第14話 見上げるその先に ACT4

律ねぇから渡されたメモの住所をスマホに入力した。目指すピンが地図上に表示され経路を見ると「あれ?」と思った。

なぁんだ、駅からそんなに離れてなかったんだ。


今まで三浦恵美がいた河川敷の公園まで駅から結構な距離を歩いていた。

なんでこんな遠回りをしていたんだろうかと、不思議になる様な道筋だ。いい加減何度も来ているんだから、近道くらい探すことはできたはずなのに、律儀というのか、迷いさまよったこの町の中を歩いた道を同じように歩き、彼女がいるだろうと期待を寄せながら向かうあの河川敷。


その河川敷のすぐ近くに『カフェ、カヌレ』はあった。そして、そこは告って振られた三浦恵美の家でもある。


大通りから外れた住宅街の河川敷よりにその店はある。

ロッジ風の外見に大きなガラス窓。入り口の傍にあるもみの木が近づくにつれ、その存在を大きくさせた。

分厚そうなウッドドア。この店の風貌はおぼろげながらも、幼い記憶としてよみがえる。

確かに僕はここに来たことがある。


そしてまた脳裏に浮かぶあの幼い少女の面影。それが三浦恵美であったことに今更ながら後悔の念がわき出る。

なんでだよう! 思い出していたら、告っていなかったのに!!

ああ、気が重い。あのドアを開けるのがとてつもなく気が重い。


「はぁー」と、分厚そうなドアの前でため息をつく。するとカランカランと軽い音が耳に入った。

「やっぱり、変なのがいる」

「はぁ? 変なのって……もしかして僕のこと?」

「あなたのほかに誰かいる?」


ドアを開けたのはなんとその三浦恵美。今、一番顔を合わせたくない人、どんな作り笑いをすればいいのかさえも思いつない。いやいや作り笑いなんて、わざとらしいことなんかしなくても……。


「パパ待ってるわよ。ほら、早く入って」

「あ、う、うん」

せかされるまま、僕は店内に入る。


外見よりも広く感じる店内。何より、中に入って一番に目を引いたのは、ガラス冷蔵ショウケースの中できっちりと並べられた、まるで宝石をちりばめたかのような鮮やかな菓子たちだった。

ちらっと眼に入れただけでも、その繊細な菓子たちの存在は大きなものだった。


アンティーク調の黒いテーブルとイス。4人掛けの座席が二つに、3席のカウンター。そのカウンターに鎮座する椅子は見るからに高級そうな風合いを感じる。

よほどの常連じゃないと、あのカウンターにひょいと座ることはできないだろう。


そして大きな窓ガラスに接した4人掛けのテーブルの方に、目が行った。


「あの日、二人はその席に座っていたんだ」


その声の方に目を向けると、あのクマのような大きな体をした三浦さんの姿があった。

「よく来たな。結城」

差し伸べられた手を握った。大きくてごつごつとしたそれでいて、とても柔らかい手。

彼のこの手から、あの繊細な菓子たちが生まれてくるんだ。何か不思議な感じがした。


「いろいろとありがとうございました。これからお世話になります」

手をはなし、頭を下げ今まで尽力を尽くしてくれた礼と、これから世話になることを改めて述べた。


「何言ってんだ、そんな肩ぐるしいことなんかいらねぇよ。当たり前のことだ」

ちょっと照れた顔がなんとなくかわいい……。と、言ったら失礼になるかもしれない。


「ま、こちらこそ。—―――これからよろしく頼む。遠慮なんかすんなよな。太芽、お前の父親は遠慮なんて知らねぇ奴だったからな」

にこやかに言うが、彼はまだ悲しみから抜けきることはできないでいることが伝わってくる。


「結城」奥から僕の姿を見つけ、しっかりとミリッツアさんは僕の体を抱きしめた。

温かくどこまでも透き通る肌のように清らかな感情が僕を包み込んだ。そしてまた感じた不思議なこの感じ。律ねぇからも伝わってきた遠い儚い想い。

この二人は同じ想いを持っていたんだと、なんとなく感じる。


でもその事実たる確証は僕にはない。……それはそれでもいいのではないのか。それ以上は思い考える必要はないと僕は思った。


「そうだ結城、お前にぜひ此奴を食べてもらいたいんだ」

そう言って白いプレートに乗った黒くてごつい見た目の、光沢のある菓子をテーブルの上に置いた。


「カヌレだ。この菓子が俺たちを巡り合わせ、導いてくれたんだ」

「うん、そうなの、このカヌレは私達にとっては特別なお菓子なのよ」

この店の店名にまでしているカヌレ。


見た目は、ショウケースに並ぶ華やかな菓子とは違い、黒く武骨な感じを受けた。

だが僕は知らなかった。

これほどまでに繊細な焼き菓子に出会うことになるとは。


そしてこのカヌレが母さんが残してくれた唯一の思いでもあったとは。



今日この時から僕は新たな人生と共に、報われない恋に立ち向かわなければいけないことを。

まだ知る由もなかった。

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