第29話 暗闇

_________



「副隊長…もう見てられません!あの生徒はただの一般人ですよ。自分の両親が殺された上に、頼りにしていた警察もグルだったなんて…、助けに行かなければ!」


「お、おいっ待て!」


あの女を相手にしてはいけない。命の危険を肌でひしひしと感じ取れる。これまでの戦いの中で、あの女の狂気さは稀にみるものだ。


自分の兵を薬物漬けにし、洗脳して強制的に戦わせる国とも実際に戦ったことがある。それも一度や二度じゃない。


だから狂人と相まみえることには耐性はある、と自負していた。いや…この女が異常なだけだ。私たちが想像しえない、あの狂気の中に自身の上品さや理性というものを自然に受け入れている。


……正気じゃない



「おいっ!そこの黒のローブの女!今すぐその男子生徒から離れろ!さもなくば撃つぞ!」


私より正義感の強い部下全員が、あの狂人女を相手に……てっ何をのんきなことを考えている。副隊長である私が先導しなければならないだろ。


まず勝つ方法を考えろ。私たちはみな一人ずつ拳銃と狙撃銃を持っている。その他手榴弾や閃光弾などの投擲とうてき武器や小型ナイフなど。それに私たちが着用している防護服は特殊な加工が施されており、対バリア性、帯電性防止、対毒性、対殺傷、あらゆる外的要因から身を守ることができる。動きやすさに重視されて軽量化されたものの、丈夫さは以前とは変わらない優れものだ。視認できる限りでは、狂人女の武器は男子生徒のおなかに刺さったままの牛刀一丁のみ。


数や戦力、武力においては確実に優勢だ。


「あれ…他にも来客いたんだぁ!びっくりしたよぉ…って反応するかと思った?あははははっ!さっきからあなたたちが壁際にいるのバレバレだったよ。黒のパワースーツみたいな格好で真っ暗の中同化して行動しようって思っても無駄だし…私を止めようってわけでこうして出てきたんでしょ?この影山くんもそうだけど、もっと身の程をわきまえたほうがいいよぉ~。そんなに早死にしたいならどうぞご自由にって感じなんだけどぉ~。甘いねぇ~そんな人数とちんけな武器じゃあ、私には勝てないよ。あとね、私好みのかわいい銃を向けてきて嬉しいんだけど、ここの生徒さんの影山くんがどうなってもいいのかな…死んじゃうよ?…ってもう死にそうなんだけどねぇ~!あははっ!今の面白かったね!」


戦場で感情を優先して行動すること自体あってはいけないが……こればっかりは我慢できなさそうだ。


「みな後方支援を頼む。私があの生徒を必ず救い出し……狂人女あいつを生け捕りにする。いいな?」


「分かりました。我々もあのようなことを見せつけられてはたまったものじゃありません。ご武運を」


「え?私を生け捕りに?…頭おかしいんじゃあないのぉ~?そんなの殺すより難しいことだよ?あなたたちは確実に私に敗北するし、自分たちの力を過信しすぎだよぉ~。弱者の高望みは夢でかなえてね?」


「ぐはぁっっ!!あぁぁ!!」


華奢きゃしゃな腕からは想像つかないほどの腕力で彼のおなかに刺さったままの牛刀が勢い良く引き抜かれ、肉がさける音と血しぶきがはじく音が鮮明に耳に残る。


「た…たすけ…て」




____ダッ!




口より先に足が、体が動く。狂人女との距離は三十メートルほど。やつの眉間に狙いを定め、右手に持ったリボルバー式拳銃S&W642の引き金を引く。





「影山彰敏! 陸人さんの友人であるあなたを死なせてたまるものか!」





___パァッーン!__ダッダァーッン!!





重く鈍い、銃声が鳴り響いた直後には、至近距離で私の左手に持っていた二丁目の複銃身拳銃デリンジャーのバレルから口径41ミリの弾丸が二発同時に射出。

合計三発の弾丸が狂人女に向けて放たれたものの、完全に私の攻撃が読まれたのだろうか。かすり傷も負っていないどころか無傷。しかし後方を任せている部下からの援護射撃も私の二、三発目の射出時とほぼ同じ時に放たれた。長年のチームワークが生かされた私たちのシンクロ攻撃に、今の狂人女にはなす術がない。彼女を生け捕りにするつもりだったが、私の銃弾から避けた位置が悪かったな。そこにいれば後方からの銃弾が集中して飛んでくる位置だ。



