08話.[味わって食べた]
十二月に入って十日も過ぎた頃、大田さんとお店に来ていた。
今日は大田さんと私、礼と学という形で行動していることになる。
「美味しい」
「ここを知ってからずっと土井さんと来てみたかったんです、なんとなく女の子=甘いものが好きみたいな考えがありましたので」
「うん、好きだよ、だからありがたいかな」
ちなみにふたりはここにはいないからいまなにをしているのかは分からない。
ただ、礼が珍しく誘っていたから学も受け入れた、ということかな。
誘ってきてなかったらどうだったんだろうね、ここに来ていた可能性もある。
「土井さん、本当に気にしなくていいですからね」
「うん、学自体が一緒にいたいって言ってくれているから」
「はい、私がどうかではなくあなたがそれを受けてどうしたいかですから」
もういいんだ、一緒にいたいのは確かだからこれを続ければいい。
飽きてどこかに行きたいとなったら解放してあげればいいんだ。
少なくともいまは学の意思で来てくれているわけだから安心できる。
なにも縛っているわけではないからね、責められるようなことじゃないと思いたい。
「あと、もっと一緒にいたいです」
「分かった、ただ、渡り廊下とかで過ごすのが癖になっちゃっているからどうなるかは分からないけど」
「それなら私も行っていいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
別に知ってほしいとかそういうことはないけど、彼女とも春頃から過ごしてきたんだから仲間外れみたいにするのは嫌だった。
あと、いまの状態なら学も上手く割り切れるだろうからそこで問題はないのと、恋は無理でも話せたらいいかなって考えている自分がいる。
余計なお世話かもしれないけどね。
「食べ終わりましたしそろそろ出ましょうか」
「そうだね、あ、お会計は私が済ましてくれるから外で待ってて」
「よろしくお願いします」
にしし、これは少しだけ返すのに役立つ機会だ。
通常通りであればそんなの絶対によしとしない子だけどこの形にしてしめば、へへ。
「お待たせ」
「お金払います」
「帰ろっか!」
……彼女の無表情ってどうしてここまで怖いんだろうか。
ま、まあ、このままなかったことにしてしまえば問題はない――お?
「よう、どこに行っていたんだ?」
何故か途中のところで学と礼が立っていた。
どちらも悪い空気を出しているわけではないからなんとか平和に終わってくれたらしい。
学は礼から誘われて受け入れているわけだし、これは当たり前かもしれないけどね。
「大田さんが美味しくて甘い物が食べられるところを教えてくれたんだ」
「そうなのか、あ、大田、冴は借りていくぞ」
「はい、先程までは独占してしまったのでどうぞ」
別になにかがあるというわけではなく家に付いてきただけだった。
だけどいつまでも外にいると冷えすぎるからこれでよかったのかもしれない。
「礼とはどうだったの?」
「カラオケに行ってきたんだ、あくまで普通な感じだったな」
「へえ、誘われたらちゃんと受け入れるんだ?」
「まあな、冴もいないから断っても意味がなかったんだよ」
カラオケかあ、歌声には自信がないけど歌わないというのももったいないな。
とはいえ、多くの歌を歌えるわけではないから数曲歌って聞き専に徹するのが一番か。
大田さんと行ったら可愛い歌声を聴かせてくれそうだし、彼であれば低いけど聴き取りやすい歌声を聴かせてくれそうだった。
礼は……女の子みたいな声で歌いそう。
「どうぞ」
「え、今日は別に食わせてもらうつもりはなかったんだけど」
「いいんだよ、食べる気があるなら一緒に食べてくれると嬉しいんですけど?」
「はは、そういうことなら食わせてもらうかな」
なんか私の中でもこれが当たり前になってきてしまった。
こんなことを壮君以外の男の子にしていることが信じられないぐらいだ。
ただ、ここまで変わってしまったことを考えると、去られたときのダメージが大きくなりそうで新たな問題が発生、みたいな感じ。
それにそろそろクリスマスなわけだけどどうなるんだろう。
去年は来てくれた壮君と一緒に過ごせたことで寂しさを感じることはなかった。
買って済ませるだけではなく色々と作ってみたりもして楽しかったぐらいだ。
「学、クリスマスってどうするの?」
「冴さえよければここで過ごすぞ」
「え、そんなのでいいの?」
「当たり前だろ、それに大田は先輩と過ごすって言っていたからな」
「嘘っ!? へ、へえ、そこまで進んでいるんだ」
あれか、あの子は意識していないけど礼が、ってところか。
あれだけ近づいているぐらいだから違和感はない、ないけど大変そうだ。
四月から関わっていても振り向かせることが難しかったわけだからね。
まあただ、人によって違うと言われてしまったらそれまでなんだけど。
「目標ができたんだよな」
「目標?」
期末テストで今度こそ大田さんに勝つ、とかかな?
