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Nora
01話.[したりはしない]
十月。
なんとも言えない気温に包まれながら学校に向かっていた。
同じ制服を着ている子達が多いからというのと、もう約六ヶ月は経過しているのもあって緊張したりはしない。
「おはよー」
「おはよう」
クラスメイトと挨拶ぐらいはできるから嫌われているわけではなさそうだ。
苦手意識とかも抱いていないし、このままなにも問題なく一年生を終えることができそう。
「土井」
「おはよう」
名字で呼ばれるのが当たり前だけど、なんとなく名字は嫌いだった。
どいでもつちいでもなんか地味な感じがする。
「ちょっと廊下で話さないか?」
「分かった」
中嶋
正直に言うと私の名字と同じぐらい名前が合っていない気がする。
あ、まあ私の方は地味だから認めたくないだけでお似合いなのかもしれないけど。
「今度姉の誕生日なんだ、土井ならなにを贈る?」
「私だったらご飯を作ってあげるかな」
そういうセンスがないからご飯とかで済ますのが一番だった。
ただ、形に残る物でなにかをあげたいという気持ちはいつでもある。
やっぱりそういう積み重ねが時間が経ったときにいい感じに影響すると思うから。
「というかなんでそれを私に聞くの?」
夏休みが終わってから話すようになったぐらいだ。
彼は男の子の友達が複数人いるからその子達に聞けばいい。
お姉さんがいる子だっているだろうし、妹さんがいる子だっているはずだ。
「それは土井が女子だからだろ」
「それなら横の子に聞けばよくない?」
私の前の席だから見ようとしなくても見えてしまう。
彼の横の席の子は静かな感じだけど優しくていい子だった。
もちろん話したことはほとんどないから気軽に話しかけることなんてできない。
コミュニケーション能力に問題があるとかそういうことではないものの、面倒くさいことにならないよう積極的に話しかけたりはしない。
「……大田に迷惑をかけたくない」
大田
そういうことに疎い私でも分かる。
あくまでまだ気にしている段階ではあるものの、ただのクラスメイトではないということ。
とにかく、私としてはそれぐらいしかできないからと答えて教室に戻った。
椅子に座ったら既に大田さんの机の上に荷物が置かれていることに気づく。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
まあ確かに小さくて可愛くて守りたくなるのかもしれない。
私としては目の前でいちゃいちゃされると目の毒だから裏でやってほしかった。
「あの、土井さん」
「ん? どうしたの?」
「今度、中嶋さんとお出かけしたい――」
「はは、それなら後ろで固まっている中嶋君に直接言ったらどう?」
「えっ」
彼女はこれまで見た中で最高の速さでこっちの後ろへと隠れた。
こっちの肩を掴んでいる手が可哀想なぐらい真っ赤になってしまっている。
案外漫画の誇張表現というわけではなさそうだった。
「……い、いまのは本当か?」
「は、はい……一緒にお出かけできたらなって……」
「じゃ、じゃあ行くか、俺は土日とか暇だからさ」
「はい、ありがとうございます」
利用されるのはごめんだから彼に彼女を任せておく。
……非モテ女の前でなんてことをしてくれるんだこやつらは。
そんなわけで朝からなんとも言えない気持ちで過ごすことになったうえに、
「ただい――」
「おかえりー」
「うわ……」
家に帰ったら親戚の男の子が来ていて膝から崩れ落ちた。
なんてツイていない日なんだろうか。
神様は私を試してどうしたいのだろうか。
「その反応は酷くない? 一ヶ月に一回ぐらいしか会えないんだから嬉しいはずでしょ」
「嬉しくありません、嬉しくないので帰ってください」
……昔はこの人相手に好きだ! とか、結婚したい! とか言ったことがある。
うん、もちろん私としては黒歴史なわけだ。
「
「……もうなんなの?」
「なにか嫌なことでもあった?」
鋭いところがあるのが嫌だった。
