06話.[相手の反応待ち]

「お鍋ー」


 自分の体を温めるために食材を買いに来ていた。

 お鍋を食べられるのであれば少し冷えようが全く問題はない、これについては。

 ただ、


「しらたきとかネギとか欲しいよな」


 何故か中嶋君がいるというのが訳の分からないことだった。

 この前「私のことが嫌いだもんね」なんて言ったからこうなったのかな?

 あれからしつこいぐらい色々なところに付いてくるようになったからうわあ……と後悔していることになる。


「冴の家の金だから肉は高いのは無理だよな」

「はあ、私は質より量タイプなので」

「いいだろそれで、俺だって高い肉数枚より安い肉で沢山の方がいいぞ」


 まあいいや、何気に誰かと一緒に食べられると楽しくていいし。

 自分のためだけに作っていると段々適当になってくるから駄目なんだ。

 やる気の低下にも繋がるから壮君でも彼でもいいからたまには来てほしい。

 ……実は嬉しく感じてしまっている時点で格好悪いんだよなあ。


「それにほら、俺がいると荷物を持たなくて済んでいいだろ?」

「まだなにも言っていませんが」

「はは。うわあ、なんでこいつここにいんの、そんな顔をしていたからな」


 よく分かっているじゃないか。

 そう分かっているのに帰ろうとしないところは褒められる点だと思う。

 私ならさっさと帰っているところだから少しは真似しなければならないのかもしれない。


「壮さんは来ないのか?」

「うん、実家に帰っているみたいだから」

「だったら余計に引っ越してこなければよかったのにな」

「ははは、確かにそうだね」


 お会計を済ませて天外へ。


「「寒っ!?」」


 変に暖かったせいで気温差がすごすぎて思わず走って帰ったよ。

 それから準備をして、お鍋の醍醐味である温めながらの食事となった。


「もう大田さんは諦めた方がいいね」

「なんだよ急に」

「だって礼と凄く楽しそうだし、礼のことを名前で呼んでいるぐらいなんだよ?」


 GW前の校外学習のときから話し始めたのに未だに名字で呼び合っているふたりと、十月後半から話し始めたのに名前で呼び合っているふたりと。

 どちらが有利かと言えば明白で。


「それよりいまは肉だ」

「どうぞ、そのために多く買ってきているわけですし」


 ひとりでは食べられないぐらいの量を買ってきているから彼に頑張ってもらうしかない。

 明日のために残して二戦目~とはしたくないから今日で片付けなければならない。

 で、味わって食べていたんだけど、全く問題にならないぐらい彼が食べてくれたから残してしまうなんてこともなくてよかった。


「はぁ、沢山食った後のこの時間が幸せだ」

「なにそれ、適当にしていそうなのに」

「飯を食うのは大切だからな、まあどんな内容であれ満腹になったら勝手にこうなるけど」


 まあでも分かるからこれ以上は言わないでおいた。

 洗い物もそう多いというわけではなかったから終わらせて私も休む。

 なんとなくちらりと見てみたら眠そうな彼がそこにいて。


「帰らないんですか」

「この時間が幸せだって言っただろ……」

「一応異性の家にいること、分かってます? 大田さんからすればかなり劣っているけどさ」


 大田さんどころか他の子と比べてもあれだった。

 でも、それで死ぬわけではないから特に問題もない。

 それに恋なんていいこともあるけど悪いことも多いんだから。

 あのときの苦しさを再度味わうぐらいならこれでいいのかなと。


「そんなこと言うなよ、大田は大田、冴は冴だろ」

「というか、なんで名前で呼んできてるの?」

「そろそろいいだろ、もう六ヶ月は一緒にいるんだから」


 まあそうだけどさあ。

 ただ、あれだけ大田さんのことが気になっていますよアピールをしていたのに結局これってどうなのって言いたくなるんだ。

 もちろんあの約束があるからもう口にしたりはできないけど。

 だって大田さんの怖い顔よりもっと怖いんだもん。

 冗談でもなんでもなく泣いてしまうぐらいの迫力がある。


「だから冴も名前で呼べよ」

「私もそうだけど中嶋君は名前が合ってないんだよなあ」

「それは仕方がない、両親が想像していたようには育たなかったということだ」


 名前で呼ぶのに別に緊張したりはしないけど、やっぱり大田さんのことが引っかかる。

 自分でもう無理だとか言っておきながら本当におかしな話だ。

 あ、別に諦めさせたいとかそういうことじゃないんだけどね。

 私としてはあの苦しさを味わってほしくないから相手をよく見て行動した方がいいと思っているだけ――同じかな?


