第8話 学級委員長のAI = 模範的

 柚月が家に来た後から数日が経った。あれから特に進展はなし。今日も何も代わり映えしない、いつもの日常だった。ただ、いつもと違うところがあったとすれば──。


「おはようございます」

「……おはよう」


 柚月の方を直視しづらくなった事だ。特殊な電波でも出しているのか全く。


 それ以外はいつも通り。今だって何の面白みもないいつもの歴史の授業だ。柚月をチラチラと見ていたが、相変わらずボロの一つも見せやしない。今日も今日とて完璧でいらっしゃる。


 授業の鐘がなる。今日はここまで、と歴史の先生が教室を後にした瞬間、教室内は一気に活気に満ち溢れた。対して俺はというと──。


「くぁ……眠い」

「ふわぁ……よく寝たぜ」


 こっちは睡魔と戦っていたというのに、あっくんはお構いなしに爆睡だった。


「何だよ、蓮。寝不足か?」

「まぁそんなところだ」


 昨日の夜、AIについて調べるためにネットの海を彷徨っていたのだが、これが難しい事この上ない。


 概要だけで留めておくべきだった。一歩踏み込めばそこは英語やら数式やらのオンパレード。それでも理解しようと文献を漁ったため、脳が疲れ果ててしまった。


「寝不足か。分かるぞレンレン。昨日の耐久配信はキツかったけど、それでも俺は視聴しきったぜ。一緒にその瞬間を乗り越えた感動がダンチよ。おかげで今日は20分しか寝てないぜ」

「お前は何を言ってるんだ? 一回保健室で寝てきた方がいいぞマジで」


 オジキの目が充血しておりいつにも増して恐ろしい。怖いので大人しく保健室で休んできてほしい。


「次なんだっけ?」

「あー、あれじゃね。文化祭の出し物決めるとか言ってなかったっけ」


 確かに、先生が今日そんなことを言っていたような気がする。


 少しすると休憩終わりの鐘が鳴り、担任の先生がやってきた。


「おーし、文化祭も迫ってきたから、クラスの出し物を決めるぞ。じゃあ委員長、後は任せた」

「はい」


 先生は学級委員長である柚月にバトンタッチした。先生曰く、お前らの意見を最大限尊重するためにーとか抜かしているが、俺にはサボってるようにしか見えない。


「では、出し物を決めましょう。今から15分間、立案の時間とします。周りと相談しても構いません。何か案がある人、挙手をお願いします」


 うーむ、先生より先生してる気がするのは俺だけだろうか。


 はい! はい! と次々手は上がり、皆言いたい放題だ。柚月はどんなアホな意見でも律儀に板書している。


「時間です。では、案をまとめましょう」


 柚月は意味合いが被っているものをまとめ、ざっくばらんな案を速攻で3つにまとめてみせた。人の意見をまとめる事すら容易いらしい。人間離れした偉業として、超越ポイント1点を加算しておこう。


 ・お化け屋敷

 ・屋台

 ・メイド喫茶


 まぁ定番どころに落ち着いたのでは無いだろうか。この中から多数決で決めていくようだ。


 ……それにしても、眠い。先程の歴史の授業であっくんと仲良く眠っていた方が良かったかも、と後悔する。


「……さん」


 窓の外の景色を眺める。木々が音を立てて揺れているところを見ると、ますます眠気が……


「柏木さん」


「はぇ?」


 名前を呼ばれる。呼んだのは壇上に立っていた柚月だった。そして、みんなの視線が俺に集まっている。……ナニゴト?


「挙手をしていなかったのは後は柏木さんだけです」

「え、あ、あぁ。悪い」


 今はどの案が多数なんだ? と顔を黒板に向ける。


 ・お化け屋敷 13

 ・屋台    13

 ・メイド喫茶 13


「いや、こんなことあるぅ!?」


 クラスにいる人間40人のうち、全て仕組まれたかのように均等に票が分かれてしまっているではありませんか!


