした方がいいよ。なんでそんなことできないんだ?」「まぁお前は、向いてなさそうだしな」「仕方ないよ。最初はみんなできないから安心して」って言われるたびに…なんでみんな、そんな偉そうな態度をとるんだよって思ってしまう。


勉強や運動のほかにも習い事としてピアノや空手をやっていた。小学校低学年の頃から嫌々やってたけど頑張って頑張って通い続けて、中学に上がる頃には、ようやく親の許しを得てやめることができた。どんな環境でもどんなことでも他人がいるだけで僕の心は傷つけられてしまう。きっと心が人一倍敏感で、弱いんだろうな。



________



本当に僕は子どもだな。傷つくのが嫌で言い訳を作っては必死に逃げ場を探しているクズな人間だよ。



「はぁ…僕は何のために生きているんだろう」





_________





「よし。ここからはA棟、B棟に分かれて調査だ。私とそこのお前たちはB棟。残りはA棟だ。気を引き締めていくぞ」


「了解」


一班隊荻本隊長を除き、B棟は私を含めて九名、A棟は十名に分かれ、それぞれの棟へ向かっていく。


こうなることは薄々予想はしていたが、隊長が欠けるとなると悟さんやジーニ、江坂さんの二班への連絡手段がなくなるのは痛手だな。

専用の連絡機は隊長の手元にあるし、自分たちの携帯じゃ電話履歴や個人情報も残る以上任務への持ち込みは禁止と悟さんたちから警告されている。


あの場に荻本隊長を置いてきた私の判断ミスか…


「副隊長の判断は間違ってはいませんよ。我々が敵と交戦することになれば、A棟やB棟に敵兵が集中することになるでしょう。私たちの腕は確かです。敵兵の戦力は未知数なものの、多少武力では劣ることはないでしょう。今までもそうでしたからね。敵兵が我々に集中している間に隊長はC棟の前で待機しているはず。あの様子から自力で行動するとは思えません。C棟付近は比較的安全な場所ですし、万が一の場合には隊長がニ班の増援を呼んだり、陸人さんに連絡を入れてくれるはずです」


皆あの頼りない荻本隊長に怒りや恨みを覚えているのではないかと不安になっていたが、どうやら全く問題なさそうだ。むしろ隊長の身の安全の保障まで考慮して挑む姿勢は流石としか言えない。


「どうやら私の方が感情的に動いていたみたいだ。皆のおかげでなんだか落ち着いたよ。ありがとう」


私は女性だ。ここにいる男性より腕っぷしはまるで歯が立たない。毎日筋トレや鍛錬をおこたらずとも、みな私と同様な練習メニューのためか一向に力の差は縮まらない。何度も挫折ざせつしかけたし、その度に女性である自分を嘆いた。ひどい話なことに私を生んでくれた両親へ八つ当たりしたりしたこともあった。


女性だからと言って男性より強くなることができない道理はない。そんなこと物心がつく前から理解している。だけど…いやいや、こんな私情を戦場に持っていくのは場違いだ。生き抜いた後に考えることにしよう


班員たちの顔が夜の暗さに同化している防護服からでも、うっすらと視認できる。みな志半ばか、内面では緊張と焦りが交錯こうさくしている状態であろう。

隊長なしでの任務実行もそうだが、常に命の危険にさらされている我々には今回の任務はかなりの痛手。もし円谷校長の刺客や護衛役とやらが現れたら…


「副隊長っ、黒のブレザー…この高校の生徒一名がこちらに向かってきます!」


「あの男子生徒はたしか……皆隠れろ。村山と岸田はあの生徒を監視。あとのみんなは周囲の警戒だ。例の敵かもしれない。他にも敵が潜んでいる可能性も十分にある」


なぜこんな時間にここの生徒が…それよりここまでどうやって来た。見た限り、手ぶらの状態だし、ブレザーの胸ポケットの膨らみ具合からスマホが入っているだけ。あの状態でバカでかい正門や校舎を覆い囲むへいを潜り抜けることは不可能だ。十中八九、円谷校長側の人間だと判断してよさそうだ。




_______




「くっそ…なんでこんなことになった…なんで、なんで!」



_____




放課後陸人たちと別れ、帰宅した後、一通のメールが届いた。


送り主の名は無く、件名には


[影山彰敏。今日の午後九時、高等教育高の正門前に来い]


本文には


[お前の両親を誘拐した。開放してほしければ指定時間に来い。来なければ彼らの命はない]


考えずとも、ただの迷惑メールかなにかだと思い、なんの躊躇ちゅうちょもなく削除した。両親は17時くらいだったか、二人が一緒に出かけると言って帰ってこないまま。夕飯でも食べに行っているんだろうとあまり気にしてはいなかった。電話やメールをしても反応しなかったが、出られない状況もあるとそう楽観的にいた。


まぁいつものように帰ってくるだろうな。


しばらくしてから、また一通の匿名メールが送られてきた。今度も差出人の名前がなく、イライラしながら画面を下にスクロールしていくと俺の両親が軟禁されている確信的な一枚の写真が送られてきた。

