第10話 被ってるのを無理に剥くと、痛そうです。

「大丈夫?」


 ティナが川辺からずぶ濡れになりながら上がってきた。

 その肩には一人の少女が担がれている。

 ティナの背後で氷の桟橋が音を立てて崩れ去った。


「パオッ!」


 ティナが担いだ反対側では、宙に浮いたパオパオがその小さな体で肩を支えようと悪戦苦闘していた。

 ここは川の中流。自然と出来た広い中州や河原があり、川は深いところでは大人の肩あたりまでの深さがあった。

 そんな川をなぜかその少女は顔まで隠れるようなタートルネックのセーターを着て流されていた。

 セーターは繊維の隅々まで水を吸い込んで、少女の顔から下の上半身にまとわりついている。

 腰から下は長いロングスカートでこちらも水を吸って重たくなっていた。


「……」


 少女は答えない。


「今、お師匠様たちも来てくれるからね」

「ティナ君!」


 シザーリオが街道に残した馬車と御者を背に河原に降りて駆け寄ってくる。


「シザーリオ様。息はあるみたいです」


 ティナが川から上がるや、担いだ少女を河原に寝かせた。


「息があるなら、僥倖ね。死人は誰にも、生き返らせないからね」


 ブラッディレイクの魔女が静かに近づいてくる。


「でも、息が苦しそう。今、楽にしてあげるから!」


 ティナが顔まで隠れているタートルネックに手をかけた。

 水を吸い込んだその毛糸の生地は、少女の口元を鼻まで隠しており明らかに息を邪魔していた。


「あれ? あれれ?」

「どうしました、ティナ君?」


 ティナが何やら少女の首元で悪戦苦闘しているのを見て、シザーリオが不思議そうに覗き込む。


「脱げないんです。このタートルネック」

「何ですって? 手伝います。本当だ」


 少女のタートルネックは何故か下ろすことができなかった。


「パオッ!」


 二人にパオパオまで加わって無理に引っ張り降ろそうとするが、まるで吸いついたようにそれは顔から離れない。


「それは魔力の法衣ですわね」


 魔女が腰を折って少女の首元を覗き込む。


「法衣!?」

「ええ、ティナ。被ることで、中の大事なものを守っているわ」

「意味もなく被ってるわけじゃないですか?」

「そうよ。大切だからこそ、被って守ってるのでしょうね」

「でも、今は苦しそうだし……」

「うう……」


 ティナがもう一度力を入れると、タートルネックの少女は意識のないまま痛そうにうめいた。


「ダメです。被ってるのを無理に剥くと、痛そうです」

「デリケートなのね。中身が」

「他の人が無理に剥くのは、ダメそうです」

「そうね。とりあえずは、このまま体を温めましょう」


 魔女が左手を少女にかざすと、そこからほんのりと暖かい光が溢れ衣服の水分を蒸発させ始める。


「すごいです、お師匠様」

「これ……結構きついわよ……」

「どうしたんですか? お師匠様が弱気だなんて!?」

「とてつもない魔力と思いが込められているわ、この法衣。大切なものを守ろうと、必死で中身を包んでいるわね。私の魔力の大半を、こう見えて弾いているわ」

「えっ!? すごい!」

「だから脱がすこともできなかった。まあ……私が本気だせば、余裕だけどね!」


 魔女の目が妖しく光り、左手から更に光が溢れた。

 少女の法衣を含めた衣服から瞬く間に水分が蒸発していく。


「ど……どうよ……ぜぇぜぇ……よ、余裕よ……はぁはぁ……」

「いや、全然余裕に見えません。お師匠様」

「ブラッディレイクの魔女様をして、ここまで消耗させるとは……この法衣は一体……」


 シザーリオが少女の頭を抱えてやり、己の腕を枕として上半身を支えながらセーターを見下ろす。


「さぁ。そこまでは分からないわ。きっとこの娘を思う人に贈られたものでしょう。それよりも――」


 魔女は少女の足先に回るとそこで腰を下ろし、おもむろにスカートの端を両手で握った。


「お師匠様?」

「えぃッ!」


 魔女は満面の笑みを浮かべて少女のスカートをたくし上げると、唐突にその中に頭を突っ込んだ。


「お師匠様!?」

「あっ!? やっぱり何かいるわ! 珍獣よ! この娘も、もがれた男の娘ね!」

「何してるんですか!」


 ティナが魔女の横腹を靴裏で蹴飛ばし、スカートの中から突き飛ばした。

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