第7話 床でコネコネして遊ぶのは、やめておきなさい。

 パオパオが左右に動き過ぎたせいか、テーブルの端から落ちそうになる。

 だが魔女が一つ視線を向けると、その身は光に包まれゆっくりと床へと降りていった。


「パオ……」


 パオパオは最後まで静かに降り立つと、今度は床の上で居眠りの続きを始めた。

 ティナが今度は足を伸ばし、つま先でパオパオを撫でるように軽く踏んだ。

 素足だ。どうやらこの魔女の家では靴を脱いでくつろぐスタイルらしい。


「ティナ。床でコネコネして遊ぶのは、やめておきなさい」

「はい? ダメですか?」

「ダメっていうか。いけないっていうか。いけないことになっちゃうっていうか。何より踏んづけちゃうわよ、ティナ」

「そんなひどいことしません。ねぇ、パオパオ」

「あら、そう。ん? ティナ、誰か来たようよ? 四人乗り馬車で、御者一人乗客一人ね。この魔女の家にくるなんて。恐れ知らずね」


 魔女がドアの向こうに軽く目を向け、何か見透かしたように口にする。


「玄関にですか? 見てきます」

「いいわよ。もうドアは魔法で開けたから。入ってくるわよ」


 ブラッディレイクの魔女が部屋の向こうに目配せすると、奥の方からドアの開く軋んだ音がした。


「ダメですよ、お師匠様! お客様はちゃんと玄関まで迎えにいかないと!」


 ティナはパオパオから慌てて足を離すと立ち上がり、部屋の出口へと駆け出した。


「お邪魔いたします。ドアが独りでに開いたもので――」

「キャッ!」


 だが出口のところで入ってきた来客と鉢合わせした。

 ティナが頭一つ背の高い相手の胸元に頭をぶつけ、後ろに弾かれように背中から倒れそうになる。


「ティナ君!? 危ない!」


 ぶつかったのはシザーリオだった。

 軽装だが帯剣したシザーリオが慌ててティナの背中に右手を回す。


「はわわ……」

「ぐっ……大丈夫かい?」


 仰け反ったティナの背中にとっさに手を回すシザーリオ。それはまるで情熱的なダンスのワンシーンのように状態で止まる。


「おや、舞踏会のお誘いでしたか? お若い騎士様」

「ち、違います! 魔女様!」

「それにしては、今にも唇を奪わんばかりの距離ですわ」

「――ッ!」


 魔女の言葉にティナが顔を真っ赤にする。

 その赤い顔よりももちろん赤い唇が、相手のそれに触れそうな位置で震えていた。


「ティナ君!? 暴れないでくれ!」


 ティナがその状況に思わず身を捩ると、二人はバランスを崩して後ろによろめいてしまう。

 それが更に二人の唇の距離を近くする。


「あら? 下手に動けば、ブチューですわね」

「ななな……」

「待ってくれ、今足を……」

「パオ……」


 更に真っ赤になるティナの足下で、いつの間にか近くまできていたパオパオが一つ寝返りをうつ。

 もちろんティナたちの方に。

 ムギュ――


「あっ? 何か踏んだ……」


 シザーリオが足下に急に感じた感触に首をかしげると、


「――ッ!」


 ティナが声にならない悲鳴を上げ泡をふいて白目をむいた。

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