07話.[困っていたのだ]
「冴、俺は大田を諦めるわ」
「え、なんでっ」
「なんでもなにも、あれを見て邪魔できるわけがないだろ」
やっぱり共通の趣味があるということはかなり大きいことなのだろうか?
ここに来る度になんらかの本を持ってきている礼と、貸すために持ってきているのか次から次へと鞄から本を出す大田さんと。
「協力するってっ、きっかけ作りくらいなら私にもでき――」
「ありがたいけど迷惑をかけたいわけじゃないから、それより違うところに行こうぜ」
「学……」
「そんな顔をしてくれるな、こんな状態で近づいたって大田からしたら迷惑だからな」
寧ろなんで学がそんな気持ちのいい笑みを浮かべているんだ……。
最初からそうだ、こっちをもやもやさせるばかりでダメダメだった。
積極的になれているのにあと一歩のところで足を止めてしまうような人間で。
「ありえないっ、なんであれだけアピールしてたのに諦めちゃうのっ」
「いいだろ、許してくれよ」
「いや……許すとか許さないとかじゃなくて、……なんか嫌なんだよ」
私と違って可能性はあるんだから。
彼の要求に対して大田さんはしっかり向き合ってくれていた。
そりゃ用事があるときとかは断っていたけど、うん、基本的には私もって行動してくれていたんだから諦めるのはもったいない気がするんだ。
「苦しい思いを味わってほしくないんだろ? だったらこれでいいんだよ」
「……だったらあんな誘ったりしなければよかったのに」
「そのときはまだあれだったからな……」
……そう決めたのなら仕方がないか。
謝罪をして違うところを見る。
ここで過ごすのもすっかり当たり前になってしまった。
一緒にいるのが礼ではなく学というのが面白いところだと思う。
「本当に後悔しない?」
「ああ、時間はかかるだろうけどな」
「そっか、じゃあ仕方がないよね」
大田さんが話しかけてきたりしたらちゃんと聞いておいてサポートしてあげればいいか。
好きな人だったということで断りづらいだろうし、そこで私が横から用があったとか言えば自然と離脱できるはずだから。
まあでも、会話ができているときは楽しそうだからなるべく邪魔をしないようにしようと決めておく。
相手のことを考えてそうしているつもりでもそれが相手のためになるかどうかはそのときにならないと分からないし、こちらからは聞くことしかできないし。
「私が相手をしてあげるから安心してよ」
「違うだろ、俺が相手をしてやるんだ」
「ははは、もうそれでいいから傷つかないで」
「大丈夫だよ。だって振られてないしな、告白しなけりゃノーダメージ」
「なにその顔っ、……ま、色々と片付けづらい感情もあるだろうから困ったときは私を頼っていいよ」
失恋ダメージの後に大切で大好きな人がいなくなるダメージを受けたからぶっ飛んだ。
けど、いつかくるとしてもそんな思いを味わってほしくないからいいことで上書きできたらいいな、なんて考えている。
彼にとっていいことってなんだ? と考えてみても思いつかなくて……。
だってさ、大田さんと仲良くできることが一番彼のためになっていたのにその前提がなくなってしまったわけなんだから困るよね、という話。
「わぷ……、いきなり目の前に出てこられたら止まれないんですが」
「ありがとな、もうこの時点で助かっているからさ」
「ちょいちょい、頭を撫でるとか必殺の攻撃を持っているなら大田さんにすればよかったのに」
「いいんだよ、そろそろ戻ろう」
「うん、まあそりゃ戻るけど」
教室に戻ったタイミングで、ずっと気になっていたのかにこにこ笑顔状態で大田さんが話しかけてきた。
学は特に変わらない感じで受け答えをしていた。
