第3話 パオパオッ! エレクション!

「『男の娘』!? 『パオパオ』!?」


 シザーリオがティナの言葉に目を白黒させた。

 ティナがパオパオと呼んだゾウの珍獣は、少女のスカートの前で左右に楽しげに揺れている。


「ここが定位置だと言わんばかりに……元気に揺れているな……」

「家に帰ったかのように、実に嬉しそうに揺ら揺らと……」

「ああ……ごくごく自然に……プランプランとな……」


 兵士たちがシザーリオに続いて呆然とつぶやく。


「……」

「えっと……ティナ君。君はその……男……男の娘で……その『モガれた』というのは、ひょっとして……」


 奥深い森の中、シザーリオの言葉にその場の全ての人間の目が、ティナのスカートの前で揺れるゾウの珍獣に目を奪われる。


「――ッ!」


 ティナが皆の視線にその顔を一瞬で真っ赤にした。


「おや、この娘ったら。一瞬で、真っ赤っかね。可愛い弟子だこと」


 そんな二人の背後――すぐ背中の後ろから、大人の女性の声が不意にした。


「後ろ!? 誰だ!? 気配も物音もなかったぞ!」

「お初にお目にかかります、お若い騎士様。私はその娘の師匠で、魔法使い。人にはブラッディレイクの魔女と呼ばれる者ですわ」


 二人の背後に気づかれず――その場の誰にも悟られずに、そこには一人の魔女が立っていた。


「黒いローブに……つば広の帽子……魔女か……」

「いや、待て……普通の魔女じゃないぞ……」

「下草も枯れ木も落ちているこの森で……無音で我々の背後に現れただと……」


 その突然の登場に兵士たちが一斉にざわめく。


「あのかかとまでに達しようかという長い赤髪……」

「まるでそれ自身が……光を放っているかのような紫の瞳……」

「何より……あんな悪寒を走らせるような気を放つ魔女は……そうはいない……」

「ブラッディレイクの魔女……間違いない……本物だ……」


 その姿に――その名に――何よりその存在そのものを目の当たりにして、シザーリオを始めとした全ての兵がその場で息を飲んだ。


「お師匠様!」

「話は後よ。『空白の魔女』の使い魔ね――修行の成果を見せる時よ、ティナ」


 魔女が後ろを振り向いたティナに、ワシの魔獣を指差し示す。


「はい、お師匠様――パオパオッ! エレクション!」

 

 ティナのその掛け声とともに、パオパオが空中に飛び上がり光に包まれた。


「パオーン!」


 パオパオの姿が魔法の杖に変身する。


「エレクティッド・パオパオ――炎の杖!」


 ティナはその柄を空中で掴むと、両手で前に突き出し構えてみせる。

 今度は金色ではく赤い宝石がその先についており、やはり二つの玉が楽しげに揺れていた。

 ティナの背丈を少し超えるほどの長さの杖だ。

 杖はその赤い宝石から、空中のワシに向かって次々と炎を吹き出す。


「ゾウが魔法の杖に!?」

「エレクション――それは、パオパオがこの場にふさわしい武器として選ばれることですわ」

「武器に?」

「ええ、あの娘は魔女見習い。今は炎の魔法の杖が選ばれたようです。エレクティッド――選ばれしパオパオです。それがElectionの意味! そして! 発音は断じてLであって、決してRではありません!」

「魔女様!? 何を力説なさっているのですか!?」


 次々と炎がワシの魔獣に襲いかかる。

 その一つが当たり、ワシは一度炎に全身を包まれるが倒すには至らなかった。

 魔獣は炎を振り払うと、怒ったようにクチバシを全開にして奇声を発する。

 ティナはすぐに次の炎を繰り出すが、すれすれのところで交わされてしまった。

 ワシの魔獣が逆に猛然とティナに襲いかかる。


「ティナ君! 危ない!」

「しまった……」


 襲いくるワシの魔獣のかぎ爪を、ティナが魔法の杖で叩き返すように防いだ。


「よかった! ティ、ティナ君!?」


 ティナが攻撃を防いだ様子にシザーリオが一瞬安堵の声を上げるが、それがすぐに驚きの声に変わる。

 杖で追い払ったはずのティナが、なぜか両手を内股に挟み、背を丸めて細かく震えながら地面に横たわっていた。


「きゅう……」


 真っ青になって泡まで吹き出したティナは、最後に小さな悲鳴を漏らすと気を失った。

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