エピローグ

 柚月から告白された次の日。時刻は午前10時。俺は遅めの朝食を取っていた。未だに信じられない。まさかあんな柚月から告白されるとは。


「……」

「お兄ちゃーん、愛先輩いつ来てくれる──ってお兄ちゃん? おーい」

「……」

「し、死んで……!」

「ないわ。ちょっと静かにしてくれ」

「ぶーぶー」


 結局あの後すぐに他のクラスメートも帰ってきたので、ろくに話もできずそのまま解散となってしまった。


(柚月が彼女、か)


 心の中でつぶやいた時、俺は激しい違和感を抱いた。何か、とんでもない見落としをしているような……。


 そして、気づいた。気づいてしまった。


 ……俺、返事してなくね?


 柚月には確かに好きと言われた。素直に嬉しかった。対して俺は? 返事の一つもなし。俺が柚月のことをどう思っているか、それはもちろん、好きに決まっている。しかし言葉で伝えていない。つまり相手に言わせるだけ言わせて自分は何も言わず。これって最低では……?


「あああああああああああ……」


 俺は机に突っ伏した。自己嫌悪で死にそうだ。


「うわぁ!? 気持ち悪い声! どうしたのお兄ちゃん」

「あぁ……俺は気持ち悪い男だ……」

「うわぁ……今日は擁護できないくらい気持ち悪いよ……」


 いつも擁護なんかしてねぇだろ、と言いたかったがそんな気力も湧いてこない。


「もう俺はダメだ……若菜、後はお前に全て託したぞ」

「しょうがないにゃあ……今日はそっとしといてあげるよ」


 あぁ、いつもより10割り増しで若菜が優しい。いつもこうなら文句なしなのだが。


 ピーンポーン。チャイムの音が聞こえる。


「セールスかな? めんどくさ〜。お兄ちゃん出てよ」

「おい、さっきまでの優しさどこいった」

「も〜、ワガママだなぁ」


 渋々若菜は玄関に向かった。今は誰とも会いたくない。


「うわぁ〜! 愛先輩だぁ! どうしたんですか今日は!?」

「おはようございます。柏木さ──蓮さんにお話があって来ました」


 うーむ、自己嫌悪で幻聴まで聞こえるようになってしまったらしい。柚月が急に家に来るなんてそんなこと──。


「今お母さんいないけど、どうぞあがってくださいっ!」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 ……いや、幻聴じゃない!? 俺は2秒で寝巻きから普段着へと着替えた。


「お兄ちゃーん、愛先輩来たよー! ってあれ、いつの間に着替えたの?」

「よ、よー。お、おはよー」

「おはようございます」


 うぐ……何となく気まずい。会って話をしたかったのは事実だが、昨日のことを思い出すと目を合わせられない。


「……」


 若菜は俺と柚月の方を交互に見たと思えば、ポンと手を叩いた。


「ソーダ! 私友達の家に行く予定だったー!」

「は!?」

「お兄ちゃん、愛先輩! お母さんは夕方まで帰らないらしいから!」

「ま、待って! お兄ちゃんを見捨てないで──」

「後は2人でごゆっくり〜!」


 超高速で最低限の荷物を持って家を出て行ってしまった。

 シーン、と家の中を静寂が支配する。


「と、とりあえず適当に座って」

「ありがとうございます」


 柚月はソファに座ったため、俺も隣に座る。


「……何か、飲む?」

「おかまいなく」


 会話は終了。違う、こんなことが言いたいんじゃない。俺は勇気を振り絞り口を開いた。


「昨日の事だけど、返事できてなくて、ごめん」

「……? 返事とは?」

「そ、そりゃあ告白の返事だろ。昨日は柚月から言ってもらったから、その返事をしないと──」

「柏木さんは私のことを好きなのでは?」

「い、いや……! そ、そう、ですけれども……」

「えぇ。知っています。あの時、柏木さんも顔が真っ赤でしたから。ですから、お返事を頂かなくても柏木さんの思いは伝わっています」


 どうやら言葉にせずとも伝わっていたらしい。

 でも、それではダメだ。人間は言葉にしなければ、思いを伝えることはできない。


「俺も、柚月の事が好きだ」

「────」

「こ、こういうのは言葉にしないとダメだろ」

「……そうですね。嬉しいです」


 胸につっかえていた違和感が解消された。これで俺は、本当に柚月と恋人同士になれたのだ。


「では柏木さん。いえ、蓮さん」

「お、おう。急に名前呼び……」

「デートに行きましょう」

「急に!?」

「昨日リサーチは既に完了しています。恋人同士は休日に出かけるものだと。そして今日の予定を立てて来ました。まずは11時に映画を見ましょう」

「11時って……もうちょっとゆっくりしてからでも」

「時間厳守です。行きましょう」

「……分かったよ、行きます、行きますとも」


 柚月に強引に手を引っ張られ、家を出る。

 俺の手を引っ張ってくれる彼女は柚月愛ゆづきあい。ちょっと変わっているだけの、ただの女の子だ。

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彼女はAI Ryu @Ryu0517

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