03話.[大変になるけど]
風邪を引いても馬鹿らしいからと考えて走った人間が風邪を引いていた。
でも、ここがひとり暮らしの強みで、熱が出ているだけだから気にせずに出てきた。
一時間ずつ頑張ればいい。
だからといって迷惑をかけたいわけではないから休み時間は廊下で過ごしていた。
今日はお墓参りに行ったときみたいな気持ちになることが多い。
なんというか静かな感じで周りの声とかも気にならない。
話しかけてきてくれた中嶋君や大田さんの相手をしていても問題はなかった。
「はぁ、終わった」
ご飯を食べなくて本当によかったと思う。
あと、こういうときはなんかテンションが上がるのもいいことだと思う。
そのおかげで皆勤を続けられているから。
それでもこうして目標を達成してしまうと一気にくるから教室で休んでいた。
「土井、帰らないのか?」
「うん、ちょっと休憩してから帰るよ」
「そうか、それなら帰るときは気をつけろよ」
「ありがとう、中嶋君も気をつけてね」
さてと、ここにいると礼が来てしまうから違う場所に移動して休憩する。
それにしても完璧すぎるな、放課後までしっかり通常時の自分を演じられるなんて。
中嶋君も大田さんも全くそれに気づいていなかったし、そのふたりが気づいていないのにクラスメイトが分かっているわけがないし。
まあそもそも興味を持たれていないというのが本当のところなんだけど。
「土井さん」
「ん? おお、大田さ、……もしかして分かった?」
「はい、今日はずっと調子が悪そうでしたから」
残念だ、なんにも完璧じゃなかった。
中嶋君があんな感じだったんだからいけると思ったんだけどな。
あれか、大田さんに興味がありすぎるからこそなのかもしれない。
彼女が調子悪そうにしていたらまず間違いなく保健室に連れて行っていただろうから。
「帰りましょう」
「はーい……」
いやでもだってと粘る意味がなかった。
いまから粘ったところでださいし、時間を無駄にさせるだけだから。
「それじゃあね」
「駄目です、お家まで付いていきます」
「そう? それなら一緒に来てもらおうかな」
うーむ、かなり手強い子だ。
異性相手にも積極的に動ける子だからこその行動力かもしれない。
いや、私は彼女のことをなにも知らなかった、と片付けられることかもしれなかった。
「ここまで来てくれてありが、ぉお?」
「ご飯などは作りますから休んでください」
なんかまだ帰らないみたいだったから家に上げておく。
飲み物などを渡そうと思ったら「転んでてください」と怖い顔をされてしまった。
それで大人しく寝転んでいたら水を飲ませてくれたり、ご飯を作ってくれたりして。
「それじゃあそろそろ私は帰りますね」
「心配だから送るよ」
「土井さんっ」
「そんな大声を出しても駄目、これだけはやらせてもらうよ」
ひとりで帰らせられるわけがない。
嫌われることになってもやらせてもらうつもりだった。
それに回復力は高いから、もう治りかけていたから。
それなのに動かなかったら後悔するからそれはできない。
「もう……、また悪くなったらどうするんですか」
「大丈夫、もう迷惑はかけないよ」
ぷんすかぷんの彼女を送ってひとり帰路に就く。
家に着いたら布団にこもりながら出されていた課題をやって電気を消した。
わざわざ弱るようなことをしたりはしない。
一度風邪を引いたら三ヶ月間は問題なく過ごせるから寧ろ安心しているぐらいだ。
「こっそりこっそり……」
だからこれには正直飛び上がりそうになった。
いつもなら電気を点けている時間だから問題はないけどね。
……なんかむかついたから近くまで来たときに足を掴んでみたら、
「うわあー」
「……気づいてたんだ」
「うん、起きてるって分かったよ」
想像した反応とは違ってつまらなかった。
体を起こそうとしたら首を振られて大人しくそのままにしておく。
「さっきまでここに誰かが来てくれていたんだね」
「うん、女の子の友達がご飯とか作ってくれたの」
