02話.[片付けてほしい]

「土井さん」

「あ、どうしたの?」


 廊下の壁に背を預けてぼうっとしていたら大田さんが話しかけてきてくれた。

 どうしたの、なんて聞いてみたけど、正直なんで近づいて来たのかは分かりやすい。


「中嶋君のことだよね、ここだとあれだからそこに入ろうか」

「は、はい」


 椅子に座らせて圧を感じさせないように横の席に座る。

 日曜日昨日、お出かけをしてきたみたいだから感想を教えてくれそうだ。


「昨日、とっても楽しかったんですけど……」

「うん」

「……途中で中嶋さんのお友達さんが来て解散となってしまいました」

「えぇ、そっちを優先したってこと?」

「あ、いえ、女の人だったのでどうぞどうぞと……」


 あちゃあ、それはまた大田さんらしいと言えるけど……。

 中嶋君だってその人相手に強くは出られないだろうし、実際のところは大胆になりきれないところがあるからそのときのことが容易に想像できる。

 ふたりは一緒にいたいのに一緒にいたいとは言い切れずに解散、なんて感じにね。


「中嶋君も問題だけど大田さんもそれは駄目だね」

「あう……」

「よし、リベンジしよう!」


 彼女の腕を掴んで突っ伏している彼のところに連れて行く。

 寝不足とかではなくてそれを後悔しての突っ伏しだったらいいんだけどな。


「大田さん」

「は、はい」


 ここから先は彼女の取り巻きみたいに後ろに立っておけばいい。

 いきなり触れられたことに驚いたのか彼はばっと起き上がった。

 女の子の方が大胆というのは偏見でもなく本当のことだと思う。

 話を聞いている間、とにかく圧倒されている彼がそこにいたから。


「……俺もあのとき間違ったと後悔していたんだ、チャンスをくれるというなら本当にありがたいよ」

「はい、あのときはあっさり別れましたけど、私もまだまだあなたといたかったですから」

「おう、次は絶対にあんな感じにはさせないから」

「ふふ、期待して待っていますね」


 よしよし、私でもなにかできるというのはいいことだ。

 非モテだからってなにもしてあげられないということではない。

 話を聞いて考えたことを吐くぐらいはできるし、自分の言葉が無価値とは思っていない。

 たまにマイナス側に偏ってしまうことはあるものの、あくまで明るくも暗くもない人間といったところだった。


「土井さん、ありがとうございました」

「ちょっと中嶋君の行動に納得できなかっただけだよ」

「いえ、私も気持ちをぶつけられなかったのが悪いですから」

「そっか」

「はい」


 個人的には彼にこれぐらいの大胆さでいてもらって大田さんを圧倒してもらいたい。

 だって照れたときの顔が可愛いんだもん、それを私でも見られるというのなら焚きつけるよ。

 でも、ふたりにとって面倒くさい人間になりたくはないから、頼られたときだけ動くことにしようと決めている。

 で、早速放課後にその機会がやってきたから協力して帰路に就いているところだった。


「冴ー」

「え、一ヶ月に一回じゃないの……」

「僕は任されている身だからね、鍵だってほら」

「見せなくていいから、あと、あんまり勝手に上がらないでよ?」

「それは大丈夫だよ、いないときに上がったりすることはな……」


 そこで固まるんじゃない。

 だけど変なことをしてくるわけじゃないから別に警戒してもいなかった。

 彼女さんがいるのにこんなちんちくりんに手を出すわけがない。

 彼はあくまで頼まれているから来てくれているだけ。


