第8話 踏んづけられれば、悶絶ぐらいいたしますわ! 男の娘ですから!
「ティナ君!? ティナ君! 大丈夫かい!?」
床に転がったティナ。その脇にシザーリオが慌てて身をかがめる。
「魔女様! ティナ君が、白目をむいて、泡を吹いてます!」
「ええ。真っ赤から、真っ青ですわね。忙しい娘ね。この娘も」
ブラッディレイクの魔女がやれやれと髪をかきながらイスから立ち上がる。
ティナは内股に足をすぼめ、両手をその間に挟みながら真っ青になって転がっていった。
「きゅう……」
そのまま痛みに背中を丸めてティナは気を失ってしまう。
「ティナ君!?」
「それにしても、若い男の娘を一瞬で失神させるなんて。やるわね騎士様。まあ、実際は――悶絶ですけど!」
「悶絶!? またそれですか!? 魔女様、これはいったいどういう!?」
「騎士様が、その娘の珍獣を踏んづけたからですわ」
「確かに踏んづけはしましたが……」
シザーリオがティナの隣に目を移す。
そこには主人と仲良く並んで、ゾウの珍獣が床に転がっていた。
なぜかその脇腹にはわざとらしいまでのへこんだ足跡が残っている。
「その珍獣は、ティナの男の娘パオパオ。使い魔として、魔力を使って繋がっています」
「はぁ……」
「だから、その子が受けたダメージは、ティナにも跳ね返ります。ましてや、パオパオは男の娘最強の武器にして……最大の――」
「最大の?」
「最大の急所!」
一度深刻な表情で言い淀んだ魔女が、目をかっと見開いて続けた。
「急所!?」
「ええ、急所ですもの! 踏んづけられれば、悶絶ぐらいいたしますわ! 男の娘ですから!」
喜色満面――なぜか魔女はそんな表情で息を荒げる。
「よく分かりません」
「おや、ご経験がない?」
シザーリオの言葉に、魔女がすっと目を細める。
それは何か相手の隠された何かを見透そうとするかのような視線だった。
「あっ!? いや! 離れているのに、繋がっているとは不思議です!」
シザーリオがとっさに視線を魔女から外しながらこたえる。
「ふふ……まあ、いいでしょう。ティナにご用件でしょ? なんなら、そのままお持ち帰りいただいて結構ですわよ」
「お、お持ち帰り!?」
「私が元いた国の風習です。意中の相手を、二人きりになるために、密室に連れ帰ることですわ」
「なっ!?」
「本来前後不覚の相手を、お持ち帰りするのは言語道断……紳士にあるまじき行為――で・す・が! もうキスも済ませた仲ですし。ティナも喜ぶでしょう! さあっ、お代は結構! ご遠慮なく!」
「当たってません! 当たってませんから、お師匠様!」
ティナが魔女の言葉にガバッと上半身を起き上がらせた。
「あら、ムキになって否定して。これは、かするぐらいはあったと見たわ。ねぇ、騎士様?」
「ティナ君が当たっていないというのなら、おそらく別のところに――」
「ないですから! かすってませんから! 仮に当たったとしても、同性なんですから! ノーカン! ノーカンです!」
シザーリオが何か言いかけたところを、ティナが強引に割って入って叫んだ。
「あら、愛に性別は関係ないわ。む・し・ろ! 私なら、脳内百万リピートするけど!? 男同士なら尚更ね!」
魔女が満面の笑みを浮かべるが、目の奥だけは探るようにシザーリオに視線を向ける。
「あ、いや……それは……」
「知りません!」
ティナが床に座りなおし、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「あはは。まあ、どちらにせよ残念ね。で、ご用件は? 騎士様」
「ええ、魔女様。馬車をご用意いたしました。我が領主が、やはり屋敷にご招待したいと――」
魔女が高笑いに天井を見上げ、シザーリオもティナを背にして立ち上がる。
「……かすってなんか、ないもん……」
二人の視線から隠れたその後ろで、ティナはそっとその赤い唇を指で撫でた。
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