第6話 男の娘が! 自分のパオパオをなでなでしてる!

 同日――昼を少し過ぎたところ。


「それで、魔獣は二体だった。そういうことね、ティナ?」


 ブラッディレイクの魔女がティーカップを口元に運びながら聞いた。

 青い湖の湖畔に面する崖に建てられた平屋の建物。簡素で質素だが手入れも行き届いており、まるで印象としては別荘のような佇まいをしている。

 昼下がりの陽光が窓から柔らかに差し込んでいた。

 その窓の向こうで、人々に恐れられている魔女が優雅に紅茶を味わっている。

 魔女は簡素な木製のテーブルに着き、こちらも素朴な木のイスに腰掛けていた。


「まあ、適当に放った探索用でしょうけど。ホント、油断できないわね。まるでイタチね」

「本当にボクの居場所が分からないんですか、あの魔女?」


 部屋はキッチンが併設されたダイニングといったところだ。

 テーブルでくつろぐ魔女の向こうで、昨日と同じくシャツにスカート姿のティナの後ろ姿が見える。

 今はその装いに、端々につぎはぎのあるエプロンをしていた。

 キッチンで食後の洗い物にティナはいそしんでいる。


「師匠の魔法を信じなさい。どんなに近寄っても、ここの場所はあの魔女には分からないわ。せいぜい近くに探索用の魔獣を放つぐらいしかできないわ。まあ、直接配下の者がきたら、分からないけど」

「すごいです、お師匠様」

「ふふん。それ以外も、色々と魔法をかけたからね。存分に苦労するといいわ……ふふふ……」

「お師匠様。かなり悪い顔してますよ」

「こっちも幾つか呪いめいた魔法をやられたもの。思い出して溜飲を下げるぐらいは、多めに見てほしいわね」

「……」


 ティナの洗い物の手が止まる。


「気にしないで、ティナ。そう約束したでしょ?」

「はい……それより、お師匠様。領主様のご招待、断ってよかったんですか?」

「いいわよ。今まで互いに不干渉でやったきたもの。今更お礼だなんて、面倒なだけだわ」

「そうですか?」

「そうよ、それに隊長さんのあの顔。あんな引きつった顔で、領主様のお屋敷にぜひに――と言われましてもね」


 魔女は質素な木のテーブルの上にカップを戻しながら答える。

 テーブルの上にはクッキーがたんまりと載った皿。この紅茶を淹れたと思しきティーポットと、もう一つ空のカップ。そしてお腹を大きく膨らませた、ゾウの使い魔が仰向けに寝そべっていた。

 パオパオはいかにもお腹いっぱいで満足と言わんばかりに、そのお腹を上下させながら居眠りをしていた。


「ティナ。洗い物はその辺にして、あなたもお茶にしなさい」


 魔女がそう告げると、テーブルの上のティーポットとカップがひとりでに浮いた。

 寝息すら立て始めたゾウのパオパオの横で、ポットから紅茶が誰の手も触れられずに淹れられる。


「お師匠様。自分でしますよ!」


 ティナが振り返ると、エプロンを外し慌てたようにテーブルに駆け寄ってくる。


「ふふ」

「もう! お師匠様! 少しは魔女の威厳ってものをですね!」

「魔女なんて、この世界じゃ掃いて捨てるほどいるわよ」

「お師匠様は、大魔女様なんですよ! 皆がその名を呼ぶのもはばかられるお方ですから! 細かいことは、弟子に任せてくださいよ!」

「いいじゃない。ティナの慌てる顔が見たかったのよ」

「あの王国騎士団の隊長さんたちも、お師匠様のことは真っ当に呼んでませんでしたから。ご自身の立場を少しは考えてくださいよ」


 ティナがエプロンをイスの背もたれにかけ、そのイスを引きながら頬を膨らませて腰掛ける。


「プンスカ顔も素敵! はぁ……異世界で魔女やっててよかったわ!」

「イセカイ? またそれですか? イセカイとか、テンセーとか、ゼンセとか。お師匠様の言葉はいつも意味不明です」


 ティナが紅茶の香りをまずは楽しもうとカップに鼻を近づける。

 そして空いた左手で、寝ていたパオパオの頭を撫でてやった。

 パオパオは幸せそうに目を細め、ティナの手のひらの動きにされるがままになる。


「いいのよ、気にしないで。ああ……それにしても素敵! 男の娘が! 男の娘が! 自分のパオパオをなでなでしてる!」

「お師匠様。興奮しすぎです。使い魔を愛でてるだけじゃないですか?」

「珍獣だもの! パオパオだもの! 捗るわ! 発展するわ! 前世で培った私の想像力が、翼を得るわ!」

「やっぱ、意味不明です」


 ティナは軽蔑の眼差しで、師匠を横目に見ながらティーカップに口をつけた。

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