第21話 事件


____陸人の入学式の日、午後五時半頃。


僕と加藤さん、青柳さんで会計を済ませ店を出ようとしていた時だった。


「今しがたメールが来ました。今日の午後七時半から近くの宴会場で臨時保護者会が開かれるようです」


加藤さんからそう知らされ、スマホを取り出してメールボックスを開いてみると同じメールが届いてたことを確認。メールには臨時保護者会の内容、下記には会場のマップや開催時刻と解散時刻が書かかれていた。このメールは学校関係者全員に送信されたものであり、送り主は臨時保護者会を開いた本人の根本さんという人だと分かった。


「それにしても物騒ぶっそうな高校と思えて仕方ありませんよ。校長先生といい、入学初日に根本さんの息子さんが校内で大けがするなんて」


「確かにそうかもしれないですね…」


青柳さんの心情に深く同意する。

この事件は円谷校長の仕業しわざか。だとしたら何のためにこの事件を起こしたのか様々な憶測を立て、考えを張り巡らす。


「お二人とも少し中で待っててください」


店の外に出た僕は根本さんの親御さんに電話をかけ、事件についての詳しい情報を聞き出すことにする。


「もしもし根本さんのお電話で間違いないでしょうか?」


「…はい…そうですが」


若干じゃっかん涙声が混じった女性の返事が返ってくる。


「初めまして。高等教育高PTA会長の佐渡銀二と申します。先ほど送られたメールを拝見させていただきましたが、息子さんの一義かずよし君のお怪我、お見舞い申し上げます。お時間よろしければ事件について詳しくお聞かせ願えませんか?」


「…うっ…もちろんでございます」



話によると、根本さんの息子、一年三組の根本一義ねもとかずよし君が入学式の後、時間内にクラスに戻ってこなかった。


三組の担任である勝俣かつまた先生は一義君がお手洗いや保健室に行っているのかもしれないと思い、彼が不在のまま、事務連絡やクラスの人同士の自己紹介などさせ、その日の日程は終了。その後保健室や近くのトイレへ寄っても、彼の姿はなく、心配になった勝俣先生は、手の空いているクラスの生徒たちと一緒に一学年フロア全てのトイレや近くの教室を探したが、一義君の姿は見当たらなかった。もしかしたら外にいることもあり得るため、下駄箱に靴があるかどうかを確かめると、中履き用の靴と外履き用の靴、どちらもなかったことが分かった。


引き続き、学校内で手の空いている教員、生徒を集めたものの、数人程度しか集まらず、少人数で捜索していくことに。


しかし入学式という特別な日。手の空いている人でも時間が経つにつれ、捜索人数も減っていき、最終的には勝俣先生だけで探すことになってしまったらしい。無駄に広い校舎をまんべんなく根本君を探すこと四時間以上。


そして午後五時ごろ。


勝俣先生は格技かくぎ場の建物の外に併設へいせつされている掃除用具倉庫の中を調べると、掃除用具と一緒にぎゅうぎゅうに閉じ込められていた一義君が発見された。発見当時は、打撲しているような跡が全身にあり、意識不明の重傷だったとのこと。


勝俣先生は、すぐさま救急車を呼び、一義君は緊急搬送され、その後に一義君の保護者の方にも連絡が入り、この事件のことを知った。根本夫妻は搬送先の病院へ教職員たちと一緒に向かい、重傷を負った一義君と対面。命に別条はないとのことだが、体全体には無数の打撲箇所だぼくかしょがあり、中には皮下組織より深いところまで損傷している箇所もあったため、全治三か月、意識不明の重体。


犯人は未だ特定されておらず、校内に設備されている監視カメラを警察の方が調べている。校内に残っている先生たちにも事情聴取されているようで、入学式終わりに不自然なことをしていた生徒やクラスに遅れてきた生徒、一義君に関わりのある生徒について調べてはいるが、そのような生徒はいなかったとのこと。


明後日以降には学校関係者全員に事情聴取し、一義君の同じ中学に通っていた生徒や彼をケガさせる動機がある可能性が高い人物を探っていく方針らしい。


「それにしても今のところ何の手がかりも無いんですよね?臨時とはいえ、事件当日に保護者会を開くのはどうかと思うのですが……」


「何を言いますか、青柳さん! 一義くんを怪我させた生徒さんの保護者がいらっしゃるかもしれないですし、入学式の後、私たち保護者も説明会前が始まるまで時間は十分にありました。生徒さんに限らず、私たちも容疑者に当てはまるんですよ?早いうちに自首していただけることを一義くんの親御さんも思っているはず……」


