第23話 先生

終始落ち着かない空気の中、屋上で昼飯を食べ終え、午後の五,六時限目はまた大体育館へいかなければならなかった。しかし交流会の時とは内装ががらりと変わっており、ステージ上にはアンプや照明灯、ミラーボールなどライブハウスさながらの施設に成り代わっていた。そう、先輩方による新入生歓迎会が開催されたのである。


新入生歓迎会は生徒たちにとってかなり特別なイベントだと、歓迎会が開かれる前はそう耳にしていたため、オレもかなり期待していた。そして実際歓迎会が始まると先輩たちによる部活動紹介や漫才や音楽演奏などが行われ、知らない人と肩を組んだり、会話したりと凄まじい盛り上がりをみせていた。特に軽音楽部の披露ひろうの時がピークだったの覚えている。


実際に行ったことはないが、アーティストライブとはこういうものなのかと思いながら疑似体験することができ、非常に満足した。部活動披露中にその場で友達に感想を言い合え、お互いの感情や気持ちを共有しあえる機会であったため友達との親睦しんぼくも深まった気がする。


任務を忘れて普通の高校生として過ごしたいという気持ちが、わずかながら芽生えてきたのが正直なところだ。




__________




さて、楽しいひと時はつかの間であり、そんな余韻よいんひたっている場合じゃない。

オレは今、ここ職員室の小池先生のワークデスクの前で待機しており、かれこれ待つこと十分。朝のホームルームの時間に呼び出しを受け、それ以来なぜここに来なければならないのかを考えても思い当たる節がなく、呼び出した本人がいない職員室で待っているのである。


…不運だ。


時折ときおり、ほかの先生たちがオレの目の前を通っては苦笑いを浮かべる。

それはそうだ。誰もいないデスクの前で学生一人、ポツンと立っているんだからな。


……遅いな。


せっかちな性格なため待たされるのは好きではないし、この職員室の空気はどうも好かない。


呼び出した奴は、ほかのやつより早く来なければならないのは常識なはずだが…昨日の影山といい、この学校関係者はどうもゆとりだ。


手持ち無沙汰ぶさたで適当にスラックスのポケットに手を突っ込むと、手に当たった感触で、付箋ふせんとペンがポケットに入っていると分かった。


これで何をしようか考えていると、ある一つの名案が浮かぶ。


[用事ができたので帰ります]


と書きメモを置いていけばいいのだ。いつ来るか分からない小池先生を待つのも無駄だし、探しに行って、すれ違いで会えなかった場合はもっと無駄だ。


だがついていないことに実行しようとするやいなや、やつがきてしまった。


「ごめんごめん!待たせたね!……ってなんで手に付箋とペン持ってるの?」


「いえ…何でもありません」


オレはわざとらしく、それらをポケットの中へ無理やり押し込むと、手元を注意深く見ていた小池先生は何か意味ありげに納得した様子を見せる。


「ははぁん〜そういうことことねぇ。佐渡くん一見真面目そうだけど、そういう一面もあったかぁ〜!」


「…そういう一面とはなんのことでしょうか?」


「…急用ができました。とか書いて下校する予定だったんでしょ?先生そういうのには敏感びんかんだから、すぐわかっちゃうんだからぁ」


150あるかないかの背の低い小池先生がこちらを見上げ、どう図星でしょ?みたいな顔をしてくる。


「裏を返せば、そういった事象を何回も経験してきたんですね。なんだかかわいそうです」


少し意地悪く、皮肉みたいなことを言ってみた。


「もぉっ意地悪な佐渡くんだぁ!先生のことナメないでほしいわぁ?…みんなして私のこと甘く見てるんだからぁホント困っちゃう……ふんっ!」


小柄で童顔どうがんな教師、この三拍子そろっただけでオレたち生徒のいたずら心をくすぐるものだ。親密な関係でもない相手に馴れ馴れしい態度は失礼だが、この先生に限っては例外である。


