第26話 仲間
昨夜の収穫について一通り説明され、これで話し合いは終わるのだが、
「江坂さん…どうぞ」
臨時保護者会に潜伏していた研究員、
「陸人さん。一つお聞かせ願いたく存じます。昨夜の臨時保護者会を開催させるにあたって、なぜ根本夫妻の息子、根本一義さんを負傷させ、『彼ら』に暴行させたのですか。加減一つ誤れば、致命傷を負わせていたとはいえ、暴行罪として問われる危険性がありました。他に安全な方法で銀二さんを足止めできたかと思われるのですが、陸人さんの考えをお聞かせ下さい」
「それは僕も聞きたかった。ラーメン屋GINGAで聞きそびれて以来、
江坂に続き悟も立ち上がり、状況説明を求めてくる。確かに銀二の足止めくらい入学式の後、潜伏した江坂やジーニが銀二に接触し、うまく話を誘導させるなど、法に触れないやり方も可能だった。だが今回このように暴行事件まで引き起こさせたのはこの先の円谷校長と銀二の動向を探るためでもある。
「今後の計画に関わるために必要な処置だった。
まず事件を起こした発端から説明しよう。お前らも知っているだろうが、オレは別隊として世界中で仕事をしながら、年端も行かない戦災孤児を何人か保護してきた。言葉を知らず、知識を持たず、本能で動くことしかできない彼らを今回の作戦で利用することにした。
彼らに暴行事件を起こさせる。結果警察は彼らの身元を特定できない。
これが重要だ。身元が特定できない以上裏で糸を引いているオレたちまで探りを入れることは不可能。そうなれば彼らが引き起こした暴行事件の責任をこちら側は負うことはないし、戦災孤児を武器にして事件を起こしたとは、常識に逸脱した考えを持つ人間以外ほぼ思いつかない。
常識や法律に縛られる警察なら尚更気づかないはずだ。今頃警察は近場の証拠集めとして根本一義の中履き用の靴を今必死に調査している最中だろう。実際その中履き用の靴は研究員に処分させたのだから、彼らの働きが無駄に終わることは目に見えている。
事件当日は学校関係者や警察の動きが活発になる頃。オレはそこに焦点を絞って今回の計画を
まず学校に配置させている円谷校長の護衛、警備員、刺客が、どう動くかを検証。
事件で学校内の警備が手薄になったところを、ここの研究員、
「…待ってくれ!頭が整理できない。今日は私の脳の働きが鈍っているようだ。そもそも何故、今回の事件で戦災孤児を使おうと思ったのだ」
「ジーニ。さっき陸人君が言ったよ。彼らは僕たちの顔も、ここの住所も知らないし、言葉も話せないんだ。それに国籍がない。だから今回の事件の犯人役に仕立て上げるには彼らが最適だと陸人は判断したんだ」
「ふんっ!それだけの理由では納得できないな。陸人、お前はガキたちを保護していたと言ったが拘束や尋問をしたり、洗脳までしていたことは知っている!そこに目をつむるほど…」
「君の気持ちは痛いほど分かる…だけど今は陸人からの説明を聞くことが優先だ。わかってくれ」
「…くっ」
「話を進める。今回利用した戦災孤児は四人。男女二組ずつに分かれて行動してもらった。監視カメラの位置を完璧に覚えさせ、安全に事件を引き起こさせるためにも、カメラに映らないような立ち振る舞いも叩き込んだ。後は分散してそれぞれの指定位置についてもらい、完全死角から根本一義に暴行を加える。
結果彼らはうまくやってくれた。もし警察に捕まって事情聴収されても何一つ情報は出てこないし、犯行した動機も不明、オレが真犯人だということも知るよしもない。予定通りに動いてくれた彼らのおかげで、オレたちが手を汚さずに計画を実行できた」
「なるほど…いつもらしい君のやり方だね。ローリスクハイリターンの理想的な方法だけど、非人道的で
ここにいる皆の顔が険悪になっていく。
その情景をしかと目に焼き付けられた。
いつものことだ。もう慣れている。
悟の言う通り、非人道的で狡猾なやり方しかできないということは自覚しているし、何度も改善しようと試みたが、結局は無理難題なことであった。