こうして顔を合わせる度に隠していることを見抜かれる。
隠すことじゃなかったから説明してみたら「ははは、それは僕でも嫌かな」と答えてくれた。
「でも、恋をすることだけが全てじゃない――」
「彼女がいる人に言われたくありません」
それで諦めることしかできなかった、というのが現実だ。
彼には大学生の彼女さんがいる。
髪が長くて、綺麗で、出るところは出ているしで、男の子の理想みたいな人。
対する私は女というだけで地味、地味、地味な人間だからなんにもなりようがない。
……それでも昔は告白されたりもしたんだけどなあ……。
彼に恋をしていた私はそればかりに意識を向けていて全く考えようともしなかった。
「彼女さんと仲良くしてね、嫌われないようにしなきゃ駄目だよ?」
「うん、それは大丈夫だよ」
「じゃあ帰ってください」
「えぇ」
私は両親が帰ってくるまでお昼寝――とはできないのでご飯を作ることに。
残念ながら私はひとり暮らしをしているから不可能なのだ。
ふたりともお仕事が大好きなふたりだから仮に一緒に住んでいたとしてもこうしてひとりの毎日が続いただろうけど。
……ちなみに彼がこうして家に入れているのは母に任されているから。
まあ、他県に住んでいる人だからそれもあんまり意味をなしていないけどと呟いて食事作りに励んだ。
「ちょっと寒くなってきたな」
十日を過ぎたことになるからおかしくはないのかもしれない。
寒いのは極端に苦手だからまた嫌な毎日が始まりそうだ。
とはいえ、日本で住んでいる以上はこれはもう仕方がない話で。
四季があることが云々と言われているぐらい? なんだからそのひとつの季節を敵視していちゃ駄目だよねという話。
「どいてー!」
「え」
後ろを見てみたら走ってきている男の子が見えた。
変に動くよりも留まっていた方が安心だと思っていたんだけど、残念ながら全く避ける気はないようでそのまま走ってきていた。
車に轢かれる直前の人間のようにいまさら動くことはできず、そのままぶつかってしまったということになる。
「いたた――あっ、ごめん!」
「……いや」
立ち上がって色々と確認してみた結果、特に痛いところもなくてほっとした。
こんなことで怪我をしてしまったら馬鹿らしいし。
「あぐ……」
「ん? もしかして怪我?」
「ちょ、ちょっと足首が痛くて、ったた!」
仕方がないから背負って保健室に連れて行くことに。
誰かを運ぶということは慣れているからなにも問題はなかった。
それに避けなかった私が悪いとか言われても嫌だからなにかしらしておく必要がある。
「大丈夫?」
「うぅ……ごめん」
「別にそれはいいよ、タックルとか慣れているからね」
昔はよくこの前の男の子の妹さんにそうされたものだ。
だからその耐性はあるし、運ぶということもよくしたからそちらも大丈夫。
「保健室の先生もいるから私はもう行くね」
「あっ、名字だけでも教えてくれないかな?」
「土井冴、それじゃ」
名前が合っていないのは私の方だった、ということになる。
教室に入ろうとした足がこの前のことを思い出して止まった。
非モテには突き刺さるから見たくないという気持ちと、椅子に座っていると楽だから早く休みたいという気持ちと。
「見てたぞ土井、やっぱり力持ちだな」
「あれぐらいの子なら持ち上げられるよ」
「それなら今度運んでもらおうかな」
「君は無理です」
私が百六十三センチで彼は百八十センチ超えだ。
持ち上げられるわけがない、仮にされるのだとしたらそれは私だと言える。
でも、大田さんのことが気になっているからそんなことにはならないと。
だからなにか困ったことがあっても頼ろうとするのはやめようと決めていた。
「そういえばいつ出かけるの?」
「今週の日曜日かな、土曜日は予定があるんだ」
「楽しんできてね、あとは大田さんに合わせてあげて」
「ああ、独りよがりにならないように気をつけるよ」
私は土曜日になったら大掃除をしようと思う。
もっとも、やらなければいけないエリアはかなり狭いからそう頑張る必要もない。