少なくとも今は、武士たちがなぜこの先生のことを気に入っているのかが分かったが気がする。


「それはそうとオレを呼び出した目的は何ですか?」


ここからはおふざけ無しで、本腰を入れてのぞむ。任務の内容に触れるのか、それともオレの身元情報に触れる話か。最悪両方の可能性もあるため、何聞かれても臨機応変に対応しなければならない。


「……大切な話よ」


真剣な顔つきに変わり、小池先生はオレの分のデスクチェアを用意してくれ、面と向かって座る形でイスを配置させる。


緊張した空気を感じさせる中、小池先生の机の引き出しから見覚えのある五枚の用紙が出された。


「佐渡くん…あなたの入学試験の解答用紙よ」


見ればわかる…がここからどう大切な話に繋がるのか。


「何も心当たりがないんですが…高校側の採点ミスでもあったのでしょうか。本当は合格点に達していなかったとかでオレは呼ばれたんですかね?」


「…………」


小池先生の顔からは何か大きなことで悩んでいる様子。それにオレの質問に対して肯定も否定もしないとなると、かなり危ない状況だな。


入学試験に向けて数時間ほど試験対策して本番に挑んだし、危なげなく通過できたと自負している。それに銀二から口酸っぱく言われてきた『あのこと』も意識して解答作成したはずだが、


「うーん、三分の一正解ってところかしら…けど仮に採点ミスがあったとしても、あなたは十分合格圏内に入っているから安心しなさい。問題はそうね…

あなたがほぼ全教科、中学生までの履修りしゅう範囲を超えた公式や語句、単語を使っている点よ」


解答作成において必要な知識を使っただけ。それに、


「私数学の試験の採点担当してて、あなたの答案用紙を見たときはびっくりしたわぁ。難易度が高く設定された問題は空白だったけど、それ以外の問題は高校、大学で習うようなヘロンの公式、コーシー=シュワルツの定理、解の公式の応用で使う法則とか使ってて。しかもそれらを使ってた問題は、見事に全問正解していたし…もしかしたら他の教科もそうなのかなと思って、それぞれの教科担当の先生に聞いて周ったみたけど予想通り、同じ結果だったわぁ……」


銀二から散々言い聞かされた点数調整はうまくいってたみたいだが、想定外な場面でミスを犯していたのか…いや、ミスはしていないはず。


「これだけの異例っぷりを見せられるとね、先生たちはどうしても気になって仕方ないのよ。ねぇ…あなたここに来る前は一体何をしていたの?」


「そんなことより先生の話を聞く限りでは、オレの答案に対して問題などないはずですが…」


さっきまでオレのことを執拗しつように見てくる教師が数人いたが、恐らくこの件についてだったのか


「それを教えるのは私の質問に先に答えてからよ」


オレの話を遮り、強行的に攻めてくる。

ここで反論して先生を言い落とすことは可能だが、周りの目もあるし得策とはいえない。ましてやこの話題にはあまり触れてほしくないのが本望。


「何をしていた」と言われても普通ではない道を辿ってきたとしか言いようがない。

[肺炎をわずらっていて、まともに中学に通えなかったが勉強だけはしてきました。]

などと虚言きょげんを並べた願書を読んだ上で、小池先生はこの行動に移したと考えられる。願書通りの話をするのは当てにならないし、確実に信んじてはもらえない。こちらの立場上、曖昧あいまいな答えしか言えないが先生の目を見れば分かる。


この問いだけには、適当に答えてはいけないと。


軽い気持ちでまともな答えを言っても、オレの心の内が見透かされ、ふたたび言及してくるのがオチだ。ならいっそ


「高校生活に順応できるよう努力してきました…それだけです」


決して嘘ではない『真実』をオレは目と言葉で、しっかりと小池先生に伝えた。


「…そう。分かったわ」


この言葉を受け止め、圧に押された小池先生は、特にそれ以上言及してこなかった。仮にもオレはこの高校の一生徒。生徒のプライベートにずかずか足を踏み込むことは教師としてあるまじき行為だ。


