第36話 5日目 姫

 結城さん、真っ青な顔だけど、笑ってみせる余裕があった。良かった。


「一番最初の研究所の時が酷かったからね、あれに比べたらなんてことは無いね」


 とは言うものの、あまり動けそうもない結城さん。何とかしないと。わたしはパンダ君と手を繋いだ。


「え。そっちと手を繋ぐの ? 」


 父親がなんか言っているけど聞こえないふり。わたしはリョウを探して引っ張ることにした。このまま父親相手じゃ拉致があかないもの。


 パンダ君も理解しているみたいで、探し始めてくれたのでわたしも手伝う。結城さんがそっと手を重ねてくる。思いが込められてくる。


 リョウは、父のイメージが混ざった巨大両手の時にパンダ君に引っぱたかれてから、『くのいち』を引き剥がしには来ないけれど、さっきまで結城さんを虐めていたんだ、出てこい、この※※野郎。


「ナギ、言葉使い」


 わたしがヒッてなると、結城さんが


「いや、何となく言いたくなってね」


 と言う。ホントに ? 聞こえてないよね。


「みーつーけーたー」


 パンダ君が言って、わたしに手渡す感じ。どっこいせーと、引っ張ると、父親の足元からズルズルと黒い影が湧き出てくる。リョウドームの中ではリョウ本人は見えないはずだから、やっぱり父が混ざってる感じ ?


「僕だって渡さないよ」


 言うなり、湧き出てきたリョウ影を身に纏う父。中世の騎士の鎧のような出で立ちに、パンダ君は竹刀を構え、結城さんはパンダ君の左前方で盾を構える。わたしは右側でムチのように『くのいち』を伸ばして垂らす。

 さあ、来い。


 父はランスを構え、宙を飛んで真っ直ぐパンダ君に突き入れてきた。結城さんが盾で弾く。途端に世界が歪んで 1瞬現実世界が見えた。意識がずっとこっちの世界だったけど、本当のわたしたちはあのまま研究所の地下でゲンを守って団子になっている。ゲンとリョウの衝突で、リョウドームに綻びがでるのか ? ここはごちゃごちゃの色彩の世界で、現実の地下の方が影のような色合いだ。どちらが本当か分からなくなりそうだ。


「あれ。こっちの方が強いと思ったのに」


 悔しそうに自分の槍を見ながら父が言ってくる。


タチが悪い」


 結城さんが答える。


「どんな攻撃を想定しているにせよ、心臓狙うなんて、もっての外だ」


 わたしも同じ思いだ。いくら『くのいち』武装しているからといっても、容赦のない突きに今更ながらあれは本当に父親なのかと怖気が走る。


 でもそんな事考えていられない。相手はまだまだやる気だ。それならば、わたしもやる。もう一度、突いてきたら槍をもぎ取ってやる。


 父が突撃してきた。と思ったのに、槍だけが真っ直ぐに飛んでくる。結城さんは落ち着いて盾で弾くと、衝撃でまたチカチカと電球が瞬くように現実とドームの中を行ったり来たりした。


 何回も現実に戻る度に、ドームの今と同じ姿勢に重なってゆく。父と対峙する為に。


 無防備な父を捕まえようと『くのいち』をわたしが伸ばした瞬間、先程弾かれた槍は形を変え、鷲になってパンダ君に襲いかかった。わたしが『くのいち』戻すより早く、鷲はパンダ君の竹刀を引っ張り、驚いたパンダ君は竹刀を手放してしまう。


「ダ、メ ! 」


 ゲンがパンダ君の胸の辺りで埋もれたまま叫んだ。


 パンダ君は竹刀は自分と繋がっている物ではないイメージなんだろう。手放した竹刀は鷲に持ち上げられ、そして左手からも『くのいち』が剥がされていく。繋がっている物だからだ。


 そしてチカチカしていた世界が現実で止まった途端、またもや例の発射音がした。まさかと思ったけれど。


 スリンキー発射装置の音だった。


 突然だけど、バナナ食べる時どうやって剥く ?


 房に繋がっていた固い部分を、ポキッと折るようにしてから、下に向かってスーッと皮を向いていく ?


 同じ現象がパンダ君の左手小指に起こった。バネが直に当たったのでは無いかもしれない。でも根元で折れた小指はそのままの勢いで手首近くまで皮がむける。薄皮なんてものではなく、抉れた傷から真っ赤な血が溢れてくる。


 そんな時なのに最後のチャンスと思ったのかリョウが襲いかかって来た。威嚇なのか巨大な猿の顔になってパンダ君を丸呑みする様な大口開けて。でもそれに対してゲンが迎え撃つ。パンダ君の胸の辺りから巨大な猫の顔でさらに大きな口を開ける。


 勝負は怒り顔の猫の勝ち。リョウは逃げ去って行く。全て数秒間に起きた出来事だった。


 結城さんは冷たい一瞥いちべつを父に向けた後に、左手を右手で支えながら痛みに耐えかねて唸っているパンダ君に手を添える。


「もう必要ないから『くのいち』は回収して」


 言われたゲンは全ての『くのいち』を回収するとパンダ君の前にストっと降り立つ。


「まず止血と救急車」


 結城さんは自分に言い聞かせるように呟きながらスーツのポケットからハンカチを出してパンダ君の傷口にあて、両手で包み込むように圧迫し始めた。


 後ろで父がギャーギャーと喚いている。


「僕がやったんじゃない。やるわけない」

「使うならもう1つの方だ。猫を分解するんだ」

「大体なんでいちばん関係ないやつが邪魔してくるんだよ」


「ナギ、ナギ、聞いてる ? ショックなの分かるけど救急車の手配を」


 結城さんの声にハッとした。なんでわたしこんなにぼーっとしてるんだ、やる事やらなきゃ。何とか動こうとした時


「ちょっとだけ待って。今ゲンと話したけど、1度試してみたいから」


 パンダ君が何を言ってる分からない。ゲンと話してた ? わたし聞きそびれた ?


 でもパンダ君は結城さんに手を離してもらって、ゲンの近くに怪我をした左手を持っていき、ゲンは怪我を覗き込むとその体制のまましっぽの先を傷口に近付けた。しっぽの先の『くのいち』が剥がれ、白い金属を剥き出しにすると、


「ちょっとだけ我慢してね」


 お医者さんが注射を打つ時の、ちょっとチクッとしますよー。な感じでしっぽの先の金属部分を押し付けた。すると先っぽがパンダ君に移っていく。ガラスの裏側を這っているカタツムリのお腹が波打つみたいに移動していく。


 必死に痛みを堪えていたパンダ君の唸り声が小さくなってゆく。


「どんな カンジ ? 」


 ゲンが声を発した時はわたし達 3人共無言になっていた。







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