第9話 あんなに情熱的に、ティナの大事なところに踏み込んで!
ガタゴトと揺れる四人乗りの馬車が、街へと続く荒れた道を目的地へと急いでいた。
森を切り開いて造られた道だ。
広くもなく、主要な街道というわけでもない。石畳の舗装など望むべくもなく、ただ先人の轍のおかげで馬車がなんとか進むことができる程度の道だ。
その揺れること必須の道を、御者の他三人と使い魔一匹を乗せた馬車がいく。
「それにしても、からかわないでください、魔女様。正式なご招待に来たのに、お持ち帰りなどと」
馬車の中、進行方向に背を向けるかたちで座っていたシザーリオが、窮屈そうに身をかがめながら言った。
狭く揺れる馬車の中。ティナとブラッディレイクの魔女と若い騎士が、膝をつき付け合わせながら座っている。
「あんなに情熱的に、ティナの大事なところに踏み込んで! 結局お預けとは!」
この時ばかりはつば広の帽子を脱いで手元に持っていた魔女が聞く。
シザーリオの正面に魔女が座り、その横でティナがパオパオを胸に抱いて並んでいた。
三人は膝をなるべく折ってはいるが、それでも馬車が揺れた機に誰かの膝が誰かの膝にぶつかっている。
「――ッ!」
魔女の言葉にティナが、顔を真っ赤にした。
その手に抱いていたパオパオを思わずぎゅっと締めつけてしまう。
「この娘ったら、あまりの嬉しさに悶絶してましたわ」
「痛みです! 痛かったから、悶絶してたんです!」
「あら? そんな恥ずかしいことを、この娘ったら、大きな声で」
「ぐ……」
「はは……」
「さて、騎士様。ご招待の先は、この地の領主様のお屋敷とのことですね?」
「はい。子爵様が是非にと、ご来訪をお待ちしております」
シザーリオがやや視線をそらせながら、魔女の質問に答えた。
視線をそらした先。馬車の窓の外では、街道に沿って大きな川が合流するかのように近づいてきていた。
「ご用件はやはりあの魔女の件ですわね?」
「はい。その名を耳にしただけでも、人々は気を失うという恐ろしい魔女の件です」
「まあ、あの子爵様が私に会いたいっていうんだもの。よっぽど危機感を持っているわね」
「お師匠様は、子爵様をご存知なんですか? どんな方ですか? シザーリオ様も子爵様とか、お話しできるんですか?」
「何を言ってるの? この娘ったら。ねぇ、シザーリオ様?」
「はい?」
「そうですね……では、改めて。私はヴァ――いやシザーリオ・トゥェルフスナイト。騎士です。見習いですが」
「トゥェルフスは『十二の』の意味ですね。そのナイト? まあ! ひょっとして、この国の十二騎士とか、そんなお名前?」
「いや、うちは確かに貴族ですが……ナイトは夜の綴りの方です……すいません……」
「それは失礼を……」
「微妙な空気流れてるわよ、ティナ」
「まあ、でも! ボクも同じ綴りですよ! ナイティンゲール――小夜鳴き鳥ですから!」
「それは置いておきなさい、ティナ。騎士様の名を聞いて、何か思い出すことない?」
「はい?」
「ピンとこないのね。まあ、いいわ。街に着いてから、恥をかきなさい」
「ええ!? 何ですか!? 何のことですか!? 教えてくださいよ。あっ――お師匠様!」
「あら、そうね。すいませんが、御者様。馬車を止めていただけます?」
ティナの言葉に、ブラッディレイクの魔女が御者に向かって話しかけ同時に馬車の外を見る。
「どうしましたか?」
「シザーリオ様。誰かが、助けを求めています」
「パオッ!」
ティナが身を乗り出して馬車の外に目をやると、腕の中のパオパオが川に向かって鼻を突き出した。
パオパオの鼻先では、今にも溺れそうになりながら川を流れる少女の姿が見えた。
「助けて……」
「いきます!」
遠くから小さく聞こえたその声に、ティナがパオパオを胸に馬車から飛び出す。
「パオパオ! エレクション! エレククティッド・パオパオ――氷の杖!」
そして一瞬で川に氷の桟橋を作り出すと、溺れる少女の下へ駆けて行った。
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