第40話 5日目 姫

 居間でちょっとウトウトしちゃった。

 なんか音がした気がして起きたんだけど。


 外で結城さんの車のエンジン音がする。慌てて玄関から出たけど間に合わなかった。もう出て行ってしまっていた。嫌な予感がして携帯を鳴らすが家の中で鳴っている。置いていったんだ。


「結城さん、ゴメンなさい」


 と言いながら 2階の部屋に入り、クローゼットを開けた。

 わたしの作った青いシャツが無かった。着ていったんだ。どこへ ?

 決まっている。


 わたしはパンダ君には言わずに家を出た。さすがにもう彼を巻き込むわけに行かない。


 何で 1人で行っちゃうのよ。何をしようというの ?

 胸騒ぎしかしなくて切なくなりながら車を運転する。


 研究所の敷地にやはり結城さんの車があった。急いで中に入るが、地下で見つけたものはリョウドームだった。結城さんも、父も居ない。


「結城さん ! おとーさん ? ゲン ! 」


「ココ、におりま す」


 下から壊れた声をかけられてゲンを発見する。


「結城さんは ?まさか中じゃ無いよね ? 」


「まこと サマと 2リ でナカニ おります」


「なんでえっ」


 思わず悲鳴のような声が出た。


「結城さーん、結城さーん」


 リョウを叩く、叩く。


「わたしも中入る。いれてえ」


 ゲンに縋る。


「ゲン、わたしも中に入りたい ! お願い。」


 後ろから腕を押えられた。パンダ君だった。


「ゲン、結城さん達と話は出来ない ? 」


「繋げてみます」


 リョウドームの中が見えるようになり、声も聞こえるようになった。


「……だから、私はもうナギを悲しませたく無いんだ」


 結城さんの声だ。


「あなたは、悪意があろうが無かろうが、常識が無くナギにとっては害を振り撒く人だ。居てはいけない人だ。そう私の中で確定してしまった」


「そおんなこと言われてもねえ。常識なんて人それぞれだし、1度も結婚した事ない人になんか言われたくないよ。嘘くさい生き方だよね」


 結城さんの目に怒りの火が付いた。だがそれが言葉となる前に前歯で食い止める。ぐっと握った拳がしばらくして開かれた時には握りつぶされた怒りがパラパラと落ちていくようだった。


「確かに言えてますね。あなたのどこに魅力を感じたのか姉に聞いておけばよかった」


「常識が、1番大事な君だから言っておくけどぅ、社会的な罰則があるような方法で金を手に入れてた訳じゃあないからね。言ったよ」


「まあ、こんな話は後で散々出来るでしょうから、に同行して頂ける事を納得していただけたということでよろしいかな」


「ダメだよ結城さんダメ ! 」


 私の叫びは中に届かない。こちらも見えていないようだ。


「君がこんな選択をするとは思わなかったなあ。どんな理由だって僕と 2人っきりなんてさ」


「覚悟を決めてるんで。人を呪わば穴二つ、という事ですよ」


「あれ ? 考えたら結構いいコンビかも。話すこといっぱいあるよ。」


 まったりしてきた2人だが、わたしは気が気じゃない。


「ゲン、あとどのぐらいでリョウは……」


「聞いてみました。15分ぐらいかなって言っております」


 驚きすぎて身体に電気が走る。なにか焼き切れてしまったのか膝がガクガクしてきた。


「ナギ、ちょっと離れよう」


「やだ、触るなパンダ ! 結城さん ! 連れて行かれちゃうよ、出てきてよ」


「巻き込まれます。離れましょう」


 ゲンが言って、パンダ君が離れていく。いいよ。そうして。でも出来ればわたしがリョウドームに入れるように協力して欲しかった。結城さん、どうしてそんな事。わたしは、何回辛いことがあってもあなたにそばにいて欲しいの。中での会話はまだ続いている。


「そおいえば、姫ちゃんのくのいち姿、可愛かったな。似合っていた。もうちょっと遊びたかった」


「まあね、あなたにとっては遊びなんだろうと思ってはいましたが、そもそもどうやってこの猿と関わりを持ったんですか ? 」


「ああ、あの猿、無いものが、あったんだ。では普通にどこにでもあるものが、では全く無い物だから、あの黒いのって無いものなんだよ。黒い色なんじゃなくて」


「ほう。やはり、害獣駆除をしていた時に ? 」


「そう。面白いから、逃げておいでって言ったらいつの間にか僕のそばに居るようになった」


「彼は雌雄同体になろうとしていた ? 」


「全然違うよう。この世界は螺旋の世界なんだ。時間も光も何もかも真っ直ぐ進まないで螺旋なんだ。同じもので違うものが 2つあると2つの螺旋が出来るでしょう ? DNAみたいに」


「理解が難しいですね」


「レクチャーしてあげるよぉ。君もそこそこ頭いいんだからさ」


 何で、そんなに普通に会話してるのよ。酷いよ。私も混ぜなさいよ。


「リョウ、本当は聞こえてるんでしょう。わたしを中に入れなさい !

 ! 」


 蹴って蹴って蹴った。


 とうとうリョウが根負けしたようだ。わたしは中にいる結城さんに飛びついた。もう離さない。


「リョウ、約束が違う」


 と結城さんが言っていたけれど、もう遅い。リョウ本体の崩壊が進んで核が消滅したみたいだ。物凄く引っ張られる感じがするもの。


「君が生きる為にやったことなのに」


 結城さんの声を最後にわたしは意識を失った。

















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