第5話 芽吹き

四月中旬に入り、福島県立高等教育高等学校の入学試験を突破したオレは、晴れて高校生になることが決まった。


高校生として生活するには小、中学の卒業認定が必要だったが、銀二がうまくやってくれたため何ら問題はない。まぁ、高校の入学願書の手続きに[中学生の頃何してきたか]などの活動報告を書く時は、うまい具合に虚実きょじつ話を作り上げなければならなかった。噓をつくのが苦手なオレには、かなり苦労したものだ。


にもかくにも、オレが高校生として生きていくために必要なパスは入手したのだ。これから三年間(任務が終わり次第退学になるんだが)通うことになる福島県立高等教育高等学校は、家から十八キロほど距離があり、自転車で三十分くらいで通える場所にある。

徒歩でも十分通える範囲にあるが、今の学生の体力面を考慮すると、自転車が必須になる距離らしい。自転車はなくてもいいと考えていたが、通学時間の短縮にもなるし、とりあえず持っていて損はないだろう。


「シューズ、ジャージは持った。学生証や名札などは学校配布か。あとは…準備万端」


午後十時。部屋で明日の入学式に必要な物の準備を、今しがた確認し終わったところだ。これで本格的にオレの新しい生活の準備が整った…と思ったが。


「…友達作れるだろうか」


それが今後の唯一の懸念材料だった。

ネットで友達を増やすための方法や高校生の定番話題、今どきの流行りについて一通り調べたのだが、どれも身の丈に合わず、到底理解しがたいものばかりだった。得られた情報をもとに頭の中で友達作りをシミュレートしてみたり、自分なりに人と仲良くする方法について熟考しても、困ったことに、何一つ納得がいくような方法が思いつかないのである。

どういった話題を振ればいいのか、どういう風に高校生と接すればいいのか。幾通りもののアプローチ法が浮かんできては、オレの頭を悩ませてくるのだ。いっそ考えなしで話しかけるのもありなのでは、といったんはそう結論付けた。


イギリスにいたころは何にも考えず、ただ年下や同年代の友人と仲よく遊んだりしていたが、自分から話しかけて友人を作った記憶がない。それに昔は昔。今の年では単純なアプローチ法で通用するのかよく分からない。


…それに


十五,十六歳の高校一年生は思春期の真っ盛り。単純なことや複雑なことを何かと真摯しんしに受け止めてしまい、深く悩んで、ストレスを溜めやすい傾向がある。言ってしまえば扱いづらい人間の発達過程であり、例えるなら昔のオレみたいなやつだ。


今日にいたるまで、友人関係の構築に心配をかける銀二から対人関係の交渉術、親和になる方法など叩き込まれてはいたが、たいてい社会人に効果覿面てきめんなスキルばかりで、それらが通用するかも不安だ。

第一そんな社会的スキルを意識している学生などいるのか、はたまた謎。

複雑なこと、単純なことが錯綜さくそうして、もう頭の中がぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだ。



「寝るか……」



明日のことは明日の自分に任せよう。




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「おーい、陸人―!朝だよー起きろー…ははっ、さては今日が楽しみで、よく寝付けなかったんだな」


太陽の光が差し込み、全身に日の光を浴びる。


朝か…


そして、なぜかオレの右隣には、ニヤついた銀二が立っていた。


いや待て…オレは人生で初めて寝坊したのか。そんなバカなことは…


起床のラッパが鳴る前には自然と目を覚ますのに…ってここは訓練場でもないのだから当然か。机上にある置き時計を見てみると午前六時。登校するまでの時間は十分にある。一応寝坊したわけではないが、いつもと同じ時間に起床する習慣なだけに、頑張って何百個と立てて並べたドミノが、一気に崩れるかのようなわびしさが残った。


今日は何か悪いことが起きそうだ…目覚めてすぐ隣にこいつがいるし


「…そういえば…あんたはPTA会長として、式に出席するんだったな」


ぼさぼさになった髪をかきながら、ベッドから起き上がる。


「あぁそうだよ。運よくPTA会長になることができて本当によかったよ。

これで君の高校に接触しやすくなったし、うまく立ち回れば保護者を味方につけることもできる。それに何か校長先生についての情報を得られるかもしれないしね。じゃあ!僕は早めに家出るから、ちゃんと朝ごはん食べてから行きなよ。あと寝癖はちゃんと直すように!」


運良くって…無理矢理PTA会長の座に就いたとしか思えないな


「分かった…それと今後一切オレの部屋に勝手に入ってくるな」


「はいはい。友達作り頑張りなよー」


「余計なお世話だ」



______



「……着替えるか」


運動用のジャージに着替え、朝のランニングを軽く済ませた後、シャワーを浴びる。その後はさっぱりした気分でキッチンに向かい、昨日食べた海老や貝の捨て殻を砕いてだしを取り、簡単にみそ汁をつくる。おかずには卵焼きと焼き魚、こうの物には、ほうれん草のお浸しを用意し、炊き立ての白米をテーブルに並べる。


「いただきます」


朝ご飯をいつものように一人静かに食べる。


孤児院でいつもしてきたお祈りはもうしていない。郷に入っては郷に従えみたいなものだ。ご飯を食べながら、今日から高校生になる自分を想像し、不安や喜びをかみしめる。


「あいつも結構はしゃいでいるように見えたが…気のせいか」


正直オレは高校へ行くことや入学式が少し楽しみでもある。


銀二に言われた通り、良く寝付けなかった原因はそのせいだ


しかし、オレと同様に銀二も感情が高ぶっているのが見てわかった。


[親は、子の成長を感じ取るときに喜びや幸福を感じる。子は親の希望である。]


と、さっき読んだ本に書いてあったな。あんなやつでも少しは高校生になるオレの成長を見て、そう感じてくれているんだろうか。



……そんなわけないな。



偽物の家族でも本物の家族になれる。そんな道理はどこにもなく、コピーはオリジナルにとって代わることはできないのである。


「ご馳走さまでした…」


食後はすぐ歯磨きをし、鏡の前でおろしたての黒のブレザー制服に身を包む。

首元のネクタイをきっちり結び、身だしなみを整える。


通学用ローファーを履き、家のドアを開けて外に出ると、朝のジョギングで感じたものとは違う、爽やかな強い春の風がなびく。


風に乗った落ち葉が宙に舞う情景、肌にあたる心地よい風。


「…どれもが意味あるものとして神が創造したもの……か」


オレは新しい生活に浮き足立ちながら、これからの通学路を自慢のクロスバイクでこいでいく。





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