第5話 下校中のAI = 急接近

 一通り授業が終わり、かったるい空間から解放される。皆部活に行ったり、我先に帰ったりとさまざまだ。あっくんは既に部活に行った。教室には俺とオジキがいる。


「なぁオジキ。そろそろ機嫌直してくれよ」

「……」


 まだオジキの機嫌はよろしくない。体育の授業の件をまだ引きずっている。


「今度ガチャ回させてやるからさー」

「ふん」

「単発ガチャじゃないぞ? 10連ガチャ回させてやるぞ? どうだ?」

「……」


 お、ちょっと揺らいでいる。これで揺らぐのもどうかと思うが。


「20連なら……」

「いや強欲すぎんだろ。10連だけだ。20連も石ねぇよ」

「ち……まぁいい」


 どうやら許してもらえたようだ。これで許してくれるとは……オジキちょろい。


「この後どっか寄ってく?」

「いや、俺は寄るところがあるから、また今度だ」

「なんだ、アニメイトか?」

「ちっ、ちっげーし……」


 相変わらず嘘が下手くそだ。オジキはそそくさと帰っていった。


 さて、俺はどうするか、と迷っていると柚月が荷物をまとめ、教室を出て行った。今日は先生の頼み事もなく、普通に帰るのだろう。


「……」


 そこでふと、考える。

 俺は学校での柚月しか見れていないのではないか、と。


「……追ってみるか」


 俺は柚月の後をついていくことにした。



 と、行動に移したはいいものの、罪悪感と正義感のせめぎあいが自分の中で繰り広げられていた。


(これって完璧にストーカーだよな……いやいや、俺は真相を突き止めたいだけであって、決して邪な気持ちはない! ないのだ!)


 幸いにも帰る方向は一緒のようだ。今のところ不審な動きはない。しかし、意外なところに寄るところを目撃した。


「……ペットショップ?」


 ペットの餌でも買いに来たのだろうか。こっそりと柚月に続くように入店した。


 柚月は……いた。犬のコーナーにいた。ジッと、無表情で子犬を眺めている。普通なら表情がやんわりすると思うのだが、柚月は全く動じている様子が無かった。


(うーむ、犬が好きなのか……?)


 AIが犬を好きになる、なんてことあるのだろうか。いや、柚月の表情を見るに、犬が好きだとは思えない。何の目的でここに……。


 まさか……実験動物にでもするつもりか……? なんて奴なんだ柚月愛……。

 と妄想に浸っていると、姿を見失ってしまった。


(しまった……どこに……)


 辺りを見回していると──。


「柏木さん、何してるんですか?」

「うおおおおおおおおおお!?」


 いつの間に背後に!? 瞬間移動でも会得したのかコイツは!?


「お、驚かすな! というかいつの間に背後にいたんだよ!?」

「……? いつの間に、とは?」


 ギクぅ! このままでは尾行がバレてしまう。最悪訴えられても文句は言えない。


「お、俺が先にお前を見つけて、話しかけるかどうか迷ってたところだったの!」

「……? そうですか」


 くそっ……! なんだこの言い訳は。自分でも腹が立ってきた。

 しかし、これはいい機会だ。見つかってしまったものは仕方がない。ここは攻めなくては。


「犬……好きなのか?」

「はい」


 はい、という割には楽しそうに見えない。


「動画で見たことはありますが、実際に触れたことはありません。どんな感触か気になります」

「……触らせて貰えばいいのでは?」


 触れ合いOK! お声がけください! とデカデカと書いてある。


「あれは飼うつもりの人がするのであって、興味本位でするものではないかと」

「……なるほど」


 こいつ、面倒臭いな。しかし、言いたいことは分からんでもない。俺だって店員さんに話しかけるのは躊躇うし。


「……」


 ジッと、見つめている。その表情が、少し寂しそうに見えた。そんな訳ないはずなのに、そう見えてしまった。


「……ウチの犬なら、別に触ってもいいぞ」

「……!」


 バッ! と首を急稼働させてこちらを向いてきた。思わずビクゥ! と驚いてしまった。


「いいのですか?」

「い、いいけど凶暴だからな! 噛まれても責任取らないからな!?」

「はい。契約書にサインもします」

「そこまではいらんが……」


 まぁ、ここまでコイツの興味を引けたのは大きな収穫だろう。店を出て、我が家に向かう。


 ……待てよ、という事は家に女の子が来るということではなかろうか。


「……」


 ゆっくりと柚月を見る。長いまつ毛に綺麗な髪。化粧も必要ないのではないかと思うくらいに透き通るような肌に男にはないふくよかな──。


(くそっ! 妙に意識しちまってやがる! しっかりしろ俺!)


 コイツはAI。コイツはAI。柚月愛ゆえにAI。そう頭の中で繰り返しながら家まで歩き出す。


「あの」

「何だよ、愛」

「え?」

「え?」


 ……自分の言った言葉を思い返す。そして、とんでもない事を口走ってしまったと後悔した。名前呼びとか、それはもう恋人だろう。


「なぜ、急に名前呼びになったのですか?」

「……ちっげーし。言い間違えただけだし。ちっげーから」

「ちっげー、ですか」

「あぁ」


 くそったれぇ……! こちとら顔真っ赤にして狼狽えているというのに、コイツときたら表情一つ動かない。その代わりに何やら胸やらおでこやらに手を当てているようだが。


「……心拍数、それに体温が」

「え?」

「いえ、何でもありません。急ぎましょう。私、19時17分には家に帰らなければいけないので」

「……」


 やっぱこいつAIだわ。きっとそうだ。そう思いながら家に帰るのだった。

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