第4話 変化
孤児院から出て銀二の元で暮らすことになったオレは本人の宣言通り、今もなおオレの命は十分に保証され、何一つ不自由のない生活を送れていた。
不自由のない生活と言っても、暴飲暴食などの体たらくな生活をしていたのではなく、この七年間、色々なことをして、色々なものを見てきたという意味だ。
そうすることで過去の弱い自分を見つめ直すことができ、それを克服するために必要なことを多く学んだ。
未だ正体不明な『使者』とも、やや同調することもできるようになり、自分自身を縛り続けてきた、負の感情のコントロールが可能になったこと。
それが一番の収穫だったと断言できる。まだまだひ弱だが、心身ともに成長した。そう実感している。
七年前の銀二に引き取られた過去。八年ほど前のロンドン自爆テロによる両親の死。自分の過去を回想するなんていつぶりだろうか。
最近は先のことばかり考えすぎていて、過去のことを考えることが
正午。そろそろお腹が空いてくる頃。
自室のベッドの横端に座りながら、ちょうど読み終えた本をまた枕元に重ねる。
朝から前日に大量購入しておいた本を片っ端から読んでいて、既に三十冊は超えている。本の内容を早く覚えて、得られた知識を早く生かしたい一心で読んでいるため、オレにとって唯一の娯楽である読書は、知識の吸収とただの眼球運動でしかないのかもしれない。
手に持っていた本も読み終わり、リビングの方へと向かう。ソファに座ってコーヒーを飲んでいる銀二の姿があったが、話すこともなく、そのままオレはキッチンへ足を運んだ。
「陸人…話がある。大切な話だ。あとで書斎の方に来てくれ」
そう言って銀二はオレに
今日はグリーンカレーを作ろうとしていたが、調理時間が短いチャーハンに献立を変更する。いつもより調理ペースを上げ、作り終えた昼飯を食べながら、一応心の準備は済ませておく。
食後はそのまま書斎へ行かず、自室へ戻り、下準備を整えてから書斎の方へ向かっていった。
ちなみに銀二の書斎へ入るのはこれが初めてだ。七年も同じ家で暮らしてきたのに、立ち入ったことのない部屋があるなんて、変だと思われても仕方がない。それほどオレたちは複雑な家庭なのだ。
______
初めて入った銀二の書斎は、二十帖と広く、英国風とまでは言わないが、アンティーク調の内装であった。壁一面に設置された本棚にはぎっしりと本が埋め尽くされていた。
机でパソコンをいじっていた銀二は手を止め、ノックもせずに勝手に入ってきたオレの顔を見る。
「大切な話とはなんだ?」
単刀直入に聞いた。お互いせっかちなため、結論を急いた話し方をするのは前から変わらない。
「君はこの部屋に入るのが初めてだろう…何か感想とかないのかな」
「特にないな。強いて言うなら読書部屋に最適なくらいだ。自慢話はしなくていいぞ。早く話を進めてくれ」
「はぁ、全く……僕たちは仮にも親子だろ? もうちょっと人間味を出してくれないか。もうここに来てから七年は経つし、いい加減警戒心を無くしてほしいなぁ」
「無茶な話だ。それにオレは色んなところ飛び回っていたからな。ここ福島にいた時間は少ないぞ。この家で過ごした期間はざっと一年だ」
「細かいところは気にしなくいいさ。そういえば陸人…今年でいくつになるんだ」
「……は?いきなりどうした」
誕生日はまだ先だし、オレの個人情報を扱っているこいつは確実に知っている。なぜ今ここで年齢を確かめるのか、その理由が見当たらない。
「なんでそんな『頭でも打ったか?』みたいな顔をするのさ。別に深い意味はないよ。ただ本来なら君は普通の学校に通って、楽しく過ごしていたんだろうね……」
「そんなことはどうでもいい。言ったぞ。早く話を進めてくれと」
過去にオレの『道』を潰したこいつからの哀れみや同情など欲しくもない。
「まぁいい…本題に入るとしよう。
この国の上層部及び僕の職場でも、少人数しか知り得ない情報が盗まれた。こちらも色々調べてはいるが、なかなか対処しにくい状況にある。しかしその情報を
いつも通りのビジネス口調で、銀二から大切な話の内容が説明される。
「国家機密の
「話が早くて助かる。けど今回の仕事は君には厳しいかもしれない。今までの比じゃないはずだ…」
今までになかなか骨が折れる仕事ばかりしてきたが、それ以上に難しい任務とは一体…
「オレなら大丈夫だ。それはあんたも知っているはず」
だが銀二の顔が途端に暗くなる。
それだけで難易度の高さがうかがえるし、自然と緊張感を覚え、身が引き締まる。
「首謀者と思われる人物の名前は
ここまで聞けばもう分かるだろ? 君はそこに入学して、普通の高校生として潜伏し、彼の情報をこちらに渡して欲しい」
「なんだよ。そんなことか……ん、オレが高校生?」
潜入工作するにあたって、必要な入学試験や小、中学卒業認定の取得はどうにかできる。だが必要なキャリアを踏まず、一気に高校という初めての学校生活に順応できるのかが問題だ。マフィアや強盗犯など裏社会で生きてきた彼らとは馬が合うところもあり、比較的接しやすかったが、今回はそうはいかないだろう。
