04話.[変わらないから]
「ゲームセンター、私も行ってみたいですね」
「え? あ、中嶋君を誘って行ってみたらどうかな?」
いつも突っ伏しているけど話しかければちゃんと反応してくれるし、彼女からの要求であればなにもない限りは絶対に受け入れると思う。
寧ろ受け入れなかったら雨が降るんじゃないかって心配になるからやめてほしかった。
だってもう十一月だよ? そんなときに降ってきたら寒いじゃん。
「私は土井さんとも行ってみたいんですけどね」
「うーん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、大田さん的には中嶋君がいてくれればそれでいいと思うよ」
あそこに一緒に行っても一緒にプレイできるわけじゃないから。
話すには向かないし、意外と熱くなってくるとそっちに集中し始めるから。
昨日だって割とすぐにお店を出ていたわけだし。
「あ、そうだっ、看病してもらったから私がきっかけを作ってあげ――」
「やめてください、そういうことをしてほしくてしたわけではないです」
「しょ、しょうですか……」
この子は怖い……。
やっぱり関わる時間を増やすと悪いことだらけだ。
礼だってそう、いつかはこうなることが分かっているのに仲良くする意味はあるのかな。
あ、お詫びがしたくて近づいて来ているだけだからそもそも違うか。
「今日はこんなところで話をしていたのか」
「中嶋さん、私、この三人でゲームセンターに行きたいんですけど」
「俺は別にいいぞ?」
「土井さんはどうなんですか?」
「……私も大丈夫です」
空気を読んで行動してもきっと怖い顔をされるからできなかった。
そうやって表に出してしまうのはよくないと思うけどね。
仮に不満があるのだとしても表に出さないのが人としての、最低限のルールだろう。
なんで敬語なのかと聞いてきた中嶋君になんでもないと答えて教室に戻る。
「はぁ」
「大きなため息だね」
「ちょっとね、それより同級生を優先しなよ」
「いいんだよ、僕の意思で土井さんのところに来ているんだから。壮さんと一緒かな」
だからやめろって言っているのになにも聞いてくれない。
私の言葉に価値がないということならもうなにも言わない方がいいのかもしれない。
あ、もちろん挨拶とかはするけど、こうやって他人のことを考えて発言するのは意味のないことなのかもしれないし。
どうせ後から嫌そうな顔をされたり冷たい顔をされるぐらいならいてくれない方がいい。
基本マイナス思考をしない私がこんな感じになっているのは相当なことだった。
でも、私はひとりで過ごし続けられるような勇気がないから求めてしまうと。
「礼、お昼休みになったら外でご飯食べよ」
「いいよ、じゃあまた来るから」
「うん、よろしくね」
結局、無理だから無駄なことをする必要はない。
これまで通り、来てくれている内は相手をする、それでいいんだ。
というわけでお昼休みは講堂前のベンチに座ってお弁当を食べることにした。
「礼はさ、どんなおかずが好き?」
「卵焼きとかかな、お弁当には欲しいよね」
なるほど、王道な感じを好むのか。
私だったらそこに絶対ウインナーと冷凍食品のコロッケを足す。
彩りとかを意識すると楽しくなさそうだから茶色でいいんだ。
白米も美味しく食べられるし、悪いことじゃないから怒られることもないしね。
「じゃあはい、あーん」
「えっ」
「む、嫌なら蓋に置くけど」
「あ、いやいや、ちょ、ちょうだい」
「じゃああーん」
なんとなく礼は同級生って感じがする。
まあそんなことはないし、合わせてくれているだけなんだけど。
ただ、本人がこんな感じだから離れることができないんだよなあと咀嚼している彼を見てそんな風に思った。
「美味しいね」
「あ、そういえば醤油を使用しちゃっているけど大丈夫だった?」
「うん、砂糖でも醤油でもどっちも食べられるから」
「それならよかった」
彼といられるときは安心できるから心臓が疲れなくていい。