口元にはガムテープを何重にも張り付けられていて、手足には厳重すぎるほどの縄が縛り上げられていた。刑事ドラマでよく見るような拘束状態。

加工写真かどうかもちろん疑ったが、二人とも家を出ていく際と同じ服装。

その一つの情報を信じる他なかった。


___




「は、ドラマの真似事かよ…ふっざけんな!おい、出て来いよメールの送り主!俺の両親を返せ!」



約束通り指定時間に正門前に来てみると閉まっていたはずの正門が開かれ、中から黒のローブをまとった人が姿を現し、ここB棟内まで案内されたわけだが、誰もいないじゃないか。


まぁこそこそと動くやつは進んで姿を現さないしな。こっちからおびき寄せてやるよ。


前もって警察に電話し、犯人が出てきたところを取り押さえる準備ができた後は俺のスマホのバイブレーションが二回鳴ると知らされている。


通知オンだと犯人にバレるため、振動だけの合図であれば俺のスマホを奪わない限りバレることはない。仮にスマホが奪われても警察から預かった小型のデバイスを俺の制服の中ポケットに忍ばせており、同様の手段で対策は練ってある。


「おいっ…いい加減出てこいって言ってんだろうがぁ!!」


「……はぁ、うるさいねぇ君。身の程をわきまえているのかなぁ?」


「どこにいる? 姿を現せよ! 俺の両親を返せ!」


こんなすぐに返答してくれるとは思わなかった。たしか俺のすぐ近くで声がしたのは分かってはいるが…


「ごめんねぇ~。それはできないんだぁ~なぜならぁ…もう殺っちゃったから!ひゃはぁ!」



___ぐしゃぁ…



「えっ…? ぐっあ!!い、いてぇ!く、くそ!!ぐはぁか!」


「どう?その反応だと包丁で体を刺される経験は初めてみたいだね。初心うぶな反応でかわいいなぁ~。あと警察を頼っても意味ないよ。残念でしたぁ~!あははっ、えっ~と君のスマホとこの小型デバイスは没収しまぁ~す!」


…刺された?今まで俺の周りには誰もいなかったのに、急に現れやがった。え、なんで、なんでだよ!どうなってんだ!


今までに経験したことないほどの激痛。急に腹の奥底から血がのど元まで駆け上がり、抑え切れられないほどの大量の血が床に飛び散る。


やばいこれは死ぬ…背後からかなりのでかさのナイフが俺の腹まで刺さって…ってか噓だろ。貫通してやがる!


「君、小柄だから血の巡りが人よりいいのかな?血がドバドバ出てくるね~いやぁすごい勢い…興奮するねぇ。でもそれじゃ困るんだよねぇ~。きちんと私の質問に答えてから死んでもらわないと…」


「あぐぁぅ!う、うぜぇよ…はぁ、はぁ何…言ってんだ。このメスぶたぁ!なん…で、スマホとデバイスの存在に気が付いた…ってか警察はまだこないのかよ!」


「うん? 君さっき私が言ったこと聞いてた? 警察を頼っても無駄だってことだよ。なーぜならぁ…」


「くっ、うるせぇよ…このくそ女ぁぁ!!」


背後の黒ローブを着た女めがけて、思い切り右腕を振り回すも難なくよけられた。


「は?人の話は最後まで聞くべきだよね。それに口の利き方も悪い。一体どんな教育を受けてきたんだろうね…そっかぁ!あの君の両親が無知無能だったからこんな風に育ってきちゃったんだねぇ~いやぁ可哀想にぃ。あの二人を殺しておいたんだから感謝してもらいたいね」


「お前がっ…お前が、殺したのかよぉ!くそがぁ!!!!」


「だからそういってるじゃん~。あと口の利き方が悪いからお仕置きね」


「くふぁっ!あぁぁ!!ぐっ……くっ!」


「口のきき方には気を付けてね?次言葉遣い間違ったら、今みたいに君のおなかに貫通しているこの牛刀で君のお腹の中えぐりまわすから……おっとぉ早く死なれては困るんだった。聞くけど君は『別隊』の協力者かい?」


「はぁ…はぁ~。な…なに言ってんだよ、わけ、わかんねぇよ…」


「あれれ~あの子が言うには君や山田怜央、新潟武士っていう人が怪しいって聞いたんだけど…まぁ入学初日だし、早計だったかな。まぁいいや。人を殺しても何ら責任問われないしぃ……すごいと思わない? いくら犯罪を犯しても罰せられない、自由で安全な組織…こんな素敵な組織の一員に私はいるんだよぉ~うらやましいでしょ?」


「はぁ…はぁ、んな組織あるもんかよっ…いいから早く俺の、家族を…」


やばい、やばい…急に全身が凍り付くかのように寒くなってきた。刺されている所からの出血が多すぎて、どんどん意識が遠のいていく…これが死ぬ感覚なんだな。どんどん頭がぼーっとしてきて…


「まだ死なないでね!あははっ!ほらっ起きて起きて!このぐらいの出血じゃあ人は早々死なないものだよ。眠たくなっているなら、またこうしてえぐってあげると…?」


「あぁぁ!ぐぁぁ!」


…こ、こいつ正気かよ!



「痛覚が刺激されると眠気なんて一気に吹き飛ぶからぁ~!」



_________







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