「一つ聞きたいことがあるのですが…」


「えっ…あ、うん!なんでも聞いて!」


話題を切り替え、先程の先生の話の中にあった不審点について確認しなければならない。


ここの入学試験採点方式について。

近ごろ、ニュースでよく報道されてきたことだが、今年から入試体制が大きく変わった。何が変わったかというと一般的に入学試験がある高校に向けて学習機能を持ち合わせたAIが導入されたことだ。


入学試験の採点をそのAIに委託いたくすることで記述問題などの採点基準が明確になり、採点ミスを無くせる上に教職員の仕事量が削減できる見込みがあるとのこと。そのAIには大学で習う範囲や、より高度な専門用語なども網羅もうらしてあるため、たとえオレが履修範囲外のやり方で解を導出しても方法や解があっていれば正解になることはあらかじめ確認していた。


この高校の入学試験では、学校側に目立たない程度に点数調整を完璧にこなす必要があったが、それに応じて多少効率的な方法、つまるところの先生が言っていた履修範囲外の公式とかだな。それらを用いないで解答する必要性はどこにもなかったし、意識すらしていなかった。


当然この高校は進学校であるし、AIに試験の採点を任せていると踏んでいたのだが、どうやらこの高校は違ったようだ。


「この高校はAIによる採点方式を取り入れていないですよね。何かワケありでしょうか?」


「きっとワケありでしょうね…ごめんなさい。そのことに関しては、私たちも深くは知らされていないし、校長先生の独断なのよ。

校長先生本人からはAIによる採点方式は、来年に持ち越しということしか伝えられていなくて、理由をたずねても軽く受け流されるだけで…」


やはり校長がかかわってくるか。

オリエンテーションなどの説明をもとに推察すると、校長は何らかの『目的』のためにこの高校の制度を変え、変革を試みようとしている。

そう考えて良さそうだ。昨日のスズタツ先輩の説明では、新入生に不安を与えることはしたくなかったためか、あえて校長先生の話題に触れなかったと思われる。『目的』とやらは国家機密部隊を動員させるほどの大規模なものであり、オレに円谷校長のことを探る任務を与えた銀二なら知っているはず。


確証もないことで、オレが所属する『別隊』が動員されることはまずあり得ないからな。


「先生たちから見た校長先生は、どんな人なんですか?入学してから二日目ですし、右も左も分からない状態なので色々知っておきたいです」


それ聞いたとたん小池先生の表情が曇った。あまり良くない事を思い出しているようだ。


「そうね…普段は優しくて、笑顔が絶えない方で、時々授業をちゃんと受けてるか見回りするほどの生徒思いな人よ」


「そうですか…だけど教師思いな方ではないと」


「痛いところついてくるわねぇ…そ、それより私はあなたに興味があります!なんで入学試験で難易度が高い問題は捨てたの?

佐渡くんなら時間内で余裕で解けてたはずよ。そうした理由があるのかしら…?」


「先生話をらさないでくだ……」


意地悪く話を逸らした先生は、恥じらいの顔をのぞかせてオレのほっぺたを軽く摘まみ


「いいから大人である私の話を先に聞きなさい〜!」


子供みたいにキラキラした眼差しをオレに向けないでほしい。なんとも大人げない。たしかに履修範囲外の内容を駆使して解答作成していれば、そもそもの話、試験の中で捨て問題があるとは認識しない。


ましてや入学試験だ。一般生徒が今まで学校で学んだことを全力で生かして、必死に点数を取りに行くもの。普通ではない生徒に当てはまるオレには試験自体、他のやつとは違う見方や価値観でしか測れないのだ。