「柏木さん、どれにしますか?」

「どれにしますかって……」


 つまり、俺の投票次第でこのクラスの出し物が決まるということだ。急に責任がのし掛かって来やがった。


「……」


 頭をフル回転させる。


 お化け屋敷は……内装やら衣装やらで準備の段階で面倒くさそうだ。それに、シフト制でお化け役を回される確率も高い。ナシだな。


 次に屋台。まぁ、焼きそばとかたこ焼きとかだろう。楽そうではあるが、人前で料理、か。……ナシかな。


 そしてメイド喫茶。うーむ、ぶっちゃけこれが一番楽なのでは? と思う。メイドになるのは女子だけだろうから接客はしなくて良い。裏方か受付、どちらかに回ればいいだけだ。そして、女子のメイド姿も見れる。


 ふと、柚月と目があう。柚月のメイド姿か……きっと似合──いや、何を考えてるんだ俺は。


 決まったぞ。俺は──。


「俺は……メイド喫茶に、揺るぎない1票を入れるっ!」


 ふっ。決まった。先程の理由もあるが、メイド喫茶はおそらく陽キャからの立案だろう。女子のメイド姿を拝めて、陽キャからの好感度も上がる。完璧な作戦だ。


「やりぃ! 柏木分かってんじゃん!」

「楽しみだねっ!」


 あれ、何だか女子の方が盛り上がってないか?


「はぁ……こうなっちまったか」

「ま……仕方なくね? あそこまではっきり言われちゃあな。柏木、実はやりたかったのか……」


 反対に男子の方が落胆しているような……これは一体……。


「では、多数決の結果、男女混合メイドカフェに決定しました」


「ちょちょちょ、ちょっと待てぇーい!」


 俺はメイドカフェに決定の赤丸をつけようとする柚月を全力で制した。


「何か?」


「何か? じゃない! え、ちょっと待って。先程の言葉を復唱願います学級委員長」


「メイドカフェに決定しました、と」

「あれ、聞き間違いか……なら良かっ──」

「では、男女混合メイドカフェに決定ということで──」

「おい! わざと伏せただろ! 男女混合ってどゆこと!?」


 まさか、男子にまでメイド服を着せようというのか。そんな地獄耐えられない。


「えー、でも男子だけ楽されるのはちょっとねー」

「そーそー! みんな平等にしなきゃね!ナイスアイディアだったよ古谷さん!」

「ふへ……そんなことないってぇ」


 あれは……古谷! 隠れオタクの古谷だ!

 大人しい性格のメガネをした女子。休憩時間は真面目そうに本を読んでいるが、その本の中身はゴリゴリのBL小説。まさか女装男子もヤツのストライクゾーンだったとは!


「ふひひ……やったやった、メイド男子だ……貴重な作画資料だわ……!」


 ちなみに隠れオタク、と言われているが周りからはバレバレなので、隠れでも何でもない。ただのオタクである。


「では、決定ということで」


「ぐ……再投票は……」


「1人1回ですので」


 多数決に忠実に従い、柚月は容赦無くメイド喫茶に赤丸をつけた。

 AIめ……覚えてろよ。


 結局、クラスの出し物は男女混合メイド喫茶に決定してしまった。頼みの綱である先生は──。


「まぁ、いんじゃね?」


 これである。コイツ本当に教師か?


 ひとまず学級委員長の仕事は終わったため、先生と交代する。文化祭の説明やら注意事項やら聞かされるウチにあっという間に終業時間となった。


「よし。じゃあ今日はこれまで──あ、しまった」


 教室から出ようとした先生が立ち止まる。


「文化祭の実行委員、誰にするか決めてなかったな。基本的に文化祭期間だけ柚月の学級委員長の仕事をサポートしてもらうんだが……よし」


 先生と目が合う。嫌な予感がする。


「柏木。柚月の隣だしお前に任せるわ」

「適当すぎません?」

「頼んだぞー。それじゃ解散」


 本当に丸投げしやがった。今度教育委員会とかに報告した方がいいんじゃないかあの教師。


 チラッと隣を見る。偶然、柚月と目があった。


「よろしくお願いします。柏木さん」

「……おう」


 気恥ずかしくて目を逸らす。柚月と一緒の時間が増える。これは柚月がAIであるという証拠がついに見つけられるかもしれないからであって、別に浮かれている訳では無い。訳では無いのだ。

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