第3話 授業中のAI = 数学
学校について、自分の席に座る。窓際の一番後ろ、この最高の席を引き当てた自分を盛大に褒めたい。
「おーっす」
「おはよ、レンレン」
「あぁ、おはよう」
少しするとすぐにあっくん、オジキがやってきていつもの面子が揃う。1日が始まった感じがする。
「今日1限数学だっけ? だりぃー」
「あっくんは基本寝てるからいいだろ。お、俺なんか一番前だから寝れないし……配信も見れないし……レンレンはいいよな、生放送見放題じゃん」
「いや、見ないが」
「そうそう。蓮は柚月さんにゾッコンだからな」
「ぶっ……」
思わず吹き出してしまう。
「きゅ、急に妙なことを言うな!」
「妙なことって……昨日ずっと見てただろうが」
「ぐっ……」
気づいたのは当の本人だけではないらしい。もう少し観察能力を高めなくては。
「ふ、ふんっ。俺が柚月を観察するのは理由があるからな」
「惚れたからだろ?」
「違う。お前らでは想像もつかんような壮大な理由だ」
「まーた始まったよ」
「レンレンは少し中二病みたいなところがあるからな、仕方がない……」
哀れみの視線を向けられるが、そんなことではへこたれない。
「そろそろか……」
俺は時計を見て時間を確認する。時計の長針が9の上に差し掛かった瞬間、教室の扉は開かれた。
「あ、委員長おはよう」
「おはよー」
「おはようございます」
柚月愛が教室へと入ってくる。学校に来る時間は決まってこの時間だ。そして、数人の生徒と挨拶を交わし、自席、つまり俺の隣の席へと座る。
ここまで予定通り。しかし、ここで想定外の出来事が起きた。
「……おはようございます」
「うぇ!? お、おう、おはよう」
挨拶をされた、だと……!?
ば、バカな……!? いつもと行動が違う……!?
い、いや落ち着け。相手は最先端技術だぞ。臨機応変など造作もないはず。いつも決まって寸分違わず同じ行動を取るわけないだろうが。
あれ……そうなると証明するの不可能じゃね? という考えが脳裏に浮かぶ。
いや……諦めるのはまだ早い……!
会話だ……! 会話して違和感を引き出す……! これしかない……!
「あー、その、何だ。昨日は悪かった。急に逃げ出したりして」
「いえ。昨日は資料運び、ありがとうございました」
「お、おう……」
また会話が途切れてしまう。どうやって会話の幅を広げたらいいものか、なんて考えているとすぐに先生がやってきてしまった。
朝のホームルームもいつも通り、意味のあるのかないのか分からない連絡事項を聞かされて授業に移る。
今日もまた観察だけの日々か……とガックリしていると、事件は起きた。
「……あれ」
1限は数学。鞄から教科書を取り出……せない。というか、教科書が、無い。
「……っべぇ」
こういう時、普通ならどうするだろうか。別のクラスに行って、教科書を借りたりするのだろうか。
それもできただろうな、授業が始まる前ならば……!
「じゃ、昨日の続きから始めるぞー」
はい、無理。そんな時間はもう残されていなかった。あとは先生から当たらないように祈るだけか……。
全てを諦めていた時、制服の袖をクイッと引っ張られる感覚があった。
「ん?」
「あの、すごい汗ですが……大丈夫ですか? 保健室に行きますか?」
「え、あぁ……いや、何でもないんだ」
気づけば大量の汗が吹き出していた。お恥ずかしい限りだ。
「……? 柏木くん、教科書を忘れたのですか?」
「……不本意ながら」
バレてしまったか。といっても、机の上がスカスカなのでバレるのも当然なのだが。
「私ので良ければ貸しましょうか」
「いや……流石にそれは……柚月が困るじゃねーか」
柚月の頭脳を持ってすれば教科書なんて無くとも授業は余裕で乗り切れるだろうが、人に迷惑をかけてまで自分が助かろうなどとは思っていない。
「いえ、私は2冊あるので。ご心配なく」
「……は?」
柚月の言葉が理解できなかった。今、何と言った……?
「……2冊、ある?」
「はい」
「教科書が、2冊?」
「はい。予備ですが、どうぞ」
「……」
その後、授業の内容が一切入ってこなかった。
「あ、これ、ありがと……」
「はい」
柚月に教科書を返した。柚月の机の上をもう一度確認する。確かに同じ教科書が2冊あった。
「あー、ダルかったなー。数学の次なんだっけ? ……どうした蓮」
「レンレン……? おーい」
あっくんとオジキに話しかけられ、ようやくハッとする。
いやいやいやいや! おかしいだろぉ!?
普通教科書って2冊持つ!? あんなパピコ感覚で教科書渡せることってあるぅ!?
間違いない……! これはヤツがAIであることの何よりの証拠だ!
早速こいつらにも相談して然るべき所に……!
そこまで考えて、俺は思い直す。
俺、柚月に助けられたんだよな。そう思うと、密告をするのは少し気が引けた。今の状況はまさに恩を仇で返す、その言葉がぴったりな状況な気がする。
「……今回は、見逃してやろうじゃないか……」
「また何か言ってるよこいつ」
「怖いよな〜」
また2人に煽られてしまった。しかし、挫けるわけにはいかない。彼女がAIだと証明するまでは。
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