私よりも効率がいいし、それに美味しく作ることができていた。
一応これでも長くやっているのに負けていると分かって体調の悪さとかどうでもよくなったぐらいだ。
だから体調が完全に治ったら大田さんに勝てるように修行をしようと決めている。
もっとも、食材とかは限られているから少しずつ、だけど。
「ごめん、僕がすぐに来るべきだった」
「いいんだよ、風邪を引いた私が悪いんだし」
「それでもだよ、それにそろそろ熱を出しそうだって思っていたからね」
たまにしか会えないのにそのときに限って風邪を引いたことがあった。
両親も家に残していくわけにもいかないから連れて行ったわけだけど、それでかなり彼に迷惑をかけてしまったからこれでいいんだ。
まあ、本当はひとりでやり切るつもりだったのに下手くそなそれで駄目になったわけだけど。
「来てくれてありがとう」
「僕はなにもできていないから、あ、今日はここに泊まってもいい?」
「え、家に帰って寝た方がいいよ、移しちゃう可能性もあるし」
「いや、心配だからいさせてほしい」
「壮君がそうしたいならまあいいけど……」
こっちは大田さんに怖い顔をされたくないから寝ることにした。
正直、そのことの方が怖いことだから壮君が寝ていようがまるで気にならなかった。
「完全復活!」
なんて、別にそこまで悪くなかったんだから大袈裟だけどと呟いた。
ぐがーぐがーと寝ている壮君はそのままにして、家事などをしていく。
やっぱりお昼ご飯を食べられないのは辛いからいつでも元気でいないとね。
「壮君、起きて」
「……おはよう」
「うん、私はもう行くから壮君も気をつけてね」
「うん……、また放課後に来るから」
「まず自分のことを優先してからね、それじゃあ行ってきます」
体調が悪くないというだけでどうしてここまで楽しく感じるのか。
毎日歩いている通学路もどこか新鮮に見えた――気がしていたんだけど、学校に着く頃にはいつもの感じに戻ってしまった。
まあそれでも元気なことには変わらないからこれでいい。
変わらない毎日に飽きているとかそういうことは一切ないんだ。
寧ろ変わらないことが安心に繋がっているんだからこれからもそうであってほしいかな。
「もう大丈夫なんですか?」
「昨日はありがとう、お世話になったね」
「いえ、元気になったのならいいんです、元気いっぱいな土井さんといたいですからね」
今度なにか甘い物でも食べてもらおうと決めた。
残念ながら千円以上の物は無理だけど……。
「おっす」
「おはよう」
「おはようございます」
空気が読める人間はここで別の場所へ。
壮君のあの家に来る癖はどうにかしなければならない。
親戚とはいえ異性の家に来ているわけだから彼女さん的には気に入らないだろうし。
というか、最近の頻度は本当におかしすぎる。
……あれはもうこっちに住んでいるとしか思えない。
「あ、もしもし壮君?」
「どうしたの? なにか忘れ物でもした?」
「いや、もしかして壮君ってこっちの県に住んでるの?」
気になったら聞く、知りたくなったら調べる。
昔からこういうところは変わっていない。
分からないまま、まあいいか、で終わらせることはできないのだ。
だから今度礼にも聞かなければならないんだけど、それはまあこの後できるからとりあえずはこちらが優先されることだ。
「ばれちゃったか」
「なんで? そもそも大学は? 彼女さんは?」
「大学はちゃんと通っているよ、高いお金を払って通わせてもらっているんだからね。でも、それ以外は優先する必要がないから」
「それ以外は優先する必要ないって……、あなたはおばかですか!」
「いいんだよ、それに僕は任されているんだからこれが普通だよ」
まったく、両親も余計なことをしてくれたものだ。
そのせいで彼は縛られてしまっている。
昔からそう、私のことを見ていてってよく言われて自由に行動できていなかった。
それが当たり前になってしまっているから今回も……。
「あ、もう予鈴が鳴ったからまた後で」