だけど心がまだ純粋である彼らの手を直接的に汚させることは、多少改心したオレが許せなかったのかもしれない。これを説明すればオレの今の考えや気持ちは彼らに伝わるのだろうか。
いや、分からない。またあの時のように自分の弱さのはけ口にさせてしまうのではないか。彼らからの信頼がなくなってしまうのではないか。
「暴行事件を起こさせた後、オレの方で回収した」
「そんなことを聞きたいんじゃないっ……もしかしてまた君は」
「始末した。いつも通りのやり方で存在を抹消させた」
同じ人間をただの駒として利用し、最後には証拠隠滅のために殺す。
それは人道や道徳に大きく反する、人として最低最悪な行為。
あらゆる宗教下においてはオレは地獄へと導かれる行いを何度もしてきた。
しかし世界観で捉えれば、果たしてそれが本当に悪といえるのだろうか。
人として悪を考えることができるのは人間としての機能の内、知性や感情、心という曖昧な機能欠陥が備わっているからだ。
その欠陥を互いに補う形で個性が違う、同じ生命体が存在し、共存を図ろうとする生き物が人間だ。幸福に満ちたものは不幸の者に施しを与え、傷ついた者は同じように傷ついた者同士
しかし平等や平和という誰しもが抱く、幸福な世界で構成されていることはまずありえない。なぜなら不幸者が幸福者に施しを与えてもらう機会が平等に分け与えられることはないからだ。不幸者同士の対立、戦争が起こることは日常茶飯事。
不幸や不平等がはびこる世界で構成されているのが当たり前の世界観。
遠回りな考え方だが、案外近道なのかもしれない。
単純かつ明快なことに、人間は出来るだけ表と裏、つまり善と悪の両立を図ればいいだけなのだ。
友人としての接し方はまだまだ未熟だが、人より多くのことを経験してきた今のオレには、未だ経験していない人に比べて物事をよく見えている。
現状この世界と人間の行いによる善と悪の均衡が乱れているということを『使者』の力の影響もあってか普通の人には見えていないものが見えている。
その均衡は人間の手で簡単に崩れるし、逆に修復することも可能だ。
なら、その均衡が目に見えている者がうまく調整していけばエントロピーの増大は防げる。
そのために今回の騒動も必要な手順だった。
善の均衡が乱れたからこそ対極に位置する悪、戦災孤児という同じ人間を悪用して均衡を調整したに過ぎない。
「…そうか。なら僕たちは、これ以上言及しないよ」
「悪かったな。独断行動して」
「君に謝罪を求めてはいないよ。考え方によっては、むしろ君は僕たちを救ってくれたんだと思う……話を変えようか。僕の一番の疑問点について答えてもらいたい。なぜ根本一義君を犠牲者にしたんだい。この事件を起こすなら高等教育高の関係者ならだれでも良かったことになる」
「別にランダムに犠牲者を選んだわけではない。目立たない新入生の候補の一人が根本一義だったわけだ。あとは事前に根本一義の両親を調べ上げ、上手く扱えると判断したうえで決行した」
「そうか…もう一つ聞きたい。根本一義君をほかの生徒にバレずにどうやって襲わせたんだい。保護者や生徒たちの目が不規則に行き届く場所だとリスクが大きすぎる。結果うまくいったけど、それらすべてを予測することはさすがの君にも不可能だったはずだ。さっき君は言った。子供たちに監視カメラの位置や立ち振る舞いを叩き込んだと。校内には無数の監視カメラがあるのに校内で一ミリも姿が記録されないのはおかしい」
「いたってシンプルだ。彼らを新入生の血縁関係者として紛れ込ませ、口裏を合わし、上手く一義だけを連れ出させた。セリフを覚えさせることも立ち振る舞いの中に含まれているとは言ってなかったな。
監視カメラの死角を通って弟や妹のフリをして対象に接近させる。例え無数の監視カメラがあるといっても死角が存在すれば容易いこと。それは悟やジーニ…昨夜の件でよく分かったことだと思うが。
まぁ連れ出すことに失敗したときは、オレが代わりにおびき寄せたり、別の候補者を犠牲者に仕立て上げるサブプランももちろん用意してた」