それが終わったらお買い物に行って、夕方頃になったら……。
「やっぱりこれかな」
大好きだったおじいちゃんのお墓を綺麗にしに来た。
頻繁に来ているから正直必要ないぐらいだけど、これは私にとって必要な行為なんだ。
小さかった頃の自分と全く変われていない。
いつもおじいちゃんに相談していたけど、教えてもらったことを実行することができなかったせいでいつもひとり、みたいな感じになってしまっている。
「あれ、もしかしなくても土井さん……だよね?」
「ん? あれ、こんなところでどうしたの?」
話しかけてきたのはこの前の男の子だった。
どうしたの、なんて聞くまでもなかったか。
彼は「ちょっとね……あっ、すぐに終わるから待っててっ」と内の方へ入っていったと思ったらすぐに戻ってきた。
……もう少しぐらいゆっくりしてあげてほしかったけど。
「時間ってあるかな?」
「うん」
「じゃあ付き合ってくれないかな、ちょっとファミレスにでも」
「分かった」
そもそも彼はどこの誰なのか。
正直戻るために急いでいたから冷静に見ていなくて学年も分かっていない。
これでもし先輩さんだったりしたら、うん、やばいことになる。
「あれから会いに行かないでごめん」
「別にいいよ、避けなかった私が悪い面もあるんだし」
それでも急に敬語に変えるとかそういうキャラじゃないからそのままを貫く。
あの男の子相手にああなってしまうのは昔は恋をしてしまっていたからだ。
もうごちゃごちゃ考えすぎてしまうからキャラもぶれぶれになると。
「本当にいまさらだけど怪我とかしてない?」
「あなたこそ大丈夫なの? 痛いって言って涙目になっていたけど」
「うん、二日ぐらい安静にしていたら治ったよ」
ということは結構痛かったんだなと。
申し訳ないからしっかり謝っておいた。
相手がこういう態度でいてくれるならこちらもそういう風に動けるというわけだ。
これで一方的に責めてくるようだったら許していなかった。
汚い言葉を浴びせて家に帰っていたことだろう。
「それよりさっきのって……」
「あ、おじいちゃんだよ、両親は物凄く元気」
「そうなんだ、羨ましいな」
寂しいと言っても聞いてくれないふたりだからなんとも言えない気持ちに。
だけど生きてくれているだけでどうとでもなるから確かにそうなのかもしれない。
彼の言い方的に両親のどちらかは、それかもしくは両方が亡くなってしまっているわけで、やっぱりいてくれているだけで十分だとそう思った。
「毎週あそこには通っているんだ、大好きだったからさ」
「そうなんだ、僕は一ヶ月に一回程度だからあれかもね」
「関係ないよ、来てくれるだけで多分十分だと思う」
それに時間が余っているのと、あそこに行って色々吐くとすっきりするからいいのだ。
あの静かな場所であればなんらかのことを吐いても恥ずかしいことじゃない。
他の家族の人と丁度時間帯が合うなんてこともないから私からしたら物凄く助かる。
「どうせならもっと楽しい話にしよう。というか、名字とか名前とか教えてよ」
「あっ、望月
「あ……なんか恥ずかしいから敬語じゃなくてもいい?」
はい出たこれ。
ぶつかられたことと、痛がっているところが印象的すぎてどうでもよかったんだよね。
そもそも長続きするかどうかも分からないパターンだったし、名字なんかを教えても会いに来ることは滅多にないから本当に不必要な情報だったのだ。
「うん、そのままでいいよ」
「ありがとう」
注いできたジュースを飲んで自分を落ち着かせる。
こういうことがあるから他者には近づきにくい。
「土井さんは何組?」
「私は三組だよ」
「そうなんだ、じゃあ月曜から行かせてもらうね」
「え、来なくていいよ」
「がーん……」
私のクラスメイトが目当てということなら来ればいいけどね。
一パーセントでも私が関係しているならやめた方がいいとしか言いようがない。
「どう考えてそうしようとしているのかは分からないけどやめた方がいいよ」
「お詫びをしたいなって……」
「そんなのいいって」
しんみりとした気持ちを吹き飛ばせたから感謝している。