「難しい問題は後回し。もしくは捨てて簡単な問題を確実にもぎとっていくスタイルですよ。よくみんながするスタンダードなやり方です。

ネットで試験の平均点を見ましたが、オレの試験の点数は平均より少し高かったぐらいですし、オレより優秀なやつなんてゴロゴロいますよ」


謙遜けんそんするのは、大人になってからの方が格好良く見えるわ。あなたはまだ高校一年生。そうね…山田くんみたいに、もっとはっちゃけた感じの方がよくお似合いよ?」


「はっちゃけるような人間に見えますか?オレ」


「…見えないわね。終始無表情だし、どちらかというと静かに読書しているクールな感じの人ね」


「こう見えても高校生としての自覚はありますからね」


「そうかしらねぇ…。先生さっきから気になっていたんだけど、佐渡くんって体つきすごくしなやかよね?」


「しなやかって…女性の体を表現するのに使われるような」


「触ってみてもいい?…うふっすごいわね!一見細身に見えるのにすっごく筋肉がちがち!」


「許可してないですし、やめてくださいよ」


断りもなしに先生はプニプニした手で、オレの太ももや二の腕を触ってきては感嘆かんたんの声を漏らす。幸いにも近くにいた他の教師たちはいつの間にかいなくなっており、周りから嫌な視線が集まることはなかったが。


「本当にあなたが病気で入院してたのが、不思議なくらいよ」


「…辛かったですよ」


「にわかにあなたの言ってる事信じられないのよねぇ……先生の勘ってやつかしら。…ねぇ佐渡くんのこともっと教えてほしいなぁ」


そう言って上目づかいで、なくもない色気を出そうとする先生。原則として教師と生徒が親密な関係を築くことは、違反であると知っているはず。


十中八九、素でこの性格なのは分かるが教師としての立場を理解しているのかはなはだ疑問。いったん先生から距離をとって脱線した話を切り上げなければ。

 

「…それにしても校長先生の独断行動といい、先生方もその辺に関して詳しく事情を知らされていない。となると校長先生と先生方はあまり仲がいいとは思えないですね」


「ちょっ、話戻さないでくれるぅ~?

…そうよ。上の物には逆らえないっていうのかしらね。けどこれは私たちだけの問題よ。あなたたち生徒は気にしなくていいのっ!」


小池先生は人差し指でオレのひたいを軽く突くと、小声で安心してとささやく。


「それに今の佐渡くんには全然問題ないと思うけど、学生の本分は学業よ。もちろん一年生は何らかの事情がない限り、部活動には強制参加しなくちゃだけど。ここは県内屈指の進学校だからね。難関大学を目指して一年生の時から受験勉強を始める子だっているのよ。そういえば、あなたは将来何になりたいとか決まっているのかしら。私思うのよ…今のあなたなら飛び級して、大学生になっていてもおかしくないって。どう?一応ここの高校、飛び級制度も設けてあるのよ」


(いや近い近い…)


オレが顔を少し前に突き出せば、互いの顔が接触する距離まで接近してきた。

狙ってやってるのか、無意識でやってるのか分からないな、この人は。

子供みたいに無邪気な仕草をするし、興味津々しんしんに尋ねてくる姿勢もやはり子供そのものだ。これでオレより年上なのだから世の中摩訶不思議まかふしぎなことであふれているものだ。


色々と脱線したことを考えていたが、いきなり将来の話をされてもな。

入学して二日目の生徒に聞くのはどうかと思うが。野暮やぼな返答はしたくないし、小池先生も望まないだろう。ここは気張って答えることにしよう。


「特になりたいものはないですが、成し遂げたいことはある。今は漠然ばくぜんとしたこの目標しかないです」


かなり曖昧で恥ずかしいことを口にしたことは、自覚しているが素直な気持ちだ。

虚言事みたいなオレの言葉を耳にした当の本人、小池先生は目をぱちくりさせている。


「そ、そうなんだ……なんか変わっているのね。佐渡くんって…なんて言うのかな。掴み所がないような性格? 分からないところが多すぎて気になるのよね」


「少しずつ分かってきますよ。後にはただ普通の高校生だと感じるようになるでしょう」


やはりオレは噓をつくことが嫌いだ。昨日の自己紹介の時や願書の内容など噓をつくたびに今後どうやって乗り切るかを余分に考えさせられるし、手間がかかる。そして都合のいい嘘の話をオレは上手く作れない。