私も聞かれたから正直なところを吐くだけで至って普通に終わった。
中央列にある自分の席に座って考える。
……探しに来ないということはそういう気持ちはないのかなって。
もし学ともっと仲良くしたいのであれば礼といることよりも優先するだろう。
「授業始めるぞー」
いやでもまだまだ分からないか。
ここから大田さんがアピールしてくれば学は間違いなく受け入れるはず。
私としてもそうなってくれるのが一番だ。
なんとなくだけど、あんなことを言っておきながら礼と付き合うところが想像できないというか……。
あ、別にそこがくっついても、別の人とくっついてもいいんだけど、本音を言わせてもらうとあの顔が怖い男の子に傷ついてほしくないんだよね。
やっぱり四月から一緒にいるから違うというか……。
あとはあの悲しそうな顔と、自嘲気味な笑みを見たくなかったというのもある。
「土井ー、いつまで立っているんだー」
「あ、すみません」
すぐに変わることじゃないからこっちに集中しないと。
もちろんそれが理想だけど、理想通りにいくことなんてないんだからね。
仮にそういう感じになったらおめでとうと言ってあげるけどさ。
なんて、ちょっと偉そうかと内だけで片付けた。
「土井さん、付いてきてください」
「分かった」
これ次第でどうなるかが決まる。
それでも~となってくれたら間違いなく学のためになる。
だからお願いだっ、考えた通りであってくれー! と内では物凄く頑張っていた。
「私は礼さんに対してそういう気持ちを抱いているわけではありません」
「あ、そうなの?」
「はい」
ということはいまからでも遅くはないということか!
ふふふ、あの子のために動いてあげることが可能になるみたいだ。
「礼さんもそうです、はっきりと言ってくれましたから」
「そうなんだ、じゃあ学――」
「でも、中嶋さんには必要ないと思います」
「なんでっ? 仲良くしたいって言ってたけどっ」
「本当にそうですか?」
うっ、なんで悪いことを言ったわけではないのに怖い顔をするんだ!?
こういう顔を見なくて済むように離れていたところもあったのにこれでは意味がない。
こういう話題になるとすぐに駄目になるんだよなあ……。
だけどそれって意識しているから、という見方もできてしまう。
「……本当だよ、少し前までの学のことを考えてみなよ」
「それより名前で呼び始めて仲がよくなったんですね」
「確かに仲良くしてもらっているけど、私達の間にはなにもないよ。ただただ私がお世話になっているだけだから」
学がとにかく優しいだけなんだ。
多分、元々私みたいな弱そうな人間は放っておけないんだと思う。
そもそも、彼女に一生懸命だったときもこっちにはいまみたいに声をかけてきてくれていたわけだからね。
「なにもないとか言ってくれるなよ、一緒に他県に行ったぐらいなのに」
「なっ!? こ、この――んー!」
「静かにしろ、学校で叫ぶのはよくないだろ」
なんでわざと彼女の前でそんなことを言うんだ!
礼への気持ちを聞けたわけだし、可能性も高まったわけだから協力しようと思っていたのに!
「土井さん、この前も言ったように気にしないでください」
「んー!」
彼女は彼に頭を下げてから歩いていってしまった。
教室近くの廊下で話していたのが悪かった。
でも、上手くやれる気がしたのに彼のせいで台無しになったのだ。
「離してっ!」
「なにそんなに怒ってんだよ」
呆れたといったような顔がむかつく!
いまだって迷惑をかけたくないのかもしれないけどさ、なんでせっかくのチャンスを活かそうとしないんだ!
大田さんも下らない勘違いをしていないで一生懸命になればいいんだ!
