第7話 帰り道のAI = 意識

 今度こそ、本当に帰ろうと玄関まで行く柚月。俺はというと、もうツッコミ疲れてヘトヘトだった。


「愛ちゃーん! また遊びに来てね! あ、いない方が好都合だったかしら?」

「……」

「お母さん、その辺にしてあげなよ。お兄ちゃん、梅干しみたいなしわくちゃ顔になってるよ」

「ふふ、楽しくってついね。じゃあまたね愛ちゃん」

「はい、今日はありがとうございました」

「蓮。しっかり送っていくのよ。あ、そのまま帰らなくても母さん的にはオールオ──」


 バタン。


 家の扉を閉めて強制的に黙らせる。


「……今日はすまん。まさか家にまであげることになるとは」

「いえ、私も楽しかったです。それに、家に上がったのは私の意思です。どうかお気になさらず」


 確かに、プリンと聞いて即飛びついたのはコイツだった。好物はプリン。これはメモしておこう。


「それでは、私はこれで」

「待て待て、近くまで送っていくよ。母さんにも言われたしな」

「……ありがとうございます」


 そうして、ゆっくりと2人で薄暗くなった道を歩く。先ほどまであれだけ騒がしかったのがまるで嘘のようだった。静かであることに落ち着かない。


「ウチの家族、うるさかったろ」

「いえ。仲が良いのですね」

「まー、良い方だとは思ってる」


 実際家族で遊びに行くことも少なくない。俺は基本的に断っているのだが、あの母親に引っ張られることが多々ある。


 と、その時前から車がやってきた。この道路にしては少し速度が速い。俺は反射的に車道側に移動し、柚月の肩を持って歩道側へと寄せた。


「……よし」

「……? なぜ今位置を変えたのですか?」

「ん? うわっ! す、すまん」


 肩に乗せていた柚月の手をバッ即座に離す。完全に無意識だった。いつも母さんや若菜に車道側を歩かせるなと言われていたせいだ。


「……また心拍数が」

「え?」

「いえ、問題ありません」


 また胸に手を当てていたが……いかん、視線を元に戻す。


「あ、あー……そういえば、時間」


 苦し紛れの話題転換。確か柚月は19時10分だったか20分だったか、それぐらいには帰りたいと言っていた。スマホを見て時計を確認する。


「今のペースで家に着けばちょうど19時10分に着きます。問題ありません」


 ……まさか、計算して家に上がったのでは……? 流石は天才的頭脳を持ったAI。侮っていたぜ。


 また沈黙。何か探りを入れてみても良いかもな、そう思って質問を投げかけることにした。


「柚月の家、この辺りなのか?」

「はい。あの信号を渡って2分ほど直進すると、交差点に差し掛かります。その交差点を右に行って2つ目の信号を左に。その後5分ほど直進すれば住宅街に入ります。その住宅街を4分ほど行くと黄色い屋根の──」

「も、もういい! 分かった!」


 カーナビかコイツは……。


「どうしてそのようなことを?」

「……何となく」

「何となく、ですか」


 どんな家なんだろうとふと気になっただけだ。AIの住処、どんなところに住んでいるのか気になるではないか。研究室でも近くにあるのかも知れない。妄想が捗るというものだ。


「来たいのですか? 私の家に」

「ぶっ!? べ、別にそんなんじゃないやい!」

「そうですか。しかし、今日は柏木さんの貴重な時間を頂きました。今度は私が返さなければ帳尻が合わないかと。何か私に──」

「あー、あー、そういうのはいいから。俺は柚月に何かして欲しくて今日誘った分けじゃないからな」

「……ではなぜ」


 それを言われると、答えられない。お前がAIである証拠を突き止めようとしたんだ! なんて言えるわけもなく。


「……そういう気分だったから」

「そういう気分、とは? すみません、曖昧な表現では理解しきれず」


 抽象的な表現はNGですか。これも疑わしき証拠だな。


「そういう気分は、そういう気分だ。こればっかりは、言葉にできそうにない」

「……」


 無言で見つめるのは止めて欲しい。俺が悪いみたいではないか。


 柚月のやつ、俺が誘ったから仕方なく来ただけじゃないのか? 先生とかの頼み事も基本受け入れているし。


 そりゃそうだ。コイツはAI。言われたことは基本受理するのだろう。


 口では楽しいと言ってたが、本心はどうだかまるで分からなくなってきた。何だか俺だけ舞い上がってたみたいに思えてくる。


「あー、悪かったよ。無理に付き合わせて」

「……?」

「今日は俺に誘われたから仕方なく付きあってもらっちゃったけどさ」

「あの」

「無理に付き合う必要ないんだぞ。先生の頼み事とかも含めてさ。嫌だったなら断ってくれれば──」


「嫌では!」


「うおっ!?」


 初めて柚月の大きな声を聞いた。柚月の方を見ると、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「すみません。大声を出してしまって。しかし、柏木さんとの時間は、決して嫌なものではありませんでした。それどころか、むしろ──」


 そこで、柚月が固まった。


「……?」

「……私は、何を言おうとしたのでしょう」


 ズコーッ! と一昔前の表現で転びそうになった。一瞬シャットダウンでもしたんじゃないかコイツ。


「すみません。また改めて言語化を」

「いや、いいから。……嫌じゃないなら、良かった」

「……はい」


 それから少し歩くと大通りに出た。柚月はここまででいいと言ったので、そこでお別れだ。


「では、また明日」

「あぁ、じゃあな」


 今日は大量に収穫があった。あったが、ますます柚月がAIだと断定できない情報ばかりだ。


「……そもそもAIってなんだ?」


 我ながらアホらしい。今更そんなことを疑問に感じるとは。帰って調べようと思いながら家に戻るのだった。

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