第13話 ち、珍獣を狙うなんて、卑怯ですわ……

「ん……んん……」


 周囲の喧騒にタートルネックの男の娘がようやく目を覚ました。


「あなた、大丈夫?」

「こ、ここは……」

「河原よ。あなたは溺れていた。あの娘――ティナが魔法で川に氷の桟橋を作り出し、最後は飛び込んであなたを助けたわ」

「魔法? ティナさん?」

「そっ。で、絶賛追撃者と交戦中って訳」


 ようやく目を覚ましたタートルネックの男の娘に、ブラッディレイクの魔女が笑顔で説明する。


「女の子だからって容赦はしないわ! さあ、みんな! おやりなさい!」


 エイミーの命に男の娘集団が杖を振り上げながら、砂利を蹴散らし河原を一気に前に詰めてきていた。

 その杖の先々から炎や雷、氷がティナに襲いかかる。

 ティナはその攻撃を、杖をふるって風を巻き起こしていなした。

 だが撃ち漏らした攻撃が、時折ティナの体をかすめる。


「ティナ君!」


 ティナと並んだシザーリオも剣で攻撃を打ち払おうとした。

 だがシザーリオが対することができるのは、氷の矢などの物質化した攻撃だけだった。


「交戦中って……」

「私は諸事情で、直接手が出せないの。だからあの娘があなたを守るわ」

「ウ、ウチを !? 見ず知らずのウチをですか……」


 タートルネックの男の娘が驚いて身を起こす。

 男の娘の身を守るように杖を構えるティナの背中がその目に映った。

 ティナは長い杖を左右に激しく振り、風を起こさせると敵の攻撃を何とか退けていた。


「あなた、名前は?」

「へっ? リ、リンです……ひぃ! 炎が……」


 飛び交う炎や雷。それを吹き飛ばすティナの嵐のような風。それらが身をかすめて飛ぶ中、魔女は微笑みを崩さず尋ねる。


「そう。リンさん。今ちょっと、多勢に無勢で劣勢みたいなの。でも、あなたのことは、うちのティナが必ず守ると思うわ」

「でも……あんなに必死になって……」


 リンが怯えた目でティナの背中を見つめる。

 ティナは髪を振り乱し、魔法の杖を一心不乱にふるって攻撃を退けていた。

 しかし幾つかの攻撃はやはり弾き返し損ね、ティナの手足の柔肌に傷が次々と増えていく。


「傷だらけになってますよ……あの娘……」

「そういう娘でね。それでね、リンさん。あなたには、もしかしたらできることがあるんじゃないかと思ってね」

「ウチに……できること……ひぃ!」


 魔女がすっと目を細めてリンと名乗った男の娘のスカートを見下ろした。


「そうよ」

「無理無理無理……ウチ、ダメダメで……ひぃ!」


 リンが左右に激しく首を振った後、かすめた雷に慌ててその首をタートルネックに引っ込める。


「この! この!」

「やるわね、この娘! でも、ほぼ一人で頑張ってるだけですわね!」

「キャーッ! 素敵なナイト様は、炎や雷相手じゃできることないし!」

「こここ、この魔女……ななな、何もしてないし!」

「ダメダメなの?」


 エイミーたちの見下した言葉を背に、魔女は落ち着いてリンに問いかける。


「……ウチ……」

「ん?」

「ウチは……」


 リンが恐る恐る顔を上げると、そこに必死に杖をふるって己を守るティナの背中が見えた。

 背中越しに見えるティナの横顔に、汗が浮かんでは滴り落ちていくのが見える。

 そして飛び散る水滴に幾つかは赤く、それはティナの怪我からの血だった。

 ティナはその汗と血を引き換えにリンに攻撃が及ぶのを何とか防いでいる。

 雷が一つティナの顔をかすめ、その頬にすっと一筋の傷が浮かんだ。


「とどめ! ですわ!」

「ティナ君!? 危ない!」


 そしてそのことにたまらず目をつむってしまったティナに、エイミーの杖から放たれた炎が正面から襲いかかる。

 シザーリオがたまらず前に出て剣を振るが、もちろん炎は防ぐことができずに空振りに終わる。


「――ッ! ウチは!」


 その光景にリンが目を剥き、ティナの前に飛び出した。

 リンが両手を広げて炎にその身をさらす。

 エイミーの炎を正面から喰らい、リンの姿は衝撃で上がった煙に一瞬で包まれる。

 あまりの炎の勢いに、その上がった煙でリンの姿が見えなくなったほどだった。


「はわわ……」

「君!? 大丈夫!?」


 もうもうと上がる煙の向こうから、セーターの胸元を燻らせたリンが背中から倒れきた。

 胸元に倒れたきたリンのその背中をティナが慌てて支える。


「はい……このセーター……とっても丈夫なんです……」

「それにしても……こんな無茶を……」

「それは、あなただって……」

「あはは! リンったら! ダメダメのくせに無茶をして! そのザマですわ!」

「キャッー! 相変わらずの防御力お化け! ダメダメなのに、そこは感心するわ! セーターのことだけど!」

「こここ、焦げ跡すら残ってない……ダメダメの分際で――生意気!」

「ダメダメって……」

「あはは……ウチのことです……このセーター以外は、ウチ……ホントダメで……」

「……」


 胸元に倒れてきたリンを支える為にその両肩を掴んでいたティナの指。そのティナの両の指に力が込められ、あまりの力にリンの肩に爪を食い込ませる。


「あの……ちょっと痛いです……」

「この娘をダメダメとか――言わせない!」


 ティナが怒りに視線をエイミーたちにぶつけ、魔法の杖を前に突き出した。

 ティナの感情に呼応したかのように、今までで一番大きな風が河原に巻き起こった。

 魔法の杖の魔力が砂や塵は言うに及ばず、河原に転がっていたこぶし大の大きさの石も巻き上げる。

 大きな石は弾丸のような速さでティナたちを取り囲む男の娘たちの杖に向かって放たれた。

 そしてその石は正確に魔法の杖――特に二つ並んだ毛糸の飾りに打ち付けられた。


「ち、珍獣を狙うなんて、卑怯ですわ……きゅう……」

「キャッー! 杖は男の娘の珍獣……キャーッ、痛い! きゅう……」

「ちちち、珍獣は急所……特に毛糸の飾りは……きききッ!……きゅう……」

「そうね……だからそこで――悶絶してなさい!」


 ティナのその言葉を最後に、三人組を筆頭にした男の娘たちが全員河原に倒れ、股間に両手を挟みながら悶絶した。

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