恋をする前の壮君といたときのそれとまんま同じだ。
となると、ここから好きになって現実を知って恋云々と言い始める可能性が大と。
優しくしてくれる人に弱いからって私が単純というわけじゃないはず。
「……ねえ、壮さんが彼女さんと別れているならまたそういうつもりでいてみればいいんじゃないかなって思ったんだけど」
「仮に私がその気になっても無理だよ」
あれだけアピールしていてもあっという間に付き合い始めてしまったんだから。
それで現実を知れたし、ただ頼まれていたから来てくれていることが分かったからいいんだ。
寧ろあそこで受け入れられていたら自分も壮君も駄目になっていた。
これからもそういうことがあったら回避してほしかった。
そうしないとこっちは気づけないから仕方がない。
「兄的な立場として心配してくれているだけだから絶対にないよ」
「そっか……」
「もういいから食べようよ」
多くを望まなければ最低限、普通の生活というのを送ることができる。
なので、別にいまのままでよかった。
お荷物になるのは嫌だからおまけ程度でよかったのだ。
二日連続でゲームセンターに来ていた。
爆音BGMに負けそうになるけど、そこはコインゲームで無理やり中和させ耐える。
ちなみに大田さんは中嶋君と見て回っているから同じところにはいないと。
なんで私は誘われたんだろうね、もしかしたら見せつけたかったのかな?
「なんて、ありえないか」
私が中嶋君のことを好きならダメージ大だけどそうじゃないから。
となると、やっぱり私とも行きたかったというのは本当のことらしい。
放置されているのは自分でも言っていたようにそれぞれやりたいことが違うんだから仕方がないということで片付けられる。
「冷たっ!?」
「ははっ、暗い顔をしていたからな」
……くれるらしいから貰っておいた。
開けて飲んでみたら冷たくて美味しかった。
暖房が効きすぎているから正直これぐらいでいいぐらい。
このままだと空気が読めていないことになってしまうから装って楽しむことに。
もうあの怖い顔で見られるのは嫌なんだ。
「なんか無理していませんか?」
「してないよ、私はいつもこんな感じだよ」
ある程度のところでやめてベンチに座っていた。
貰っているお金はお小遣いというわけではないから大量消費はできないんだ。
そもそもそこまでハマれるというわけではない。
消える物にはあまり使いたくないというのが正直なところで。
「そろそろ帰るか」
「中嶋さんがそうするならそうしましょうか」
よし、これで目的は達成できた。
さっさと家に帰って床に寝転んでゆっくり、
「中嶋さん、土井さんとふたりでゆっくり話をしたいのでいいですか?」
「分かった、それじゃあまた明日な」
しようと思ったのに死刑宣告をされた気持ちになった。
まあ、実際にされたことはないから精神的には、ということで。
「私と中嶋君の間にはなにもないからね?」
「え? なんで急にそんな話を……」
「いやだって一緒にいるのが気に入らないってことでしょ? 中嶋君と一緒にいなければ私になんて話しかけてきてすらいなかっただろうし」
分かる、大体はこれなんだ。
私みたいな人間に実際にこう言ってきた人間がいた。
結局、他の子と付き合い始めてその子は選ばれていなかったけれども。
敵視しているぐらいならその相手を振り向かせるために一生懸命になった方がいいね。
「そんなことは言いません、それに仮に中嶋さんが土井さんとお付き合いを始めても単純に私に実力がなかったというだけじゃないですか」
「あ、そういうのは一切ないから勘違いしないでよ?」
「していません、そもそもそんなことしません」
疑ってしまったことを謝罪して公園まで移動する。
ベンチに座って空を見てみたら沢山の星があって綺麗だった。
「それにお付き合いをすることが全てではありませんし、私は土井さんとも仲良くしたいです」
彼女は変える気がないようだった。