「うん、頑張って」
せっかく風邪から治ったのにこれではまた微妙になってしまう。
そもそも彼女さんともう別れているんじゃないかとすら思えてくる。
そうでもなければここまで来られたりしないだろう。
「まあ、恋をしていた時期に聞いたことだからおかしくないのかもしれないけどさ」
とりあえずいまは授業だ。
元気になったわけだし、しっかり集中することができる。
でも、なんか微妙な気持ちになりながら受け終えて。
「土井、どこかに行かないか?」
「え、大田さんを誘わなくていいの?」
「今日は用事があるみたいなんだよ、だからあの先輩も誘ってどこか遊びに行こうぜ」
「それならゲームセンターとかどう? ちょっとすっきりさせたくて」
「いいぞ、行くか」
コインゲームでもやってすっきりさせよう。
クラスが分からないから階段のところで礼を待って一緒に行くことにした。
幸い、いいと言ってくれたから本当に助かった。
だって帰ったら壮君と話し合わなければならないわけだし。
「やっぱりコインゲームだよね~」
「そうか? ゲーセンと言えばレースゲームとかじゃね?」
「こればかりは意見が別れても仕方がないね」
「だな、ちょっとやってくるわ」
私は筐体にコインを投入しつつ先程から黙りを続けている礼を見た。
本当はなにか用事があったとかそういうことなのだろうか?
断れなさそうだから申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。
「……なんで言ってくれなかったの?」
「えっ? 聞こえないよっ」
「なんで調子が悪いことを言ってくれなかったのっ」
声がでかすぎ!
あとこれはまた中嶋君か大田さんから聞いた、というところか。
本当にあのふたりは怖いな、隠そうとしていても意味がない。
おまけに壮君は聞かなくても分かってしまう人間だから最強すぎるし……。
「ほ、ほら、コインをあげるから落ち着いて」
「……次に同じことをしたら怒るからね」
「はいはい、心配してくれてありがとうございますー」
減っては減ってを繰り返していたらあっという間に終わってしまった。
このままでは悔しいからレースゲームをやっていた中嶋君の横で私もすることにする。
なかなか難しいし、ハンドルを曲げたときに自分の体が傾いてしまうのが難点だけど楽しくてよかった。
「土井、なにかあったのか?」
「ちょっ、レース中に話しかけてくるとか……」
「あ、悪い、だけどなんか気になっていたんだよ」
丁度終わるところだったからよかったけど……。
まあいい、ここだと話すのも一苦労だから前のお店に入ることにした。
「――ということがあってね」
「わざわざ引っ越してくるとかどんだけ土井のことを気に入ってるんだよ、それに彼女を放ってそんなことをするとか……」
「でしょ? 高校生なんだから自分のことぐらい自分でできるのにね」
「……体調が悪いのに無茶したりするけどね」
余計な言葉には反応せずにジュースを飲んだ。
ただ、もういまさら言っても仕方がないことだと思う。
引っ越してきていることが事実なら戻ってもそれは余計な消費になるわけだし。
元々こっちの県に来ることは多かったから定期券みたいなやつを持っているのはいいんだけどねえ。
「体調が悪いって誰がですか?」
「それは土井さんだよ」
「えっ、いま悪いのかっ?」
「違う違う、昨日悪かっただけだよ」
「ええ!? 体調が悪いのなんてなにも気づかなかったぞ……」
それは仕方がない、だって横には好きな大田さんがいるんだから。
違う異性に優しくしたらむっとなられるかもしれない。
だから彼はこれでいい。
というかね、そもそも熱を出した状態で行くのが馬鹿なんだから。
「中嶋君はなにも悪くないからいいんだよ」
「いやでも、気づけないってやばくね……?」
「なんで? いいんだよ、いつも声をかけてきてくれるだけでありがたいよ」
大田さんのときだけは見逃さないようにしてあげてほしい。
