第10話 見事にフラれました ACT 10


いつの間にか眠っていた。

意外と緊張してたんだな。そんな感じはしてなかってけど、ぷっつりと何かが切れたような感じがしていたのは確かだ。


いったい今何時なんだろう。

机の上に置いていたスマホを持ち電源を入れる。


「ん、着信がある」

時間よりも着信マークの方に気が向く。

一体誰からなんだろう。通話アプリを開くと見知らぬ番号から数回着信があった。


なんだ? しらねぇーぞこんな番号。学校からでもねぇし、最も孝義や戸鞠たちからだったら電話じゃなくてSNSアプリの通話機能からかけてくる。

こっちから掛け直すのはやめておいた方がいい。変なところからだったら嫌だ。


無視しよう。


明日、半日学校に行けば夏休みだ。

なんだかなぁ、今年の夏休みも特に予定はないし、ただ時間の消化をするだけの怠惰な休みになりそうだ。

これがさ、今日三浦恵美からOKをもらっていたら、たぶんものすげぇ楽しい夏休みに変貌していたかもしれないのに。


て、まぁあるわけねぇような。

ダメ元。いや、無理なのをわかっていて告ったんだから。断られて当たり前、あの三浦恵美だぞ! こんな俺なんか不釣り合い。

でもさ、見てしまったんだよな。



彼女が声を上げて泣き叫ぶ姿を……。


雨の降る中、濡れながら、自分の何かを取り戻したいという悲痛な叫びのような声を。


あの時の彼女の姿は、今でもこの胸の中に描かれている。

一体彼女はどんな苦しみを背負っているというんだ。学校では絶対に見せない彼女の本当の姿。

多分僕が見た彼女の本当の姿はごく一部かもしれない。でもほっとけなくなった。

遠くから見ているだけでいい。それだけでも十分だった。


そうだよ。壊しちゃいけない僕の理想を、僕自ら壊したんだ。

でなければ、彼女を三浦恵美を救うことはできない。……救って。そんなたいそうなことができるほどの力があるわけじゃないけど、でも、ただ、傍にいてあげたいという想いだけが先走った。


本当はさ、片思いのままでよかったんだ。

何も告って付き合おうなんて、……あれ、変だな。また涙が出てきた。

やっぱり、僕は好きだったんだ。

でももう、終わったんだ。遠くから彼女を眺めていることも、もうできないんだ。


幸か不幸か、明日は終業式だ。ほんの半日学校にいれば、あとはしばらく学校で彼女の姿を見ることもなくなる。

吹っ切れるかなぁ。

――――――そうだよな。振られたんだから。いつまでも引きずっていちゃいけないよな。

なんかほんと女々しい。でも失恋ってこんなにも苦しかったんだ。


その時スマホが鳴った。

また同じ知らない番号からだった。

反射的に通話をタップする。


「もしもし、笹崎結城さんの携帯でお間違いないでしょうか?」

少し冷たい感じ、事務的な感じを受ける女性の声だった。

「はい、そうですけど」

「あ、よかった。ようやくご連絡がついて」

「あのぉ、」


………………………。


なんだろう。今僕は何をしているんだろう。


小部屋のドアを閉め、廊下の長椅子に力なく座り込んだ。

天井から光るライトがリノリウムに反射している。

その光をただ、目に映していた。


カツカツカツと小走りにヒールがその床をはじく音が聞こえてくる。

見上げると、息を切らしながら、あの黒いつややかな長い髪を乱し、僕の前に立ちすくむ律ねぇの姿があった。


「結城」

ゆっくりと顔を上げ、呼ばれた声の方に目を動かす。


「………律ねぇ………か」

「結城」彼女はもう一度僕の名を呼んだ。


「中にいるよ。二人とも。父さんも、母さんも。二人ともいるよ。3か月ぶりかなぁ。父さんに会うのなんて。待っているよ、あってあげなよ」


律ねぇは小刻みに震える手でドアの取っ手をつかみ、その部屋に入った。



悲鳴のような律ねぇの鳴き声が聞こえてきた。



「嘘よね。嘘だよね―――――――!!」


その声は……。

夏の夜の闇に…………響き渡った。

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