「ご飯を作るからたまには食べてって」

「いいの? じゃあ食べさせてもらおうかな――っと、今日は楽しそうだね」

「そう? あくまで普通の私だよ」


 ぱぱっと作ってふたりで食べた。

 今日のことをなんとなく話してみたら「優しいんだね」とか言われて黙る羽目に。

 ……正直、彼の笑顔は私にとって毒だったりする。

 やっぱり一度恋をしただけあって引っかかることも多かった。


「壮君、別に無理して来なくていいからね? 彼女さん的にも複雑だろうしさ」

「それとこれとは別だよ、それに一緒にいる時間で言えば冴との時間の方が長いんだから優先するのは当然じゃない?」

「いや普通は彼女さんとか自分のことを優先するから」

「もしかしたら昔のきみの印象がまだ残っているのかもしれないね」


 会えるときはずっと引っ付いていたから思い出すだけでも顔から火が出そうになる。

 しかも愛しているとか、ちゅーしたいとか、やばすぎる発言ばかりしていたし。

 母が恋愛ドラマや映画を見るのが好きだったからそういう知識だけはあったんだよね。

 なので、彼からしたら面倒くさくて仕方がなかっただろうということは容易に想像できた。


「ほら、こっちにおいで」

「うん……」

「よしよし、昔と一緒で頑張っていて偉いね」

「……そんなの当たり前だよ」

「そっか、それでもその当たり前を当たり前のようにできているのはいいことだよね?」


 もうやだ、なんか弱くなってしまう気がする。

 礼の相手をしているときみたいに強気には出られない。

 だからやっぱり来てくれないことが私にとって一番いいことだった。




「はぁ、はぁ」


 なんで女なのにサッカーなんてしなければならないのか。

 責任重大なキーパーを任せられなくて済んでよかったのはあるものの、広大なグラウンドを走ってばかりいるのは大変辛い。

 あと、どんどんと気温が下がっていくのと、ミスをする度に味方の態度が冷たくなっていくような気がしてやっていられなかった。

 こんなのは好きな人間だけがやればいいのだ。

 まだ飛んでくる機会が少ないかもしれない野球とかソフトボールの方がマシだろう。


「終了ー!」


 地獄の時間を乗り越えて後片付けをしていた。

 こういうところをしっかりしておけば少なくとも教師から敵視されることはない。

 が、クラスメイトからも敵視されることはなく至って平和なままだった。


「土井さ――」

「ちょっと待って、少し汗をかいているからそれ以上近づかないで」


 これでも乙女なんでね、臭いとか言われたら死んでしまう。

 礼は我慢してしまいそうだからこっちから止めてあげなければならない。


「これぐらいなら大丈夫?」

「着替えてくるからちょっと待ってて」

「分かった」


 制服は面倒くさいけど防寒などの意味では優秀だからやっぱりいい。

 体育はしたい人だけがやる教科にならないかな、ならないな。

 少しゆっくりしていたら待たせていることを思い出して慌てて礼のところに向かう。


「よかった、忘れられていたかと思ったよ」

「ごめん、それより今日はどうしたの?」


 十分休みに来ることは少ないからこれは結構珍しい行為だった。


「あ、今度また土井さんと出かけたいなって」

「それはいいけど、お昼休みとかでもよかったんじゃない?」

「そう思ったらすぐに行かなくちゃって気持ちになってね」


 ちなみに朝からずっとそうだったらしい。