青柳さんと加藤さんの意見は正しい。正しいからこそ、この事件の真相に霧がかかる。入学式の日に暴行事件を起こす動機。なぜ根本一義君を狙う必要があったのか。犯人は彼に恨みでもあったのかもしれない。あるいは根本夫妻に恨みがあっても仕方ない。なぜなら息子さんの晴れ姿を壊す目的があったとなれば、彼らを苦しめる格好の事件になるからだ。


事件が起こった経緯を頭の中で考えてみる。

まず新入生は朝、学校に登校し、校舎には立ち入らないで、小体育館に向かうように案内係の教師に指示されていた。新入生たちは大体育館で行われる入学式が始まるまで、小体育館で待機してもらい、一方その頃、僕たち保護者や在校生、教職員、事務員らは大体育館で待機。


素性すじょうなど知れない円谷校長の護衛や刺客の動向は不明。


もちろん彼らの中に犯人がいる可能性はあるが、それとは別に気になることが一つある。『中履き用の靴の有無』についてだ。


根本さんの実家には一義君の中履き用の靴はなかったと聞いたし、その靴を一義君は今日持参していたことが分かる。前日に靴を無くせば、根本さんのご両親にもそのことは伝えられるはずだ。


新入生は今日、中履き用の靴を持参してくることになっていたため、持参し忘れた場合を除き、まず小体育館で中履き用の靴に履き替える必要がある。


そして入学式が終わって大体育館から自分のクラスへ戻るときは、外履き用の靴に履き替えなければならない。発見された当時、一義君は中履き用の靴は持っておらず、外履き用の靴を履いていたため、三通りの事件発生例が考えられる。


一つ目は中履き用の持参していた場合。

入学式が終わってから外履き用の靴に履きかえ、手に中履き用の靴を持たなければならない。館内から出た一義君は自分のクラスへ戻る途中、何者かに襲われると同時に中履き用の靴が奪い去られた後、掃除用具倉庫に閉じ込められた。


二つ目は入学式が始まる前に、一義君の中履き用の靴が紛失または盗難にあった場合。一義君はいやおうでも靴下か学校用の来客スリッパで式に出なければならないため、かなり目立つ。

そうなると式が終わる直後でも彼の行動を見ていた生徒も少なくはないはず。警察の調査が進み次第判明するだろう。式後に帰る途中、靴を持っていなくて目立ってしまう一義君をうまく誘い込み、犯人は暴行を加えることができる。


大体育館から校舎へ戻る道は複数あり、帰りに案内係の教師はいなかったものの、新入生たちは行きで大体育館へ向かった道を引き返して通っていくのが普通だろう。それに集団で帰るのだから当然だ。


だが何らかの理由で一義君だけが別ルートで帰ってしまい、そこを狙われたとなると、犯人は帰り道を誤ってしまった新入生を傷つけるには、誰でもよかったとなる。これが三つ目の事件発生例。


とりあえず今得られる情報からはこれくらいしか考えられない。


臨時保護者会が行われる店まで今いる場所からは、そう遠くないため、三人でゆっくり歩きながら事件の話をして向かうことに。



_____________________




現在の時刻は午後六時二十分。

保護者会の開催場所は『居酒屋蜜柑みかん』。中に入って店員さんに高校名を伝えるとすぐに店の奥側、畳に長机が十台ほど並んだ、数十人は収容可能な広い宴会場へと案内される。保護者会が開催されるまで、あと一時間弱ある。早すぎる到着とはいえ、根本夫妻はすでに一番奥の真ん中の席に居座っていた。想像していた通り、彼らの顔は怒りと悲しみの感情で満ちている。


「どうもこんばんは。根本さん。この度は栄えある日に息子さんのお怪我……心中お察し致します」


根本夫妻の隣の席に近寄るまで僕たちの存在に気づかなかったのか、お互い驚いた様子を見せる。


「これはこれは!佐渡会長!こんな早い時間にお越しいただき誠にありがとうございます…お忙しいところ本当に申し訳ございません」


根本夫妻は深く頭を下げた。僕の後ろで控えていた加藤さんと青柳さんも会釈えしゃくし、彼らにいたわりの言葉をかけ、お互いのことを手短に紹介しあい、残りの時間は勿論、今回の事件の話でもちきりだった。