昔から平然と噓をつく大人たちをオレは多く見てきた。その度に自分は、こういう大人にはなりたくないという気持ちが働いていたし、今でもその気持ちは維持されている。単に嘘をついてごまかそうとはせず、その時は事実をぼかした言い方をするほうが性に合っているし、それがベストなやり方だとオレはそう考えている。


「私も混ぜてもらってもいいですか?」


小池先生の後ろから、長髪でスレンダーな毒蛇を思わせる独特な雰囲気がある女性教師が近づいてくる。

オリエンテーションの時の教職員紹介で知った、一年四組の担任であり小池先生と同じ数学担当の平野ツバサ先生だ。


「小池先生…随分ずいぶんと彼にご執心しゅうしんのようですね。私嫉妬しっとしてしまいますわぁ…」


ポンッと小池先生の頭の上に手を置き、まるで中学生、いや小学生とその親御さんのような図になっている。


「そんなことないですよ!平野先生こそ、また私のことからかいに来たのですか!?今は佐渡くんと大事な話をしていますので、ホラッ、シッシッ!」


顔を赤らめ、平野先生の手を振り払う。生徒の範囲にとどまらず、教師にまで子供扱いされているのか、この人は。

小池先生は小虫を払うがごとく、再度平野先生を手で追い払おうとするが逆効果。顔色を変えた平野先生は勢いよく小池先生に飛びついて抱きつく。


「ホント可愛いですねぇ~!そんなことされるとかえって独り占めしたい気分になりますわぁ!」


「ちょっ平野先生ぇ~!仕事中ですよ…苦しいです。離れてくださぁい~!」


教師同士のおふざけを見せられているこちらの身を考えてほしいものだ。こんなとき普通ならどう対処していいのかよく分からないし、周りに助けを求めたくなるのは自然なことだよな。


「…何考えてるんですか!?平野先生!生徒さんが目の前にいるのですよぉ!?……ひゃんっ//」


平野先生は鼻息を荒くして、小池先生のスーツの上着を脱がしていき、白ワイシャツの上で体をまさぐるように嫌な手つきでさする。とんだ変態教師だ。


「あらぁ〜小池先生……お胸少し大きくなりましたぁ?…上からでもわかりますわよぉ。少し前までは手のひらに収まるほどでしたのに…感激いたしましたわぁ…」


今オレの目の前で彼女たちの同性のたわむれが繰り広げられている。目のやり場に困り、目をそらすと、他の教師たちも彼女らに注視していることに気が付く。


これを見たいがために教師たちは戻って来たのか…?


オレは困り果てた表情を無理やり取りつくろうとしながら、周囲で傍観ぼうかんしている教師たちに助けをあおいでみたが、助けに応じてくれるものはいなかった。


「いやぁなごみますねぇ~仕事の疲れが一気に吹き飛びますよぉ」


「まったく勤務時間中はしっかりしてほしいですね。ですが我々の目の保養になります」


残念な大人たちしかいないのかここは。周囲の教師陣はこの彼女たちのおふざけを容認しているようで、止めに入ろうとはしないし、逆に喜ばしそうにしている。これじゃ教育がなっていないのどっちなのか分からないな。

今年から学生になったオレが言うのもなんだが。


「あの、すみません…」


彼女らに声をかけてはみたものの、こちらに意識を向けるそぶりすらない。


「すみませんっ…」


今度は語気を強めにして言う。どうやら今度は声が届いたようでイチャイチャが止まる。


「陸人くん、あなたも混ざりたいのですか?すみませんが小池先生は私の物なので…」


「はぁ…はぁ…いい加減にしてくださいよ、平野先生ぇ。生徒さんにこんな姿見られたくなかったのにぃ。そ、それに私はあなたの所有物でも何でもありませんよ!こういうことは仕事が終わったらにしてください!」


