第22話 推測

僕は急いで店の中に戻り、帰宅する準備をする。


「ど、どうかなされましたか!?佐渡会長…」


「加藤さん、青柳さん!今から僕の言う事をしっかり聞いてください。後のことはあなたたちに任せます」


今も宴会場では口論が絶えず行われており、教職員たちが必死に制止しようとしているが、全く手を付けられない状況だ。

最悪警察沙汰ざたになるのがオチだろうが、そういうことになると僕も困るし、恐らく陸人の狙い通りに事が運ぶだろう。

ほかの保護者方にも、この騒動で僕たち学校関係者は警察の世話になった、なんてことを知られたら、円谷校長は高等教育高から退き、また身元を隠す可能性もある。


そしてこの場に同席していたPTA会長である僕への信頼は一気に失うだろう。


早口で青柳さんと加藤さんに彼らをうまく収拾させる方法を簡潔に教え、今日の宴会費などの支払い金を持たせる。


再度宴会席から離れる直後、根本夫妻からこんな状況の中、お礼の品を渡され、何度も断ったのだが無理やり手土産をもらうことに。


「佐渡会長!」


さらに僕の足止めをするかのように宴会場から出ていこうとすると、またしても呼び止められる。


.....いい加減しつこい!


顔には出さないように気を張り、呼びかけに応じる。


「佐渡銀二会長…もうお帰りですか。私としてはこの場を収めるにはあなたの存在が必要不可欠だと思うのですが…なにせPTA会長ですし」


根本夫妻からの事件の説明が終わったあとに、一番最初に否定派として異議を唱えた保護者だ。構っている暇は毛頭ないのだが、この男の存在は少々気掛かりだ。

カメラが起動され、赤いライトがついたままのスマホが胸ポケットに入っており、片手には小型のインカムのようなものが握りしめられていた。

まるでこの場の出来事を撮影して、誰かに情報を流しているかのような。


今は帰宅し、陸人の行動と書斎の地下の状態を把握するのが先決。後からこの男の身元を暴くことにしよう。


「すみませんね。先程連絡が入り、至急の用事ができてしまいまして。それでは失礼いたします。青柳さんと加藤さんにこの場のことは任せておりますのでご心配なさらず」


相手は僕にまだ話があるようだったが、気づかないふりをして店を出る。


現在の時刻は午後十時六分。

ここから高校に駐車してある車までおよそ二キロメートル、信号は二つ。運よく信号が全部青で歩道には誰もいない場合、全速力で走って五分。


走りながら自分の失態を考える。まず僕の書斎の防犯システムが、いつどこで陸人にバレたかだ。過去の陸人の行動を正確に思い出し、即座に思い当たる節に気づく。


僕が陸人に高校潜入の依頼をした時だ。間違いない。おそらくその時に何かしらのトリックを使って、防犯システムの仕組みを完璧に把握した。

防犯カメラの解除はできるにせよ、特注で改良をほどこし、赤外線放出口が動く装置だ。かつ信頼できる複数の防犯会社と契約して設置したものでもある。

まだメディアにも公表されていなく、解除コードを入手することだって実質不可能。


赤外線を可視化させ、動き回る赤外線をよけきることは至難しなんわざだが、なんせ『基礎的訓練』を乗り越えた試験体だ。

ただあの場の『監視者』だっただけの僕の想像をはるかに上回る身体能力を保持しているに違いない。


そして一番は、地下室入り口に集中した赤外線をどう対処したかだ。装置を破壊または解除でもしない限り、避けては通れない。

しかし装置を破壊すれば、防犯会社や僕に連絡が入るため、それがなかったとなると解除したこととなる。

そうなれば陸人は僕だけしか知りえない、赤外線装置の解除コードを密かに盗んでいたこととなる。

今考えられる可能性はこれしかないのにも関わらず、先ほど解除コードの入手は不可能だと仮定していたため、矛盾が生じ、僕の推測は破綻はたんする。


「一体どうやって……」


解除コードは僕が肌身離さずに持っているスマホ本体でしか入力できない。

もちろん外部にそのコードを漏らしたことは一切ないし、不定期に違うコードに更新させている。


陸人は僕のスマホの最新のデータのコピーを持っていた。それとも防犯会社を手の内に収めているのか…いや、それは可能性として低い


色々な憶測が飛び交うが、最も有力なのはビッグデータもしくは量子コンピュータを利用し、解除コードや僕のスマホと私用ノートパソコンのパスワードを解析した。


陸人の部屋にそんな大層な代物しろものは置けないが、陸人に『協力者』がいたとなると話の筋は通る。


運よく信号機は全部青で、歩道で人とすれ違うこともなく、全力疾走で駆け抜けることができ、ちょうど五分で高校の駐車場にたどり着くことができた。


車でここからの帰り道は、十六分。それだけあれば、陸人が情報を盗んでいる間に作業を中断したり、僕の書斎から抜け出すには十分。


「…まいったな…あれは陸人に絶対に知られてはいけないのに」


今の僕にはやり場のない焦燥しょうそう感に駆られている。

陸人には十分警戒しておくと決めていた。その上同じ役職の仲間からも注意をうながされ、上層部は陸人を要注意人物と判断した。にも関わらず、僕は円谷校長や『ある機関』『大切なもの』ばかりに目を取られていた。


死に物狂いで足掻あがいて、ようやくここまで上り詰めた先に一つのイレギュラーが発生したせいで、僕が歩んできたけわしい『道』が消え失せようとしている。そんなことあってはならないし、たかだか子供相手に大人である僕が叩きのめされるのはごめんだ。


気がつくとハンドルを強く握しめている僕の手の内側には、深い爪痕つめあとが残り、皮がめくれ、血が垂れていた。


…まだだ…まだ終わったわけじゃない


荒々しく駐車しながらもその体裁ていさいは気にせず帰宅すると、陸人はいつもの時間にシャワーを浴びていて、不自然な様子は一切感じ取られなかった。


根本夫妻から渡された用冷蔵の手土産を冷蔵庫に入れた後、僕は書斎の地下室にある私用パソコンを調べたのだが、摩訶不思議まかふしぎなことに外部から操作された痕跡こんせきは一切なく、ありのままの状態であった。


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