「がくじゃなくてまなぶ君だったらよかったのにね」

「同じだろ、結局名前が合っていないことには変わらない」

「……冗談だよ、頭だっていいわけだし、真面目にやっているから合っているでしょ」

「おい、違う方を見ながら言われても気持ちが伝わってこないぞ」


 名前で呼ぶから帰ってと言ったら首を振られてしまった。

 こんな狭い部屋より自分の部屋にいた方が絶対にいいはずなのに。

 でも、結局二十二時頃まで動くことはなかった。




「美味しい、美味しいけど……いきなりなにこれ?」

「お詫びだよ、結局まだなにもできていなかったから」


 なるほど、ついに片付けに来たというわけか。

 一応そのために来ていたわけだから、大田さんに集中しているいま、終わらせておかないと面倒くさいことになるからと。

 ふふふ、礼もまた男の子だった、ということか。


「ありがとう、じゃあこれで終わりね」

「うん、あ、だけど関わるのをやめるわけじゃないからね?」

「嘘つき、大田さんにしか興味ないくせに」

「……そ、そんなことはないけど」


 まあいいか、逆に私と仲良くしようとする方が困惑するわけだし。

 だけどこうなると学の気持ちはどうすればいいんだろうね。

 私の中にはなにもなかったけど、学の中にはあったわけなんだから……。


「しーらない」


 余計なことは言わないってもう決めたんだから。

 あのふたりが付き合い始めたら雰囲気で察して勝手に諦めることだろう。

 すぐには捨てられないだろうけど、抱え続けたところで苦しくなるだけだし大丈夫。

 あれを残したままにしておけないからね。


「というか、今度は礼が大変になるパターンか」


 しっかりしている子だから振り向かせるのは大変だ。

 約六ヶ月使ってあれだったんだから出会ったばかりの礼ならなおさらなね。

 ただ、……そこであっさりいきすぎると学が可哀想だから少しは苦戦してほしいかな。

 少なくとも二ヶ月ぐらいはかかってほしい、そうしたら後は幸せになってくれればそれで。


「独り言が多いやつだな」

「その独り言が多いやつに近づく物好きな人があなたですが」

「歩いていたら聞こえてきて気になっただけだ」


 確かにひとりでぺらぺら喋っている人間がいたら驚くか。

 私だってそうだ、まあ私だったら近づくことを選択しないけど。


「思ったよりも礼は影響を受けていたよ」

「あれ、余計なことは言わないんじゃなかったのか?」

「はい? これは独り言だからいいんだよ」


 あと、友達だから変に傷ついてほしくないんだ。

 完全に傷つかないことなんて不可能だけど、そのダメージを少なくさせることはできる。

 それでもって彼が言うなら仕方がないことだって片付けるしかない。

 無理だと分かっていてもすぐには捨てられないのが恋心だからだ。

 自分で分かっているのに真逆の行為をしてしまうのが人間というものだった。


「壮君に恋をしていたときはいつも苦しかったんだ、だから学にはそんな気持ちになってほしくないかなって」

「でも、恋をするってそんなものじゃないか?」

「あ、私はああいう気持ちをまた味わいたくないってだけだから。学が大田さんに一生懸命になりたいということなら止めないよ、そもそもそんな権利はないし」


 あれが初恋じゃなかったらもっとよかった……のかな。

 初恋があれだったからこそ果てしないダメージになった気がする。

 彼の場合はこれが初恋というわけでもないからきっと大丈夫なはずだ。


「というか、学でも苦しくなることはあるの?」

「そりゃ……まあ」

「怖い顔をしているのになんか可愛いね」

「怖い顔は余計だ」

「ははっ、ごめん」


 ……そもそも勝手に恋をしてると決めつけている方がおかしいのでは?

