第10話 寄り添うAI = 宣言
ある日、授業も終わりそろそろ帰るかと荷物をまとめている時だった。
「柏木さん、少しよろしいですか?」
「お、おぉ。どうした?」
珍しい。まさか柚月の方から話しかけてくるとは。
「本日ですが、文化祭の実行委員関係者は生徒会室で会議があるみたいなので、柏木さんにもご参加いただきたいのです」
「……そだっけ」
すっかり忘れていた。いや、聞いていなかっただけかもしれないが。今の今まで全く実行委員らしいことをしていなかったので、ようやくの初仕事というわけだ。
「では、生徒会室に──」
「あれ、蓮。どこ行くんだよ?」
「早く行かないと始まっちまうぞ、生放送」
あっくんとオジキに声をかけられるが、何のことか思い出せない。
「生放送……生放送……」
頭の中で単語を繰り返す。はて、何のことだったか……。そしてようやく思い出した。
「あー! 今日シェドバの日か!」
「そうだよ。オジキの家で一緒に見ようぜって前話してたろ」
「今日はマイマイが出るからな、絶対見逃せないぜ!」
シェドバ、というのは現在大流行中の対戦型オンライントレーディングカードゲームだ。スマホやPCでプレイすることができて、俺もかなりハマっている。
「あー、行きたいのは山々なんだが……」
チラッと柚月の方を見る。まぁ俺がいなくとも柚月なら大丈夫だと思っているが……。
「用事があるのでしたら、私一人でも大丈夫です」
「……」
くそっ。またそんな悲しそうな表情を見せやがって。ここまで進化しているとは日本のAI技術も捨てたもんじゃないな全く。
「悪い。俺はパス。実行委員の仕事があるみたいだからな」
「「……」」
あっくんとオジキは柚月と俺の顔を交互に見る。
「な、なんだよ」
「蓮、幸せにな」
「3次元が嫌になったらいつでも言うんだぞ。2次で待ってるからな」
訳のわからないことを言って二人ともさっさと立ち去ってしまった。
「あいつら絶対勘違いしてるだろ……」
「良かったのですか?」
「いいよ。こっちの方が大事だろ」
「そう、ですか」
生放送は見たかったが仕方がない。後日アーカイブ配信とかやるだろうきっと。俺は柚月と一緒に生徒会室へと向かった。
「失礼しまーすってあれ……?」
中に入るが、誰もいない。
「まだ誰もいないみたいだけど」
「30分前ですから、まだ誰も来ていないのでしょう」
「早すぎだろ! もう少し遅くても良かったじゃないか……」
まぁ送れないよりはマシか、と思い直して適当な席に座る。
「……」
「……」
気まずい時間だ。そう言えば最近柚月と二人きりで話すことは無かった気がする。文化祭も近づいてきたし、これからはこういう時間が多くなるのだろうか。
「あの、質問してもいいですか?」
「な、何だよ」
また珍しいことに、柚月から声がかかる。今日は例外が良く起こる。
「……」
「……」
「……」
「……いや、質問は?」
質問がある、と言われた手前こうも黙られてしまうと気が気でない。
「柏木さんは、私といて楽しいですか?」
「へ……?」
急に何を言い出すかと思えば。柚月からの質問は意外なものだった。
「私は、あまり感情が表に出づらいと言われます。表情も、うまく作ることができないんです」
「……」
自覚はあったようだ。それにしても、表情がうまく作れないとか、いかにもAIらしい悩みだと思った。
「なので、こんな私と一緒にいて、柏木さんは不快な思いをされてないか──」
「楽しいかどうかはともかく、退屈はしてない」
「え?」
考えるより先に、口が動いていた。
「……退屈はしてないし、一緒にいて嫌、でもない」
「……そうですか」
柚月は胸に手を当てて、数分間じっとしていた。その間会話は無かったが、嫌な感じはしなかった。
会議自体は非常に退屈なものだった。文化祭とはどういうものか、実行委員の心構えなど先生からも聞かされたような話で眠らないようにするのが大変だったほどに。
「……」
「……」
そして今は二人して一緒に帰っている最中だ。相変わらず会話で盛り上がることもなく、ゆっくりと二人夕日が照らす帰り道を歩いている。
「……そう言えば、若菜も母さんも、お前に会いたがってたぞ」
「そうなのですか?」
「あぁ。毎日のように次はいつ来るんだってうるさいんだ」
「では、予定を立てておきます」
「そうしてやってくれ」
そんな話をしていると、別れ道がやってきた。柚月と帰りが一緒になるのはここまでだ。
「じゃ、また明日」
「柏木さん」
まただ。今日は本当によく例外的なことが起こる。
「私は、あなたが分かりません」
「は……?」
「どうして私と一緒にいてくれるのか、私と一緒にいて楽しいと思ってくれるのか、私には分かりません」
「それは……」
お前がAIだと証明するため、なんて言えず口籠る。
「あなたを見ていると心が揺らぎます」
「は……?」
「あなたといると心拍数が乱れるのです」
「お、おい……」
「あなたの奇怪な発言のせいで正常な状態が保てなくなるのです」
「悪口か? 今のは悪口か?」
「つまり」
柚月は胸に手を置いて、はっきりと言った。
「私は、あなたのことが知りたいのです」
夕日に照らされた彼女の顔は、紅潮しているように見えた。同時に、燃え上がるような熱い決意であることが理解できた。
一言で言えば、見惚れてしまった。数秒後、ハッとして柚月の方を見る。彼女はジッと、こちらを見つめていた。
「……そ」
「そ?」
「それはこっちのセリフだ! 俺だってお前のことを知りたいと思ってるんだからな! 覚えとけよぉ!」
逃げるように、俺はその場を立ち去った。もう自分が何を言ったのか分からない。ただ、言いたいことは言えた、気がする。
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