第38話 5日目 姫

 疲れを感じ始めたらもう本当に座り込みたくなるぐらいだった。父絡みの事は毎回本当に疲れる。まだ昼ちょっと過ぎなのに1日分のエネルギーを使い切ってしまった気分だ。


「いつも私達のことを考えて献立作っているから、ナギの食べたいものを買って帰ろう」


 と結城さんが言ってくれたので、前から気になっていた駅前の移動販売車のキッシュを買って帰ることに。

 何だこれ、初めて見るぞ。といった顔のパンダ君の為に、近くのたこ焼きも買う。


 家に帰って気分は日本茶だったので熱々で飲めるほうじ茶にして、キッシュを頂いた。


 美味しい美味しいを連呼するわたしに、


「へえー、ナギはこういうのが好きなんだ」


 と、パンダ君が言う。


「え ? 美味しくない ? 」


 と聞き返すと 2人共、大丈夫、美味しいよ。と言う。わたしが怪訝な顔をすると


「美味しいんだけど、ナギのご飯の方が美味しいと思うから。普段ナギは美味しいねって言わないよね」


「だって自分が作ったものでしょう。自分が作ったものは普通。特別美味しくなく不味くもなく、普通」


「そんなものなのかなあ。じゃあ他に好きな物は ? 」


「じーちゃんの、杵と臼でいたお餅 ! もう、ほんっとに絶品」


 滝口のじーちゃんの事だ。ばーちゃんだけでなく、じーちゃんの人柄も最高だ。ばーちゃんを送り迎えするじーちゃんがいつでも猫背で腰が曲がって窮屈そうに歩いているから、送り迎え大変ならこっちで送迎するからと言うと 、ばーちゃんは笑いながら、ナギが背の高い男の人を怖がるという話をしたから、じーちゃん背をこごめているだけで、普通に背はしゃんとしているよ。と、話してくれた。

 もう、泣けてきた。背が高くても、じーちゃんは怖くないよと話して普通にしてもらった。そんなじーちゃんのお餅に対して


「そんなに違うんですか ? 」


 と言うパンダ君に、柔らかく、味しみも良くて煮ても焼いても最高 ! よく伸びるのに口の中にいつまでもニチャニチャとしていないで、解けるように消えていく。お年寄りが喉につまらすのって、機械のお餅なんじゃない ? などという事を教えてあげた。


「でももう歳だから、出来なくなっちゃって仕方ないけど寂しい」


 と話を締めくくる。


「さ、部屋で少し休んだ方がいいね」


 と言って結城さんは 2階に上がって行った。


「今日は疲れちゃったね」


 わたしはパンダ君の右手に触ってみた。左手は怖くて触れない。

 もう、小指虐められないね。という言葉はブラックジョークすぎて口から出せない。


「本当にごめんね。何でもするから」


 わたしに出来ること何でも。するとパンダ君が反応した。


「何でもですか ? 」


 ちょっと驚いたけど発した言葉は戻せない。それに本心だったから。


「何かして欲しいの ? 」


 と聞くと、パンダ君は前を向いて黙ったままだったから


「今から告白するなんて事しないよね」


 と茶化してみた。すると、


「いけませんか」


 目をあわせ、真剣な表情で言ってくる。


「え。だって年の差」


 8歳もわたしが上。


「関係あります ? 」


 と、答えが返ってくる。


「身長40センチも違うし」


「それが、断る理由ですか ? 」


 違う。そうじゃない。ゴリ押しで関係を迫るような子じゃない。パンダ君は私の気持ちをしっかり聞きたいだけだ。わたしも真剣に答えよう。


「パンダ君の事は、好き。大切に思っているし」


 でもそれは弟に対してのようなそれで、という言葉は飲み込んで


「わたしの中には恋人に対しての好きが、入いる余地無いの」


「結城さんでいっぱいだからですね」


 パンダ君は目は悲しげに、でもニカッと笑顔を見せた。


「分かっては いました。結城さん大人だもんなー。口に出してはいないけれど、いつでも『私に任せろ』的な感じで守られているというか。俺なんかビビりだし、すぐ泣くし、弱いし」


「比べる必要ない ! わたしは、パンダ君の事、弱いと思ってない」


 パンダ君は姉に叱られた弟のように首を竦め、


「何でも言うこと聞くって言いました ? 」


 と言ってきた。何だこれ。本当に弱味を握られた姉の気分だ。


「何だ、言ってみろ」


「ナギに、甘えて欲しくて」


 甘える ? 甘えるって何だ ? どうやるんだ ?

 パンダ君は早、期待を込めた眼差しでわくわくとこちらを見てくる。大袈裟なものを期待している訳では無さそうだが、甘え方が本気で分からない。しばらく悩んでもうこれでいいや、と出した結果が。


「にゃああん」


 一声鳴いてパンダ君の胸に顔をうずめた。耳が熱い。でもこんな顔見せられん !

 そんなわたしの肩と頭に手を添え、さらにキュっと押し付けられ数秒。


「いよっしゃー ! 」


 アイマ ウィナー ! とでも言いたげなガッツポーズで手を離された。ものすごく幸せそうだ。なら、良かった。

 世の中には一目惚れというものがあるから、不思議では無いかもしれないが、知り合って5日目だ。思わず


「いつから ? 」


 と質問してしまう。


「さあ、分かりません。最初は姉に対してのような気持ちでしたし」


「今は違う ? 」


 するとパンダは赤くなってもごもごし出した。


「何 ? 言いなさい」


 いつもと同じ自分優位な雰囲気を感じ取って詰め寄ると


「ナギの……まんまるお尻 ! 」


 と言い捨てて逃げていった。え ? そんな目で見られていたの ? 全然気付かなかった。

 自分はかなり鈍感なんだなあと、意識を新たにする。

 黒黒パンダはやっぱり肉食 ?



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