 一度気づいてしまったらもう遅い。

 なんかこれまで自分が恥ずかしくなってきて、顔も見られなくなってしまった。

 救いだったのは休み時間がもう終わるところまできていたところで。

 あとは教室での席が離れているということで。

 違う場所で過ごしていれば結構避けることもできるということで。


「ふふふ、会わないことなんて余裕だ」


 代わりに壮君には捕まったけど全く構わなかった。

 大体ね、大して経験値もないのになにを言っているのかという話ですよ。


「そういえば最近、礼君が来ないね」

「それは仕方がないよ」


 寧ろ家に来られても麦茶ぐらいしか出せないからこれでいい。


「今度、壮君のお母さんに会いに行くから言っておいて」

「どうして?」

「なんか久しぶりに話したくなったんだよ、あとはあっちに行きたいなって」

「そっか、じゃあ連絡しておくね」

「うん、よろしく」


 休日に遭遇する可能性は低いけど避けるのに丁度よかった。

 いま頃、いや、少し前からなんだこいつって思われているだろうな。

 あの一回だけに留めておけているのが普通にすごい。

 私だったら間違いなく表に出して終わらせてしまっていたから……。


「冴、学君――なんでいまびくっとなったの?」

「ちょっと喧嘩をしちゃってねえ……」

「それならすぐに仲直りしないとね、ちょっと呼ぶから待ってて」

「え」


 変な嘘をついたばかりに変なことになってしまった。

 すぐにやって来てしまったし、すぐに喧嘩なんかしてないってことを言われてしまったし。

 壮君はにやにやしながらこっちを見ているし、彼はなんだ? という顔で見てきているし。

 ……というかどれだけ異性として認識されていないんだろう。

 意識されていたらこうやって家に気軽にやってこないよね。

 というかというか! なんで連絡先を交換しているのこのふたりは!