「そうですかい…だーが、一義ってやつは一応高校生だろ。力勝負でかなうかどうか、さすがに分からんかっただろう」
確かに推定四、五歳の子供四人がよってたかって、一般高校生に力勝負で敵うかどうかは普通わからない。だがオレの命令を聞いた彼らは、確実に勝機を得ていた。
「オレが調合した睡眠薬を使用した。超即効性で投与されたら体にすぐ吸収され、適用成分のいくつかが化学反応を同時に起こし、全く別の成分に生成される。緻密な検査でもしない限り、体内からの成分検出が困難なその睡眠薬を孤児たちに持たせ、一義に投与させた。眠らせた後は各自が所有していた鈍器で指定箇所にギリギリまで暴行を加え、死なない程度に持ち込んだわけだ」
「あの睡眠薬を…。そうか、あれを使ったんだね。…ほんとに怖いな君は」
「まーあ、あんな薬を調合するなんて訳が分からんほど怖いもんだな!」
「いや、僕が怖いといった意味はそっちじゃない」
「悟は気づいたようだな。睡眠薬を使った事件経路を探ることや検査には時間がかかるし、そのうえ根本一義の中履き用の靴探しで警察はさらに混乱している。
入学式当日に臨時保護者会を開かせるためにも犠牲者を新入生に絞ることで、学校側は臨時保護者会を開かせる可能性はぐっと上がる。臨時というだけあって保護者や学校の教職員たちの緊急招集により、校内に残っている人が自ずと少なくなる。
今でこそ円谷校長の支配下に置かれている警察の動きが活発になっている時が円谷校長側の護衛や警備が手薄になるという状況を作れたということ。
『早い段階で攻めに入り、防御が減った円谷校長を叩ける確率があがる』ってことだ。そのすきを見て特捜隊一班を高校に潜入させ、調査。
その傍ら、二班である悟とジーニと江坂は臨時保護者会に参加。オレが銀二の書斎に潜り込んで、私用パソコンのデータを奪っている間の時間稼ぎをしてもらったわけだ。円谷校長が参加する可能性も捨てきれなかったが、結局来なかった以上何もない。だが特捜隊一班は…」
「ったく。そこまで見越してたのかよ…相変わらずの化け物だな。お前」
「ジーニ。口が悪いよ…その気持ちわからなくもないけど」
「そうでしたか…おおむね把握できました」
ほぼオレとジーニ、悟だけで話し合っていたが、あの江坂が今回の作戦の概要を理解できただけマシだろう。
「ふんっ、ホントかねぇ~。頭が固い鬼神の江坂さんには、難しい話じゃあ~なかったですかい」
「斬られたいのですか…小童が。口には気をつけなさい」
まさに鬼神と呼ぶにふさわしいほどの鋭い殺気がこの部屋を包み込み、ジーニに向けて重苦しい圧がのしかかる。
その圧にあっさり押されてしまった当の本人は白目になって鼻水やよだれが、大量に流れ落ち、その場で固まる。
「あ…あい。じゅみませんでしたぁ…」
「前より話が分かるようになっただけでもありがたい。強さだけじゃなく知力も兼ね備えることができれば、江坂はオレたちの組織において高戦力になるのは間違いない」
「お褒めいただき光栄です。日々精進してまいります」
そろそろ帰宅する頃あいか。
「今日はこれでお開きだ。忙しい中呼び出してすまなかったな」
すぐに、みんな自分の仕事場に戻り、ここにはオレとジーニ、悟、江坂だけが残った。
「なぁ…陸人。真剣な話がある」
「どうしたんだ。まだ聞きたいことでもあるのか?」
ジーニたちは何か決意を固めた様子。
事前に三人…オレがいない間に何か話し合っていたのだろう。
「お前は、俺たちのことを信用しているのか」
「何を言うかと思えば、そんな単純なことを聞くために三人も残ったのか」
「陸人君…今回の君の計画の目的は、一体何なんだい。いつもは作戦については事細かに教えてくれていたのに、今回は大雑把な作戦内容しか伝えられていなかった…何か重大なことを隠しているのかなと、ここにいるみんながそう思っている。みんなを代表して僕たち三人がここに残ったわけだけど、僕たちは同じ仲間だよね」
オレの計画の目的は、オレだけしか知りえないこと。