「なんであんなこと言ったのっ、どうせ少し前から聞いていたんでしょっ?」
「聞いてたよ、先輩に対してそういう気持ちを抱いていなかったのはなんか大田らしいと思ったかな」
「……それなら可能性だって高まるだろうから協力しようと思ったのに」
「俺は諦めたんだ、だからもう許してくれよ」
くそう、なんで寧ろがっつかないのか。
諦めるというのは私しか聞いていないんだからやっぱりと考えても別によかった。
いや寧ろそうであってくれるのが一番なんだ。
「冴」
「……ばか、ばか学」
「もう終わらせたことだからな」
別に逃げる必要はないから教室に戻って席でふんぞり返っていた。
違うか、どうしようもできない感情を抱えきれなくなっていて困っているのだ。
ただ、こればかりは自分の力だけでは……。
ある意味自分が失恋したときよりも感情の制御が難しいかもしれない。
なので、八つ当たりをしてしまう前に放課後になったらすぐに帰って寝転んだ。
前みたいに朝に全部済ませることにして、すぐに寝ることに集中した。
「……最悪」
残念ながらお腹が空いただけで意味がなかった。
食欲はともかくお風呂には入っていかないと気になってしまうから入る。
「はーい――うぇ」
「連絡したのに反応がなかったから心配になって来たんだ」
とりあえず家に上がってもらってご飯を作ることに。
「風邪を引いているわけじゃなくてよかったよ」
「もやもやするからすぐに寝たんだ、だけどなにも解決には繋がらなかったよ」
「もやもやって俺のことか」
「当たり前じゃん、学がばかなことをするからだよ」
でも、作ったお味噌汁を飲んだら物凄くほんわかとした気持ちになった。
あとは白米もまたそれに拍車をかけて。
だから結局、寝ることよりも食事の方が重要なんだって分かった日になった。
「冴、もういいからいつも通りに戻ってくれ」
「……ま、どうせなにもできないしね」
洗い物をしたり色々してから学校へ。
こうして彼と登校しているというのがなんか違和感がすごい。
ただ、友達として好きな子だからこうしていられているときも楽しいんだよなあと。
それと昨日の暴走していた自分を思い出してかなり恥ずかしくなってしまった。
「また泣かれたくないからな、俺は冴から離れないぞ」
「なっ、……いたことなんてないんだけど」
「うつ伏せになっていたときに泣いていただろ」
あーもうなんでこうばればれなのかなあ……。
隠し通せたことがなにもない。
恥ずかしすぎたから走り逃げようとしたら手を掴まれて口から心臓が出そうになった。
何故かそのまま離そうとしないし、彼は色々な意味で手強かった。
「というわけでこれがおすすめだよ」
「へえ、あんまり読まない私でも大丈夫なの?」
「うん、本によって文字数が全然違うからさ」
少しだけぱらぱらと捲ってみたけど、普段から読まない私としてはそれでもぎっしりだ。
だけど私から本の話にしたんだから断るわけにはいかない。
どうせ休み時間は暇だからまずは十分休みを利用して読んでみた結果、
「面白かったよこれっ」
休み時間は犠牲になってしまったものの、それぐらいの価値がある内容だった。
が、私はこの一冊で読書生活を引退することを選ぶ。
やっぱり駄目なんだ、対応とかも適当になってしまうから駄目。
そのせいで学が拗ねてしまったからしっかり相手をしなければならない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
とにかくいまはこっちの頭に腕を置いてきている彼の相手をしないとね。
……なんかこうなってくると私のことが好きなんじゃないかとすら思えてくるね。
最近の行動だけで判断すれば自惚れ、というわけでもないだろう。
仮にそうなったら嫌じゃないどころか……。
「いや違うっ、そんな泥棒猫みたいにはならないから!」
「にゃ~」
「猫! ……って、変なことしないでよ」
足を止めるとすぐに腕を頭に乗っけてくる。
……なんでこういう風になっているときに限って壮君は来ないのか。
結局新居は知らないし、本当は引っ越してきていないんじゃないかとすら思えてくる。
まあでも、壮君には壮君の生き方があるから貫いてくれればそれでよかった。
「泥棒猫ってどういうことだ?」
「いやだってほら、大田さんから君を盗んだら――」
「おお、つまり俺に気があるってことなのか?」
「別にそういう対象として見られないというわけじゃないよ」
「だよな、だって優しくて格好いいんだもんな」
もしかしたらそれが影響しているのかもしれない。
これまで誘惑とかしてこなかったからそれで揺れてしまったとか……だろうか?
