第9話 買い物するAI = 偶然
やれやれ、実行委員になってしまうとは。学校からの帰り道はいつもより憂鬱だった。
しかし、これはチャンスなのだ。柚月に近づき、ヤツの完璧故の所作、すなわち、AIらしい動きを見つけてやろうではないか。
「ふふふふふ……」
「お兄ちゃん、気持ち悪いよ?」
「どぅわぁ!?」
いつの間にか隣に妹の若菜が立っていた。コイツも瞬間移動の使い手なのかもしれない。
「驚かすんじゃない!」
「いやー、めんごめんご。それで、何で気持ち悪くなってたの?」
「なってないが」
いや、なっていたかも。次からは気をつけなくては。こんな隙だらけでは柚月を怪しんでいることを感づかれてしまう。
「そ、れ、よ、り!」
急に若菜が俺の周りをぐるぐると回り出した。
「ね、ね! 愛先輩と帰りは一緒の方向じゃないの!? 一緒に帰ったりしないの!? 挙式はいつにするの!? 次はいつ来るの!?」
「う、ウザっ……!」
怒涛の質問攻め。ひとつ変な質問が混ざってた気がする。それに先程からポニーテールがペチペチ当たって非常に鬱陶しい。
「妹に対してウザいとはけしからんねぇ〜。ねぇねぇ!」
「あーもう知らん! あの時はたまたま来ただけなの! 次いつ来るかは未定だっ!」
「ちぇ〜、つまんないの〜」
コイツ……すっかり柚月の事を気に入ってやがる。
柚月を家にあげた時も、柚月に対して先程のような怒涛の質問攻めをしていたが、柚月はバカ真面目に全て答えていた。それが嬉しかったらしく、今では愛先輩なんて呼んでやがる。単純なヤツだ。
「はー、次はいつ来るかなぁ」
ふん。柚月がAIだと知らずに呑気な妹だ。
「愛先輩ってクールでかっこいいよね! 私の質問にも動じず、めちゃくちゃ早く答えてくれたし……なんていうか、そう!ロボットみたい! 私知ってるよ! 最近はエーアイって言うんだよね!」
な、なにぃっ!? こ、コイツも勘づいていやがるのか! 柚月がAIだってことを!
「く、くくくっ……さすが俺の妹だ……」
「あはは! お兄ちゃんまた気持ち悪くなってるー!」
妹にキモイキモイ言われながら歩く帰り道はとことん居心地が悪かった。
「それで、愛ちゃんはいつ来るの?」
家に帰るなりこれである。母さんはニッコニコな笑顔を浮かべながら何度目かの質問を投げかけてきた。
「それ何回目だよ……柚月が帰った後からもう10回は聞いたぞ」
「チッチッチ。甘いわね蓮。もう12回よ!」
「うわー心底どうでもいいわー」
このように、妹と母から精神攻撃を食らっている。誰か助けて欲しい。
「そういえば父さんは? 今日も遅いのか?」
「うん。最近忙しいみたい。昨日もあなた達が寝た後に帰ってきたわ。それが聞いてよ2人とも! お父さんね、ノウキ? っていう怪物に命を狙われてるんだって! でもでも、昨日帰ってきてからベッドの上でお父さんが私を抱きしめて、『明日も必ず戻る。信じて待ってろ』って……きゃー! もうお母さん濡れちゃう!」
うん。聞かない方が良かったねこれは。まだまだ仲良しなようで何より。
「ねー晩御飯まだー?」
「あ、そうだった。もうできてるからお皿用意してね」
今日はコロッケみたいだ。俺もお腹が減っている。早速皿を並べ始める。
「あっ!」
「……? どした?」
「あら〜。ソース切らしてたみたい……」
母さんの手元にはほとんど入っていないソースの容器があった。どうやらストックはないらしい。
「蓮。買ってきてくれない?」
「えー。なんで俺なんだよ……若菜、行ってきてくれ」
「いやいや。お兄ちゃんはもう少し運動した方がいいと思うな。だからお兄ちゃん行ってきてよ」
「じゃあじゃんけんでもする? 負けた人がスーパーまでソースを買いに行くってことで」
母さんにしてはいい提案じゃないか。それなら恨みっこなしだ。
「よっしゃ! なら早速! はいじゃーんけーんぽん!」
先手必勝。俺の掛け声に合わせて母さんと若菜は慌てるように手を出した。
当然、結果は──。
「じゃあ蓮。スーパーまでよろしくね〜」
「ぷぷっ……セコイことして負けてる……くくくっ……」
結果は、俺の一人負けでした。くそう、後で覚えてろよ。
スーパーに着いた。普段スーパーの買い物などお菓子かジュースを買うときぐらいなので、ソースがどこにあるのか分からない。
「えーっと、いつものソースは……」
ようやくソースの棚を見つけたが、いつもウチで使っているものが見当たらない。指でなぞるように商品を追っていくと、誰かの手に当たってしまった。