最後の発言で自分から墓穴を掘りに行ったな。

それをちゃんと耳に聞き届けた平野先生は、にやけ顔して小池先生からいったん離れる。


やはり天然なのだな…この先生


「さてと…気を取り直して、本題のほうに移りましょうか」


二人とも乱れた服装を整えると、急に平野先生が鋭い視線をこちらに送ってくる。


「佐渡陸人くんの入学試験の解答についてのお話は、失礼ながらこっそり聞かせてもらいました。本人もそのことについて学校関係者からあまり深追いされたくないでしょうし、私がこの後の職員会議で穏便に済むように話しをつけておきますから安心してください」


何を言い出すかと思えば、先程の件についてか。

しかし平野先生の話の中に『職員会議』『穏便に済ませる』など不可解な単語が出てくる。


「…それと、この件については入学試験の採点担当の先生方と私しか知らないことですので、ご心配なさらず」


こちらの理解が追いつかない話をしているが、なぜ話をかいつまんだだけで、そこまでしてくれるのかがオレには分からなかった。


教師陣の中に校長とつながりを持つ人間がいて、オレの解答作成の件の不審点に気づけば、身元を調べ上げてくるかもしれない。

そうなると素性がバレる危険性は跳ね上がり、敵に戦略を考える時間を与えてしまうことになるのだ。それはとても不都合だ。まさか職員会議で話し合うほどの議題にまで膨れ上がっているのか、この話は。


「オレたちの話を盗み聞きしていたんですね。性格悪いと思いましたけど、こちらとしても願ったりかなったりです。よろしくお願いします」


今は平野先生に頼って、校内で話が大きくならないように期待するしかない…一ミリも信用していないが。


それにしても平野先生の口ぶりからして、まるでこちらが危惧している状況をすべて把握しているようだ。


「大丈夫よ。陸人くん、先生たちに任せてね」


平静を取り戻した小池先生も同意見だったらしく、軽くうなずき、オレに微笑む。


「ありがとうございます」


そろそろ区切りもいいし、退出するか


「今日は、呼び出した私が遅れてきてごめんね。今度は気を付けるから。気をつけて帰ってね」


「あと平野先生とのスキンシップもほどほどにしてくださいよ。さようなら」


「まぁ~!佐渡くんってば、言うようになったじゃない」


先生たちからの話や用事も済み、職員室の出口へと向かう。


すると職員室から退出しようと扉を開けとたん


「少しいいかしら…?」


平野先生の声に呼び止められ、振り向いた時には、すぐ先生の姿がそこにあった。

とっさのことで驚き、危うく相手を投げ飛ばそうとするも華麗かれいかわした平野先生は背伸びして、オレの肩を掴み、耳元に口を近づけてくる。


耳に先生の吐息がかかって嫌な緊張を感じていた矢先、途端に背筋が伸びて冷や汗が出てくる。


「言い忘れていましたが、この件は校長先生には内密にしておきますから。本当に安心してくださっていいのですよ。あなたのプライベートには教師として危害は加えたりしないと、約束致しますわ」


「…それを保証できるものはあるのか?」


思わず敬語を使うことを忘れてしまうほど、この先生に対して警戒心き出しになっていた。


「この後の職員会議の会話内容を録音したもの、もしくは撮影したデータを陸人くんに差し上げます…その代わりと言ってはなんですが、小池先生は譲りませんよ?」


攻撃姿勢は一切示さないと分かり、内容だけを耳にして即座に離れた。


よろしくお願いします、と再度言ってから足を運び、職員室を後にする。


まるでオレの心の中をのぞいているかのような発言といい、不自然極まりない立振る舞いをする平野先生には今後十分に警戒していくことにする。



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