言ったところで彼らに話しても混乱するだけであり、仕事の妨げになってしまうことは目に見えている。彼らがこの先、オレについていけばいいのか不安になる気持ちは理解している。数年間の付き合いだ。お互いのことは、よく理解できるほどの関係を築き上げてきたと思ってきたが、どうやらこちらが一方的に理解していたという関係になってしまっていたようだ。
これからは彼らを駒として、武器として使うのではなく、お互い…
『…余念は許さない』
久々に『使者』の声を聞く。聞こえたからと言って今のオレには特別不快とは感じないし、もう慣れたもの。
小さい頃、あれだけ『使者』を嫌っていた自分が懐かしく感じてくる。
とにかく今はそんな余計なことを考えている暇はないし、気にしなくていいだろう。
「あぁ信用しているさ。オレが今頼ってすがれる相手はお前たちだけだ」
この気持ちに、噓偽りない。
____________________
僕たちは信用されている。
今まで労いの言葉もくれなかった陸人君の口から「信用している」という言葉が出てきた。
本当に変わってしまったんだ…
前から陸人君は無表情だし、目には生気が宿っていないとこは変わらないけど、学校に通い同年代の子たちと関わることで何かを得たのかもしれない。
だけど今の陸人君は、ずっと遠い未来を見据えている。そんな気がした。
「陸人…!誓ってくれないか。この先俺たちを絶対に裏切らないと」
ジーニは凄いな。陸人君相手に、ズバズバものを言う姿勢もそうだけど、人一倍勇敢だ。僕たちもジーニと同じことを考えていたけど、正直怖くて言い出せなかった。
今だって、あの江坂さんですら口が開けないほどに怯えている。
陸人君がどう返答するのかを想像しただけで心臓が痛むんだ。「裏切らない」と答えてくれてもそれは現在の話だけで、この先裏切らないという保証がない。
「分からない」「裏切る」という返答が来れば僕たちの先がない。
僕たちの命運は、陸人君に任されているのだから。
「……」
「…陸人君?」
どうして何も答えてくれない。
「…陸人さん。お答えいただけないでしょうか?」
江坂さんもとうとう重い口を開き、陸人君に問いかけてくれた。僕たちは君のことにすがるように君も僕たちにすがってほしい。
それはただ僕たちの願望に過ぎないし、そんな尊大な口のきき方は死んでもできないけど。
「裏切らない」
そう返答してきたか。なら僕たちが次に確かめることは一つ…
「と言っても、お前らは信じないよな」
「え?」
驚いた僕たちは一斉に顔を見合う。予想外の答えが返ってきて僕も含めてみんな困惑しているんだ。
「お前たちは、あの時からずっと変わらないな。オレにすがるのもそうだが仲間意識が強く、何よりあれだけ汚れ仕事を任せてきたのに、未だに純真な心を持ち合わせている。オレとは大違いだ。計画に不信を抱く気持ちは重々承知している。だが目的についてはまだ言えない、すまない。再度同じことを言うのは好きではないが、オレが今頼ってすがれる相手は、お前たちだけだ。この先絶対に裏切らないし、頼りにしている。信じてほしい」
「うん。信じるよ」
僕は何の迷いもなく、そう答えていた。
この答えが、正しいのか間違いなのかは分からない。
だけどここにいるみんなが同じことを答えると僕は確信を持って言える。
「ふんっ!くくくくはははははっ!私も右に同じだ!」
「左に同じでございます」
陸人君が言ったように僕たちは、仲間意識が強い組織だ。
みんな年齢や性別関係なく、気を使わないで接するほど仲がいい。
過酷な立場に追い込まれている今だからこそ、かえってその意識が高まっている気さえする。そんな状況の中で頻繫に不在するけど、この組織のリーダーである陸人君も僕たちのことを少なからず、仲間という気持ちが芽生えてきていると分かった。
それだけで僕たちは、安心できるし、余計なことを考えずに前を向いて進んでいけるだろう。
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