第27話  役目

「ただいま戻りました。空さん。報告がありま…」


「あぁ大丈夫大丈夫!そのことはもう耳に入ってます。何も言わないでくださいー」


本当に、この人は…


「私の言うこと真面目に聞いてください。例の暴行事件何かおかしいと思いませんか」


「ん、何が?」


「何が? じゃありません。入学式当日、根本一義くんが何者かに襲われ、全身打撲の重傷の姿で発見。一見、ただの暴行事件だと思われますが不審な点が山ほどあります。人目が多い中での犯行、犯人は未だ逃走中でただ一人として目撃者がいないんですよ。監視カメラの映像記録にも不審な点は一切見当たりません」


「い~や?何もおかしいとは思わないね…」


「そんなことありませんよ…空さん、今ふざけていますよね?」


ポテトチップスをバリバリ食べながら、片手に持つドクターペッパーでラッパ飲み。不健康極まりないですし、せっかくの高級ソファには大量の食べカスが落ちている。彼のパーカーには毛玉が所々についていますし、よく見たら昨日と同じ服装じゃないですか。上司には敬語を使わないし、後輩の扱いは適当、お金の貸し借りは激しいし、はぁ…この先が思いやられます。


「んいや?ふざけていないよ。僕はいたって真面目さ。何しろ君は今回の事件で見落としていることがある。それに気づかなければ、事件の真相を見抜くことはできないよ。こう見えて僕は忙しいんだ。考えや話をきっちりまとめてからまた出直してきてくれないかい?」


まだ私の話は終わっていないのですが…


この上なく侮辱ぶじょくされている。彼は平常心で人の心を踏みにじる天性の才能があるのかもしれませんね。ですが侮辱する相手を間違えたこと自体、あなたの判断ミスであり、ただ死に急ぎたいだけの愚者ですよ。殺したい衝動に駆られることは何度もありましたが、今日は特別、情が厚くなりますね。


試しに殺してみましょうか。昨夜と同じペンは私の上スーツの胸ポケットに忍ばせてある。右手にはノートパソコン、左手は手ぶらな状態。なら左手でペンを取り出す動作は、せいぜい0.5秒、毒針を射出する速度は470m/sと拳銃50AEとほぼ同速。

彼は今ポテトチップスを夢中でほおばっていますし、一,二歩近づいても気づくそぶりは一切無し。なんて不用心な方なんでしょう。私の射程距離内にいますし、空さんの周囲には武器は一切ない。完全に蜘蛛くもの巣にとらわれた虫ですね。


ここに監視はいないですし、人気もない。耳をよく澄ましても足音は一切聞こえない。おそらくこの建物内には私と彼の二人きり。死体の処理は安易に行えますね。彼を殺した程度で私のこの先のキャリアは如何様いかようにもなりますし、ここで私の怒りが収まればそれはそれで気持ちよく生きていけるものです



さよなら…空さん



最小限の動きを意識し、左手でペンを素早く取り出し、一瞬にして獲物を補足、続けて毒針の射出の同時操作。



確実に死にましたね



毒針は目をよくらさないと見えないほど薄く、そして細い。塗布とふされた毒は劇物であり、人の体内に入れば間違いなく死ぬ。




「ぷはぁ!うんま、ポテチとドクペの相性良すぎて、エンドレスできんじゃないのかな!」




はずなのに…毒針は確実に射出しましたし、彼の首元に狙いを定めて、しっかりと殺したはず。しかし彼は生きている…それでいて、なぜどうして彼を殺すはずだったペンが…今さっきまで握ってたはずのペンがなくなっているのでしょう。


…いいですね。簡単に死なれては面白くないですし、この怒りは簡単に静まるものではないですよ


ペンの行方を捜すことだけに気を取られないよう、周りを警戒しながら敵の出方をうかがうことに。当然ほかの武器を持っているため体勢を整える。


次はその革ソファを貫通するであろう高速で、より毒素が強いものをお見舞いさせていただきますね。先ほどよりも早く正確に相手の狙いを定め、太ももに巻かれたサポーターに忍ばせた三本のペンを、左手の指に挟み、毒針三本を一斉射出。