これも適当に言っているわけではなく、真剣に言っていることは顔から分かる。
ただ、私もおかしいけど関わってくれている子もおかしいなって。
「私の周りには物好きな人ばかりが集まるなあ」
「なんで土井さんと仲良くすることが物好きなんですか?」
「い、いや、分かったからその怖い顔はやめてよ」
連れ歩いているわけにはいかないから家まで送ってひとり帰路に就いた。
「おかえり」
「あ、ただいま――じゃなくて、なんで中嶋君が私の家に?」
横にはなんか満足気な顔で壮君が座っているし。
いやまあ、彼がいないのに家にいたら驚くんだけど。
隠すつもりはないようで「なんか唐突にこの人に誘われてな」と答えてくれた。
壮君は私が言うのもなんだけど自由すぎる。
相手をする側は結構大変なときもあるということを知ってほしい。
「というか、別れたのに壮君と会うっておかしくない?」
「あの後は適当に散歩していたんだ、ふたりだけで話がしたいって言われたらそれはもう言うことを聞くしかないからな。で、どんな話をしたんだ?」
「中嶋君って背が大きくて不良っぽい顔なのに優しくて格好いいよねって話をしたよ」
「優しくて格好いいは確かにそうだけど不良っぽいっていうのは違うだろ」
「はははっ、自分で言っちゃったらお終いだよ」
飲み物は勝手に出してくれていたから気にせずに調理――ができなかった。
醤油がなかったからいまから買いに行くことにしたら、
「それなら俺も行く」
なんか変なことを言ってきた。
「え、ああ、帰りたいってことだよね」
「違う、荷物運びを手伝うよ」
「え」
で、嘘でもなんでもなくスーパーまで付いてきてしまったという……。
この状態で醤油だけ買って帰るというのももったいないからもうすぐ終わりそうな調味料を必死に考えて買って帰ることにした。
ちゃんと確認してこいよと言われたらそれまでだけど、彼も行くとか言ってきている状況でちんたらしているわけにもいかないし……。
「……い、いきなりどういうことなんです?」
「はは、大田の真似か?」
「いやだってこんなことしてもメリットがないしさ」
「そうか? 壮さんから聞いたけど土井は美味い飯が作れるんだろ? それを食べられると思えば手伝うのだって普通するだろ」
「いや普通だから! 大田さんに頼りなよ!」
壮君はそういうところがあるから嫌なんだ。
そのくせ、私の要求にはなにも応えてくれない。
まあいまとなってはそれでいいけど、周りを巻き込むのはやめてほしかった。
でも、手伝ってもらったから今日は大人しく作って食べてもらった。
これで今度大田さんになにかを作ってもらった際、そのレベルの違いに気づけることだろう。
ということは少しは役に立てているということかと少し嬉しかった。
「そろそろ帰るわ」
「あ、送るよ」
「いらねえよ」
「いやちょっと炭酸ジュースを買いたくなってね」
遠慮なく付いていくことにする。
まだ彼がいる状態でジュースを買ってほらねという顔をしてみた。
あと、この前貰ってしまったから彼にも買って渡しておいた。
そうしたら微妙そうな顔で見られちゃったけど全く問題ない。
「眠たいのかもしれないけど、大田さんの相手をもっとしてあげてね」
「あれは眠たいんじゃなくてああするのが癖というかさ」
「じゃあもっといいよね、眠たいなら声をかけづらいけどさ」
少しだけ中身を飲んで前を見る。
建物の明かりや外灯がなければ真っ暗でさすがの私でも怖くなっていたかもしれない。
「なあ」
「ん?」
「本当に格好いいって言っていたのか?」
「ごめん、さっきは適当に言っただけなんだよね――あっ、怒らないでっ、中嶋君の顔は確かに怖いけど優しくて格好いいというのは本当のことだから!」
他人に怖い顔をされるのは嫌だから挨拶をして逃げた。
私からのそれに価値なんかないけどね。
「雨だ」
こういうときは少しだけテンションが下がるというもの。
クラスメイトはいつも通り明るいけど、それがなければどうなっていたんだろうと気になることではあった。