そう、あそこはいいんだけど結構引きずってしまったりする。
だからなんらかの方法ですっきりさせる必要があるものの、それがいまいち見つかっていなかったからいつも困っていた。
その点、今日は他者と過ごすという普段滅多にしないことをしたおかげでなんとかなっているから、お詫びということなら現時点でしてもらったことになるのだ。
「お金、ここに置いておくから」
「あ、ま、待ってっ」
結局、彼も同じように出てきてしまった。
私は考えたことを全て吐いてみたけど、彼がそれに納得することはなかった。
下手をしたら大怪我になってしまっていたから、ということで。
でも、結果は怪我がなかったどころか私が運ぶ側だったわけで。
あれで意外な強さというやつも知ることができたから悪いことではなかった。
「これからどうするの?」
「んー、土井さんが行きたいところに――」
「それなら家かな、もう目的も達成したわけだから」
「えっ、うーん、……流石に家には行けないからなあ……」
当たり前だ、そのためにわざと口にしているんだ。
あれは最悪の出会い方だと言ってもいい。
それに彼といてもどうにもならないから関わらなくていいんだ。
非モテだからってがっついているわけではないし、毎日気が休まらない時間が続くぐらいならなにもない方がいい。
「あれ、土井じゃねえか」
「あ、中嶋君!」
「っと……どうした? その男にナンパでもされたのか?」
「ううん、この人は私が運んだ人だよ」
「ああ! あの情けねえ奴か!」
あ、露骨に悲しそうな顔をしてる……。
……なんとなく可哀想だから逃げたりするのはやめようと決めた。
「ごめんね、大田さんが好きなのに触れたりしちゃって」
「い、いや、別にいいよ」
「それじゃあね」
「おう、また月曜にな」
少し歩いたところで足を止めて彼を見る。
彼はあっちを見たり上を見たりして忙しなさそうだったけど覚悟を決めたのか「な、なに?」と聞いてきた。
「さっきはごめん、でも、本当に私といても時間の無駄だよ?」
「そんなことないよ」
「そうかなあ……」
「うん」
まあこれは物好きな人もいるということで片付けておこう。
それでもさすがに家には連れて行けなかったので、
「おお、ここがあなたのお家なんだ」
「うん、あんまり大きくないけど落ち着けていい場所だよ」
彼のお家に行くことにした。
これでも借りているあの家より大きいから少し羨ましく感じる。
で、なんとなくじろじろ見ていたときのこと。
「あ、もしかして……」
「うん、そうなんだ」
お母さんが亡くなってしまっていたのか。
まだまだ全然若くて、綺麗で、優しそうな顔だった。
実際は違うのかもしれないけど、細かいことは確認しようがないからそれでいい。
「はい、麦茶だけど」
「ありがとう」
おじいちゃんが亡くなってもあんな感じだったのに自分の親が亡くなった、なんてことになったらとんでもないことになりそうだ。
正直、学校を休んだぐらいだったから完全に不登校になってもおかしくない。
私は両親とあんまりいられないけど両親のことが好きだから絶対に堪えるだろうし。
逆になにも感じなかったら自分のそれに絶望しそうだから長生きしてほしいと思った。
「望月さんは――」
「礼でいいよ」
「礼、本当に足は大丈夫なの?」
「うん、この通りだよ」
聞いてみたらぴょんぴょんと跳ねて見せてくれた。
先程まで問題なく歩いていたんだからわざわざ聞かなくてもと言われるかもしれないけど、なんか痛いのに無理をしそうな性格だったから選べなかったんだ。
「それならよかった。でも、私にぶつかってあなたが怪我をしてしまうというのはどうなの?」
「うっ、あ、いや、寧ろ土井さんが強すぎたんだよ」
子どもというのは容赦ないからそれはもう被害に遭いまくった。
だけどそのおかげでこちらは怪我することなくこうしていられているんだからね。
だから彼のタックルぐらいはどうでもいいぐらいの威力だった。
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