「いやぁ~!危なかったよぉ~あなたの隠し玉もそうだけど、後ろの男たちとの連携攻撃がシンクロしてた!すごかったよ!」



しかし本来なら体に数か所の風穴があけられ、即死に至るほどのもの。にもかかわらず、


「人間じゃないな。本当に」


どうかわしたのかまるで分からない。私の肉眼でははっきり捉えていたはずなのだが、銃弾が彼女を避けるようにして軌道を変えた……。


「その口ぶりから同じような人を見てきた感じだね。まるで驚いていない」


瀕死ひんしの影山彰敏をどうにかしないとよけきれなかったのか、彼を置いて避けたのは我々には都合がいいが、この攻撃が通じないととなるとやはりこいつもあの人同様の化け物か。


「村山!ただちに影山を保護し、安全な場所で応急処置をしろ!あの出血だが、まだ助かる!」


「了解!」


銃器を捨て、身軽になった村山は、怪我人の応急処置優先でこの場を離脱。人徳や判断力ともに申し分ない彼に任せて良かった。


…行ったな


「あらら、影山くん連れていかれちゃった…まぁいいや彼が関係者ではないことは分かったし」


「何をぶつぶつ言っている。早々に降伏すれば、痛い目は見なくて済むぞ」


「ホント威勢がいいものだねぇ~まぁ、さっきの一瞬で弾丸が1、2…全部で11発も飛んでくるとは思わなかったし、シンクロ攻撃には寸分のずれもなかった。実力は十分あると思うし、多少の口の悪さには目をつむってあげる」


「あの距離で躱すとは思わなかった…私たちの長年の鍛錬たんれん幾多いくたもの戦場で培った技術が水の泡じゃないか、化け物め」


「真顔で自分たちの弱さをうれうなんてよほど苦労してきたんだねぇ~……まぁいいけど反撃させてもらうね」







___スクッ






「え…」







ほんとに…どうなっているんだ。この異常な動きは……





とらえきれなかった。たった一回の瞬きが終わり、視野が広くなっていくその瞬間、視野の端に狂人女の姿が一瞬だけ映っただけで…






その時に起きた「何か」の後にはもう遅かった。遅すぎた。






「あ…あぁ」






後ろを振り向けば、悲惨な光景がそこにあった。後方にいる私の部下の内蔵が強引にえぐられており、肉塊と残った臓器が血と共にあるべき場所の体内から地にボタボタと滑り落ちている。


異常な凶行はそれだけにとどまらず、確実に絶命させるために動脈まで切られていた。たかだか牛刀一丁でこの防護服が引き裂かれ、これほど無惨に殺せるとは。こんな顔も知れず不気味な笑みをこぼしている狂人女一人に私たちは完全敗北したのか。実にあっけなさすぎる。


「へへ…あなたはまだ意識あるんだね。男たちは即死したのに、あなたはこうして生きている。それだけで誇っていいと思うよ……かわいそうに、あなたはまだやりきれなそうな気持ちがあるようだね」


「わ、私は…ま、まだ死ね、ない…まだ、両親に…謝って…いないっ、ぐふっ…がっはぁ!」


私も負傷したが、まだ生きている。痛みは一瞬だけだったせいか意識が失うほどのものではなかったらしい。だが痛覚が徐々に遠のいていくのはなぜだろうか。




「あぁ…すごいね、あなたは…」





「ぐはぁっ!」




「なんてったって…この男たちよりも深く体内をえぐられ、両腕を切断され、動脈まで断ち切ったにもかかわらず、まだ死んでいない。この生命力…素晴らしいよ!

今までに類を見ないほどの人間の底力!生きるという目的に渇望かつぼうする私と同類!……ねぇ!あなたの名前を教えてくれない?」




こんな状態になっても、まだ生きていること自体不思議だ…。私自身すらも驚いている。今や痛覚を通り越して、すさまじいほどの睡魔が襲ってくるのを覚える。横になればすぐ寝落ちしそうな勢いで眠い。頭がボーっとしてまともな思考ができないし、体が思うように動かない。




「わ……わた」




急速に視界がぼやけてきて、ただでさえ暗いこの建物内が、どんどん闇に包まれていくように見える。死にそうになった時は走馬灯が見えるんだっけ?いや…そんなのはまだ見たくないっ…まだこの生きている体を最大限まで活かせるはずだ。男たちより強いというところを今ここで証明させてやるチャンスなんだ。今できること…今この私にできることはっ