小一時間、今回の事件のことを整理していくが、警察からの情報も不十分なため、あくまでも仮定の話で進めていくしかなかった。


時間が経つにつれ、学校の教職員も集まっていき、徐々に席が保護者の方で埋まっていく。今回集まってくれた保護者は二十数人。八,九割は一年三組の生徒の保護者方だった。


やっぱり…円谷校長はいないか


PTA会長としての出席はもちろん、ここに来た狙いは校長が来る可能性を捨てきれなかったためだと言っても過言ではない。


開催時刻になると根本夫妻は立ち上がり、深く謝罪の言葉とお礼の言葉をたまわる。本題にすぐ切り替え、今回の事件の内容について説明される。


三度も事件説明に耳を貸すのは無駄なため、僕は保護者方の顔を見渡し、彼らのことを観察することに。この中に容疑者がいるかもしれないし、この先彼らは僕の味方になってもらう。そのための目利めききだ。


根本夫妻に同情する人もいれば、自分たちは無関係だと思わんばかりの人。その中間、表面上は同情する姿勢を見せるが、内心どうでもいいと考えている大人たち。


どの人も枠にはまった人たちばかりだなぁ


この事件の説明が終わり次第、論争が繰り広げられる可能性は高いと思われる。



「_____説明は以上になります。ご清聴ありがとうございました。お手数をお掛けしますが、皆様方には何か今回の事件に関する情報を得られましたら、私共にご連絡いただけると幸いです…よろしくお願い致します!」


長々と四十分くらいの説明を受けた彼らは、軽くうなずき了承する者の肯定派、自分たちは無関係だと思い、嫌な顔している否定派できっぱり別れた。説明が終わると数秒間沈黙が続き、根本夫妻はぎこちない様子でいる。


先ほどの電話や直接話してみて分かったが、彼らはあまり人とかかわることが得意ではない性格だ。話の途中で「あのぉ」や「えー」などの場つなぎ発言が多く、聞き手に内容がうまく伝わらないことが多い。厳しく言えば仕事のプレゼンでへまをしたり、劣等者扱いされる人に当てはまる。


論理性に欠け、感情が高ぶった箇所が多かった。そのせいでここに来ることが億劫おっくうな保護者方に更に無駄足をさせてしまったと感じさせてしまう。


そう感じたであろう、一人の保護者が立ち上がり、沈黙を切り出すかのように発言する。


「あなた方の息子さんのお怪我は災難さいなんでしたね。そのことに関しては不幸だったと思われます。ですが事件当日、まだ警察から十分な手掛かりがないまま、私たちを緊急招集し、協力してほしいとのことは自分勝手すぎませんか? あなた方はそのことで謝罪をしてくれましたが、やはり子供みたいな感情任せで行動に移したにすぎません」


約半数の保護者が、うんうん、とうなずく。

この男性の意見は青柳さんと同じで、この発言に賛同する人はかなり多そうだ。


「失礼を承知で申し上げますが、実際にあなた方のお子さんが一義君と同様な怪我を負ってしまった場合、あなた方はどう対処するのでしょうか? ましてや入学式当日、自分の愛すべき子供の成長を最後まで見届けるどころか全身傷だらけで…今も意識不明だなんて……」


対抗しようと否定派に向けて発言した一人の女性は、感情移入しすぎてしまったせいか、その場で泣き崩れる。常に子供のことを考えている母親の鏡のような保護者であったが、この場で否定派を納得させるには不向きな人だ。


「あなたがおっしゃりたいことは十分理解しております。ですが少し考えてみてください。私たちはこの事件に何の手掛かりのないまま、ここに召集されました。正直根本さん方の説明はあやふやな部分が多く、正直聞くに堪えなかったですが明後日以降、私たち学校関係者のアリバイなどの事情聴収が警察の方から行われるとおっしゃっていました。つまり私たちのお子さん、もしくは私たちが犯人だと疑われているんですよ!」


この発言で驚いている保護者方は、根本夫妻の説明をよく聞いていなく、理解していなかったものが大半だろう。それにこの保護者の発言力が大きかったのか、この場に否定派が増えたのは火を見るより明らかだ。