これでもう片付いたでしょう…




「喧嘩はやめよっか!ごめんごめん!少しからかいすぎたかな……君のボールペンから出てきたこの毒針、こりゃかなり毒性が強いね。いやぁ~怖い怖い!」




「いつの間にっ!」




そう言って空さんは、四本のペンを投げて返す。


…いつの間にペンを、一体どうやってっ…二回も阻止されたとなると確実に毒針の軌道を読まないといけないですし、それをかわすほどの人間離れしすぎた反射神経や動体視力、視野の幅が必要。


いや、それ以前に空さんは何一つ不自然な動きはなかった。私の気付かないうちにペンを盗み取ること自体限りなく無理に等しいのに…


「君の強さはよくわかった。赤坂さんほどではないけど多少、外の連中には通じる技術を有しているね!いやぁ~僕たちの味方でホント良かったよ」


「外の連中…そんな低評価をもらえるとは思いもしませんでしたよ。私も空さんが味方で良かったと、今心からそう思います。認めますよ。空さん……あなたは、一体どうやってその強さを身につけたのですか。ぜひ教えていただきたいです。今の私はあなたを殺すことができません」


「アハハ!君ギャグセンス高いね!殺そうとした人間に教えをうなんて」


「笑わないでください…私は、真剣なお願いをしているのですから…」


「あれっ、もしかして今、照れた…照れたよね?なんだぁ~君かわいいところあるじゃないか!アハハ」


「ただ私は格上の相手になす術もなく、自分の弱さが露見されたことに対して強い羞恥心しゅうちしんを抱いているだけです。決して照れたわけではありませんし、確実に仕留められる自信に満ちあふれていた私の愚行ぐこう、あなたの強さを垣間かいま見て、現実と非現実の認識がどうにかなっている私の今の気持ちなど到底わかるはずもありません」


「そんな悲観的にならないでおくれ!…うん!いいだろう!特別にこの組織の中で、君だけに僕の強さの秘密とやらを教えてあげよう……だけど条件がある」




_____ッ!




一気にこの寂れた空間全体が、空さんによって掌握しょうあくされた…この空気の張り付き具合、緊張感を容易に越すほどの異様な畏怖いふ


どこの戦場でもこんな空気感はなかったですし、もはや同じ人間と思えない。


いったいこの人は、どんな人生を歩んできたのだろう。私の年齢とほとんど差がないにもかかわらず、今まで戦ってきた大人、殺してきた強者とは比べてはいけないほどの桁違けたちがいの強さを有している。


「条件とは…何でしょうか?」


「……」


暗い静けさが訪れる。今、私が発言すれば間違いなく殺されるような予感がして仕方がない。


「なぁ~に。簡単なことさ」


ソファから立ち上がり、私の方に体を向けてくる。

相変わらずフードを深くかぶっていて顔は見えない。


空さんの顔はいったいどんな顔をしているのだろう


しかし今この場で、そんな雑念は無用。ただその一瞬さえあれば私は即死。それはこの人の前では当たり前なことなのですよ。馬鹿な私。


「一体それは…」


「まぁ、それは後から言うね!アハハ!……で、君がここに来た要件って何だったっけ」


「え…」


頭が真っ白になる。こんな人に手も足も出なかった。私が得意とする暗殺術まで一ミリも通じなかったなんて夢の話で片づけてしまいたい。そう思わずにはいられません。


「えっと……では後ほどその条件についてお聞かせください。私がここに来た理由は入学式当日に起きた根本一義くん暴行事件についての報告とその件で空さんの意見を聞きに来たのです」


「あぁそうだったね。んじゃあ話を聞かせてもらおうか…はい、どうぞ!」


本当に、調子狂いますね……


「その事件について不審な点が多数あります。まず犯人だと思われる人物が不明。校内の監視カメラのデータの全部を調べましたが、事件が起こる直前、本校舎A棟に戻る途中に一義くんが何者かに呼び出され、その後クラスに戻ってこないまま。犯人は校内にある多数の監視カメラの死角をすべて把握したものと考えられ、自分の姿を一切とらえられないように狙って、この事件を起こしたと思われます。


警察や学校関係者から、ある程度情報が入ってきましたが、一義くんの中履き用の靴の行方が不明。なぜその靴が盗まれたのかも不明。当然犯人も不明なため、彼に暴行を加えたその動機も不明。