 だけど私が大田さんや中嶋君と話をしていたり、トイレに行ったり、いまみたいに体育とかでいなかったせいで話せなかったらしい。

 別に私が悪いわけではないけどごめんと謝っておく。


「気持ち悪いって言ってほしくないんだけどさ」

「うん」

「ポニーテールだと一気に印象が変わるなって」


 運動のときは邪魔になるからまとめるしかない。

 学校のルール的にしていい髪型が限られているからこれぐらいになる。

 あとは単純に変な髪型にしたら笑われてしまうから精神的にできないというか……。


「じゃあ可愛い子とかのそれを見たらやばくなるってことだよね」

「え、土井さんがそうなんだけど」

「はははっ、礼は優しいんだね」


 可愛いとか両親と壮君からしか言われたことがなかった。

 もちろんどっちもお世辞だから鵜呑みにしたりはできなかった。

 もし真剣に可愛いとか言っている人が現れたら驚きすぎて尻もちをつく自信がある。


「後輩相手にお世辞を言っていないで同級生でも口説いたらどうですか?」

「お世辞じゃないよ」

「じゃあそこはありがたく受け取っておくよ。でも、口説く云々は置いておくとしても同級生と過ごした方がいいんじゃないかな」


 来てくれれば私は相手をするけどね。

 中嶋君達の邪魔をするわけにもいかないし、そうなると私はひとりぼっちになってしまうし。

 そもそもあのふたりとだって友達でいられているのかは分からないから。

 だから正確に言うと、彼には相手をしてもらっている、ということになる。


「中嶋君から聞いたんだけどひとり暮らしをしているって……本当?」

「うん、そうだよ?」

「じゃあさっ、今日の放課後はどこかに食べに行かないっ!?」


 んー、普通は逆だと思うけどなあ。

 後輩である私が先輩である彼に積極的にアピール、その方が間違いなく合う。

 が、何故か彼の方がそういう立場になってしまっているから違和感がすごかった。

 それにどうして近づいて来ようとするのか、という話だ。


「外食に行くのはいいけど落ち着いて」

「あっ、ごめん……」

「あと、あんまりお金を使いたくないから正直家に来てくれるのが一番かな」


 壮君が家に来る時点であんまり意味のないことだった。

 なので、それで満足できるということなら家に来てくれると楽でいい。

 簡単な物しか作れないけどご飯は振る舞えるし、一緒にいたいということなら一緒にいられる時間が単純に増えるわけなんだから不満もないと思うけど。


「え、それは駄目だよ、僕のことを信用できるようになったときに誘ってほしいかな」

「信用できてるけど?」

「駄目だよ、土井さんが作ってくれたご飯は凄く食べてみたいけどね」


 まあいいか、いま自分で行くのはいいって言ったんだから。

 それなら放課後はと決めて別れた。

 今日も今日とて突っ伏して寝ていた中嶋君を心配そうな顔で見つめている大田さん。

 不安にさせるんじゃないと起こそうと思ったものの、出しゃばることはせず。

 私はよく分からない礼のことでいっぱいいっぱいだからそっちに集中しようと決めた。




「美味しいね」

「うん、そうだね」


 一切気にせずにステーキセットを注文して食べていた。

 こういった大きいお肉を食べることは普段滅多にしないから満足度が高い。

 逆に彼は和食中心といった感じの夜ご飯だからここでもやっぱり立場が逆だった。


「あ、ちょっとじっとしてて」

「うん? あっ、はは……ありがとう」

「どういたしまして」


 これも逆! 普通は私が拭いてもらう側!