前回は合計点が二十点ぐらい負けていたから相当悔しがっていたし。
ちなみにこちらは同じラインにも立てていないからまあ七十点ぐらい取れればいいかなと考えていた。
「おう、クリスマスは最低でも冴を抱きしめるってな」
「え、したかったの?」
「……意地が悪いな、ここまで露骨なら普通察することができると思うけど」
へえ、私相手にもそういうことを考えてくれる子がいるんだと新鮮な気持ちになっていた。
というか、抱きしめたいならもうすればいいと思う。
これだけ一緒にいるのに拒むわけがないんだから。
勇気が出ないということなら、よし。
「はい、これでいい? 学が相手なら別に余裕だよ? したいならすればいいよ」
今日話しあったことで完全に引っかかりもなくなっているから問題もなかった。
そもそもクリスマスに礼と過ごすということなら益々いらない心配だろう。
みんな考えて行動している。
私が邪魔……みたいなところもあったかもしれないけど、大事なのは私達の気持ち次第だと言っていたわけだからこれでいいのだ。
「……まだ付き合っていないんだぜ?」
「でも、クリスマスには頑張ってこうするつもりだったんでしょ? それにこれは私からしているからノーカウントだよ」
体を離して洗い物を開始。
……なんかこれじゃ誘惑しようとするイケない女みたいじゃん?
学も黙ってしまったからいまさらになって顔が熱くなって戻すのに大変だったものの、外に出たら気温によってすぐに冷ますことができたから全く問題にはならなかった。
「あんなことを言っていたのにもう……」
美味しいご飯を食べてこっちが洗い物をしている最中にぐーすかぐーだった。
今日は泊まると言っていたからこのままでいいと言えばいいんだけど、それならお風呂に入ってから寝ていただきたい。
というか、私の布団ぐらいしかないのによく泊まることを決意するものだと思う。
自分の家からわざわざ持ってきてまで泊まる価値はないでしょうよ……。
「学君、起きてくださーい」
「……風呂入る」
「どうぞどうぞ、お風呂は溜まっているから溺れないようにね」
洗い物を終えたタイミングで出てきてくれたから部屋の電気は消しておいた。
幸いこれでも玄関の電気を点ければ十分明るいから大丈夫、なはずだったんだけど。
「寝ぼけてるの?」
「……これで目標達成だ」
「したかったんだ?」
「当たり前だろ、そのせいで寝られなかったんだからな」
「あ、それでそんなに眠たそうなんだ、あなたも初ですなあ」
そういうことだったんだ。
今日だって終業式が終わって解散となっても教室で休もうとしたぐらいだしね。
私もなんとなくゆっくりとしたい気分だったからいいと言えばいいんだけど、夕方頃まで休んでしまったということになるからその点だけはあれかなと。
まあ急いだところでクリスマスが終わってしまうという状態ではなかったから問題はないかといまは片付けている。
「……冴は違うだろ、経験値が高すぎて気にせずに抱きしめられたりするからな」
「まあその、壮君に一時期引っ付いていた時期がありまして……」
だけどこれだと決めた人にしかしないから許してほしかった。
ビッチとか言われる人とは違うのだ。
誰にでもできる人間なら近くに彼や大田さんは残ってくれていないはず。
「だろ? でも、いまは違うんだよな?」
「当たり前だよ、君以外にはしていないんだから分かってほしいけどね」
とにかくこっちもお風呂に入りたいから離してもらった。
……なんかこれが当たり前になっているけど、入浴後に一緒にいると少しだけ普段と同じようにいられないのは私だけだろうか?
それこそ彼氏彼女といった関係でもなければ入浴後に家族以外の異性と過ごすなんてありえないわけですし……。
「ま、まあ、なにが変わるというわけではないけどね」
最近はその機会も多かったけどなにもされることはなかったので、そう警戒する必要もないと判断して通常通りを貫く。
出たら歯を磨いて戻ると、
「えぇ」
自分のために敷いていた布団に転んで寝ている学がそこにいた。
幸い掛け布団は自身が持ってきたやつを掛けてくれているから特に問題はないけども。
壮君の実家では畳の上に寝転んでいたからなにもなくても寝ることができる。
でもさあ、だからって普通寝ますか? って話だろう。
いやほら、私が戻ってきてから一緒に~……とかだったらまだ、ねえ。
「まあいいや」
美味しいご飯も食べられたし、誰かと過ごせたから満足している。
それが仲良くしてくれている学ならまあ、嬉しいかなと。
それにしてもよく私と過ごしてくれたものだな。
しかも抱きしめたいとか言っちゃって、実際にそれを実行してきてさ。
「はは、可愛い寝顔だ」
起きると結構怖い顔になってしまうから貴重だった。
いい子だとは分かっているから初見時以外はなんにも問題はなかったけどね。
「やばっ、寝坊!」
がばっと起きたときには既に九時三十分だった。
それでも慌てて布団を畳んで、慌てて髪を梳いたり顔を洗ったりして。
お昼ご飯は食べなくても死ぬわけではないから慌てて出ようとしたんだけど、
「へぶっ」
「なに慌ててるんだよ」
「だって学校がっ――あ」
そういえば昨日で終わったんだと思い出してぺたりと座り込む。
クリスマスだからって少し浮かれていたけど、それと同時に終業式の日でもあったんだよ。
「というか早起きだね」
「俺は基本早いぞ、だから学校にも結構早く行ってるし」
「あ、確かにそうだね」
「それより髪だ、爆発しすぎだろ」
それは仕方がない、だってかなり省略してしまったから。
それに昨日はお風呂に入ってからすぐに寝てしまったのも影響しているんだ。
毎朝格闘することになるからもう慣れっこだった。
「じっとしてろ、いまやってやるから」
「えー、女の子の髪に気軽に触れるとか……」
「抱きしめることを許可してくれたのにこっちは駄目なのか?」
「……真顔で聞くのはやめていただきたい」
いやもう本当にどうしてこうなっちゃったのか。
あれだけ必死に大田さんにアピールしていたときの彼はどこに?