「帰らせていただきますね!せっかくの入学式の日が台無しですよ!」


「私たちは関係ありませんのに緊急招集って…どうしてくれるんですか?責任取ってくださいよ!」


「やめてください!落ち着いてください!保護者の皆様!」


「先生は黙っていてください!これは私たちのお子さんと保護者の問題です。それともあなたたちが根本さんのお子さんを暴行したのではないですか?先生に呼び出しを受ければ、生徒さんはついていきますし、他の生徒さんにはあまり怪しまれません。今のところ容疑者として一番犯行可能性が高いのはあなたたちなんですよ!」


予想していた通り、大人たちの論争が繰り広げられることに。


全く…馬鹿な大人たちだ。ここは一応飲食店なのだから場をわきまえてほしい。


入学式初日に不祥事ふしょうじで臨時保護者会が開かれるのは、たまったものではないが,学校ホームページには[保護者等学校関係者の不祥事においては教職員の立会いのもと、保護者会を開き、緊急招集可能とする]と記載されているため、根本夫妻の行動に何ら非はない。そのことを知らない愚かな大人たちが蔓延はびこるこの光景は見るに堪えないな。


二時間くらい経ったのだろうか。現在午後九時半。


僕たちが言葉で制止させてはみても、論争の勢いが一向に収まることはない。ここにくるまでに夕飯を食べてこなかった人は、状況が状況なため、お腹が空いている人はこの場で料理を注文できるような空気ではない。そして僕と加藤さん、青柳さんは別クラスの生徒の保護者ということで部外者扱いされることになってしまった。


「まったく…聞き分けのない大人たちですね。よくこれで子育てがつとまるものです」


「青柳さんの発言は少々荒いですが、その意見には同意です」


ただ傍観ぼうかんしているだけでは時間の無駄だ。それに僕はPTA会長だ。この場をうまく丸めることも、ここにいる大人たち全員を味方にすることだって容易。だがこんなことに僕の時間がつぶされるのはごめんだ。


頭の中でより効果的な対処法を考える。


……ブブッーブブッー!!


ん、なんだ?


スーツの胸元に入れてあるスマホのバイブレーション機能が作動していたことに気づき、スマホを取り出すと、緊急アラームが鳴っていた。


こんなアラームが鳴るのは初めてだ


緊急地震速報などの災害で警告されるアラームとは似て非なるもの。

相当大きなアラーム音のはずだが、周りの雑踏で音がかき消されるため、僕の周囲の人たちにはまるで聞こえていない。


いったん席を外した僕は店の外に出て、画面を開くと、一通のメールが送られていた。


匿名メール…なんなんだ。メールが送られてきただけで、設定していない緊急アラームが作動するはずがない


いぶかしげにそのメールの中身を見てみると、パスワード付きのファイルが送られていた。画面をスクロールしてメール全体を見てもパスワードに関するものは見当たらない。


これじゃ開けないじゃないか…いったい何なんだ


削除しようか思ったが、ファイルをタップしてみると、スマホの指紋認証機能が作動したため、これならメールを開くことができる。自分の親指をそっと当てると、すぐさまファイルが開く。





白紙……いたずらメールか?






PDFで送られた、ただの白紙と思いきや、下に勢い良くスクロールしていくと数行の英文が羅列られつしていたことに気が付く。



その短文に目を通し、内容の一端を頭に入れた瞬間、心臓の鼓動が飛び跳ねるほどの緊張におちいり、戦慄せんりつした。






「くそっ!……まさか!」






この匿名メールの送り主は、このファイルに書かれている内容から特定できた…『ある機関』からだ。その時点で大きな問題だが、それ以上に僕はとんでもない過ちを犯したことに気が付く。





前から危険だと分かっていたのに、警戒していたのに…いや正確には僕の計画にここまで彼が介入してくるとは思っていなかったし、完全に僕の判断ミスだ。





「…一体どうやってここまで仕立て上げた。いつからこのことを見通していたっ…僕のことを本気でつぶそうとしているのか……陸人」








[監視者 佐渡銀二。たった今あなたのPCへの不正アクセスを確認。ハッキング経路不明。ウイルス感知ソフトに異常発生。トラブルシューティング異常なし。再度確認:失敗。発信者権限譲渡。



________________



「私たちに介入しようとするやからがいることを確認した。早々に始末しろ。でなければ厳罰げんばつしょす」]









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