今の学生たちは、理性以前に感情優先の行動をしたり、オレにはよく分からない友達という者と団体行動をする習性がある人種だ。
知識として学生については知っているが、自分が学生となって、うまく彼らと接していけるだろうか。
「なるほどな…変に目立った行動をすれば、教師や校長にすぐ目をつけられ、
「それだけじゃない。円谷校長も同様、こちらを警戒して護衛を雇っている。
すでに何人かの刺客を高校へ送り込んでいるはずだ。君は普通の高校生を演じながら、彼らと接し、こちらの動きを感知されずに任務を遂行しなければならない。
…おまけに君は協調性に欠けるし、同じ歳の人との関わりがないから心配なんだけど…」
「オレは基本、単独行動だからな」
「はぁ…君に足りないのはチームワークだよ。辛い場面に遭遇してきた君には、その重要性をよく理解しているはずだ。僕の助けはもう必要ないみたいだけど、これからはそのことを意識した行動を……」
「はいはい。肝に
この任務にオレ以外の適正のある人間を送り込めばいいだけのことだが、いかんせんこちらも人手不足だ。
2020年に新型ウイルスが
ウイルスの収束に近づき、大きく社会は変わった。
緊急事態宣言が出されている地域はもうどこにもないし、道端でマスクを付けている人もだいぶ減った…むしろ付けているやつのほうが少ない方だ。
新型ウイルスの特効薬などの医薬品開発のほか、そのための科学技術の製品化テストの緩和が促されたのは有名な話だ。
その結果、あらゆるところで今まで試作品だった薬品や科学技術が世に出回り、多くの国で科学革命や技術革命などが起こった。
すると
だがしかし、良いことばかり起こる反面、その分悪いことも起きる。
科学絶対主義、効率主義といった
国交問題や紛争問題の火種が大きくなり、こちらの部隊も総動員しなければならない状況になってしまった。
高校に潜入し、
「もういいのかい?まだ何か聞いておきたいこととかあるんじゃ……」
「そういって極秘情報だから、という理由をつけて何も教えてくれないだろ」
「まいったね。言い返す言葉もないよ」
普通の高校生として、上手く演じられるか正直分からない。早め早めの対策が必要になってくるな。
書斎から出て、廊下のつきあたりにある階段を上がっていく。
自分の部屋まで戻ったオレは、ズボンのポケットに入れておいたスマホを取り出し、画面操作する。
「よし。よく撮れている……」
収穫は得た。
朝久々に自身の過去について振り返ったとき、忘れかけていたあの決意を思い出した。
オレはある目的を果たすために、七年間こうして生き抜いてきた。強くなるために努力してきた。
あの時誓った言葉、あの決意は絶対に忘れたりしない。
銀二……お前を道具として利用する。そして『支配』すると。
_______
____
書斎から出ていく陸人の背中を見て、偽りの息子とはいえ、彼の成長に少し感心していた。
「大きくなったな…陸人」
だけど、その喜びとは別に
今回の任務を陸人に任せていいのだろうか。
今までに与えてきた雑用や汚れ仕事、様々な任務を彼に任せてきたけど、どれも満足のいく結果を残してきてくれた。それは親としても鼻が高い。
陸人は、この日本、国家を守るために結成された『国家機密部隊』の一員であり、この国の安全な国防装置としての役割を担っているが、信用に値するかは別だ。陸人たちの組織は通称『別隊』とも呼ばれ、日本自衛隊最高指揮官の首相や防衛省にすら知られていない極秘組織。別隊に在籍する彼らは、国家機密情報関連の任務を果たし後、必ず事後処理というものが施される。事後処理とは、国家機密
しかし陸人の場合は違う。
記憶
そのことに関しては、口惜しいことに何の根拠もない。
僕は今まで陸人に数多くの任務を任せてきたけれど、結果的に彼は一度も失敗することはなかった。
こうも立て続けに偉業を成し遂げていると、部隊創設して以来、前代未聞なことだ。もちろん僕は陸人に、他の隊員よりも難易度が低い任務や危険度が低い仕事ばかり与えていたわけではないし、身内だからってひいきしているつもりは毛頭ない。それ以来僕たちは彼に目を光らせるようになったし、部隊上層部内では、彼を要注意人物として扱うようにと勧告された。こうして義父である僕が近くで陸人を見ているわけでもあるんだけど。
僕たちが調べ上げた情報によると、今回の任務についた隊員の行動次第で、今まで以上に国の動きが左右される見込みがある。最悪な事態になることも、もちろん想定されるし、未然に防ぐためにも陸人が適人だ。
だが同時に、こちらは大きな爆弾を抱えているとも言える。
陸人という不可解な存在、そして円谷校長に深く関与する『ある機関』だけは絶対に陸人に知られてはいけないということを。
「これでよかったのかな……」
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