第12話 文化祭とAI = 衝撃

 柚月と観察合戦が繰り広げられている間にも、着々と時間は進んでいく。

 文化祭まで残り2週間となっていた。


「では、今日からクラスの飾りづけを始めていきます。各自持ち場について作業を進めてください」


 そんな中、柚月は人員を適切に配置し、かつ効率的にクラスの内装作りに取り掛かっていた。今日も完璧である。


「そう言えば、衣装の方はどうなってるんだ?」


 内装は柚月が完全に取り仕切っているが、メイド服に関しては一切触れていない。


「それでしたら、古谷さんが担当しています」


 アイツか。古谷とは、男女混合メイドカフェという恐ろしい企画を立案した諸悪の根源である。


「柏木さん、進捗を聞いてきてもらってもいいですか?」

「あぁ、分かった」


 クラスの内装を手伝うより楽そうでいい。俺は柚月に従い、古谷がいるであろう手芸部の部室へと向かった。



 手芸部の部室に来るのは初めてだ。コンコン、ノックをするとすぐに返事が返ってきた。


「はいはい、今出ますよーっと。あ、柏木くん」


 幸いにも古谷が顔を出してくれた。話が早い。


「衣装の方はどうかなって様子を見にきたんだけど……うわ」

「ちょっと、うわとはひどいなー」


 チラッと部屋の中が見えたのだが、それはもう部屋の中がメイド服一色となっていた。短期間でこれを仕上げるとは……古谷の行動力恐るべし。


「まさか……これ一人で……」

「いやいや、まさか。部員のみんなにも手伝ってもらいましたよ。アタシの一声で大集合ですよ」


 人脈が多いようで何より。椅子に座ってぐったりしている人が何人かいるのだが、労働環境が大丈夫ではなさそう。


「本番までには間に合いそうだから……ヨシ」

「あー。でも女子のメイド服は作ったんだけど……男子のがまだなんだよねー。お恥ずかしいことに、いいモデルが近くにいなくてですね……」


 確かに、手芸部には女子しかいないようだ。それに男用のメイド服とか訳が分からなすぎるものをモデル無しにはキツイだろう。


「……そう言えば、柏木くんってちょうどいい感じの体型してるよね……」


 ジロジロと、古谷が俺の周りを徘徊し出す。とてつもなく嫌な予感がする。


「じゃ、俺はこの辺りで──」


 パチン、と古谷が指を鳴らした瞬間、背後に人影が! そして、瞬時に両腕を掴まれてしまった。


「グワーっ! は、離せっ!」


 ガッツリと掴まれているため簡単に抜け出すことができない。それに、掴んでるのは女子だし変なところに触ったら変態、いや大変だ。為す術無し。


 ジリジリと古谷が距離を詰めてくる


「ぬっふっふ。大丈夫。先っちょだけ。天井のシミでも数えてればすぐに終わるし、痛いのは最初だけだから……」

「ナニをするつもりだ!? イヤーっ! 誰かーっ!」

「無駄無駄ぁ……こんな喪女の吹き溜まりみたいなところ誰も来やしないよ……!」

「自分で言ってて悲しくないのか……」


 万事休すか、そう思った時だった。


「柏木さん、何をしているんですか?」


 パァッと、後光が差した。後ろを見ると、そこには柚月が立っていた。


「中々戻ってこないので様子を見に来てみれば、遊んでいたというわけですか」

「いや、この人らがですね……」

「言い訳は無用です。そしてお二方、その手を離してください」


 柚月の迫力に負けてか、あっさりと手を離す両脇の人。

 心なしか柚月の声に怒りが含まれているような。今までに見ない貴重な光景だ。


「戻りますよ柏木くん」

「お、おい。分かったから背中を押すな」


 グイグイと背中を押される。これも初めてだ。


「お、おぉ……ゆづかしのカップリング誕生……じゃなくて! ちょちょちょ、委員長! 柏木くん返却には異議を申し立てますぅ!」

「却下です。柏木くんは私の──

「見たくないんですか!? 柏木くんのメイド姿を!」


 ピタッと、柚月の動きが止まった。そして、肩をガッシリ掴まれる。


「へ?」

「15分だけ時間をあげます。ただし、私も同席します」

「もちろん! それだけあれば十分です!」

「おい!」


 あっさりと裏切られた! この薄情者が!