「すうっ…」




息を吸っているのに、運良く肺がまだあるのに、酸素が奥まで届かない…呼吸がままならない。


だが、呼吸がまともにできなくても体はかろうじて動かせる。




最後の最後で…私は、この体で…この人生で生きた意味を作らないと死ねない。




「…はぁ…」




相手は、なぜ私のとどめを刺さないんだ。ただジッとこの私の醜態しゅうたいを観察しているなんて趣味の悪い奴だ。




相手にこうも容易く敗北し、あまつさえ見下されて、この世を去るむなしさ。この世にはどうすることもできない摂理せつりがあるのだな。




「くっ、ふぅ…あぁぁ!!」




「う、噓でしょ…そんな状態でまだ」




腕が無くとも内蔵がえぐられようとも、こうしてまだ生きている体を動かせ。動け!足があるなら、私の体ぐらい立ち上がらせろ!






____ゔぅあぁぁ!!あぁぁ!!!






女性らしさとは。男性らしさとは。そんな人間の性別の特徴の部類に入らないほどの狂気を受け入れた。


手がないなら口を使えばいい。





___ぬぐがぁぁー!!!





近くに落ちてある部下のナイフを口にくわえ、ただでさえ血液が不足して鉛のように重たい足を持ち上げ、焦点がおぼつきながらも彼女へ突進を繰り出す。


口にくわえたナイフを彼女の首元めがけて残りわずかの力をつかい、振りかざす。








_____ッ!








「くっ…!しまった」







彼女の首元に薄くだが、傷をつけられた。はっ…たかがかすり傷程度しかつけられなかったのか。私の傷や部下の死体に比べて、そんなの全くフェアではないじゃないか。






「…あぁ…」






ふと思った。なぜ彼女は私の突進を、攻撃をかわさなかったのだろう。至近距離で撃った幾発もの弾丸さえ避けることができるのに、一般人でもかわせるほどのこの攻撃を避けなかったのはおかしい。くらうべくしてくらった。そんなふうに思える。だとしたらこの狂人女も…


「…あーあ、レディの首に傷がついちゃった。どうしてくれるのさ…私、上品な女性なのに」


「ハァ………ハァ、」


「……そうだね。まぁ、あなたも上品な女性だったってことは認めてあげるよ。同じ女性として、同じ素質を持つものとして敬意を表すよ……もう休んでいいよ…戦ってくれてありがとね…」


味方を殺し、私をも殺すことになる名も知らぬ敵に最後の最後で甘い言葉を語りかけられる。そんなことされたら…訳が分からなくなる。

正常の判断もできないし、仲間を殺されたというのに復讐心すらわいてこない。


このまま私も死ぬが、このまま今までの責任を放棄して死んでいった仲間の下へ行きたい。


こんな状態になっても生きているなんて…まるゾンビみたいだ。一般隊副隊長としてもっと活躍したかった…みんなと一緒に生きていたかった。


足に力が入らなくなり、すっと感覚が失われていく。体はうつ伏せで倒れたらしく何も見えない。何も聞こえない。




体が異常に軽くなる。




仲間を想う。今でも荻本隊長は自分を責め続けているだろう。

私たちの死に、より一層自分を卑下するに違いない。昔の弱かった私と似ている彼はきっとこれからも私なんかよりずっと強くなる人だ。今のままじゃだめな人だけどきっと前を向いて進んでいける強さを…人一倍弱いことを知っているからこそ無限の成長ができる。





…なんで最後に一番大切なことを忘れかけようとしていたんだろう。





…もっと幼い時から親孝行してやりたかった。両親の誕生日を祝ってあげる日なんて一度もなかった。まさか自分が両親より早くに死んでしまうなんてなんて思いもしなかった。25年間ずっと女性という性別に嫌悪感を抱いてきた。親の反対を押しのけ、日々鍛錬に励んできた人生だった。ホント何してきたんだろうなぁ……もっと家族を幸せにしてあげたかった。そんな思いやりを持てなかった私は、親不孝の何ものでもない。






__今までありがとう。






…ごめんね。そろそろ私、










薄暗く血の匂いがゆらぐ高等教育高A棟とB棟一階。







偶然学校周辺にいた一般人が銃声を聞いたと、警察に通報が入り、数人の警察が校内をくまなく調べると、B棟一階において高等教育高一年二組影山彰敏と彼の両親の遺体が一緒に発見された。






しかし岡本研究所研究員特別捜査隊一班隊員、荻本優弥隊長を除き殉職じゅんしょくした者の遺体は発見されなかったという。








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