 やっぱり非モテだからなのかなと真剣にヘコんだ。


「そういえばこの前見ちゃったんだけどさ」

「え、礼って霊感があるの?」

「ち、違うよっ、幽霊なんてこの世にはいないし!」


 なんでそこで必死になってしまうのか。

 それでは怖いと言ってしまっているようなものだろう。

 そういう趣味はないから揶揄したりはしないものの、もっと気をつけた方がいいと思う。

 こういう点では慌てず冷静に対応できているから私も悪いことばかりじゃないね。


「……そうじゃなくて、土井さんが男の人と仲良さそうに歩いているところを見ちゃったんだ」

「ああ、あれは親戚の人だから」


 大学生だからそう歳も離れていない。

 あっちは自分のことや彼女さんのことに集中しているから礼といるよりは安心できる。

 最近は多く来るし、鋭いところがあるし、笑顔が毒だしでいいことはないけど。


「……それに休み時間は中嶋君と仲良さそうにしているしさ」

「中嶋君や大田さんは席が近いからね、あなたと同じで私にも優しくしてくれる稀有な子達なんだよね」


 十分積極的で十分大胆なんだけどあともう少しというところで足を止めてしまうふたりだ。

 見ているこちらとしてはもやもやすることも多い。

 もう分かりやすくアピールしてきてくれているのにいいところでヘタるからね。

 私だったらまず間違いなく似たようなことにはならない。

 こうと決めたら曲げないタイプの人間だから相手を圧倒することだろう。

 だから相手がいてくれればお手本を見せてあげられるのにぃ! と、少しだけ悲しくなることも多かった。


「ごちそうさまでした。帰ろっか」

「え、すぐに解散は嫌だよ」

「それならどこかで話せばいいでしょ、結構混んでいるから他のお客さんのことを考えて動かないとね」


 なんかもう弟みたいな感じに見えてきた。

 実際に存在していたらこうして甘えてきてくれそうだから悪くはない。


「ありがとうございました」


 外に出てみたら先程まで暖かい空間にいただけあって寒かった。

 先程あんなことを言った自分だけどさっさと帰って、お風呂に入って寝たいという気持ちがぐんぐん大きくなってくる。


「礼、もう帰りたいから付いてきて」

「え、だから駄目だって――」

「じゃあここで解散、それが嫌なら言うことを聞きなさい」


 そもそもお父さんが家で待っていると思う。

 息子とは話したいだろうし、こうして時間を貰ってしまっていいのかという疑問。

 が、結局私の家に来ることにしたみたいだったから余計なことは言わなかった。


「どうぞ」

「ありがとう」


 壮君以外の男の子がこの家にいる。

 礼は怖くもなんともないから構わないけど、なんか違和感がやばかった。

 やっぱり私が特定の異性と仲良くするのっておかしいし。


「そうだ、チョコのお菓子があるんだけど食べる?」

「あ、ごめん、お菓子とか食べないようにしてるんだ」

「えー……」

「お菓子とか食べちゃうと癖になって買っちゃうからね、買い物や家事担当の自分としては気をつけなければならないんだよ」


 両親から貰っているお金で自由に買っている私に突き刺さるんだけど?

 というか肌も綺麗だし夜ふかしとかも全くしていないんだろうな。

 なんか女なのはこちらなのに負けてしまっている気がする。

 食事内容だってあんな感じだったわけだし……。


「それより驚いたよ、まさかお肉を食べるとは思わなかった」

「はいはい、どうせ女っぽくない人間ですよ」

「ち、違くて、なんか異性といるときは食べたりできない子かと思っていたから」

「それは礼がなにも知らないだけだよ、私はそういうの一切気にしない――」

「いいね! 自分が食べたい物を美味しそうに食べてくれているだけで最高だよ!」


 多分、彼の目はイカれているんだと思う。

 なんでもよく見えてしまっているのはそういうことだ。

 いやまあ、マイナス方向に考えるよりは間違いなくいいと言える。

 だけど私が相手の場合はそうではないんだ。


「ただいまー!」

「なんで来たのかは分からないけどおかえり」


 今日も今日とて壮君が家に来てしまった。

 少しだけ怖いから扉を開けなくて済むのはいいものの、こうして当たり前のようにガチャガチャと開けられてしまうのも怖いなと。


「お、君は?」

「も、望月礼ですっ」

「そっか、いつも冴がお世話になっているね、ありがとう」

「い、いえっ、お世話になっているのは僕の方ですからっ」


 うわあ、お客さんがいるからって格好つけている壮君、凄ください……。

 相手が女の子だったら絶対にこんな感じにはしていなかった。

 なんだこれ、恥ずかしいとかむかつくとかそういうことではなくて……。


「礼を送ってくるから」

「待って待って、それなら僕も行くよ」

「うん、それは別にいいよ」


 残念そうな顔でこちらを見てきている彼にジェスチャーで謝罪をして外へ。

 お風呂に入って寝たくなったから仕方がないと片付けてほしい。


「それじゃあまた明日ね」

「うん……」


 彼と別れて帰路に就く。

 何度も言うけど恥ずかしくはない、けど、やっぱりむかついていたのかもしれない。

 こっちが言ったことなんて聞いてくれていないのも影響しているのかもしれない。


「礼に迷惑をかけないで」

「あ、あれはなんかそういう風に演じたくなったというか――」

「駄目、それと今日はもう帰りなさい」

「はい……」


 とぼとぼと背を向けて歩いていく壮君。


「あっ、いつもありがとね!」

「冴……」

「気をつけて」


 こういうことは言っておかなければならない。

 いつか会えなくなるのは決まっているから言える内にいっぱいね。

 風邪を引いても馬鹿らしいから走って帰った。

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