簡単にではないだろうけど、これだけすぐに変えられるというのはなんだろう。
私なんて壮君に遠回しに振られてからも三ヶ月以上は引きずったけどな……。
「大田さんへの気持ちって本当にもうないの?」
「……完全になくなったわけじゃない」
「だよね、本当は大田さんに対してこう――」
「迷惑ならやめるよ、でも、結局近くにいられたのは冴だけだと思うからさ」
いつまでも敬語をやめてくれないから、というのもあったのかもしれない。
その点、私はちょろそうに見えるから簡単だと思ったのかな。
まあ事実、こうしてしまっている時点でそれが嘘だとは言えないというか。
……ただ、あの頃からかなり時間が経過しているから無理はないと考えてほしいけど。
「何度も一緒に遊びに行ったんだけど、俺も大田もどっちも遠慮ばかりだったというかさ」
「それは仕方がないよ、ちょっとでも意識していたらがつがつはいけないよ」
「いや、冴みたいな人間もいるからな」
「えぇ、私が君に対してそうしていたって?」
「結構大胆なことも言ってただろ」
大胆なこととか言った覚えがないけどな。
私はただ自分が感じたことを口にしていただけで。
よくも悪くも正直だからたまに怖い顔で見られてしまったりもするけど、これからもそれを貫きたいと考えていた。
「しかも先輩に対してはいあーんとかしてたしな」
「は、はい? なんでそんなことを知っているの?」
「そりゃ俺だっていつでも寝ているわけじゃない、昼休みであれば尚更なことだ」
いま考えると確かにあれは余計だった。
少しだけ雑になっていたところもあったのかもしれない。
だけどいまも足を引っ張り続けているわけではないからもう済んだということで片付けてもらうしかないんだ。
だって過去のことにも触れることになったらみんな駄目になってしまうから。
私なんて壮君に抱きついて好き好き好きって言っていたわけなんだからね……。
まあキスとかはしたことがないからそこは安心してほしいけど。
「よし、終わったぞ」
「ありがとう、朝ご飯を作るよ」
「俺も手伝う」
「ありがとう、って、いつもしてくれたらいいんだけどなー」
「最近はしているだろ? いいからやろうぜ」
白米とお味噌汁があれば私は満足できるけど目玉焼きも焼くことにした。
一応お客さんに食べてもらうというわけだから自分だけが満足していては話にならない。
「味噌汁と白米だけでよかったんじゃないか?」
「なんか学が好きそうだったからさ」
「その気持ちはありがたいけど、正直、俺のせいで多く消費しているわけだからな……」
確かにその点は変わっているけどあまり気にしないでほしかった。
両親としては友達と仲良くやれている方がいいだろうから多分歓迎してくれるはずだ。
冷めたらもったいないからしっかり温かい状態で味わって食べた。
「洗い物も俺がやるから座っていてくれ」
「私もやるよ」
「いやこれふたりでやる分じゃないだろ……」
「いいから、一緒にやろうよ」
終わらせた後はいつも通りゆっくり過していたんだけどひとつ気になることが。
「私達の関係っていまどうなっているの?」
抱きしめたり抱きしめられたりを許可している関係だから結構仲良くできているはず。
「ん? それは正直冴次第だからな」
「え、そういうつもりで求めてくれているので?」
「いやこれでなにもなかったら寧ろ怖くないか?」
「確かに」
優しくて近くにいてくれるけどなにも起こらない壮君とは違う。
どんなにアピールしてもどうにもならない壮君とは違うんだ。
「と、とりあえずいまは保留で!」
「おう、焦っても仕方がないことだからな」
なんとか終わらせることができたから今度こそは完全にゆっくり過ごした。
いまでも引っかかることや違和感はあるものの、すぐに慣れるだろうと片付けたのだった。
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