第6話 来訪したAI = 歓迎
ようやく家に着いた。俺の家は特に目立ったことなんてない。普通の2階建ての一軒家だ。ここに来るまで無言の時間が長かったため、いつもより家までの距離が長く感じた。
「それで、犬はどこに……」
「ほら、あそこだよ」
家の庭を指さす。白くて大きな塊がそこに転がっているのが見える。背中を向いているため、犬というより大きな綿だ。
「あれは……」
「すまん、言ってなかったけど、子犬じゃない。もうガッツリ育ちきってる。成犬だ」
失念していた。柚月は子犬を見ていたため、本当は子犬を撫でたかったのではないだろうか。
「いえ、構いません。サモエドですか?」
「あぁ。詳しいんだな」
「よく見てるので」
ほう、一目で犬種を言い当てるとは……。やはりコイツ……AI……。
「名前は?」
「ハク」
「ハク……白色だからハク、ですか……。触っても?」
「いいよ。そのために来たんだろ」
「では、失礼して」
名前の由来まで……。これは言い逃れできまい……。
ゆっくりと柚月が近づいていくと、ハクもこちらに気づいたようだ。のそっとこちらを見る。
「家族以外と俺には凶暴だから気をつけてくれよ」
「……? 柏木くんにも凶暴なのですか?」
「何故だかな……」
ハクは俺に対しては態度が冷たい、ということではなく俺を見つけるなり突進してきたり押し潰そうとしてきたりする。母親曰く愛情表現らしいが、どうだか。
もちろん、番犬としては非常に優秀である。家族以外には触られても尻尾は振らないし、怪しい動きをしている人物がいれば容赦無く吠える。
「……」
「……」
1歩、1歩と柚月がハクに近づいていく。ハクは……吠えない。それどころか、自分から歩み寄っている。
「……」
ゆっくりと、近寄ってきたハクに柚月が手を差し出した。
「あ……」
ペロペロと、ハクが柚月の手を舐めた。そしてスリスリと柚月に擦り寄っている。ハクのやつめ、なんてうらやま──じゃなくて!
「ハク……? おーい、ハクさーん、おーい!」
帰ってきた家の者を全く気にすることもなく、尻尾をふりふりしている。なんて事だ。一瞬にして我が家の番犬が懐柔されてしまった。
「……」
「わふ? わんわん」
そこで、俺はとんでもない光景を見た。
「……ふふ。くすぐったい」
わ、笑った……! かなり控えめではあるが、柚月が、あのいつも無表情な柚月が笑っているぞ!
これは凄い! 感動的だ! アルプスの大自然で車椅子の少女が自らの力で立ち上がれた時ぐらい感動的だった。
「……触った感じ、どうよ?」
「そうですね……すごく柔らかいです。毛並みが綺麗で一本一本がとても細いからでしょうか。それに体も大きくて、抱きしめると逆に包み込まれそうな感じがします。手足も逞しいですが、それと同時に可愛らしい。凛々しいお顔をして、目も輝いていらっしゃいますね。体温も人より高い。舐められた手がくすぐったくて温かくて……大変興味深いです」
「めちゃくちゃ喋るやんけ」
珍しく口が回る柚月だった。うーむ、こうしてみると普段はただ無口なだけの少女なのかも……。いや、しかし一瞬でウチの番犬が懐いているところを見ると、犬を従順にする電波でも発していたのかも……。
「今日はありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい、満足しました」
それは良かった。こちらも良いものを見させてもらった。……あくまで、コイツがAIかどうか、見極める判断材料という意味で。
よし、それなら帰っていただこう。モタモタしているとかなり面倒臭いやつが現れかねな──
「ただいまー」
「げっ」
嫌な予感は的中してしまった。玄関先で突っ立ってポニーテールを揺らしている女子中学生。あれは我が妹の
「ん? お兄ちゃん何して──え?」
若菜は俺と柚月を交互に見る。そして、何度か繰り返した後に、顔を赤らめながら家の中へと駆け出した。
「お、おおおお母さーん! お、おに、お兄ちゃんが女の子を、めちゃくちゃ可愛い女の子を連れ込んでるぅぅぅぅ!」
「おい! 誤解を招く言い方をするなぁ!」
全速力で若菜を止めようとするが、時すでに遅し。さらに厄介なヤツまで現れてしまった。
「何よ、若菜。帰ってきたんだったら手を洗いなさい。それと、ポニーテールは扇情的だからオススメはしないわよ?」
「そんなことないでしょ!? それより、お兄ちゃんがー!」
「だから、蓮がどうしたって──あら、あらあらあらら!」
出た。超絶ハイテンションモンスター、俺の母親、
「どうしたのよ蓮! 貴方は一生童貞だと思ってたけど、こんな可愛い子連れ込んで……やる時はやるじゃない!」
「何口走ってんだババァ! 変な勘違いするんじゃねぇ!」
「まぁ、ババアなんていつもは使わないような汚い言葉使っちゃって。母さんまだまだバリバリだぞ☆」
うーむ、母親のウインク&テヘペロは相当キツい。まともに見ているとゲロ吐きそうになってきた。
実際母親には見えない見た目をしているから困る。若菜と同じく背は小さいが、大学生です、と言っても疑われないだろう。授業参観に来やがった時なんかは生徒教師ともに二度見三度身するくらいだ。
「母さん? この方はお姉さんではないのですか?」
「やだ! お上手! 見た目もお人形さんみたいで可愛らしいし……ますます気に入っちゃった! さぁさぁ、中に入って。大したものないけど。あ、プリン買ってきたけど食べる?」
「おーい! 流れるように家にあげるんじゃない!」
柚月はもう帰ると言っていたのだ。これ以上引き留めるのは──。
「プリン。良いのですか?」
「もっちろん!」
「ではお言葉に甘えて」
「あれぇ!?」
こうしてあっさりと対象を家にまであげてしまった。彼女は人間ではないのかも知れいないというのに、全く呑気なものである。
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