ああいうタイプこそ隠そうとして自滅してしまう可能性が高いから。
私はあの子みたいに気づけないかもしれないからより敏感にね。
「それに中嶋君は自分のことと大田さんのことに集中しておけばいいんだよ」
「いや、でもなあ……」
珍しく気にするな。
一応、友達ぐらいには考えてくれているのかもしれない。
「この話はもう終わりね、だってこうして元気になっているんだから」
「まあ……確かにそうか」
本題からは逸れてしまったからここで退店。
彼や礼にこんな話をし続けてもどうにもならないから意味のない行為だった。
ま、まあ、彼に聞かれて答えただけだから責めるのは勘弁してほしい。
「先輩、土井のことよろしくお願いします」
「うん、任せて」
彼とは途中で別れてふたりとなった。
当たり前のように帰る気はないみたいだからもう言うことはしない。
それにしても、はは、中嶋君が敬語を使っているとなんか面白いな。
横を向いてみたら睨まれていることに気づいてすぐに戻したけど。
「その親戚の人とどれぐらい仲がいいの?」
「昔は好きになったぐらいかな」
「え、そうなの?」
「うん、だけど彼女さんができて諦めるしかなかったんだ」
結構早かったから私にとってはかなりのダメージだった。
もう二度と恋なんかするか! なんてことを考えたこともたくさんある。
けど、結局好きになれるような男の子が現れたら駄目になると思う。
女としては、というか、人間に生まれたからには恋をして付き合ってみたいんだ。
「でも、高校生になってから来る機会も増えていてさ、なんとなくんー? ってなっていたんだよね。で、その結果がこれってわけ」
自己流ではあるけどある程度のことはひとりで普通にできるようになった。
ひとりで怖いとかそういう乙女属性があるわけでもないし、幸い学校生活も楽しく過ごすことができているから全く問題はないというのに。
全く信用してくれていないのか、任されたからということで壮君は来続ける。
いや寧ろ最近で言えば酷くなってしまったぐらいだ。
「その人の気持ち、分かる気がする」
「心配してくれるのはありがたいよ? さっきだって中嶋君があんな反応をしてくれるとは思っていなかったしさ。だけど、私のことで自分のことに集中できなくなったら嫌なんだよ。自分に優しくしてくれる人のことならなおさらなことだよ」
自分のことと大田さんのことにしか興味がないと思っていた。
気になっている異性以外はどうでもいいぐらいのスタンスでいる気がしていたんだけどな。
「礼もだよ、私に足を引っ張られないように自衛してね」
「大丈夫だよ、そんなことは絶対にないから」
彼も心配になるんだよなあ。
あのとき衝突してしまったばっかりに引っ張られてしまっている。
この時点でそうなってしまっているから駄目なんだ。
だから自分を自分で守ってもらうしかないというのに……。
「あ、おかえり」
「……ただいま、中に入ろうよ」
「うん、そうだね」
ここで逃げないところが壮君のいいところだと思う。
いや、先延ばしにしても仕方がないからこそなのかな?
とりあえず麦茶をふたりに渡して床に座った。
寝室が別にあるとかではないからここで寝ている以上、少し気恥ずかしくもあった。
「引っ越してきていることも嘘、とかない?」
「いや僕はこっちに住んでるよ、そうじゃなきゃこんなに会えないよ」
「そっか……あ、彼女さん――」
「とっくの昔に別れたよ」
ですよね……。
というかもうそれなら一緒に住めばよかったのでは? と思わずにはいられない。
大学に通うのは普通に大変になるけど、うん、家賃とか無駄にならないし。
「言ってからにしてよ」
「ごめん。だけどこの話はこれで終わりだよ、望月君が可哀想だから」
「そうだね、もう言っても変わらないことだし」
簡単なご飯を作って三人で食べた。
食事中の雰囲気はよかったからまだ救いだった。
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