「あっ、すいませ──」
「いえ、こちらこそ──あ」
「……」
「……」
見間違えるはずもない。手の当たった人物。それは柚月愛だった。
なぜここにいるのか、という疑問もあるのだが、柚月の制服以外の姿、つまり私服姿を初めて見てフリーズしてしまう。白のニットにショートパンツ。落ち着いた色合いで柚月によく似合っている。
「お、おま、おま……! なんでここにいるんだ!?」
「私は買い出しの最中です。このスーパーはこの時間タイムセールをやっているので」
とんでもないところで鉢合わせてしまった。まさかソースを買いに来ただけで柚月に遭遇するとは。こっちは慌てふためいているのに対して柚月は驚きの表情を微塵も見せない。さすがだ。
「柏木さんはソースを買いに来たのですか?」
「あ、あぁ。でも、いつものヤツが見つからなくてな」
「どのような形状ですか?」
「え? あー、確か赤いフタでこう丸っこい──」
「それならこちらですね」
……それですやん。俺がいうのもなんだが、あんな不確かな情報からこんな瞬時に一発で当ててくるとは……! 恐るべし、AI……!
「違いましたか?」
「い、いや! あ、ありがとう」
「あら? 愛ちゃんどうかしたの?」
柚月からソースを受け取ったとき、背後から優しそうな声がした。振り返るとそこにいたのは、おっとりとした雰囲気の女性だった。
「お母さん」
「お母さん!?」
柚月とお母さんと言われた女性を2、3往復見比べる。確かに、どことなく顔立ちが似ているような気がする。それに、お母さんの方はめちゃくちゃ若く見える。ウチの母親といい勝負ではないだろうか。
「初めまして、愛がいつもお世話になっております。愛の母親の
「その方は柏木蓮さん。学校のクラスメート……いえ、今は私にとって、クラスメート以上に大切な方です」
「え!?」
「まぁまぁまぁ! それって恋──」
「今は文化祭の実行委員なので、柏木さんの協力は必要不可欠ですから」
「「あ、そういう……」」
俺と柚月の母さんとの声が重なる。
しかし、言い方は悪いが母親はめちゃくちゃ人間っぽい。
こうなってくると柚月愛=AI説が立証できなくなるのだが……いや、開発の責任者という可能性もまだ……
ピーンポーンパーンポーン。タイムセールをお知らせします。
「タイムセールが始まってしまいました。お母さん、私が行ってきますので、ここで待っていてください」
「うん。いってらっしゃーい」
行ってしまった。柚月の母親と二人きり、かなり気まずい。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで──」
「あ、待って待って。柏木くん、だっけ。少し聞いてもいいかしら?」
「え、えぇ」
「学校での愛ちゃんは、うまくやってる?」
「……? えぇ、そりゃもう。完璧も完璧ですよ。勉強も運動も、常にトップクラスですし」
「そう……。そうなんだけどね、私としては、もっとお友達とか作って欲しいなって思ったりして。だから、あなたみたいな人初めてで、私嬉しくて」
そう言った柚月の母さんの顔は、本当に嬉しそうに見えた。慈愛に満ちた聖母のようだと思った。
「良かったらこれからも、あの子と仲良くしてあげてね」
「は、はぁ」
「ほら、あの子ったら感情を表に出さないというか、分かりにくいところがあるじゃない? そこが母親として心配で……」
一瞬にして不安そうな表情へと変わる。本当に優しい人なんだと思う。
「……大丈夫ですよ」
「え?」
「確かに、まだ俺も柚月が何を考えてるのか理解しきれていません。だけど、だけど必ず理解して見せます。俺はあなたの娘さんをいつも見てますから!」
数秒、沈黙が場を支配する。そして、自分がいかにとんでもないことを言ったのか頭が追いついてきた。
「あっ! いや! 今のはですね!? 見てると言っても変な意味ではないというか、ただ表情の違いを事細かに観察しているだけ、研究対象とでもいいますか……!」
「……ふふっ」
言えば言うほどドツボにハマっている気がした。
「と、とにかく! 柚月とはこれからも仲良くしますから! そ、それではっ!」
俺は逃げるようにその場を去った。
「ばいば〜い。今度はウチに遊びにきてね〜」
「お母さん。お待たせしました」
「あら、愛ちゃん。ありがとー。……愛ちゃん耳が赤いけど、どうかしたの?」
「……別に」
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