ここまで謎を残したままの事件は中々ありません。先ほど空さんは私に真相が見えていないとおっしゃいましたが、まさにその通りです。その上で空さんの意見をお聞かせ願いたいのです」


この事件を起こして犯人に何の利益がある。犯人は一人、もしくは複数人。様々な仮定が存在し、事件の真相が迷宮入りするほどの事件。いったい誰がこの事件を引き起こしたのでしょうか。空さんと同じように、別格の強さを持った人物であり、高等教育校に関係する者……まさか


「もしかして……」


「あぁ~!円谷校長、今頃大丈夫かな~。色々大変そうだろうな」


「そんなことより空さん。もしかして、この事件って円谷校長先生に反抗する組織によるものでしょうか。あまり口には出したくないですが世間的に見て、円谷校長先生は悪人です。今回の事件は単なる憶測おくそくにすぎませんが、彼に復讐ふくしゅうする機会を見据えた…」


「そんなことって、円谷校長の命にかかわる話なのに……君やっぱ面白いね!で、犯人は、なぜそんな遠回りなことをしたのかな」


「それは…円谷校長先生の護衛役や警備、それに私たちの存在を恐れた。いえ、その可能性は低いでしょうね。彼の不正行為はすべて見えないところで行われていますし、私たちの存在を知る者はいないでしょう。だとすれば今回の事件を高等教育高の敷地内で引き起こして、円谷校長先生を表に引きずり出すということが犯人の目的ではないかと私はそう思います」


「円谷校長を表に出して、犯人は…どうするつもりだったのかな」


先ほどから空さんは私の考えに対して疑問をぶつけてきては、別の言い回しをして、頭の小さな私の考えがどんどん別の方向へと持っていかれる。完全に考えを読まれ、彼の考えに誘導されている。


空さんは自分の考えを言わないですし、私の推理が合っているかどうかも示してくれない。先ほど私を侮辱した口ぶりからすると、空さんには事件の真相がすでに見えているはず。


そういうことですか。空さんは私のことを試しているんですね。自分の強さを伝授する条件を教えるには、このくらいの事件の真相を解き明かす余裕がなければ話にならないと、そう考えているのでしょうか。私のこの予想は安直あんちょくすぎましたかね。


「普通に考えれば身柄を確保します…ですが円谷校長先生の不正行為の証拠が見つからなければ何ら意味を示さないですね」


「うん!ここまで読めれば上出来だ。後は君がやるべきこと分かるよね。根本一義君の周辺を調査、円谷校長による不正行為で被害を受けた企業や事務所の訪問等々…さぁ!仕事は山積みだ!」


「で、ですが…私の推理は、不確かなものが多くて事件の真相にはまだ全然…」


「大丈夫!僕も君の考えていることと同じだから!ほらっ仕事仕事!」


「は、はい。分かりました…」


全くに落ちないままの私は、空さんの言うことだけを聞いてアジトを後にしました。


本当に私と空さんの推理は一致していたんでしょうか…そんなわけありませんよね。


何か大切なことを隠しているように見えましたが、空さんが何を考えているか全くわからない方ですし、悔しいことに考えても無駄でしょうね。



____________



「よしっ!これで面倒な仕事一気に減った~!これで少しはプライベートが充実しそうだ」


最近は円谷校長の動きが活発になってきている。SSF…特に『別隊』に対しては強い警戒をみせてきている。いや、わざと防御態勢を強めていると言わんばかりのわかりやすさだ。何かおかしい。まったく…円谷校長は、僕にも秘密を押し通すつもりなのだろうか。


そのせいで組織のリーダーである僕の仕事が大幅に増えたわけでもあるんだけど。日中にだけじゃなく、深夜にも働かされるとか、ブラック企業同様の雇用形態なんだからなぁ、ここは。まぁ防御体制を強めるということは、より人員を雇うことだし、僕の手下が増えて仕事の分散もできる。面倒な仕事は彼らに放り投げて先輩の命令だ、とかの理由で押し付ければみな納得するだろう。