案外こういう変わらなさそうなタイプからされると弱いのかも。
私だって壮君以外には言ってこなかったからそれが出てくる時点でだいぶあれだった。
「私がいるから諦めたんでしょ」
「そうだと言ったらどうする?」
「恋をしている相手もいないだろうし、大田さんと付き合った方が絶対にいいと思います」
私みたいな人間とは付き合って付き合って、付き合いまくって飽きてからでも遅くはない。
どうせモテないだろうからずっと待っていてあげられる自信がある。
とはいえ、その気がないならどこかに行ってほしいという気持ちもあるけども。
乙女心というか私の心はかなり面倒くさいのだ。
「大田には迷惑をかけたけど俺はもう捨てたんだ、だったら次へと動くべきだろ?」
「それで私って?」
「はは、随分と自意識過剰だな」
「違うの? 今朝なんて私の手を握って離さなかったぐらいだけど」
「まあそう急ぐ必要もないだろ、どうせ俺も冴も暇人なんだから」
失礼な、こっちは家事をしたりしなければならないから常時暇というわけではないんだけど。
お買い物にだって行かなければならないから家にいる時間はそう多いわけではない。
そりゃ確かに友達が少なくてぼっち行動が多いかもだけどさ。
「前も言ったけど本当に感謝しているんだぜ? でも、冴は脆いところがあるからいてやらないと――いや、俺がいられないと嫌なんだ、許可してくれるか?」
「許可しなくても君は勝手に来るでしょ、それに私は君といられる時間は好きだから問題ない」
「それならいさせてもらうわ、なんか求められているみたいだしな」
こっちが求めているかどうかは置いておくとしてもまあ損するわけじゃないし構わなかった。
それでも仲良くするなら教室ではなく廊下とかでかなと。
「帰ろ、遅くなればなるほど寒くなるから」
「だな」
変なことになっちゃったなあ。
非モテの前でなにしてくれんねんと内で叫んだときから時間も経っていないのにどうしてこうなってしまったのか。
いまのままだと途中からアピールし出した悪い人間という感じになってしまう。
だけど彼が自分からいたいと言ってくれているわけだから拒絶する意味はないんだ。
というか、彼といられないとひとりになると言っても大袈裟ではないから、やっぱり形的には私がいてもらっているということになるのかなと。
「後悔しないならいいよ」
「後悔しない、仮にいつか離れることになっても文句を言うことは絶対にしないよ」
「そっか、じゃあよろしくね」
もっとも、ただいたいというだけだから恋愛感情なんかはない……ないよね?
もしあったら驚いちゃって前みたいに足を引っ掛けて転びそうだ。
そもそも意識されているのだとしたらなにで? と真剣に聞きたくなるぐらいの人間だし。
ドジなところを見せたからということなら、それは恋愛感情じゃないよねと言いたくなる。
「というわけで、飯を食べさせてくれ」
「あっ、そのために一緒にいたいって言っているんでしょっ」
「ふっ、まあそういうところもあるかもな」
まあいいか、それなら練習台になってもらおう。
美味しいと言ってもらえるようにまだまだ努力をしなければならない。
正直、壮君は身内贔屓的なそれで美味しいとしか言わないから困っていたのだ。
それに彼と仲良くしていったらお弁当を作る~なんてこともあるかもしれないので、そのときのことを考えれば無駄ではないだろう。
「学はハンバーグが好きとか言い出しそうだよね」
「好きだぞ? でも、放課後に頼んだりはしないよ、普通に大変だからな」
「あらま、一応他人のことを考えられる人間なんですね」
「当たり前だろ、それに仮にそれなら一緒に作るよ」
ふーむ、一緒にやるとか仲良しみたいでいいな。
この際だから細かいことは忘れて楽しんでやろうと決めた。
彼がいたがっているんだからこれでいいんだと再度片付けてね。
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