ちなみに中嶋君は結局いつものように突っ伏してしまっているし、大田さんは話しかけるべきではないと判断しているのか本を読んでいるだけ。
「ちょんちょん」
「……なんだよ?」
「いや、なんか相手をしてほしくなっちゃって」
なんか雨だとおじいちゃんが亡くなったときを思い出して寂しくなるんだ。
それにこれなら大田さんも話しかけることができるわけだし。
「……あの先輩を呼べばいいだろ?」
「礼はいつも来るわけじゃないからね。大田さんは雨って好き?」
「好きですよ、本を読むときに降っていてくれると集中できるので」
「そっか、確かに雨音は落ち着くよね」
落ち着くけどたまに悲しくなるのが現実だった。
あの頃は雨の中を歩いているだけで涙が出たこともあるぐらい。
お葬式のときに晴れていてくれればそんなことにはならなかったかもしれない。
だけど人が亡くなったというのに盛大に晴れていてもあれだから雨の方がよかったのかな。
「俺は雨は嫌いだな。濡れる可能性はあるし、昔それで風邪が長引いたことがあるから」
「そういう人もいるよね」
「ああ、だけど好きな人間を否定するわけじゃないから勘違いしないでくれ」
自分がこうだから相手にもそうであってほしいなんて求めるべきじゃない。
もっとも、彼は求めていないことになるけども。
ただ、表面だけでも好きだと合わせるかと思ったんだけどな。
「ちょっとトイレに行ってくる」
「はい、分かりました」
なんか教室にいるのは嫌だったから付いていくことに。
私もトイレといった風な雰囲気を出しておけば文句も言われ、
「……なんで付いてくるんだよ」
「と、トイレだよトイレ」
じ、自意識過剰だなあもう。
寧ろ先にトイレに入って本当にそうであることを証明しておいた。
だけどすぐに出て渡り廊下に向かう。
窓の外を見たらなんとなく胸がきゅっとなって。
「なにやってんだ、雨音が好きな人間がする顔じゃないな」
「なんでもないよ、教室に戻ろ」
「ああ、まあそうするしかないけど」
で、教室に戻ったら大田さんが礼と会話をしていて楽しそうだった。
別に慌てることもなく、こちらに気づいたら普通に挨拶をしてくれたけど。
ちらりと中嶋君を見てみてたものの、嫌そうな顔をしているとかそういうのはなくて。
「それじゃあまた後で」
「はい、待っていますね」
おいおいおい、これだとなんか狂っちゃうんですが。
いやまあ私が悪いのかもしれないけど、大田さん的にはそういうつもりじゃないのかもだけどもね。
「大田さん、なんの話をしていたの?」
「本の話をしていました、読書が好きみたいなので意外と話し過ぎちゃいましたよ」
「そうなんだ、やっぱり共通の趣味があると楽しくなるよね」
「そうですね、感想を言い合えるのはいいことですね」
ちらりと見てみて参考にしろとアピールしたものの、なんにも分かっていない彼からは「なに変な顔してんだ?」と言われてむきー! となった。
だけど暴れるわけにもいかないから席に着いて落ち着かせる。
それに黙ればすぐに引き戻されるから問題もなかった。
雨音だけに集中していると冗談抜きで苦しくなるから困る。
「痛っ、なにするのっ」
「後ろでそんな顔をされていると気になるんだ」
当たり前な話だけど女として全く認識されていないからこうなるんだよなって。
仮に大田さんがこうなっていたらおろおろして慌てるだろうに。
くっそう、なんか女として意識させたくなってきたっ。
が、大田さんのことを考えたらなんとかできた。
泥棒猫とか言われたくないからこの距離感で居続けなければいけない。
そもそも、意識されることがないんだから意味のない話か。
結構妄想してしまうところが痛くて恥ずかしくて情けなくて面倒くさい人間で。
なんて、自嘲していても変わらないからやめておいた。
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