部下の失敗がどうあれ、結果的に現リーダーである僕にとっては変な話、関係ないんだよね。


「ふふふっ…楽してお金を稼げるって、いいね!赤坂さん!」


先ほどから部屋の入り口付近に隠れて立っている、彼に話しかけてみる。


「金などこの仕事に就かなくても、いくらでも手に入るだろう」


「なになに~? 赤坂さんは僕がこの組織から脱隊してほしいってわけですか?」


「いや、むしろ逆だ」


「そうだ!赤坂さん!僕、赤坂さんの左目の大火傷の痕がかっこいいなと最近思うようになってね…傷跡シールなんてもの作ってしまったんですよぉ!見てくださいよ!これ、これをつければみんな僕のことを恐れて……」


「つまらん話をするな。空」


汚れ一つなく綺麗きれいに仕上げた大きいサイズの黒スーツが、ピチピチになるほどの体格と筋力。いつもの愛用している赤のマフラーは巻かずに、首に垂らしている赤坂秀雄あかさかひでおさん。そういえば今年で35歳になるんだっけ、まぁそんなことはどうでもいいけど…今日はどういう要件かな。


「相変わらず冷たい反応だなぁ~そんなだから結婚できないんですよぉー」


「……」


相変わらずの硬い表情。常に死んだ魚の目をしている赤坂さんの表情から情報は読み取れない。おまけに無口だし。


「ふざける時間に費やすほど私は暇ではない」


「うーん、つまらないなぁ…。ならここに来た理由は何なのか教えてもらいたいね」


彼は考えや理由もなく行動する人ではないことは分かっている。それが彼の一際目立つアイデンティティの一つ。


「部下の調子はどうだ。円谷さんの護衛や警備、新人の訓練などは順調か」


「まさか…そんなことを聞くためにここに来たのかい!? メールや電話でも話せるでしょ、そのくらい」


「このアジトに偶然近く通りすがった。お前がまじめに仕事をこなしているのか気になって見にきただけだ。数年間この組織で、お前と共に任務をこなしてきたが本当にリーダーを任せてよかったのか疑念がある」


やはりまだ僕のことを信用していないか。まぁ僕も赤坂さんのことを全く信用していないし、お互い様か。


「大丈夫。順調に事は運べているよ。部下もよくやってくれているし、仲睦なかむつまじい関係を構築できているほどにね。赤坂さんが心配することは何一つないよ」


「そうか…ならいい。邪魔したな」


声に抑揚が一切ない返事をしてから、彼はさっと退出。そうか…そういえばあの人もせっかちな性格だったっけ。


「笑えてくるなぁ…僕の周りの人はせっかちな人が集まってくる運命なのかな」


今度はちゃんと部屋の周りの様子を確認し、人気がいないのをチェック。

そして…やったら母親にしかられるであろうソファにドスンっと思いきりダイブ。


「あぁー疲れたー!やだなぁーああいうの苦手だ。そうだ!嫌なことはドクペで流し込もう!」


飲みかけのドクペをグイっと一気で飲み干し、空のペットボトルをテーブルの上にそっと置く。机には食べかけのポテチが散乱し、ソファや床にまで落ちていた。自分がわざと散らかしてやったにもかかわらず、きれいにしないといけないという考えがよぎるが、ここはきれいな場所にしたくないのだ。


「あぁ~これから忙しくなるなぁ。円谷校長の護衛の強化もそうだし、高校に潜入してもらっている仲間にも指示したり、ほかの組織の調査…やること多すぎて体がポテチみたいに簡単に砕けそうだ……」



机に砕け散ったポテチのかけらをつまみ、じっと見つめる。



ひょんなことにこうしているだけで程よい緊張状態に陥り、体中に血液が素早く循環していくのを覚える。頭が冴え、蓄積された疲労感も忘れ、思考が瞬時に切り替わり、仕事へのモチベーションが高まる。





一つ一つの欠片を集めて、最後は一つの形にするんだ…






「……銀二さん。うまく陸人の父親としての役目を務めていてくれよ」





『ある機関』に直接出向き、高等教育高の制度を大きく変えたり、今まで以上に行動が活発化した円谷校長。このままいけば彼に深い恨みを持つ銀二さん…


あなたは足元をすくわれた状態で、なす術がなくなるのは目に見えている。


あなたが動くとなれば、陸人も行動し始めることも明白。願ってもないことだが自ずと『ある機関』に『別隊』が関与することになる未来は必然なんだよ。






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