第42話 2年後 姫
わたしも世話をするから連れてきていいよと言うのに
「ダメダメ、チビ怪獣だから。3歳過ぎないと人間じゃないから」
などと言う。
「おー。おっきくなったねー。顔パンパンじゃん。まん丸で可愛い。げんくん、こんにちは」
抱っこしている4ヶ月になったわたしの息子に声をかけて人差し指を握らせている。
「まぼろしの
「分かってるって。これ何回目ー。」
縁に笑われるが、何故か言いたくなるのだ。
昔ゲストルームとして使っていた部屋のひとつは置いてあったベッドを片付け、なるべく物を置かず子供の遊び部屋にしてある。
「4ヶ月か。うちの子もちょっと前までこんなだったか。あ。うちに来てくれた頃だよね。記憶は ? まだ戻らない ? 」
わたしは首を横に振った。
「記憶が戻らなくて困ることは無いから別にいいんだけど、不思議がいっぱいでモヤッとするよね。何であの日あの建物で火事があって、わたしたちが巻き込まれたんだろう」
「まあ、深く悩んだところでしょうが無いんだよ、それより他の不思議の方が」
「あ。パンダ君」
部屋をカリカリする音が聞こえて菜々緒ちゃんが走って行ってドアを開ける。
黒いブチの付いた白猫がするりと入ってきた。
菜々緒ちゃんが持ち上げようとして逃げられ、追っかけっこが始まった。
「菜々緒、パンダ君いじめちゃダメよ」
記憶障害の時の1番の不思議は、
結城さんではない。その時のベビーシッターの尚さんに聞いても、
「ごめんなさい、バタバタしていて、紹介されたかもしれないけれど、名前は覚えてなくて。大きい男の人でした。まだ若い人」
と言われた。その時一応
「菜々緒ちゃん、覚えてる ? 」
と聞いたら
「パンダ君 ! 」
と言ったのだ。2歳前の子供が言ったことだけど、耳に残ってしまって、パンダと言うよりは牛柄に近いけれど家の猫の名はパンダ君に決定したのだ。
結城さんは家の中で生き物を飼うの嫌がりそう。って、前に言われた事があるけど、結城さん本人が、猫を飼いたいと言ったのだ。だからうちではパンダ君がお兄ちゃんで 現 が弟だ。
あと、結城さんのお財布に残った焼肉屋さんのレシートも、大食漢の存在を示している。うーん。誰なんだろう。名乗り出てくれないかなあ。
記憶が抜けてしまうなんて一酸化炭素中毒って怖い。
「あと、ゲストルーム、元のこの部屋も誰かが使っていたっぽいんだよねー。親密な人じゃないとそんな事しないと思うし。冷蔵庫にあったポテチも謎」
「まあまあ、今が幸せならそれでいいのだよ。幸せかい ? 幸せだろう ? 」
幸せで無いはずがない。結城さんと結婚出来るなんて。子供が出来るなんて。
「拗らせてたからね〜結城さん」
「え ? 私がじゃ無くて ? 」
「バカね。あんなモテる人が 9年も彼女が居ないなんて、おかしいでしょう。ナギの……おっとごめん、姫の保護者になったつもりで、手が出せなくなってたんじゃない ? 」
「……わたしを引き取って父親と離してくれた時に、親戚の人に『歳の若い男女が2人で住むなんて、いやらしい』って言われて、自分と一緒にするな、いやらしい事なんかするもんか、指1本触れないって、タンカを切っていたから、それでかな ? 意地張ってたって事 ?
ああそれから、縁はナギって呼んでいいんだよ。愛称なんだから 」
「そっか、そうだね。でも姫呼びでももう大丈夫なんでしょう ? 」
不思議な事に父親との関係が良くなってから、姫と呼ばれても嫌では無くなった。
父は、たくさん一酸化炭素を吸ってしまったのか、頭の出来がちょっと。という感じになってしまったが、逆に私とは親子の距離が縮まった。
小さな会社の事務を始めたが、おばちゃん達の人気者になってる。なんか、憎めない人柄になっちゃたんだよね。
昔の結城さんは表面上は普通でも父と犬猿の仲だったけど今はお父さん呼びしているし。多分以前の父だったら、わたしと結婚しても誠さん呼びだったろうな。
でも時々何かをふっと思い出しそうな気分になるけどそれは結城さんも一緒で、パンダ猫と遊んでいると、自分が遊んでいるのに俯瞰してそんな自分を見ている自分が居るらしい。
「微笑ましく自分を見ている気分になるって、なんだろう。病んでいるのかな」
「そんな時こそパンダ君に癒してもらって」
と言うと嬉しそうに柔らかい生き物を撫でる。
わたしはと言うと、弟がいたような気がする時がある。でもそれは誰にも言っていない。大丈夫だとは思うけど、父と詩織さんが2年前からラブラブだからだ。今から弟はちょっと、と思ってしまって。
穏やかな日常の上にハリのある忙しい日常が乗っかっている感じで、ありがたいなあと思いながらもちもちの息子のほっぺをつつくのだ。
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