 その後、俺はあられもない姿を二人に披露してしまうのだった。



「はぁ……ひどい目にあった」


 きっちり15分後。俺は採寸やらメイド服もどきを着せられて着せ替え人形の氏名から解放された。


「大変いいものが見られました」

「メモするんじゃない。あんな黒歴史を記録されてたまるか」

「しかし、本番は大勢の前で着ることになりますが」

「……そうだった」


 黒歴史はまだまだ深掘りされていきそうだ。もうどうにでもなーれ。


 全てを諦めて教室へと戻ろうとした時、前の方から同じクラスの女子がやってきた。何やらうんざりした様子だった。


「あ、委員長」

「どうかしたのですか? この時間はまだ作業しているはずでは」

「それがさー、聞いてよ委員長。男子のヤツら、というか倉橋と室田の二人。アイツら全然手伝ってくれないんだって〜」


 倉橋と室田というのはクラスでそこそこの陽キャだ。俺みたいな隠キャとはほとんど関わりがない。その二人が飾り付を面倒くさがってサボってるといったところか。


「周りの女子も言ってるんだけど、アイツら全然聞いてくれなくてさぁ。ちょっとクラスの雰囲気悪いんだよね」

「分かりました。すぐに向かいます」


 と、言いつつ柚月は少し早足になる程度だ。


「おい……すぐ向かうんじゃないのかよ」

「すみません。ですが廊下を走るわけには」

「……あーもうっ! 俺が先に行くから、なるだけ早めに来てくれよ!」


 廊下は走らないというルールをバカ真面目に守っている柚月をよそに、俺は教室へと走った。



 外から教室の中を覗くと、かなり言い争いがヒートアップしていた。

「ちょっと! 邪魔! 飾りつけやらないんだったら帰れば!?」

「は? うっせ。俺らの勝手だろうが」

「そーだよ。お前ら文化祭ごときで熱くなりすぎだって」

「マジうざい。委員長に言いつけるから」

「おー、言ってみろよ。何も変わんねーけどな」


 うわぁ……入っていきたくねぇ……。絶賛女子達と倉橋室田ペアが言い争っている。しかし、このまま放置しておけば収まりがつかなくなりそうだ。


「大体よー、委員長もクソだよなぁ。勝手に役割決めやがってさ。俺買い出し組が良かったんだけどー」

「そーそー。全然聞く耳持ってくれなかったよな」


 ……は?


「身長が高いからって理由で飾りつけ係だもんな。ちっとは話聞けよ笑」

「あいつ愛想悪いよな。顔とか体はいいけど彼女にしたくないタイプだわ笑」

「あー、めっちゃわかるー!笑」


 気づけば、行動に移していた。力任せに教室のドアを開け放っていた。


 バァン! という衝撃音とともに教室へと入る。そして一直線に二人の元へと向かった。


「うおっ、びびったぁ」

「……なんだよ柏木。なんか文句あんの?」


 あれ。俺は何をしてるんだ? こんなの俺のガラじゃないのに、陽キャに立ち向かうなんて、いつもなら考えられない。


 しかし、柚月の悪口を言われたことを思い出すと、身体中の血液が沸騰してるんじゃないかってくらい、身体が熱くなる。


 あぁ、そうか。俺は今──怒ってるんだ。


「何? お前も俺らにサボんなって言いたいの?」


「……いや、人間だからさ、サボりたくなるのはよく分かるよ。俺だって実行委員とか面倒くさいって思ってたしな」


 もう止めておけ。これ以上は出過ぎた真似だぞ。隠キャ特有のことなかれ主義の考えが頭に浮かぶ。


「だけどな、人間ごときお前らが柚月を悪く言ってんじゃねーよ!!! 愛想が悪い? 顔と体だけはいい?」


 しかし、もう止まらない。どうやら俺の精神的ブレーキは壊れてしまったみたいだ。


「アホか!!! アイツは、柚月愛は全部含めて完璧に決まってるだろーが!!!

 何も知らないくせに知ったようなこと言うなバーカ!!!」


 シーン、と教室が静かになり、その静寂の音で俺も我に返った。


「いや……今のは……です、ねぇ……」

「……うぜ。なんなんお前」

「マジ腹たってきたわ。殴ってもいい?」


 あー。これは殴られても仕方がないな、うん。覚悟を決めたその時だった。


「ウィーっす、たっだいま〜」

「あー、疲れたぬぇ……」

「何だよその語尾。また配信者の影響──ってどしたん? この空気」


 やってきたのは両手にパンパンに膨らんだビニール袋を引っ提げたあっくんとオジキだった。どうやら買い出し組が戻ってきたらしい。


「ちょっとあっくん聞いてよ〜」

「え、なになに?」


 数人の女子があっくんに駆け寄る。いつも俺たちと連んでいるから忘れがちだが、あっくんはバスケ部にも所属しているトップオブ陽キャだ。


 女子達があっくんにおおよその経緯を説明する。


「なるほどな……そりゃお前らが悪いわ。確かにだるいけど、こういう学校行事ってのは協力してなんぼだろ」

「……」


 ……強面のオジキが静かにあっくんの後ろにいるせいで『龍が○く』みたいな絵面になってる……。


「……分かったよ」

「……ちょっと休んでただけだし」


「お? そうか? じゃ、今から作業再開な。ほら、みんな追加の材料買ってきたぞー、働けー」


 そして、クラスはいつも通りの雰囲気に戻った。あっくんマジすげぇ。


 俺は二人に駆け寄ってお礼を言った。


「ありがとな、あっくん。オジキ」

「俺何もしてないけど……」

「いいってことよ。昔からの仲だろ。見たかったなー蓮がキレてるとこ」

「べ、別にキレてなかったけどね? いやほんとに」


 ともかく、何とかこの場を納めることができた。


 慣れないことをしたせいで少し疲れた。廊下に出て外の空気を吸いに行こうと教室を出ると──。


「おっと──あ」

「……」


 入り口のすぐ近くに柚月がいた。まさか、聞かれてない、よな……?


「言い争いは解決したのですか?」

「お、おう。ばっちり」

「そうですか」


 良かった。どうやら聞かれてはいないみたいだ。しかし……。


「……なんか顔赤くないか? 顔、というか耳まで全部赤くね……?」

「気のせいです」


 早足で疲れたのだろうか。確かに走るより競歩の方が体力を使うとテレビで聞いたことがあるような……。


「オーバーヒートってやつか……?」


 また一つ、謎が増えてしまった。ふと、廊下の窓から外を見ると、校舎の壁に横断幕が貼られているのが見えた。


 文化祭は、もうすぐだ。

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