第43話 2年後 カブト

 あの火事の事はしばらく騒がれた。火元はなにか、何が燃えたかが分からないとされたからだ。


 最初は被害者か容疑者か分からないとされていた 3人も、時が経つにつれて人の噂から消えていった。


 3人とも記憶喪失なんだって、怖いね不思議だね。と言われているその理由を俺だけが知っている。


 そうそう、誠さんだけはやっぱり記憶障害が酷くって、頭が凄く良い人だったのに、ちょっとあやふやな普通の人になったらしい。ただ物凄く穏やかな人になったらしく、ロボトミーな感じがして気の毒にも感じたが、昔よりずっと家族といて楽しそうだと聞いたので、まあそれが良かったんだと思う事にした。


 あれから2年が経った。さすがにゲンと別れてすぐは落ち込んだし、あの 1連の出来事を話したくても話せる相手が誰もいないのは結構きつかったが、今日を1日だけ頑張ろう、と1歩1進んでいるうちにそれらの色々な事が目標に変わっていった。


 俺は泣き虫だがお涙頂戴は嫌いなのでくよくよはしない。立ち直りが早いと結城さんにも褒められたし。


 友達と比べる事もしなくなった。どの会社、どんな車、どんな生活、それらは俺とは関係ない事だと分かった。自分がまっすぐ歩かないで余所見ばかりしていたから周りが気になって仕方なかったのだ。

 そもそも親は今まで俺を成績等で友達と比較した事は無かった。それなのに俺は親を比較していた。隣の家はしょっちゅう海外旅行に行くのにうちは、とか。中村ん家は親が社長で豪勢な外食ばっかりなのに今日の夕ご飯は湯豆腐か、などと。


 ついこの間が成人式で、友達との会話の中で、これからの目標は元気なおじいちゃんになる事だと話したら


「どんな目標だよ」


 と笑われた。でも、ゲンと会えるのは50年後だからな。節制して元気に過ごさなきゃ。それに、そんな目標も俺には合っているようで、遠くに目標を置いたことで視線が前を向いたというか、見通せるような気分になったことが大きい。日々のゴタゴタなんかは、何だこのくらい。と流せるようになった。


 1番の目標はゲンにまた会う事だが、他にもやりたい事がある。


 ナギの滝口のおじいさんに、餅つきのコツを聞いておかなければと、取り敢えず餅つきのイベントを開催できるように考えている。ただ臼と杵を使って餅をついてもやはり人によって違うらしい。生きてらっしゃるうちに聞いておかなければ。


 結城さんがしていた腕時計と、多分同じものを見つけた。結城さんから振り込んでもらった例の50万円は返しようがなかったので、そこからお金を出して買い、今大事に育てている。またいつか、袖振り合えたらいい会話が出来るように。


 ベッドは自分のお金で買おうと貯金もしている。もうちょっといい部屋で使いたいからだ。早く貯まらないかな。


そして 積極的に関わろうとは思わないがアンテナが立っているのでナギや結城さんの話が時々耳に入ってくる。


 柔らかな話術でその気になってベッド買うの決めたら営業の人じゃなかったよー。と、結城さんの事が話題になった時は、やっぱ営業に間違われてるじゃん。と思ったよ。でもその人に


「営業の人はいかにお客様の話を聞き出すか、に力を入れてるので、私みたいにべらべら喋りませんよ」


 と言ったそうだ。そうなのか? と思って真似をしてみている。今の俺の仕事も営業職なので。


 そしてナギと結城さんは結婚したと聞いた。やったね。秘蔵の記憶を渡した甲斐があったよ。いつかまた縁が出来たらいいね。


 俺も 2つ年上の彼女が出来た。昔パンダ呼びされてたって話したらものすっごくウケて、パンダのぬいぐるみをプレゼントされました。何故か黒帽子、黒シャツ、黒パンツを身に付けたパンダだか熊だかわからんぬいぐるみだったけど、手触りがゲンそっくりでお気に入りです。


 彼女も猫は好きだけど俺自身は飼う気は無いなあ。ゲン一筋です。


 それでもたまにあれは夢だったのではないかと思うので、そんな時は1人っきりになってこっそり小指を外して見ているんです。


 彼女とずっと歩いて行けたら、いつか秘密を語ろうと思っています。


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黒黒パンダは肉食か草食か 陽 粋 (ひすい) @nekopasuta

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