 訳が分からないのはこっちの方だった。




「お久しぶりです!」


 両親が仕事大好き人間のせいで来る機会も減っていた。

 だからこうしてこの土地に来られて、壮君のお母さん達と話せて嬉しかった。

 まあこんな中途半端な月に行くのは初めてだったから少し迷惑だったかもしれないけど。


「満足ぅ」


 夕方頃にはお散歩なんかもしてみたけど本当によかった。

 だってなんか開放感がすごいもん。

 そんなに離れている場所というわけじゃないのに木がいっぱいで落ち着く。


「あっちとは違うな」

「でしょ? だからなんかいいなって」

「でも、自分の家はあっちにあるわけだからな、たまに来るぐらいが丁度いいな」


 彼がいたって変わるわけじゃない。

 ……逃げるためにここに来たのにこれでは意味がないぞ。


「なんでここにいるの!」

「おいおい、一緒に電車に乗って移動してきただろ」


 もう彼は私のことが大好きすぎる。

 なんてね、あれから意地になってしまっているだけだ。

 嫌っているわけではないということを証明できたらまた戻るはずで。

 でも、その頃にはきっともう遅いと思うんだけど……。


「今朝、大田と話したんだけどさ」

「え、私と集まる前に?」

「おう、なんか家の前にいたんだよ。で、まあ内容は普通な感じだったんだけど」

「どうせなら連れてきちゃえばよかったのに」

「無理だよ、なんか先輩と遊ぶつもりだったらしいから」


 なんでその前に寄るんだ大田さんよ。

 よくありがちな「○○さんに集中しますから」とか言われたわけではないのか。

 言われていたらこんなにいつも通りではいられない。

 もしいつも通りを装うことができているならすごいとしか言いようがない。


「仮にそうでも私を優先するとか好きすぎじゃん」

「それこそなんか変な顔をしそうだったからな」


 こっちでそうなったことは一度もない。

 だってここでは壮君と会えるからということで毎年楽しみだったわけだし。

 毎年というか何ヶ月かに一回ここに来ていたわけだけど、飽きることはなかった。

 人や家が少ないことで落ち着く環境がよかったのかな。


「まあいいや」

「結構切り替えるのが上手いよな」

「だって気にしていてももう学はいるわけだしね」


 ある程度のところを紹介して家まで戻ってきた。

 ちなみに壮君はいないから少しだけ緊張していたりもする。

 なので、実は今日も彼がいてくれて安心してしまっているのだ。

 もちろん恥ずかしいから言ったりはしないし、態度にも出さない。

 あくまで余裕ですよーという感じでいなければ駄目だ。


「畳かー」

「もしかしてベッドじゃなきゃ寝られない?」

「いや、冴の家でだって普通に寝てたし全く問題ないよ。ただ、珍しいなって」

「ああ、確かにない家もあるよね、私の家なんかが特にそうだし」


 食事も入浴も終えて客間で寝転んでいた。

 間に襖があるから特にこれでも問題はない。

 いや、別にそれがなくたって嫌ということはなかった。

 だってあれだけ家に来ている子なんだからいまさら気にしても仕方がないし。


「俺、大田のこと特別だと思っていたんだけどさ」

「うん」

「なんかこの前のあれで分からなくなったんだ」

「それって途中で友達が来て~ってやつ?」

「そう、普通ならあそこで大田を優先しなければならなかったのにな」


 あれ、だけどリベンジ的なことを言っていた気がするけど。

 実はそれをまだしていないのかな?

 もしそうなら駄目だとしか言いようがない。

 それでは大田さんだって近くに来てくれる人を優先することだろう。


「大田も特に嫌な顔をすることもなく『どうぞ』とか言ってきてさ」

「当たり前じゃん。大田さんがそこで私と約束しているんですから~的なことを言ったら私が驚くよ、なんなら君だって驚くでしょ」

「いやでもこれまでの発言とか行動を考えれば言ってくれると思ったんだけどな……」

「男の子なのに相手の反応待ちとかださいでしょ」


 ……小さい頃の私は肉食系並にアピールしていたけど。

 物理的接触は避けてとにかく言葉でアピールしていった。

 一応考えて言葉が軽くならないように好きとか愛しているとか言う回数は減らして。

 だけどいまとなっては黒歴史みたいなものだし、正直後悔している。

 恋愛ドラマなんか見ていたせいで変な知識を蓄えてしまったことになあ!

 ……あれさえなければ無駄に傷つくことなく済んだのだ!


「結局、好きなの? それとも、もう捨てたの?」

「……どうだろうな」

「もし好きなら一生懸命になるべきだと思う、それで仮に振られても私が相手をしてあげるから安心しなさいな」

「相手をしてあげるじゃなくて、俺に相手をしてもらう、だろ?」

「はい? 違うよ、私がいてくれているから苦しくなりすぎなくて済んでるんじゃん」


 礼を敵視して八つ当たりしないところはいいんだけどね。

 彼はずっと私といるから裏でそうしているとか時間的に無理だし。


「ねえ、本当にその気があるなら協力するよ?」

「……いやいい、冴は自分のことに集中しろよ」

「そんな顔をしているのに?」

「……どこから来てんだよ」

「ここは繋がっているんだよ、ここに通路があるって知らなかったの?」


 まあ他所様の家なんだから知らなくても当然だと片付けた。

 なんとなく側に座ってじっと見ていたら「見るな」と不満気な反応。

 ここでからかうとかしない人間だから向こう側へ静かに戻る。


「あれは長引きそうだな」


 分かっているのに動けないでいるんだな。

 極端に振り切ってしまえばなんとかなるかもしれないのに相手のことを考えてそれもできないでいる。

 こればかりは他人がなんと言おうとどうにもならないから待つしかないか。

 さっきも言ったように協力してくれと言われたら動くつもりでいる。

 それぐらいのことを彼はしてくれたから少しぐらいは返したかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る